「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
油  断


 涅般経の中に次のような話があります。
 「真実の仏の教えを守り続けてゆくのはとても難しいことである。たとえば王様の命令で一人の家臣が、油で一杯の鉢を持って遠い道のりを歩かされ、もし傾けて一滴でも油をこぼせば、お前の命を断ってしまうぞと言われているようなものである」というのです。
 この話は、真実の仏教に生きるには命懸けでなければならないことの喩えですが、これから「油鉢を保つ」とか「油断する」という言葉が出てきました。油は、ちょっとでも傾くとこぼれやすいものですから、正しい気づかいを保つことを油鉢を保つといい、ぬかりがあったり、なまけおこたることを油断するといいます。
 仏教の修行ではこの油断が禁物で、昼夜をわかたずつとめ励むことが求められます。禅宗で使われている木版に「生死事大、無常迅速、各宜醒覚、慎忽放逸」と書かれているのをご覧になったことがおありでしょうか。
 「一生は重大であっという間に過ぎ去るものだから、よく目を覚まして、くれぐれもぬかりなまけてはいけない」
そんな意味になりましょうか。もし油断すれば煩悩の炎が燃えて、あっという間に地獄まですべり落ちてしまうかもしれません。
 これは一般にもいえます。たとえばコツコツと築いてきた汗の結晶たる地位や財産が、たった一度浮気したために、あっという間に無くなってしまったなんていうのはこの類でしょう。のぼるのは難しく、落ちるのは簡単です。油断大敵火がぼうぼう、油断一秒怪我一生などという標語もあります。お互い油断することなく暮らしてゆきたいものです。


    


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