「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
まんだら
 テレビ番組に「紳助の人間マンダラ」というのがあったり、新聞に「人生まんだら」という随想欄があったりして、まんだらも普通語化された昨今ですが、まんだらとは何でしょうか。
 マンダラはインド伝来の仏教語で、漢字で音写すれば曼陀羅(曼荼羅)、これをひらがなで書いてまんだらとなる語ですね。
 本来はマンダ(菩提座)を中心とする一区域をいいましたが、やがて仏・菩薩を安置する祭壇をさすようになり、これを図絵化したものをマンダラというようになりました。この図絵は、大日如来を中心にその化身である諸尊が描かれており、悟りの世界を象徴したものなのです。このマンダラには、仏果の実相を描く金剛界曼陀羅と、仏の大悲が私たちを慈護愛育すること母の胎の子に於ける如くなるを描く、胎蔵界蔓陀羅があります。これらを両界曼陀羅といいますが、日本では日蓮聖人によって、法華経を中心にすえた「おまんだら」も作られました。とにかくマンダラは、私たちの心を仏の心に近づけようとして構成されたものであり、始めてこれを講来した弘法大師は、マンダラに関しての十住心をお説きになっています。十住心とは、煩悩だらけの人間が順に心の住みかを昇華して、遂にはマンダラ中尊の大日如来の心になるまでを、十の心で教えたものなんですね。
 あらゆる人間は皆まちまちに生きているようですが、そこに何か共通したものをもって生きています。その本来の生き方こそが法身大日如来の生き方であり、自分の心が解脱して自由になり、大日如来の心と一つになることが大切ということですね。これを即身成仏とか我即大日といいます。マンダラとはこのようにいろいろな人間の心をして、聖なる心、悟りの心たらしめるものですから、単なる「人生いろいろ」というようなことで使う言葉でないことを知っておいてほしいものですね。





               


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