「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
合成・七宝
 合成写真、合成樹脂、合成洗剤などと使われる合成という言葉がありますね。種類の違った二つ以上のものを結合して、一つにすることを合成と言いますが、合成の元祖はなんと言っても仏様でしょう。
 仏様方はそれぞれお浄土を作られ、私達をそこへ迎え入れてくれますが、その仏国土(ぶっこくど)が七つの宝を合成して作られているというのですね。これを七宝合成(しちほうごうじょう)と申します。例えば阿弥陀様の極楽浄土には七宝行樹(しちほうごうじゅ)(又は七宝樹林)という林があるのだそうです。
 七宝の教え方は経典によって多少の違いはあります。一般には
一・金
二・銀
三・瑠璃(るり)
四・玻璃(はり)=水晶
五・蝦蛄(しゃこ)
六・珊瑚
七・瑪瑙(めのう)
があげられますが、これは無量寿経による教え方です。また妙法蓮華強によれば、玻璃と瑪瑙をはずして、代わりに真珠とマイカイをあげる如くですが、要するに、仏国土は様々の宝石で飾られ、様々の光に輝いているということでしょう。そんな光り輝いている仏様と仏国土ですから、この娑婆に仏様をお迎えして祀る時も、仏像を金色にしたり、仏堂や仏壇に金銀宝石を用いて極楽浄土に模したりするわけです。これを七宝荘厳(しょうごん)と言うんですね。
 娑婆世界にも様々な宝石は存在し、七宝焼や七宝繋ぎという有職文様があったりもしますが、本当の仏国土にはとてもかないません。教典に見られる宝石のうち、琥珀、金剛くらいまであるにしても、摩尼珠(まにじゅ)などはありませんし、だいたいこの世を七宝荘厳するほどの量がありませんね。
 でもここで大切なことを見落としてはなりません。「仏国土は物理的な世界ではなく精神的な世界だ」ということです。覚れば必然的に体から金色(こんじき)を放ち、覚者(ほとけ)の行く処はどこも光り輝いて、宝石で飾ったようになるでしょう。私達も及ばずながら、仏様に見習い、悩みから抜けた明るい存在となって人々を照らし、周りを七宝のように光り輝かせてゆきたいものです。




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