「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか
さらさら・サンサーラ

 「さらさら」という副詞がありますね。よく「サラサラ」とも記されます。この意味を求めて辞書を引きますと、「水などが浅い所をよどみなく流れるさま」とか「物事がつかえずにはかどるさま」とか「物に粘り気や湿り気がないさま」とか説明されておりました。
 ところで梵語に、流れを意味するサンサーラという語があることを御存じでしょうか。サンサーラは輪廻とか流転と訳され、生ある者が生死を繰り返すことを言います。仏教では迷いの世界に生死を繰り返している私達のこの世界のことを指しますが、サンサーラとサラサラはどこか似ている語だとは思いませんか。最近「血液サラサラ」という語ができましたが、血液が止まれば私達の体は死んでしまいます。水や血液ばかりでなく、宇宙のすべてのものはサンサーラしてますし、サラサラしてないと成りゆかないものばかりです。
 おさとりを歌った道歌に「岩もある木の根もあるをサラサラとただサラサラと水の流るる」というのがあります。何かに執着してトラブってはいけませんね。
 実は私達が死んでもこのサラサラは止まりません。サンサーラの法則に従ってそれぞれの所に流れゆくのです。どんな流れにのるかは個人差がありましょう。
 チベット仏教の「死者の書」によれば、人の意識はもう戻れなくなった肉体を離れて再生へ向かうのだそうです。流れながら転生して、まず意成身を得ます。この意成身は山でも建物でも、土砂や岩石でもすべて妨害なしに通り抜けることができるほどの小さなもので、電流の如く流れて、四十九日後には光の国にたどりつきます。青黄赤白緑灰色などの光が意成身を迎えますが、その光の色が次生の父母へと導き、母胎に宿らせるのだそうです。もし輪廻したくないのなら、つまり解脱したいのなら、母胎への入り口を閉ざさなければいけません。前記のどの光も避けて、金色に輝く、仏国土へ趣き、仏身を得たいものですね。


















               


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