「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
六根清浄(どっこいしよ)

 「どつこいしょ」とは六根清浄がつまったものと伝えられております。私たちには心があり、その心に従って考えたり、行なったりしつつ生活しているのですが、次のことをちょっと想像してみてください。
「目は見えない、耳は聞こえない、匂いや味はわからない、体がまひしていて、暑い、寒い、痛い、重いなどの感覚が全然ない」とします。つまり、自分の外の世界をキャッチして自分の内方にとり入れ、それを心に映し出すための器官が全くないということです。だからといって心までなくなったわけではないのですが・・・。
 般若心経ではこの外の世界をキャッチする器官を「眼耳鼻舌身(げんにびぜっしん)」と表現し、それをとり入れている心を「意」と表現しています。そして前の五感に対して、心を第六感といいます。

 私たちは、通常この前の五感が全部達者ですが、もしそれから悪いものだけをどんどん心にとり入れていたらどうなるでしょう。映画やテレビの俗悪番組だけを見開きし、暴飲、暴食や夜あそびをして不節制の限りを尽したら、心はどう変わってゆくでしょう。悪いものとだけしか出会えない心はどんどん荒れてゆくと思われます。

 目、耳、鼻、ロ、体それに心の六つには、それぞれ根もとがあって、これをきれいにしておかないと変なものが入りこんで大きくなってしまうのです。この六つの根、六根を清浄にすれば、きれいなものが見え、きれいな音が聞え、香りや味のよいものはそのままに、幸せを全身に感じながら暮らせると示されております。

 世の中は実は思うより明るいのです。

 道元禅師のお歌に「にごりなき心の水に澄む月は、波もくだけて光とぞなる」というお歌がありますが、心根のきれいな人にとっては実はこの世こそ極楽なのかも知れません。

                


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