「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
遊戯・遊行
 遊戯とか遊行というと、遊ぶという字がまず目につきますね。あそぶというとまじめの反対語のような気がしますが、本来の遊びはまじめと不離一体のようです。といいますのは、観音さまは極楽世界からこの婆婆世界に遊びに来ておられる菩薩だそうですし、私たち人間も仏の世界に遊ぶことを理想としているからです。
 まず遊に戯をつけた遊戯の方ですが、仏教ではユゲと読まれ、心のままに振舞って何ものにもとらわれない自由自在な行動をいいます。仏・菩薩はこの行動をとりながら、一いろんな所で苦悩する人間をお救いくださるというわけですね。誠に有難いことです。またこの遊戯、禅宗ではさとりの世界に遊ぶことをいいます。保育所等で行なわれている遊戯は、運動機能や社会性の滴養を目的としていますが、大人の遊戯はおさとりを楽しむことであり、仏さまにならって人を救うことでなければいけません。次に遊行ですが、いまは何の目的もなく歩
まわる意に使われているようですね。この語は仏教ではユギョウと読まれ、僧侶が衆生教化や修行のために諸国を巡り歩くことをいいまし
た。ためとはいっても、それがめざす目的という意味でなく、全く自由自在の中から出てくる教化や修行です。私たち凡人はいつも目的を
先に置き、その達成のために悩み苦しみつつ努力するという型に慣れてしまっています。仏・菩薩はそのような私たちに警告を発しているんですね。「もっと自由自在になりなさい。肩のカをぬいて楽になって遊ぶのです。目的も手段も本来は無いのです。あなたの立ち居振舞いがそのまま仏行であり目的に他なりません」と……。私は「よく学びよく遊べ」という成句を「学びながら遊び、遊びながら学ぶことをよくしなさい」と解釈しています。私たちはもっと毎日を楽しく生きる必要があるのではないでしょうか。







                


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