「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
未曽有
 私は以前、こんな笑い話を読んだことがあります。「あ、どうもすみません。・・・すみませんですむものか。・・・だから、すみませんと言っているでしょ」
 この話は、すみませんという句を文法的に分解して、動詞と否定語に分けることで成立する笑い話ですね。
 ところで皆さまは未曽有という語を新聞等でよく見かけることがおありでしょう。「未曽有の大雪に見舞われた」とか「未曽有の大事故が起きてしまった」とかいうあの未曽有です。この語は、まぎれもなくインド伝来の仏教語なのですが、原語のadbhuta(びっくりした)とは違う意味として定着し、中国や日本で使われてきた語といえましょう。昔の中国の訳経家が原語の意味を考えすぎ、これを分解してbhu(有る)に否定語をつけたものと思ってしまったんですね。つまり、有るのが否定だから「未だ曽つて有らず」=未曽有となってしまったわけです。そして仏典中でも「これまでなかったこと」の意として何の抵抗もなく使われ、今日では一般にも使われることとなったんですね。原典と漢訳経典を対照したり、漢訳経典と和文の経典を対照したりすると、時々、忠実な訳語ではないと思われるものにぶちあたりますが、それはそれで良いのかも知れません。
 理屈はともかく、私たちは昔の訳経家の御苦労をしのび、これに感謝するとともに、それこそ未曽有の偉業として訳出され、現在に伝えられている諸経典の本当の精神をつかまえてゆくよう、精進してゆきたいものです。




               


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