「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
逆縁・逆修
 年長者が若い者を先にあの世へ送ったり、年下の者の法事をすることを、逆縁とか逆修と言いますね。妹が姉に先駆けて結婚するのを逆縁と言ったり、仏事を繰り上げてあらかじめ行うことを逆修と言ったりもします。
 たぶん「順番通りでない」ということからそんな風に使われるようになったのでしょうが、この言葉について考えてみたいと思います。まず逆縁ですが「仏法にそむいた悪事が、逆に仏道に入るきっかけになる」ことを言いました。仏道に入るのは普通、教化されたことによる(順縁)んですが、悪事をした後に改心して仏道に入る時もありましょう。
 また年下の者、たとえば我が子を失ったことが、仏道に入るきっかけになる…これは順縁とは言えませんから、ひとつの逆縁とみなせないこともないでしょう。我が子の葬式、我が子の法事はやっぱり逆縁であり、親戚・知人の年下の者の冥福を祈らなければならない事も逆縁かもしれません。
 次に逆修ですが、この逆は順逆の逆ではなく、あらかじめということで、生前のうちに自分の為の法事を修し、冥福を祈ることを言いました。現在では、生前に戒名(法名)をもらったり、位牌や墓石を用意することも指すようですが位牌や墓石はともかく、戒名をもらうのは逆修ではなく、当然のことです。
 キリスト教徒がクリスチャンネームを持つように、仏教徒が戒名を持って生活するのは当然でしょう。菩提寺が決まったら早めに戒名をもらって、模範的な仏教徒としての一生を過ごしたいものです。
 元はハッキリ違っていた逆縁と逆修の意味が、いつころからかゴチャゴチャになって同義語のように使われるようになったのでしょう。
 それはともかく、老少不定の世の中にあって逆縁も仏縁の一つであり、逆修も仏道を修する一つの形である事に変わりありません。
縁を大切にして仏道を修してゆきたいものです。


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