「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
融通・相即相人




 私はラーメン屋さんのラーメンが大好きです。いやラーメンのスープ(汁)が大好きといった方が正確でしょう。昔、「あの、うまい汁はどうして出すのだろう」と、だし汁を作っている調理室を覗いたことがありました。そしたら大きな鍋が煮えたぎっている中に、昆布や魚、野菜、肉などの調理くずがたくさん入れられているのを発見できたのです。店のお客さんには言えないような物までグツグツ煮られているではありませんか。あの時は「こんな物がお互いに自分の味を重ね合って、あのすばらしい味がでるのかなあ」とおおいに感心したも
のです。
 ところで、この世界のすべてのものは異なった別々のものであっても「互いに関連しあい支えあい融けあって存在している」といえます。これを仏教語で融通というのですね。お金の融通を金融といいますが、融通しあうものはお金ばかりではありません。物も、生き物も、人の心もすべてが融通しあい、お互いがお互いを成り立たせるとともに、この世界をすばらしいものに作りあげているのです。別の言い方をすれば、個体の一つ一つの働きがそのまま全体の存在という働きになるということ。一と多は密接不離であるということです。これを相即相入ともいいますね。
 また、融通無碍という成句は「融通しあいながら、お互いに碍げにならない」という自由自在な状態をさす言葉です。融通無碍を心掛けとして生活すれば、おれがおれがの我も消えて煩悩など吹き飛んでしまうことでしょう。お互いに融通をきかせて相手に融け込み、相手を融かしこんで物事を行なえば、それがすなわち、他を生かし自分をも生かすことに通ずると信じます。私たちは大いに融通しあって、すばらしい味のする社会を建設してゆこうではありませんか。


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