私たちにとって本当の自立とは

(1996年8月発行コミュニティみなと第10号収録)



自立に揺れる私の心


パートに出ている。少し前までは朝5時に目を覚まし朝食、歯磨き、洗顔化粧、ハツラツと出て行ったのに…。冬場のこの頃は少しつらい。朝、布団から出たくない、あと5分、あと5分と。仕事に入ってしまえば普通に動けるが、4時間半立ちっぱなしで次から次へとハイ!タマネギのみじん切り、カツのパン粉付け、皿洗い、疲れて家に帰り夕食はホカ弁、コタツで寝てしまい、お風呂にも入れない時間に目が覚め布団を敷き直し、朝になればあと5分…。疲れて何度か休んだら、店長に、「お金をもらっているんだから自覚をして」とこんこんと怒られる。

病院を退院した時、同室の人に「生活保護はいいわよ。アパート代、お風呂券、生活費までくれるんだから、あなたも保護を受けて病院の近くにアパートを借りれば」と言われた。その人は障害者手当で入院しているのだけれど、担当医が代わり入院でなく自立して生活するように患者を何人かアパートに移して病室を整理することになったとたん、病気が悪くなり食事も取らなくなり閉鎖病棟に移されたそうだ。毎日求人欄を見て早く復職しなくては、と空ばかり見ている私よりずっとハツラツとしている人もいた。その人は、今時働くのがバカバカしい、働いた分、保護費も削られるから、と病院のデイケアも休みがちで、土日には病院仲間と近所の喫茶店の一杯100円のコーヒーで日がな一日つぶしているらしい。デイケアを休んでも誰も困るわけではない。そこへいくと私は皿洗いでも私が休んだら周りの人達がたちまち困る。でも、求人広告を出せば皿洗いくらいすぐ見つかるけど…。
私が自立というのは、保護を受けて子供と見られるのがいやという見栄かも…。

工房へ戻って生活保護プラス作業の報酬をもらって、時にはひとりで焼き肉パーティ、おすし。入院したら食事も寝起きも看護婦さん、まかないさんまかせ。自由のない生活、必要ともされないけど嫌みを言われるわけでもない。その方が楽だと思う日が私にもくるかも。だってここで生活保護を打ち切って働いたとしても今43才、働けてあと10年か20年、その後は?また生活保護…。

今、パートと生活保護でちゃんとひとりで暮らしている私を、親も姉も妹もとても安心している。暖かくなって身体が楽になったり、パートを変えて環境が変わればまた規則正しい普通の人並みの生活に戻れるかしら。



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自炊・結婚・黒帯…ファイト!


自立っていうと、俺の場合は経済的には特に心配するようなことは無いんだけれど、今、家政婦さんに来てもらっていて、ちょっと破格値で来てもらっているので、それが生活費の大体4割位を占めちゃうんだよね。それで、これからはそういうことを自分でやっていかないといけないなあと。前にDr.にも、「自分で自炊してはじめて自立って言えるんだ」って言われたことがあったしね。それからあと、マンションの経営のことをしっかり出来るようにしていきたいですね。前は、どこからどう覚えていけばいいのか全然わからなくて、「うわー、大変だなあ」って考えちゃって、それでおかしくなちゃったんですよ。まあ、もう今はかなり分かってきているので、あとはちょっと姉貴に頼っている部分をもうちょっと自分で何とか出来るようにすることかな。

それと、50歳になっても一人でいるのは嫌なので、早く結婚したい。そろそろ焦ってますね。それから、やっぱり俺も男だから経済的には基盤があるから問題ないけれども、就職は無理でもアルバイトでもいいから外で働きたいなあ。

あと夢として合気道で黒帯を取りたい。



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まず身の回りのこと、自分でね


私は、就職とかアルバイトとか結婚とか、そういうこともあるんですけど、まずそれより前に、本当に細かい身の回りのことを自分でするようにしていかなければいけないと思っています。例えば、自分がちょっと手を伸ばせば取れるようなものを母に「それ取って」とか言っちゃったりするので、そういうことからだんだん自立していかなければなあって思っています。それから、少しずつ就職とか結婚とか、そういうような方向に向かっていきたいですね。





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主婦の座・妻の座へ復帰宣言


私は経済的にも精神的にも母と夫に頼ってしまっているので、もう少し自立できたらなあ、って思っています。平日は家事を殆ど母に任せてしまっているので、たまに週末に自分でやると、本当に大変だなあと思います。母も、段々と年を取ってきていることだし、それに父が亡くなる3ヶ月前に、「お前ももう少し自立しないとなあ」って父から言われているんですよ。その言葉がとても印象に残っています。だから、大黒柱に頼るばかりじゃないように頑張っていきたいと思っています。





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家の仕事を頑張ります


私は、自立っていうとみなと工房に毎日来て、そのうちに外へお勤めに行って工房で稼げるよりも多くのお給料をもらってって思うんですけれど、私の場合は年齢的なこともございますし、それはちょっと難しいって思うんです。それで家の仕事をやっています。家の仕事も母が死んでからしばらくの間は大変だったんですよ。初めはみんな父にやってもらっていたのですが、段々と教わりながら覚えてきました。





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工房も僕にとっては立派な社会


やっぱり、みなと工房で毎日頑張って、それで社会にでてね。まあ、僕は、年齢的なこともあるけれど、みなと工房も社会の一つだと思っていますしね。とにかく、みなと工房で頑張ります。それから先のことはあまり考えていません。





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自分のことは自分で出来るように


いつのことになるかは分からないけれども、一日でも早く社会復帰して、弟のように親元から離れて、自活して、自立して、一本立ちしてやっていきたい。お嫁さんをもらって、子供を作って、そして、長男だから将来は親の面倒も見なければいけないし…。
まずは、社会復帰してから、お金を貯めて親元から離れて、一人暮らししてから、自活して自立して、お嫁さんをもらって、子供を作って、世間一般の社会の人と同じ様な一人前の生活をしていきたいです。自分のやらなければいけないことは料理にしても、洗濯、掃除にしてもいろんな保険とかの手続きにしても、銀行や郵便とか、そっちの手続きとか、障害年金のこととか、何でも自分でやれるようになりたい。





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調子を戻して家業を


今、母の手伝いを家で少ししているんですけど、もっといろいろと手伝えるようになりたいと思っています。そしてもっと自分の調子が良くなったら、父がやっている家業を手伝いたいと思っています。ときかく、まずその為に自分の調子を良くするように頑張っていきたいです。





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両親とお店をやることに


私は、まず洗濯などの家の用事をしっかりと出来るようにしたいって思っています。それから、母にいろいろと料理を習おうと思っているんですよ。それで、自立ってちょうどこの間両親とそういうことについて話をしてたんですよ。両親は、私は普通の人のようにはきっと働けないだろうから、自分たちがいなくなっても大丈夫なように、いずれ茨城でお前のためにお店を用意するって言ってくれたんです。だから、そこで料理をやりたいなあって思って、それで料理を頑張ろうって思ったんです。それから、あと手芸も母から習って一生懸命覚えて、人に教えていけたらいいなあって考えています。なにしろ、病院に入らないように、病院に入っちゃったら自立とかいうことも遠のいてしまうので、薬とかもちゃんと飲んでいくことが大切なことかなって思っています。





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人間的な成長を目指して


自立っていうのは、誰かに頼らないで生きていくってことだと思うんですけど、そのためには人間成長が必要なんですよね。私は、その成長がいつの日か止まっちゃったんですよ。だから自立できないんです。だけど、一人でやっていかないといけないことは目に見えているんですけどね。そういうことを考えるとぞっとするんですよね。私は落第生だなあって思っちゃう。洗濯ぐらいはやることはあるけれど、掃除はあまり好きじゃないし。みなと工房へ来て、少しは掃除もしなきゃなあって思うようになりましたけどね。なかなか出来ませんね。工房だっていつまでも来られるわけじゃないだろうし、親はもういつ死ぬか分からない状態だし、いずれは私も老人ホームに入らなきゃいけないんだなって考えると寂しくなっちゃう。私の夢はちゃんと成長した頭を持つことと、親がいなくなってもどうなっても、ずっと工房に来ることです。





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一人暮らしをするぞ


僕としてはみなと工房に通いながら、体調が良くなってきたらアルバイトを探して、出来れば就職もして、そしていずれは一人暮らしをしたいと考えています。とりあえずそこまでしか間考えていません。





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自分の足でしっかり立つこと…


家庭の中での自立っていうことを考えると、母からの援助というものがなく、自分の力、というか自分で稼いだお金全て自分のものは自分で買うというふうに…。だからシャンプー1つとっても自分専用のシャンプーを買ったりとか、そういうことを考えています。

やっぱり私が今まで生きてきた中で、自立するタイミングっていうのがあったと思うんです。ただ私は自立するタイミングをちょっと逃してしまった、と言えることがあったので、今、親から離れて自立することはちょっと出来ないけれど、個人としてやっぱり自分の存在っていうのを自分で表していくっていうことが自立っていうことになるんでしょうか。

まず、母に頼らず、ちゃんと一人で地面に足をついて歩いていける、自分の進路もちゃんと自分で決められる、そういうようになりたいです。今はいろんなものに自分が守られているっていう感じがするんですね。だから、その守られている囲いっていうものを無くして、本当に赤ちゃんがやっと立つことが出来たように、そして一歩一歩歩いていけるように、そんな感じです。





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一歩一歩が大切


自立についてですけど、やっぱり作業所に来ないと社会復帰が出来ない。だから、毎日のように作業所に来て頑張っていきたいと思います。やっぱり仕事ですね。早く仕事がしたいと思います。でも、それまで一歩一歩大切にやっていかなきゃなって思っています。





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出来ることから挑戦を


ちょっと昔なんだけれども、妹と私と母で、洗い物は疲れるからジャンケンでやることを決めたり、母を楽にしようかなあと妹と相談してジャンケンで決めて、それで勝った方が抜けていいっていうようにして、それで、二番目に勝った人が洗いとか、それとも乾燥機に入れるのか、ゆすぐのか、それを決めてやったんだけれど、それもちょっと中途半端になちゃったから、まあこのころは曜日決めてやってるんだけれども、洗いは月、火曜日は妹がやってくれるっていうから、私は水曜日と金曜日で、あとは母にやってもらって、それで、その少し後から、なんか私にだけ母が、週に一度でもいいから料理を作ってみないかって、でも、何も作れないっていうか、出来るっていったらハンバーグくらいしか作れないからやめとくって言ったんだけど、そういう家のことが出来るようになりたい。

私も外へでて働きたいことは働きたいのだけれど、発作があるから父からは「ずっと工房でいい」って言われている。私も工房にいた方が確かに今はいいと思っているけれど、やっぱりずっと居られるっていうこともないし、だからどうすればいいかなって考えてしまって…。だから出来るだけ自分で何とか今は自分の出来るだけのことで挑戦してみようかなあと考えて…。だからやっぱり、発作の方も何とか治していきたいとは思ってるんだけれど、そう簡単にいかないからどういうふうにしていけばいいか、自分で、やっぱり分からない事とかあったら、自分で辞書かなんかで調べたりして、そういうことから始めた方がいいのかなあって、かけない感じがあれば調べて、そういうふうに自分は一応考えています。

だから私はやっぱり、この間のマナー教室でいわれたんだけれども、自分で使うものはやっぱり自分で取りに行くっていうのを、少しは続いたんだけれども中途半端で、ちょうど近くに居たから悪いんだけれど、そこに居る人、もし妹だったら、「悪いんだけれどそれ取ってくれる」ってまだちょっと言っちゃうんだけれど、また失敗したなって思って…。自立ってなんだかよく分からないけど、そんな感じです。





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