尊敬・尊重 就職試験の面接で「あなたの尊敬する人は誰ですか」とよく質問されるそうです。そして受験生の多くは「お父さんです」とか「お母さんです」と答えるように指導されているようですね。これは「経営者と思想的に違う人をあげては大変」とばかり無難な答えをするのかもしれませんが、就職するほどの齢(とし)になってまだ親が尊敬する人というのは幼稚すぎます。小さい子供なら父母に絶対的に尊敬し頼ることによって、人生に安心を得ていますが、成長するにつれて父母以外に尊敬する者のあることを知っていきます。
父母には更に父母があり、その先に数えきれないほどの先祖があるということ、先祖達が積み上げてきた歴史の中には、歴史上の人物という尊敬すべき人が居るということ、先祖の先(さき)には神仏があるということなどを、年齢を重ねながら覚えてゆくのですね。
「親を見るものは先祖を見る。先祖を見るものは仏を見る」と申します。私達は年齢とともに、順に見える範囲を広げ、大きな人間へと成長してゆかなければなりません。
ところで尊敬は、経典中ではソンギョウと発音されることが多く、字の通り尊び敬うことを指します。仏教で尊敬すべきものはもちろん仏様ですね。就職試験で「私の尊敬する人はお釈迦様です」と答える青年が居たら拍手したい気がします。
又、尊重は、一般にソンチョウという読みで、人間外のものに使われているようですが、これもソンジュウと発音されてきた仏教語です。意味は尊敬し、重んずることですね。私達の尊重するものは仏・宝・僧の三宝です。これらを尊重すれば自然に宗教的行為が伴ない、礼拝という動作が出るというものです。是非尊敬・尊重の心を起して生きたいものです。
「神と人に尊敬(そんぎょう)させられたる仏陀に敬礼(きょうらい)す」
「波羅提木叉(はらだいもくしゃ)を尊重(そんじゅう)し、珍敬(ちんぎょう)すべし」
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