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新郵政観戦記 2
あたらしい”ふつう”ですか?
【 も く じ 】 ▲ 最新ページ
■ 表札の書き換え
■ ドライブスルーの車止め
■ 三が日は夕刻まで郵便窓口を開きます
■ 「お知らせ」する側の感性
■ 本店の案内係の女性
■ 年末年始の郵便局の営業時間
■ あたらしい不便をつくる
■ どうにか新聞にのる
■ 年賀はがき、ワゴン販売は効果的?
■ 年少者向け切手?
■ ゆうちょ銀行単独の発表
■ 「同じ重さ」と「同じ重量帯」
■ 窓口営業時間、年末年始の特例
■ ローマ字逆転表記の風習
■ 年度の収入の約1割
■ 80円の年賀状
■ 「集配郵便局」をいまは何とよぶ?
■ 「大きな郵便局」と感じる郵便局の一覧 →全国の主要郵便局の一覧表 PDF 194KB
■ 40年の遠回りで実現した白地の普通切手
■ タテ長切手での”逃げ”に反省?
■ ふるさと切手、20年目の”反省”
■ 東京駅前に東京中央郵便局がある意味
■ 日本橋局、歴史説明文への”黒塗り”
■ 営業時間案内の”表現力”
■ 留め置き郵便物のあて先表記法
■ 検索すると”本局”が末尾にくるワケ
■ 気がつけば日曜が定休日に
■ 切手デザイナー森田基治氏のラジオ出演
■ 「ふるいふつう」もたいせつに
■ 休日に開く郵便局の調べ方 →土・日・休日に営業する郵便局一覧 PDF, 262KB
■ かんぽ生命の直営窓口はある?
■ 郵便局会社の色の無理
■ ゆうちょ銀行利用のための基本的情報
■ 東京中央郵便局にできる行例のワケ
■ 1月27日がお年玉の抽せん会
■ 前島密は新郵政会社の設立者?
■ 郵便局の日付印は年に下線つき
■ 50円切手と80円切手の組み合わせ法
■ オシドリ・キジバト・スズメ、なん回目?
■ 「東京中央」が「丸の内」に
■ 横型インクジェット消印の見せ方
■ 切手普及課は郵便事業会社に
■ 消印の日付が読みづらいとき
■ 留め置き郵便物には「支店」の到着日付印
■ 「東京中央留置」は丸の内支店の地下窓口で
■ 郵便局の建物の全体をさす呼び方?
■ あて先方面別ポストの生きのこり
■ 東京駅コンビニの”丸型ポスト”
■ 日本郵便カラーのない濃紺ポスト
■ 湘南電車カラーに「日本郵便」
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▲ 以後の掲載分
■ 表札の書き換え 2008年1月25日
【左】2007年10月撮影 → 【右】2007年12月 (横浜港郵便局のビルの通用口)
10月23日付で写真をのせた横浜港郵便局の建物の職員通用口にある会社名表示プレートが、2007年中には新しいものに変わっていた。同じ建物の中に、郵便局会社・郵便事業会社・ゆうちょ銀行・かんぽ生命の4社が入ると、こういう表札になる。
かんぽ生命の支店がビルに入っているというのに、表札には当初は入っていなかったわけだから、当然の訂正だろう。
当初の「ゆうちょ銀行さいたま支店横浜港出張所」は、「ゆうちょ銀行横浜港店(さいたま支店横浜港出張所)」に表示を変更していた。この地域の利用者にとって、他の都市にある支店の出張所であることは、心情として許せるものではない。
■ ドライブスルーの車止め 2007年12月18日
【左】は現在の局舎ウラ側、路面に記された進路案内が半分埋められ、手前には黄色の自動車進入止めがある。【右】が1998年の開局直後の写真で、この通路の右に切手販売機と小型ポストがおかれて、ドライブスルーになっていた。建物を含めて、現在は撤去されている。
藤沢慶応前郵便局が1998年7月27日に開局したとき、ドライブスルーがある郵便局として注目された。
この郵便局は、神奈川県藤沢市の慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスの入り口にある。局の建物の正面と、ウラの駐車場側のそれぞれに、ポストと自動販売機があった。建物に入ると、ほかの局では見られない記念切手シートや現金封筒・ゆうパック包装用品などの販売機もおかれ、その横に郵便貯金のATMが並んでいた。それらの機械の前の利用者スペースには、インターネット接続したパソコンがおいてあった。
現時点で残っている機械は、ゆうちょ銀行のATMだけ。建物はちょっと大きめで、利用者スペースも広めだが、ふつうの郵便局になっていた。
現在の建物。このウラ手に駐車場があり、写真の左側がドライブスルーになっていた。
■ 三が日も夕刻まで郵便窓口を開きます 2007年12月27日
郵便局会社サイトで12月26日付で告知した年末年始の窓口時間案内の一覧表で1月1日の郵便窓口は、基本的に「休」と示したうえで、「一部の郵便局は営業します 9:00〜12:30」と注記がある。
これだけをみれば、元日に郵便窓口を開く一部の郵便局は、共通して9時〜12時半の半日営業だと思うのが普通だろう。
しかし、ふだんから日曜・休日に郵便窓口を開く郵便局には、日曜・休日でも終了時刻を15時以降にしている場合があり、その局も元日は12時半なのか?
日曜・休日の営業時間がもともと長い東京中央郵便局と横浜中央郵便局について確認してみた。両局ともに郵便窓口の平常の営業時間は、平日が9時〜21時、土曜・日曜・休日が9時〜19時となっている。
東京中央郵便局に掲示された年末年始の郵便窓口案内をみると、1月1日は9時から19時までとなっている。いつもの休日と変わらない。
郵便窓口に限れば、12月29日・12月30日・1月1日がいつもどおりの土・日・休日扱い、1月2日・3日は年始のために休日扱い、12月31日はふだんの平日と変わりがないということになる。
横浜中央郵便局の郵便窓口は、1月1日〜3日が、いつもの休日より2時間短縮されている。それでも、12月29日・12月30日がいつもどおりの土・日・休日扱い、12月31日は平日扱いとなっている。
両局とも、1月1日の郵便窓口は、かつては9時から12時30分までだった。しかし、新年1月1日付の消印をおして年賀状を発送したり、その消印を記念に集める人は多く、時間内で終わらないことがあった。
「三が日もいつもの休日と同じです」「三が日も夕刻まで営業します」としっかり告知しないと、気づきかないで終わる人が多いかもしれない。
横浜中央郵便局には、郵便局会社・郵便事業会社・ゆうちょ銀行の3社合同で年末年始の営業時間案内が掲出された。
■ 「お知らせ」する側の感性 2007年12月26日
「ようやく」という感じだが、年末年始の郵便局の営業時間を、日本郵政と郵便局会社が、26日付で「お知らせ」という形で発表した。
→日本郵政の「お知らせ」
→郵便局会社の「お知らせ」
当ページの12月21日付のとおり、12月29日から平常と変わって、ふだんは土曜・日曜に休む局が29日・30日には営業する。
そうであるのに、なぜ直前の26日発表なのか。
そして、プレスリリース(報道発表)ではなく「お知らせ」という見出しで発表するのはなぜなのか。
その「お知らせ」では、12月29日から1月3日までについて、どんな種類の郵便局が営業し、その時間は何時から何時までなのかが表になっている。
ただ、一部の郵便局で異なる旨が書いてある。その「一部の郵便局」とはどこなのか、なぜ記載しないのだろう。
郵便局の利用者がどんな情報を求めているか、郵政公社の時代よりも広報担当者の感度は鈍くなったと感じる。
【お知らせ】 当サイトの「ナットクできる郵便利用法」で、「年賀状の出し方QA」の掲載を始めました。
■ 本店の案内係の女性 2007年12月22日
22日の朝日新聞「ひと」欄(東京本社版)をみて、「あっ、この人!」と思ってしまった。東京中央郵便局の建物に出入りする機会の多い人には、同じように感じた人が多かったのではないだろうか。当サイト10月1日付「ゆうちょ銀行初日の本店、2007年10月1日」(別ウインドウ)に登場する「女性の案内係」が紹介されている。
記事によると、この人の肩書は株式会社ゆうちょ銀行執行役営業本部長、実質的には本店の店長なのだそうだ。あのとき、ネームプレートの肩書を確かめていなかった。郵政の分社当初は各地の郵便局で、たしかにベテランの管理職クラスの人が案内に出ていた。
記事によると、ゆうちょ銀行本店では1月から、受付時間が事前に電話で予約できるサービスを始めるという。あの「女性の案内係」の発案だそうだ。
ずっと窓口ロビーに立って、なん人もの客から「何時間待てばいいのか」と言われれば、やはり、それなりの改善策ができる。
次は、「混んでる時間が多くて、なかなか予約できない」「予約時間になっても、自分の前の顧客に対応していて、自分にまわってこない」という苦情がこないように、電話予約の受付係もみずからやっていただきたい。
■ 年末年始の郵便局の営業時間 2007年12月21日
郵便局会社・郵便事業会社(日本郵便)・ゆうちょ銀行各社の年末年始の窓口営業時間が、今週になって、郵便局の建物に掲示された。インターネットでの案内は行われていない。あまり目立たせたくないのだろうか。
郵政公社の時代までと大きく変わっているのは、12月28日までは特別な変更はないことだ。12月15日・16日に続いて12月22日・23日・24日の土曜・日曜・休日は、ふだんでも土曜と日曜・休日に営業している一部の郵便局だけしか窓口を開かない。
窓口ではなく郵便物の配達業務のほうは、休日でも12月24日(振替休日)と1月1日(祝日)は、普通郵便物を含めて休みにならない。
これについては、今年度の始まる前から発表されている。
窓口が年末年始の特例的な営業時間に変わるのは、12月29日から1月3日までで、おおむね以下のとおりとなる。
この期間については、従来と大きな違いはない。
→土曜・日曜・休日に営業する郵便局の一覧表(別ウインドウ PDF)
■12月28日〜1月5日の「郵便局」の窓口営業時間 *一部に異なる場合があります。
◆郵便局会社単独の郵便局(以前の「無集配郵便局」)
12月28日(金)‥2007年の年内最終営業日
12月29日(土)‥土曜日のため休み
12月30日(日)‥日曜日のため休み
12月31日(月)‥貯金・保険業務の休業日にあわせた局全体の定例休業日
1月1日(祝)‥祝日のため休み
1月2日(水)‥年始の定例休業日
1月3日(木)‥年始の定例休業日
1月4日(金)‥2008年最初の営業日
◆郵便事業会社支店併設の郵便局(以前の「集配郵便局」)の郵便窓口
12月28日(金)‥いつもの平日のとおりの営業
12月29日(土)‥ふだんは土曜日に休む局も営業(平日より時間短縮する局が多い)
12月30日(日)‥ふたんは日曜・休日に休む局もおおむね半日営業
12月31日(月)‥営業(いつもの平日より時間短縮する局が多い)
1月1日(祝)‥日曜・休日にいつも開く局のみ営業(おおむね半日)
1月2日(水)‥おおむね半日の営業
1月3日(木)‥おおむね半日の営業
1月4日(金)‥いつもの平日のとおりの営業
*「半日」は、基本的に9時00分〜12時30分。
◆郵便事業会社のゆうゆう窓口
12月30日(日)・1月1日(祝)‥ふだんの日曜・休日と同じ時間の営業
12月28日(金)〜1月4日(金)の上記以外の日‥ふだんの平日と同じ時間の営業
◆ゆうちょ銀行直営店の窓口、郵便局の貯金・保険窓口
12月28日(金)‥2007年の最終営業日
12月29日(土)〜1月3日(木)‥休業
1月4日(金)‥2008年最初の営業日
■ あたらしい不便をつくる 2007年12月19日
ゆうちょ銀行の振替払出証書。従来の郵便振替払出証書と類似の配色だが、表題・発行者名を変え、印紙欄を追加。
ゆうちょ銀行の発足にあたって定額小為替の料金が10倍に上がり、利用者から非難されている。9月までは1枚10円だった。あえて ゆうちょ銀行の立場で考えれば、為替証書の印刷・管理・販売事務などにかかる費用を計算すると、1枚10円では安すぎるだろう。
「それでも、いきなり100円ではなく、段階値上げという方法だってある」という反論もあるかもしれない。
非難を承知でなぜ料金を10倍にしたのか? あくまでも想像だが、批判を定額小為替に集中させるためではないだろうか。
定額小為替の10倍値上げのカゲで、あまり話題になっていることがある。
従来の郵便振替口座、現在のゆうちょ銀行の振替口座が、個人用の送金口座としては使いづらいものとなり、かつ企業の利用にも料金負担が大きくなったことだ。
振替口座を使う送金は、定額小為替の利用者よりも送金の回数・金額も多い”得意客”向けのサービスのはずだった。
従来の郵便振替口座は、電話料金や通販代金などの送金先や、株式配当の支払い元の口座などとして、企業に広く利用されてきた。
一方で、離れて生活する家族への送金用口座などとして、個人の送金にも便利であると宣伝されていた。
口座加入者は、加入者に専用の送金指示書(払出書)を貯金事務センターに送れば、送金相手あてにセンターから郵便振替払出証書を郵送するという方法で送金ができた。
その証書の金額と所定の料金が口座から差し引かれ、払出証書は郵便局で為替証書と同じ手続きで現金化できる。
しかし、ゆうちょ銀行は、従来のような文書での送金指示を扱わないことになった。
センターが払出証書を発行する方法での送金は、加入者が送金内容を磁気データでセンターに持ち込んだ場合に限って扱う。
旧郵便貯金は1984年に全国オンライン網が完成し、「ば・る・る」という愛称の口座をもつことで、ATMでも窓口でも、個人間の送金はやりやすくなっていた。
新設のゆうちょ銀行にしてみれば、「ば・る・る」を引き継いだ総合口座を個人用に、郵便振替口座を引き継いだ振替口座を企業用に振り分けたいのだろう。
振替の休眠口座を減らすとともに、低料金では見合わない文書扱いの小口送金を総合口座のオンライン送金にシフトさせれば、事務の効率化がはかれる。ATMを使った口座間送金は、本来の料金は120円のところを、 この10月から1年間は無料にしている。
一方で、加入している企業にとっても、以前の有利さが失われている。
口座のない相手に払出証書を送る場合の料金は、10万円を超える送金では値下げとなっているが、10万円以下の送金では値上げになった。
1万円を超え10万円までの送金に従来は料金230円で証書の郵送までしてくれたものが、いまは料金400円と、別に証書郵送料80円がかかり、さらに3万円以上のときは受取人に200円の印紙税がかかる。
口座加入者間の口座振替による送金は、これまでの文書扱いのときは1回15円で済んだが、それが廃止され、いまは窓口で手続きをする電信送金しか扱わない。この料金は従来どおりではあるものの、1回140円かかる。
送金を頻繁に行う企業・商店にとっては、主に個人が使う定額小為替にまして、値上げを実感する状況になっている。
■ どうにか新聞にのる 2007年12月15日
土曜休業の「集配郵便局」(郵便事業会社の配達拠点の支店に併設される郵便局)に行ったところ、本日15日は休業だった。ふだんは土曜休業の集配局でも12月の15日以降の土曜日は営業するという郵政公社時代までのルールは、引き継がれていない。民営化してもサービスは変わらないと宣言していたはずなのに、人々に気づかれにくいところでサービス水準が落とされている。
次の22日の土曜日は営業するのだろうか。郵便局の郵便窓口の年末年始の営業時間については、郵便局会社サイトにまだ案内がない。
年賀郵便の取り扱い開始は、例年12月15日となっているが、郵便事業会社は必ずしも12月15日に始めなくてもいいという規定になっている。
郵政公社発足前までは12月15日からと省令で決まっていた。が、2003年4月に郵政公社が発足したときから、12月15日から1週間を限度に繰り下げてもいいことに規定が改められた。
今年は土曜日だから、その改正規定を初めて適用して17日・月曜日まで開始日を繰り下げるかと思っていたら、変えなかった。年賀状を早く出してほしいと人々にお願いしているのに、近所の郵便局が休みの日では、お年玉つき年賀はがきが買いづらい。
郵便事業会社も郵便局会社もそれぞれの各地支社も、各地中央郵便局などで年賀状開始の式典を行うことについてインターネットでは事前に予告していない。できるだけ早く年賀状を出してもらうための広報手段として新郵政グループにとって大切な行事であるはずなのに、利用者に参加を呼びかけない。
年末年始の営業時間案内といい、年賀状開始の行事の案内といい、お年玉つき年賀はがきを前回より数多く売らなければいけないと本当に思っている会社とは、とても思えない。
15日。銃の乱射、自衛艦の火災、スキー場のゴンドラの非常停止、「バリ・ロードマップ」の合意など、大きなニュースが集中していた。
それでも、全国紙の東京本社版の夕刊を見るかぎり、吉永小百合さんを招いて行われた東京中央郵便局での開始式典のニュースを伝えている(下記参照)。郵政各社が実質的に全面国有の公共企業であることと、吉永小百合さんがゲストだったことのおかげだろう。
NHK総合テレビの「ニュース7」では、舞妓さんが参加して行われ京都中央郵便局の映像が流れ、30秒ほど取り上げられた。
あまり郵政グループ各社が「民営」を強調しすぎると、ニュースの題材となるのには不利になるばかりだ。
■15日付全国紙東京本社版夕刊の年賀郵便開始の記事 記事面積順(カッコの中は本文行数と写真)
◆日本経済新聞‥16908mm2(40行、親子づれらしき3人の特設ポストへの年賀状差し出し)
◆朝日新聞‥10000mm2(24行、親子づれらしき3人の特設ポストへの年賀状差し出し)
◆読売新聞‥ 8886mm2(26行、特設ポストに年賀状を差し出そうとする吉永小百合さん)
◆毎日新聞‥ 8619mm2(27行、特設ポストに年賀状を差し出そうとする吉永小百合さん)
【注】 写真・見出しを含む記事面積で比較。写真は、日経はモノクロ、他はカラー。本文記事行数は、見出しは含まず、字詰めの少ない部分は本来の字詰めとした場合に換算。
各紙ともに吉永小百合さんの肩書を「女優」としているが、吉永さんご本人は「俳優」と称していることが多い。
■ 年賀はがき、ワゴン販売は効果的? 2007年12月13日
年賀郵便の受け付けが12月15日から始まる。制度のうえでは、この日から12月28日までに差し出された年賀状が「年賀特別郵便」とよばれ、新年をまって元日の最先便から配達されることになっている。
お年玉つき年賀はがきの発売以来、郵便事業会社(日本郵便)は、支店のある郵便局(集配郵便局)の前や、駅前などの繁華街で、ワゴンを出して年賀はがきを販売している。この販売は、年賀はがきの存在を知らせる広告塔のつもりなのか、それとも、実際に利益を上げるための営業活動なのか?
アルバイトの時給が900円として、2人がワゴン販売を5時間つづけた場合、アルバイト代だけで9000円かかる。50円はがき180枚で9000円になるが、これだけでは郵便物として扱う経費が出ない。
郵便事業会社が郵便局会社に支払う手数料が、今年度予算(2007年10月〜2008年3月の6カ月間)で、郵便関係の事業収入の約12%になっている。ワゴン販売の経費も年賀はがきの売り上げの12%で済ませないといけないとすると、仮にアルバイト代以外の費用がかかならないとしても、5時間で販売収入は7万5000円、50円はがきにして1500枚は売る必要がある。
1時間あたり300枚は売らないといけないのだが、これまで見た限り、そこまで売れていないように見える。
年賀はがきの広告には、家庭用のプリンターの広告が相乗りしているものがある。
そうであるなら、パソコン機器の量販店と提携して、そこに郵便事業会社が店を出したほうが効果的だろう。
年賀状を出したい人には、普通紙はがきとインクジェット用はがきと写真用はがきの紙質の別を知りたい人も多い。郵便事業が利用者のことを考えているのなら、紙の違いと印刷の例を示して、実演販売すればいい。
■ 年少者向け切手? 2007年12月12日
冬のグリーティング切手、発売中の2007年分50円切手5枚組シート(左)と、袋・台紙つきで発売された2006年分(右)。
年賀はがきや年賀切手・干支切手が販売される中、クリスマスメールに使える「冬のグリーティング切手」が11月26日に発売された。2003年に最初に発行され、2005年からは毎年発行されている。毎回、50円切手5枚組みシートと80円切手5枚組みシートの2種類があり、それぞれタックラベル式なので、台紙からはがせばすぐに使うことができる。
前回までは、切手に金属箔を印刷するなどの加工もあり、シートには切手だけでなく封緘(ふうかん)シールもつき、説明つきの台紙におさめて透明袋入りで販売された。このときの販売価は、50円切手5枚のシートが300円、80円切手5枚のシートが500円だった。
しかし今回は、封緘シールや金属泊印刷もなく、袋も台紙もつかずに、50円切手5枚のシートが250円、80円切手5枚のシートが400円と、額面どおりで販売されている。
仕様や販売価は変わっても、毎回のデザインの考え方は変わっていないようだ。絵本の画家、子供を描くことが得意な画家に依頼し、どちらかといえば「年少者向け」という印象をあたえる。
しかし、世の中には、このように「かわいい」ものを嫌う人もいる。外国あてのクリスマスメールであれば、広重の浮世絵を再現した国際文通週間の切手があるのに、その国内料金の切手がない。
昔は手紙を書く機会が多かった年齢層の高い世代も意識して切手を作り、定年退職のあいさつなどを含めて郵便利用を促す方策を考えないと、若い層以上に郵便のお客様が少なくなる。
■ ゆうちょ銀行単独の発表 2007年12月11日
ゆうちょ銀行は12月3日に、「お正月も、ゆうちょ銀行ATMをご利用いただけます」と発表するととにも、年末年始の貯金窓口とATMの営業時間を明らかにした。
このような案内そのものは必要なのだが、以前は日本郵政公社として郵便局全体についての年末年始の営業時間を案内していた。いま日本郵政グループ全体として情報をまとめないということは、分社の悪い影響だろう。ゆうちょ銀行として、完全民営化の後に郵便局から撤退しやすくするための最初の方策だろうか。
この発表で、12月31日から1月3日まで窓口については「休み」としている。貯金窓口については「休み」で間違いはないが、郵便局全体として休みところもあれば、郵便窓口は開いているところもある。ゆうちょ銀行が単独で発表するから、他の窓口については知らんぷり状態だ。
さらに、窓口を18時まで開いている68カ所とはどこなのか、夜の23時55分まで動いているATMの16カ所とはどこなのか、一覧表を示していない。郵便局の名前を単純に並べるだけでも役に立つというのに。
情報の伝え方が、郵政公社の時代よりも劣化している。
■ 「同じ重量」と「同じ重量帯」 2007年12月10日
電話料金やクレジットカード代金などの明細通知には、郵便区内特別郵便物として届くものがある。以前は「市内特別」とよばれていたものだ。
ひとつの集配郵便局の配達区内あてだけに、定形郵便物または定形外郵便物を100通以上まとめて発送するとき、その集配局から差し出せば割引料金が適用される。それが市内特別郵便物だった。
しかし、地方公共団体の「市」の区域とは異なるので、日本郵政公社が設立された2003年4月から「郵便区内特別」に改められた。
郵便区内特別であれば、定形で25gまで(一般料金だと1通80円)であれば65円で、定形で50gまで(同90円)であれば75円で送ることができる。
この郵便区内特別の適用を受けるためには、郵便物の形状・重量・取り扱いを同一にするという条件が示されてきた。
しかし、クレジットカードなどの利用明細書は、利用回数が多いと枚数が増えることがある。外見がまったく同じ郵便物でも、重量が数グラムだけ変わる。
このような重さの違いがあった場合に、郵便区内特別郵便物として一括に出せるのかどうか。
もし、合計で100通差し出すとき、40gのものが90通、44gのものが10通だと、どちらも100通に達しないとして特別料金は適用されないのか?
料金についての規定が、このような疑問を感じさせる内容になっていた。
郵政公社の時代、実際のところは、料金明細のように同じ形で発送される郵便物は、中身の枚数の差があっても、同じ料金の適用を受ける、あるいは、重量であれば、「重量が同一」として扱うことにしていた。
10月の郵便事業会社が発足にともなって発表された新たな料金規定では、ただし書きが追加され、同じ料金が適用される「重量帯」であるものについて特別料金が適用されるとういことが明記されている。[注]
問題は、この補充規定が窓口でしっかりと適用されるかどうか。
もし窓口で「全部が同じ重さでなくてはダメですよ」と言われたら、「同じ重量帯にあればいいと、ルールが明文化されたんですよね」と確認すればいい。
窓口でラチがあかないときは、上司を呼んでもらうとか、支社に確かめてもらうとか、しっかりと主張したほうがいい。
【注】内国郵便約款(料金表)から、第1表(第一種郵便物の料金)第1(適用)2(特別料金)の(1)ア(ウ)の注3
http://www.post.japanpost.jp/about/yakkan/index.html
■ 窓口営業時間、年末年始の特例 2007年12月9日
今週は12月15日に年賀郵便の取り扱いが始まる。当日は土曜日。ふだんだったら多くの郵便局が土曜日を休む。
しかし、昨年末までの窓口取扱時間の基準だと、12月中の15日以降の土曜日は、祝日ではない場合、いつもなら土曜休業の集配普通郵便局も郵便窓口が半日営業することになっていた。
「郵政民営化」によってもサービス水準を下げることがないとしたら、郵便事業会社の支店の併設されている郵便局は、12月15日には半日営業する必要がある。
郵便局の年末年始の営業時間は、前回(2006年12月〜2007年1月)まで次の特例が定められ、集配郵便局の休みが少なくなるようになっていた。
(1) 12月15日から31日までの間に土曜日があるときは、ふだんは土曜休業の集配郵便局も、その土曜日は郵便窓口を9時から12時30分まで開く。
⇒このルールが適用されるとすれば、本年は12月15日・22日・29日が該当する。
(2) 12月29日から31日までに日曜日があるときは、ふだんは日曜休業の集配郵便局でも、その日曜日は郵便窓口を9時から12時30分まで開く。
⇒このルールが適用されるとすれば、本年は12月30日が該当する。
(3) 12月31日は金融機関の休業日であるため、貯金窓口は営業せず、無集配郵便局は原則として局全体を休業にする。
⇒このルールが適用されるとすれば、本年であれば12月31日が月曜日であるため、貯金窓口と、支店併設のない郵便局の大半は、28日・金曜日が年内最終営業日となる
(4) 1月1日(祝日)は、ふだんから日曜・休日に郵便窓口を休業しない局に限って営業する(ふだんの日曜・休日と同じ)
(5) 1月2日・3日は、曜日に関係なく、集配郵便局ほか一部の郵便局の郵便窓口を 9時から12時30分まで開く。
実際は、どのようになることか?
以前の集配郵便局は、郵便事業会社の支店と郵便局会社の郵便局とに分かれてた。郵便の配達・運送のために、支店のほうは1年365日休みがない。が、郵便局の窓口のほうは、休んでしまえばそれまで。サービス水準を以前より落とすことは、すぐにでもできるのだが…。
■ ローマ字逆転表記の風習 2007年12月8日
外国あて国際郵便物に日本の住所(リターンアドレス)を書くとき、郵便事業会社(日本郵便)サイトでの「国際郵便」の案内ページは、次の方法で書くように案内している。
1-1 Haga-cho / Haga-ku Tokyo / 111-1111 Japan
(郵便番号と区名以下は架空。原文では「/」はなく、そこで改行)
素朴な疑問。なぜ、ひっくり返す必要があるのだろう。
国名は、相手が返信のあて名を書くときに、国際ルールによって末尾に記す必要がある。相手国の郵便取扱機関でその国名を読んで、日本あての便に積み込まれる。しかし、あとは日本に着いてから、郵便番号などによって区分けされる。
だから、
111-1111 Tokyo Haga-ku Haga-cho 1-1 , Japan
のようにすればいいではないか。
そして、郵便番号は「Haga-cho」まで示すわけで、郵便事業会社では、国内のあて名について市区名までは省略していいと案内している(郵便番号と「Haga-cho」との一致を、配達拠点で確認する)。そうであれば、次の表記でもかまわないことになる。
111-1111 Haga-cho 1-1, Japan
日本郵政グループが「あたらしいふつうをつくる」のなら、住所をローマ字表記では逆転させるようなヘンな慣習を改めないといけないだろう。
郵便の分野だけの問題ではないが、日本の国名を「JAPAN」と表記することや、日本の地名をヘボン式ローマ字で表記すること自体が、英語を偏重している。せめて郵便の分野なら、万国郵便条約の原文がフランス語で作成されていることを考えて、国名は「JAPON」と表記すべきだろう。
日本の切手には、1966年から「NIPPON」と表示されている(最近は「Nippon」の表示もある)。国際舞台での日本の国名を日本語の「NIPPON」に変えようとする動きはないのだろうか?
2002年サッカーW杯記念切手
のシートから(部分)‥
切手発行国は NIPPON、
大会開催国は JAPAN。
■ 年度の収入の約1割 2007年12月4日
お年玉つき年賀はがきの販売のために郵便事業会社(日本郵便)は、テレビでコマーシャルを流したり、駅前などの繁華街に臨時販売所を設けたり、配達担当者も受け持ち地域で注文をとったりと、いろいろな方法をとっている。
今回の年賀はがきの発売総数は、39億1650万枚で、前回より3%多い。−−ということはマスコミで報道されている。しかし、その販売期間が例年より長く1月18日まで延びていることを含め、力を入れて売る必要がなぜあるのか、しっかりと伝えてくれるメディアは少ない。
販売に力を入れる最大の理由は、郵便事業の年間の営業収入のほぼ1割を、年賀はかきの収入にたよるためだ。
もし年賀状の利用が減るとしたら、それを前提とした事業規模縮小が必要になる。年賀状を出す人が少なくなれば、そのほかの時期にも手紙を出す習慣をもつ人が少なくなり、営業収入がさらに減ることにもなるだろう。
すでに特殊切手(記念切手など)の販売収入は、2006年度は4年前の2002年度の3分の1以下という金額にまで減っている。
以前だったら、毎回の記念切手をシートで買うコレクターや、好みの切手を余分に買い込む手紙愛好者の購買意欲に期待できた。しかし現代では、必要な人が必要最低枚数しか買わないという状況のようだ。かりに記念切手の販売額が増えたとしても、その切手はいつでも郵便料金として使えるわけで、利益の増加にはつながらない可能性がある。
日常的に販売されている普通切手を含めて切手収入が大幅な減収になっているということは、手紙のために切手を余分に買い置きしておく習慣がなくなっていることを物語っている。
だからこそ年賀はがきについて郵便事業会社は、種類を増やし、販売期間を延ばしてでも売り切りたいと考えるのだろう。39億1650万枚の全部が売れれば、1枚50円の郵便料金部分の合計収入は1958億円余りになる。ディズニーのキャラクターをはじめとして多くの種類があることで、買い求めた年賀はがきの一部を記念に保管してくるれる人も少しはいてくれると、郵便事業会社としては助かることになる。
■ 80円の年賀状 2007年12月3日
年賀状は、お年玉つき年賀はがきで差し出されるものが大半だが、ふつうのハガキで差し出しても封書(手紙)で差し出してもいいことになっている。
正月に配達する年賀状を年末に預かる制度である年賀特別郵便は次の郵便物が対象だ。(内国郵便約款第144条第2項)
◇定形郵便物、郵便書簡(ミニレター)
◇はがき(往復はがきを除く)
◇点字郵便物(定形郵便物のサイズの範囲)
それでも年賀状がお年玉つき年賀はがきばかりなのは、郵政の戦略だといえるだろう。
お年玉つき年賀はがきの存在を目立つものにして、「年賀状はお年玉つきはがきで差し出すもの」「クジのないハガキでは、相手に失礼かもしれない」と人々に思わせることに”成功”している。
郵政の側としては、お年玉商品を用意する費用をかけたとしても、はがき1枚1枚に番号があるために枚数が数えやすく、このはがきで差し出された年賀状には消印を押さないなど、メリットがある。
12月3日、来年のえと「子(ね)」の文字を主題にした切手が新発売になった。干支文字の切手は、酉(とり=2005年)、戌(いぬ=2006年)、亥(い=2007年)につづいて3回目。80円切手10種類組み合わせのシートが毎年この時期に発売され、手紙の年賀状にも使えるようになっている。
ただ、お年玉つき年賀はがきにぐらべて、宣伝に力が入れられていない。それでも、前回まで毎回100万シートだった発売数が、今回は130万シートに増やされている。
郵便事業会社としては、切手をはった年賀状のほうが、消印を押す必要があるだけ、ふつうの年賀はがきよりも扱いに手間がかかる。子の年に生まれた人をターゲットに記念品にしてもらうなどの方策を考えれば増収につながるかもしれないが、そのような意図での宣伝はしていないようだ。
■ 「集配郵便局」をいまは何とよぶ? 2007年12月1日
写真のような建物は、郵政公社の時代までは「集配郵便局」とよんでいた。単に「郵便局」とよぶこともできた。
この建物を、いまは何とよべばいいのだろう。郵政の分社・株式会社化から2カ月間、郵便や貯金について説明するときに困ることが多い。こういう基本的なことを日本郵政グループは明確にしていない。
以前の集配郵便局の大半は、郵便事業会社の資産になった。その建物の中に、輸送・配達を受け持つ郵便事業会社みずからの支店のほかに、郵便局会社・ゆうちょ銀行が入居するというかたちをとっている。建物によっては、ゆうちょ銀行が入っていない場合や、かんぽ生命も入っている場合もある。
そのことを単純に考えれば、以前の集配郵便局の建物やテナントの店舗は「郵便事業会社○○支店ビル」 「○○支店ビルにある○○郵便局」 「○○支店ビルのゆうちょ銀行○○店」とよぶ方法が適切だだろう。
しかし、これでは地元の人たちに通じにくい。以前の集配郵便局の名前は、地域でなじんだものになっていて、交差点やバス停の名が「○○郵便局前」となっている例も多い。
実際のところ、集配郵便局だった支店の建物の多くは、以前の「○○郵便局」の看板をそのままにしている。
そうであれば、いままでどおりビル全体を「○○郵便局」とよぶほうが合理的だろう。
しかし日本郵政グループは、どんな呼称にするのか、利用者に向けて案内していない。
その案内をしないで、「日本郵便」のロゴの赤の色は<新しい時代のユニバーサルサービスを表す現代的な「ゆうびんレッド」>だと言い、親会社「日本郵政」のロゴのほうは「ゆうせいレッド」、郵便局会社・ゆうちょ銀行・かんぽ生命それぞれのロゴは「ゆうびんきょくオレンジ」「ゆうちょグリーン」「かんぽブルー」と明確に発表している。
NHK歳末たすけあいの義援金の受付窓口に、昨年まで「郵便局」とあったものが、「郵便局およびゆうちょ銀行直営店」と書いてある。「郵便局の建物」は従来どおり「郵便局」とよぶということを日本郵政が明確に決めていれば、NHKも字数を増やす必要はなかった。
郵便物輸送と窓口の会社を分離したこと自体に問題があるのだと思うが、分離するのなら、窓口会社の名は「郵便局株式会社」ではなく「郵便窓口株式会社」など別の名にするべきだっただろう。そうしておけば、建物について「郵便局」の名を残し、「集配郵便局」「輸送拠点の郵便局」「大きな郵便局」などといった表現もできる。
「小規模な郵便局は郵便窓口会社だけが入る。集配郵便局は郵便事業会社と郵便窓口会社が入り、ゆうちょ銀行・かんぽ生命が入ることもある」と、あたりまえのことが簡単に説明できることにもなる。
■ 「大きな郵便局」と感じる郵便局の一覧 2007年11月30日
写真の日付印(消印)は、新しい切手・はがきの発売日に限って使われるタイプで、公式には初日用通信日付印という名がついている。
上の2種は普通の和文日付印・欧文日付印と同じ形だが、日付の下にハトのマークが入っているので「和文ハト印」「欧文ハト印」とよばれる。
下の日付印は、発売日専用の様式で、卓上型の押印機で押されることから「機械ハト印」と呼ばれる。
郵政公社の時代まで、これらのハト印は、全国の61の郵便局だけで毎回使われてきた。
このほかに、記念切手の発行日などに使われる絵柄入りの特印と呼ばれる日付印(特殊通信日付印)というものもある。郵政公社の時代まで、前記のハト印使用局を含む126の郵便局で用意されていた。、
その使用局を都道府県別に整理して一覧表を作ってみると、全国の中央郵便局全52局を含んでいる。貯金窓口を午後4時ではなく午後6時まで扱う都市部の主要局も、大半を含んでいる。これらの局は郵便窓口のほうも、営業時間が長い局や土曜・日曜に営業する局が多い。
10月の分社後も、以前からのハト印定例使用局61局、特印の定例使用局125局には変更がない。
さらに、これらハト印を使う全61局それぞれに入っている郵便事業会社支店も、ハト印を使うようになった(写真は、そのうちの3支店のもの)。特印については、全126局のうち、支店が入っていない5局を除いた120支店でも使うようになった。
そこで、ハト印・特印の定例使用する郵便局と支店、ゆうちょが午後6時までの郵便局を、ひとつの一覧表にまとめてみた。結果として、主要郵便局と感じる郵便局・支店の一覧表となる。
新郵政グールプのインターネットの案内では、「この地域にはどんな郵便局があるか」「この郵便局の窓口別の営業時間はどれほどか」と場所限定の検索には対応するが、「自分が住む県と近県で”大きな郵便局”といったらどこなのか」「自分の住む地方に、貯金窓口が午後6時までの郵便局はどこなのか」といった広域的な検索にはあまり役立たない。
11月15日付で掲載した土・日に営業する郵便局の一覧表とあわせて、ご参照ください。
→新 全国の主要郵便局の一覧表 PDF 194KB
→土曜・日曜・休日に営業する郵便局の一覧表 PDF 262KB
■ 40年の遠回りで実現した白地の普通切手 2007年11月26日
1967年7月の刷色検知導入時に発行された15円切手から、2007年10月発行の80円切手まで、定形基本料金の主な切手。
料金は、15円(1966年改定)→20円(’72)→50円(’76)→60円(’81)→62円( ’89)→80円(’94)と変更されている。
50円と80円の新普通切手(10月1日発行)は、白地のデザインになっている。これまで40年間、手紙・はがき用の普通切手は、白地にできなかった。ポストから集められた郵便物に消印を押す郵便物自動取りそろえ押印機の機能による制約だった。
この機械は、最近の一般的なもので1時間に1万6000通ほどの押印をする。機械にかけられた郵便物は、1通1通の切手の位置を検知することで向きをそろえ、郵便物の一定位置に消印を押す。
機械に切手を検知させるためには、印面の上辺と下辺それぞれ0.5mm幅について、青か緑の特定の1色だけで刷る必要がある。
機械の中で郵便物は縦方向(長辺方向)に進むので、それに直角な特定色の平行棒から切手を検知する。郵便物が横長だと横方向(やはり長辺方向)に進むことになるので、その検知のためには切手の左右辺にも平行棒が必要になる。
この刷色検知(さっしょくけんち)または色検知(いろけんち)とよばれる方式は東芝が開発し、1967年に実用化された。
手紙・はがき用の普通切手は、上下辺の平行棒(縦長郵便物用)と左右辺の平行棒(横長郵便物用)を組わ合わせた色検知枠が印刷されるようになった。明確な枠のない切手もあるが、それでも印面外周は0.5ミリ以上の幅で1色だけで刷られている。
刷色検知方式は、あくまでも小型の切手を前提にしている。大型の切手には対応できない。当時は記念切手はコレクションされるものが多かったため、支障にならなかった。
刷色検知の開発時には、切手に発光剤をぬってその反応を検知する発光検知(または光検知)の実験も進められていた。しかし、発光剤のために切手の製造経費が1割ほど高くなることから、切手製造に特別な材料が必要にならない色検知のほうが実用化された。
ところが、1980年代になって記念切手の郵便物への使用が増えてくる。そのために、いったんは導入をとりやめた発光検知方式も併用せざるをえなくなる。
こんどは切手に発光剤をぬるのではなく、特定の波長の紫外線に反応する用紙を特製し、それを記念切手に使うことになった。この時期から導入された郵便物自動取りそろえ押印機は、刷色検知できない郵便物について発光検知するようになっている。
1994年からは、発光検知対応の特製用紙が普通切手(写真の緑色地の80円切手など)にも使われている。それでも、縦長郵便物用の上下辺の平行棒は残され、発光検知に未対応の機械で自動処理できない郵便物を少なくするように配慮された。
郵便事業会社(日本郵便)サイトに「切手デザイン 文化の小さなキャンパス」というページができ、その中の「切手のトピックス」で、新普通切手が白地になったことについて「技術の進歩に伴って、今回のデザイン変更では、色検知バーが必要なくなりました。」と説明している。
郵便機械に新技術が導入されたかのような印象をうけるが、実際には15年も前から発光検知は採用されている。要は、現時点で全国的に発光検知に対応できるようになった、ということなのだろう。むしろ、40年前の時点で技術が進んでいなければ、刷色検知による切手デザインへの制約は存在しなかった。
■ タテ長切手での”逃げ”に反省? 2007年11月22日
【左4枚】 ふるさと切手京都府「京の四季」 / 原画‥尾崎真悟 (2000年発行)
【右2枚】 ふるさと切手三重県「第25回パラシューティング世界選手権」 / 原画‥横尾忠則 (2000年発行)
11月22日、郵便事業会社は2008年1月23日発行の「YOKOSO! JAPAN WEEKS」の記念切手の内容を発表した(→郵便事業会社の報道発表)。春夏秋冬の富士山や季節の植物の写真を再現したもので、80円切手10種類組みのシートの形に構成されている。
切手1枚の寸法は、横45.0mm×縦33.0mm。郵便事業会社の発表文書には書かれていないが、定形郵便物の基本料金が1994年に80円になってから、このサイズの横長の80円切手が発行されるのは初めてだ。この横長サイズは、国際郵便の料金の切手の専用だった。
これまで、切手の大きさは違ったとしても、定形用80円の横長の記念切手だけで構成されたシートは少ない。今回が1999年7月以来6回目で、初めの4回は1994年の3回と翌95年の1回だった。
シートの中の一部の切手、あるいはグリーティング用のシール式切手には横長のものがあるものの、ふるさと切手を含め、21世紀になってからの80円切手は大半が縦長だ。
1990年代前半までは横長の記念切手も数多く発行されていたが、横長切手を封筒にはると郵便番号枠がかくれるというクレームが寄せられることが多く、新聞の投書欄にも掲載された。
たしかに、以前から数多く使われている長形4号封筒(B5判横4つ折り用、横90mm×縦205mm)だと、郵便番号枠の左側の余白は幅35mmしかないため、この空きには横長切手をはりにくい。
ただ、記念切手の全種類が横長であるわけではなく、手紙の愛好者で横長切手を使うとしたら、封筒の向きを変えるとか、洋形封筒などサイズの封筒を使うとか、工夫をするだろう。
その方法を案内して、封筒の選び方にも気を配る郵便愛好者を増やせばいいだけのことなのに、郵政省(当時)は国内郵便料金の切手は縦長を原則にするという方法を選択してしまった。
だから、横長サイズのほうがデザインしやすいかもしれない風景図案切手も、原画を縦長に描いている(例=写真の左4枚)。どうしても横長の原画を使う必要があるために、絵を左右に二分して切手を2枚にしてしまった例(=写真の右2枚)もある。
富士山の写真の切手を、縦長だけでそろえることも、左右に二分することも、今回はできなかったのだろう。デザインの必要に応じて、横長の80円切手も出せばいい。ただ、それだけ。当たりまえのことだ。
■ ふるさと切手、20年目の”反省” 2007年11月20日
写真の切手シートは、東京都のふるさと切手として8月1日に発行された。広重・歌麿・写楽の浮世絵を再現した80円切手10種類の組み合わせシートで、「江戸名所と粋の浮世絵」という題名がついている。
東京都のふるさと切手なので、日本郵政公社東京支社(当時)が企画し、東京都内の郵便局で発売された。郵便に使うときは全国で有効だが、東京都以外で販売している場所は一部の郵便局に限られている。
このシートを見たとき、感じた。「いくら江戸名所でも、東京地方区の題材ではないよ」
ボストン美術館所蔵品を原画にしている。
日本の従来の浮世絵切手は、もっと大きいサイズの切手に再現されていた。
各地ふるさと切手としての標準サイズであるため、原画での細かい描写は切手に生きておらず、10種も組み合わせているために「安っぽさ」さえ感じてしまう。
ふるさと切手は、竹下登内閣が「ふるさと創生」を言っていた1980年代後半(昭和の終わり)に企画され、1989年4月に発行が始まった。郵政公社の支社(当初は郵政省の地方郵政局)ごとに企画するため、各地の名所や動植物などを題材に、バラバラの絵柄の切手が発行されてきた。郵政公社本社(当初は郵政省本省)の切手専門デザイナー(11月10日付参照)がほとんど関係しないため、切手の大きさ(小ささ)に縮めたときの印象や、国名の文字や金額の数字の配置を考えないでデザインされる例も目立った。
全国一律サービスを強調している「日本郵便」なのに、このようなローカル商品をつくっている場合ではないだろう。「ふるさと」の印象を悪くするのでは、なおさらのことだ。
郵便事業会社が11月9日に発表した2008年度の特殊切手・ふるさと切手発行計画によると、ふるさと切手の地方単位での企画・販売は行わないことにしたそうだ。今後は、題材の選定・企画・デザインを本社として行い、全国の郵便局で販売するという。ようやく、気づいたのですね。
2008年8月1日には再び「江戸の浮世絵」のふるさと切手を発行するという。2007年8月1日の東京のふるさと切手(写真)を上回る出来にしなければいけない。
■ 東京駅前に東京中央郵便局がある意味 2007年11月27日
丸ビル高層化前の東京駅前‥右が丸ビル(丸ノ内ビルヂング)、左の低いビルが東京中央郵便局
これまでの集配郵便局の大半は郵便事業会社の資産となったが、東京中央郵便局や大阪中央郵便局の建物は郵便局会社の資産となった。駅前にある局舎を超高層ビルに建てかえ、不動産ビジネスを始めることで郵便局会社の収入源にするという計画だ。
しかし、昭和の建築物としての価値が認められている局舎を壊すことが問題となっいる。
そして、周辺のビルが超高層化になる中で郵便局のビルまで高くして、どこまでテナントが入るかという心配もある。国民の年金保険料が宿泊施設に消えたのと同じ結果にはならないのか?
現時点で、持ち株会社の日本郵政は国の持ち物だ。下手な経営をすれば、それこそ「税金による補てん」が必要になってしまうし、株式売却もしにくくなる。
東京中央郵便局のビル(1931年完成)を超高層にしようという計画は、「東京の中心に郵便の拠点は必要はない」という発想がもとになっている。「郵政民営化」の案をまとめてきた学者には、「この人は郵便についての知識が十分にあるのか?」と思わせる発言をする人がいるから困る。
東京都区内の郵便物の輸送拠点としての機能は、1990年から新東京郵便局(現・郵便事業会社新東京支店、江東区新砂)に移っている。
いま東京中央郵便局のビルにある郵便事業会社丸の内支店の主な役割は、大手町・丸の内・霞が関地区の集配拠点としての機能だ。この地域に集配拠点の代替地があるとでもいうのだろうか。
丸の内支店が受け持ち地域で集めた他府県あて郵便物は、新砂(しんすな)の新東京支店に運ばれる。あて先によっては、新東京支店の羽田空港の分室に運ばれる。これにより、那覇・福岡・大阪・札幌などへの郵便物が差し出し翌日に届く。都区内あて翌朝郵便であれば、差し出しの締め切り時刻は深夜24時00分となっている。この状況を知っている人は、電車に乗ってでも東京駅に行き、東京中央郵便局の郵便窓口または丸の内支店のゆうゆう窓口から郵便物を差し出す。
その丸の内支店をなくせば、都心に郵便物を配達する機能は低下するし、”便利な郵便局”としての魅力は薄れる。東京中央郵便局の建物は、東京駅前にあるということ自体に意味があるのではないのか。
朝日新聞東京本社版11月27日付に、「名建築・東京中央郵便局舎に超高層化の危機」という記事が掲載された。超高層にした場合には建築費返済にリスクが大きく、むしろ建て替えをしないで未利用の容積率を売却したほうが収益性があるという試算を紹介している。つまり、郵便局としては高層化しない分の権利を、周辺の他のビルの高層化のために売却したほうがいいというものだ。
「郵政民営化」を推進してきた”学者さん”とは違って見識がある、と感じてしまった。
■ 日本橋局、歴史説明文への”黒塗り” 2007年11月14日
日本の郵便創業地を示す説明プレートがある日本橋郵便局入り口 (左は2007年10月以降、右は2007年9月)
東京の日本橋(にほんばし)郵便局(中央区日本橋一丁目)の入り口には、「郵便発祥の地」のプレートがある。郵政事業が分社・株式会社化した10月から、その説明文の一部に黒いテープがはられ、10文字ほどが”黒塗り”になっている(写真左)。
ここは明治四年三月一日(1871年4月20日)わが国に新式郵便制度が発足したとき駅逓司■■■■■■■■■■と東京の郵便役所 (四日市郵便役所とも呼ばれ 現在の東京中央郵便局) が置かれたところです
たまたま9月に撮影していた写真(右)で確認すると、黒塗り部分は「(現在の日本郵政公社)」とあった。このプレートは当初は日本郵政公社の名で掲出された(その部分に郵便局会社のロゴがはってある)。公社設立時は民営化は行わないことになっていたのだから、こんな訂正が必要になるとは想定外だろう。(郵政公社設立の後は「民営化等の見直しは行わないものとする」と中央省庁等改革基本法第33条第1項第6号にいまでも規定されている)
駅逓司(えきていし)は、郵便事業開始直後に駅逓寮(りょう)に昇格し、1885年に逓信(ていしん)省、1949年に郵政省になる。
説明文をいま作るとしたら、「駅逓司 ( 旧郵政省の前身) 」ぐらいが適切だろう。
それよりも、文中の「東京の郵便役所」についての「現在の東京中央郵便局」という注記のほうは、黒塗りにしなくてもいいのだろうか。
東京駅前のいまの東京中央郵便局の建物が1933年に開業するまで、この日本橋郵便局の場所が東京の本局、のちに東京中央郵便局だった。
だから、日本橋にあった東京郵便役所は、窓口部門については「現在の東京中央郵便局」で問題ない。
しかし、国内各地との輸送拠点としての機能は、現在は郵便事業会社丸の内支店や新東京支店の役割となっている。
郵便郵便創業地の記念プレートを、郵便局会社だけで自社の歴史として説明しようとしたことに、間違いがある。
■ 営業時間案内の”表現力" 2007年11月25日
郵便局の窓口営業時間の案内掲示は、11月5日付と11月8日付とで改善案を示したとおり、欠点が目立つ。実際に土曜・日曜に郵便局の建物の前に近づいてみると、さら気づくことがある。
写真の例は、以前の無集配特定郵便局の営業時間案内で、郵便局会社だけの窓口がある郵便局の多くで見られる。
本日は日曜日。「郵便」は扱うかどうか?
左欄に「お取扱い時間」として「平日」の文字があり、ここに平日の営業時間が書いてある。日曜日はどうなるのかを調べようと思っても、「平日」の文字のあとにあるカッコの中の「土、日、休日を除く」は小さすぎる。
土曜・日曜・休日が休みになることを明確に伝える気持ちがあるのなら、「平日」と「土・日・休日」とを同格で示し、「平日」欄には具体的な時間を、「土・日・休日」の欄には休みになることをそれぞれ明示するのが、利用者の利益というものだろう。
案内の下のほうのATMについては、掲示に「ATMお取扱い時間」という見出しがありながら、上のほうにある「お取扱い時間」については、「郵便」とか「窓口」といった言葉が付かずに単に「お取扱い時間」となっている。ATMの取扱時間については「平日」「土曜」「日曜・休日」を一列にまとめて示したほうが゛自然で見やすいだろう。
こういった示し方に、何の意図があるだろう。このデザイン?を採用する感覚も理解しづらい。
これから年末、窓口の営業時間がふだんと変わることがある。貯金窓口の年内最終営業日とその終了時刻、年末年始にも開く郵便局とその時間など、日本郵政グループは利用者にわかりやすく表現してくれるだろうか?
■ 留め置き郵便物のあて先表記法 2007年11月19日郵便局留め(留め置き)の郵便物を出す場合、あて先は、「(郵便番号)***−**** ○○郵便局留置 ○○○○様」のように書けば、その郵便局に留め置かれる。
「東京中央郵便局留置」と書けば郵便局の窓口に届き、「丸の内支店留置」と書けば支店の窓口に届く−−などという説があるが、現実にはどちらも丸の内支店の窓口に届く。このことは、このコラムの10月4日付でお伝えしている。
心配であれば、「○○支店留置 ○○○○様」のほうが安心できる。郵便局窓口が開いている時間よりも、支店の「ゆうゆう窓口」のほうが営業時間が長い。
しかし郵便事業会社のルールでは、局名や支店名を書かなくても、あて先の住所を書いて「留め置き」であることを明示すれば、その配達担当の支店に留め置かれることになっている。
103−0007 中央区日本橋浜町9−9−81
郵便事業株式会社支店留置 石原 一太郎 様
あて先をこのように書けば、「103」の区域を受け持つ日本橋支店(日本橋郵便局のビル)の「ゆうゆう窓口」に留め置かれることになる。このルールの趣旨は以前から変わっておらず、郵政公社の時代には単に「郵便局留置」と肩書きすればよいことになっていた。
実際には周知されていない方法なのかもしれない。
◆内国郵便約款から関係部分抜粋 *以下[ ]部分は当サイトとしての注
(留置郵便物の取扱い)
第79条 事業所留置の表示のある郵便物(以下「留置郵便物」といいます。)は、その郵便物の配達を受け持つ事業所が指定するところによりその事業所又はその事業所に併設する郵便局等に留め置き(郵便物の表面に事業所の表示があるときは、その表示された事業所が指定するところによりその事業所又はその事業所に併設する事業所に留め置きます。)、受取人の来店を待って交付します。[後略]
(用語の定義)
第3条 [前略]次の用語についてはそれぞれ次の意味で使用します。[中略]
3 事業所/当社[郵便事業株式会社]の営業所その他の事業所(4に規定する郵便局等を含みます。)
4 郵便局等/当社が郵便窓口業務を委託した者の営業所[現時点では郵便局と簡易郵便局]
■ 検索すると”本局”が末尾にくるワケ 2007年11月16日兵庫県の姫路郵便局の場所と営業時間を調べようと、郵便局会社サイトの郵便局検索(「郵便局をさがす」と題名のあるページ)で、郵便局名を「姫路」と入れた。結果は、名前に「姫路」を含んだ郵便局など77件・画面4ページ分の一覧表となった。
77件のうち頭の2件は姫路市内のATMだけの出張所。そのあと、姫路青山北郵便局・姫路青山郵便局・姫路網干郵便局…とつづいている。「ただの”姫路局”がのっていないわけがない」思ってページをめくっていったら、最終の4ページ目、おしまいから3件目になってようやく「姫路郵便局」が出てきた。
市区名がそのまま名前になっている弘前局(青森県)・世田谷局(東京都)・松江局(島根県)などを検索しても、同じようなことが起こる。「市区名+地名」という局名の一覧(弘前本町・世田谷明大前・松江本郷のような形の名の局のリスト)が何ページ分か出てきて、その最終ページに「市区名」だけの局が出てくるのだ。
世間で”本局”とよばれるような局がなぜ末尾なのか。あまりに単純すぎて、理由がわかるまで時間がかかった。
「姫路」と「姫路青山」だったら「姫路」のほうが先だが、「姫路郵便局」と「姫路青山郵便局」だったら「姫路青山郵便局」のほうが先なのだ。「ひめじあおやまゆうびんきょく」「ひめじゆうびんきょく」と「郵便局」までカナにしたときの五十音順に並べるという仕組みになっていた。(だから、姫路青山郵便局よりも姫路青山北郵便局のほうが先にくる)
市内・区内の中心局(郵便事業会社支店の併設された旧集配局、いわゆる本局)を検索する全国の利用者が、同じ面倒を感じているのだろう。
この検索サイトで姫路局の詳細画面に早く行き着こうとするなら、「姫路郵便局」または「ひめじゆうびんきょく」と入れる必要がある。
では、町名の中の”丁目”を示す漢数字のついた名前(□□一、□□三、□□五という形の局名)があると、局名は数字順に出てくるのか、ただの五十音順に出てくるのか? こういうときに使う検索ワードは、「代々木」がいい。
結果は、やはり”本局”が末尾になり、郵便局は次の配列順になる。
元代々木郵便局 → 代々木五郵便局 → 代々木三郵便局 → 代々木二郵便局 → 代々木郵便局
■ 気がつけば日曜が定休日に 2007年11月15日
11月14日にとりあげた日本橋郵便局は、京橋郵便局・新宿郵便局・渋谷郵便局などと同様に、「都心にあるために日曜日も営業する主要な郵便局」と認識していた。
しかし、いま窓口の営業時間案内をみると、郵便窓口は日曜日が休みになっている。
写真の掲示の左上で、
平日 9:00−19:00
土曜 9:00−17:00
とあるが、「日曜・休日 お取扱いしておりません」。郵政公社の時代のおしまいのほうで、日曜の営業はとりやめたようだ。
サービス低下という以上に日本橋郵便局の地位の低下を感じざるをえないが、局が住宅地ではなくビジネス街の中心地にあることを考えると「それもありかな」とも思ってしまう。
この局に併設されている郵便事業会社日本橋支店のゆうゆう窓口は、休日を含めて24時間営業なので、郵便物やゆうパック類を差し出す用事だけであれば、この局の建物にいつ行ってて間に合うことになる。
もっと気がかりなのは、郵便局会社としての営業時間を、郵便事業会社側がしっかりとは把握していないことだ。グループ会社間の連絡網が、構築されていないのだろうか。
ゆうゆう窓口で日曜・休日に郵便物を受ける時間帯は、局の掲示では0時〜24時までの24時間となっている。ところが、郵便事業会社サイトで直営店を検索すると、日本橋支店のゆうゆう窓口での日曜・休日の郵便物受け付け時間は0時〜9時と12時30分〜24時となっており9時〜12時30分があいている。つまり、郵便局会社の郵便窓口が休日は半日の営業をすることを前提に、その時間を避けているわけだ。
ほかの局・支店についても、同様の誤記が各所にある。インターネットで窓口の時間案内をするのなら、間違いがないかどうかをそれぞれの局・支店に確認させれば早いはずなのに。
土曜・日曜に開く郵便局の一覧表を当サイト「ナットクできる郵便利用法」にのせるため、その準備段階の原稿がどうにかまとまった。土曜は開く局が日曜は開かない局と、土曜・日曜に開く局について局名だけの一覧表だが、「自分の住む県内で休日営業局はどことどこなのか」を把握するのには使える。ここにご覧いだだけるようにしました。
→土曜・日曜・休日に営業する郵便局 PDF, 220KB=A4判2ページ
■ 切手デザイナー森田基治氏のラジオ出演 2007年11月10日
森田氏の原画による1994年発行の切手から
11月10日放送のTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」という番組のゲストとして郵便事業会社の切手デザイナー森田基治(もりた・もとはる)氏が出演し、司会の久米宏(くめ・ひろし)氏と約30分にわたって対談した。
森田氏は、郵政省の時代から約30年にわたって切手原画の制作・構成にたずさわってきた。はがき50円・手紙80円という現行郵便料金が実施された1994年以来の普通切手の大半は森田氏が原画を描いている。
森田氏が出演すると事前に発表があったとき、番組あてに”激励”メールを送ってしまった。
「最近の記念切手は、昔からある絵画や写真をコンピューター画面の中で組み合わせて、適当に文字を入れて切手っぽくしているだけのように感じます。できたらもう一度、森田さんオリジナルの切手を作ってほしい」と。
このメールが採用されたわけではないが、関連のコメントがあった。写真からコンピューターで切手原画を作る場合、消印を押したときにインクが見えるように濃淡を調整したり、絵のように加工するなどして偽造を防いでいるという。
スタジオに森田氏は、1辺が実物の6倍の長さ(面積は36倍の大きさ)に描かれた切手原画を持参していた。50円や80円の普通切手の原画のようだ。「こんなに細かく描くんですね」と、アシスタントの女性アナウンサー(この日はTBS山内あゆアナ)は筆づかいに驚いた。そんな細かさが、偽造防止には必要だ。
日本郵政公社の時代に、切手の製造経費節減を主目的に、一部の記念切手の印刷を外国の会社に発注するようになった。このときに分かったことは、日本の国立印刷局の水準の高さだそうだ。国立印刷局は何千万枚でも同質の切手を作ることができる。が、外国の印刷会社は「不良品があれば交換すればいい」という考え方をするという。
これをきいてリスナーが感じたことは、「切手の印刷は国立印刷局に注文したほうがいいと森田氏は思っているようだ」ということだろう。
国立印刷局のほうが優れているところは、切手を均質に製造する技術だけではない。印紙や紙幣にあるようなスカシ・繊維すきこみなどをしなくても、ふつうの印刷そのものに独自の技術がある。ふつうに製造された切手をみれば、かなり巧妙にマネをしても見分けられる。
その方法を大事にしたいとしたら、経費削減を優先する経営者を説得してでも、日本の国立印刷局に注文する必要があるだろう。
【注】TBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」ホームページ http://www.tbs.co.jp/radio/kume954/
画面左に出る「コンテンツ」から、「スポットライト!!」に進み、さらにバックナンバーの2007年11月10日付を選んでください。放送時のスタジオ写真が掲載されています。
【追記】当日のスタジオの写真が、「久米宏プライベートサイト」 http://www.kumehiroshi.jp/ にも掲載されました。メニューの「ラジオなんですけど」から#18のページの11月10日分をご覧ください。2007年12月6日掲載
■ 「ふるいふつう」もたいせつに 2007年11月8日
郵便局の窓口営業時間の案内掲示(11月5日付参照)は、郵便局会社・郵便事業会社・ゆうちょ銀行の3社が入っているところでは、会社別に区切られている。
どの局・支社の案内をみても、同じような形だ。
「切手・はがき」と「印紙」、「為替」と「振替」のような関連性のある商品(言葉)が離れて置いてある。
実際の窓口には大きく示してある「郵便」「保険」「貯金」という”大見出しj”の言葉やそのシンボルカラーは示されていない。
そして、左にある時間から取り扱い内容をたどっていく形そのものが不自然だ。
写真(左)の営業時間案内は、横浜中央郵便局の窓口フロアの入り口近くにある。
郵便局部分の右にある郵便関係の商品名は、「適当に散りばめてあるだけ」のようにしか感じない。もしかしたら、「あたらしいふつうをつくる」というつもりで、この案内をデザインしているのだろうか。
「利用者の見やすさは考えないで、デザイナーとして好みのものを制作する」ことが「あたらしいふつう」だったら困ってしまう。
以前からの大規模郵便局のサービスは、24時間営業の部分もあれば、土曜・日曜は休んでいるものもあり、休まないまでも土曜・日曜には取扱時間が短いものもある。
持ち株会社の日本郵政として行うべきことは、そのような取扱時間のズレを少なくして利用者が把握しやすいようにすることか、そうでなければ商品別の取扱時間が把握しやすい営業案内をデザインすることだろう。
写真の横浜中央局は、分社前から郵便窓口は終夜営業で、郵便貯金ATMも平日はほぼ24時間稼働となっていた。分社しても、実質的な営業時間は変わっていない。それが分かるような時間表をつくるとしたら、下図のような形にするのが自然ではないだろうか。
実際に窓口を利用している立場では、窓口別・曜日別がしっかりと分かるようにしてほしい。
結局は、"ごくふつう”の表組みが最適だと感じる。
▼24時間営業の大規模局(支店)の営業時間一覧表を試作、できるだけ「ふつう」て自然な形にしてみた。
■ 休日に開く郵便局の調べ方 2007年11月13日
郵便利用者として日本郵政グループのサイトで確認したいことといえば、特殊取扱の組み合わせの可否(11月9日付参照)よりは、「どこの郵便局が何時まで開いているか」「土曜・日曜でも開いている郵便局はどこなのか」ということだろう。
郵便局会社サイトには郵便局検索ページが、郵便事業会社サイトには支店検索ページがあるのだが、日本郵政公社時代の検索ページにくらべて使いづらい。
以前のサイトには、都道府県別に郵便局の取扱時間一覧表があった。同一県内の集配郵便局の全局の名が示され、平日・土曜・日曜の別に窓口営業時間が示されていた。これがあれば、自分の地域の局は休日に休みでも、隣の市の局まで行けばいいということが把握しやすかった。
これとは別に、都道府県別に休日営業局だけを抽出して一覧にできるページもあった。
新郵政サイトは、以前の公社の時代を否定する意図で編集しているのだろうか。
当サイトの「ナットクできる郵便利用法」のページに新たに休日営業局一覧表をのせようと、2007年1月時点で掲載した「主要郵便局」一覧表をもとに郵便局会社サイトと郵便事業会社サイトで調べていたら、郵便局の営業時間と、その時間外だけ郵便物を受けることになっている「ゆうゆう窓口」での郵便取扱時間とに、くいちがっている部分が各所にあることに気づいた。
もし、郵便局サイトで郵便局の郵便窓口時間を調べるときは、同じ建物にある郵便事業会社支店の郵便物受け付け時間も確認して、時間の重なりがないか、あるいは郵便局サイトでは休業していることになっている休日昼間に支店窓口も同時に休んでいないかをみて、掲載データが安心できるかどうかを確めたほうがいい。
なお、休日に開く郵便局は、10月から多少の時間変更はあるものの、1月時点で掲載した「主要郵便局」一覧表(PDF、244KB)でも、局名を調べるだけならまだ使える。これで局名を確認したら、あらためて郵便局サイト・郵便事業サイトの検索ページで営業時間を確認してみてください。当サイトのデータも早めに更新します。
■ かんぽ生命の直営窓口はある? 2007年11月7日
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横浜港郵便局の「外国郵便創業の局」の碑の上に、「日本郵便」と「かんぽ生命」の標識を掲出。
ゆうちょ銀行の支店や出張所が入っている郵便局ビル(大半は郵便事業会社の支店ビル)では、貯金窓口をゆうちょ銀行が直営店として管理・運営している。
では、かんぽ生命の支店が入っている郵便局ビルの中の郵便局フロアでは、かんぽ生命の直営窓口があるのか?
かんぽ生命横浜支店の入っている横浜港郵便局ビルの郵便局フロアを見たところ、ここでも郵便局として保険窓口を受け持っていた。
カウンターの向こうをみると、この窓口と、郵便局の郵便窓口との間に仕切りはない。郵便窓口と貯金窓口との間には仕切りがある。
服装をみると、保険窓口のスタッフは、オレンジ色の模様が入った制服を着ている。
調べてみると、郵便局の保険窓口は、全国どこでも郵便局会社として受け持っているということだ。
考えてみれば、今回の「民営化」の実施計画で、郵便局は損保商品も扱うことになっている。実際のところ郵便局会社は、かんぽ生命だけではなく、損害保険各社の自賠責や自動車保険の代理店にもなった。だから郵便局の保険窓口は、かんぽ生命の直営にするわけにはいかないことになる。
かんぽ生命の支店は、郵便局ビルの別の場所にあり、法人を対象にした営業拠点になっている。
■ 郵便局会社の色の無理 2007年11月6日
郵便局会社のオレンジとゆうちょ銀行の緑の2色をまとめて「湘南色」(11月3日付参照)と感じたのは鉄道ファンだったが、その呼び方をするまでもなく、多くの会社や商品のシンボルカラーには湘南色が多い。たとえば、りそな銀行もセブン銀行も、それぞれ緑とオレンジを使っている。
郵政省の時代から、郵便は赤、貯金は緑、保険は青という色分けがあった。新しく郵便局会社の色を加えるとしたら、使える色はオレンジが紫くらいしか残っていない。
郵便局会社のオレンジをみて、「(携帯電話の) a u と同じ色だ」と感じた人も多かったようだ。
その a u の商品を売る店が郵便局と隣りあっている場所があった(写真)。たまたま、「湘南」の名がつく郵便局だった。従来の無集配特定郵便局(一般的な小規模局)で建物の2階以上に新看板を外づけしているところは初めて見た。
しかし、この土地に慣れていない人が郵便局をみつけようとするなら、看板のオレンジ色よりは、同じ看板の上部にある赤い「〒」(郵便マーク)か、建物の前にあるいポストを目じるしにするだろう。
1990年ごろに郵政省(当時)は新しい郵便マークの制定を試みた。が、結局は、1887年に制定されてから100年にわたって使われている「〒」が、国民に親しまれていて最も優れているとして変更をあきらめた。
郵便を象徴する色は赤、郵便局を示す記号は「〒」だと国民の意識にすりこれまているとしたら、全国2万4000局の郵便局こそ赤と「〒」をシンボルにすれば地域での営業活動がしやすいだろうと考えるのが、「民」の立場での自然な考え方ではないだろうか。
(赤・青・紫と漢字で表記しながら、「オレンジ」という言葉を使うのはヘンだと思いながら)
■ ゆうちょ銀行利用のための基本的情報 2007年11月4日
日本郵政公社とともに、9月30日限りで郵便貯金・郵便振替・郵便為替は廃止された。
10月1日には株式会社ゆうちょ銀行が発足し、郵便局株式会社と各簡易郵便局(一部を除く)をそれぞれ銀行代理店として、全国郵便ネットワークを窓口とした営業を始めた。
廃止時点での通常郵便貯金の預かり金は、法令により、ゆうちょ銀行の通常貯金の受け入れ金となった。
従来の郵便貯金総合通帳は、「ぱ・る・る」という愛称をやめ、通常貯金に各種の機能がついた口座は「総合口座」の名で扱われることになった。
これまで「ぱ・る・る」は、送金に使うときには郵便振替口座として扱われてきたが、ゆうちょ銀行の総合口座は原則として振替口座の名では呼ばないことになっている。
廃止時点での郵便振替口座の預かり金は、法令により、ゆうちょ銀行の振替貯金口座に受け入れられた。この口座は「振替口座」と通称する。
従来、郵便振替口座を使う送金システム全体をさして郵便振替(略して「振替」)と呼んでいたが、この呼び方をゆうちょ銀行では採用しない。
ゆうちょ銀行の振替口座を使う主な送金方法には、次のものがある。
◇電信振替‥送金元口座から相手口座あての送金
◇通常払い込み・電信払い込み‥送金元が現金で相手口座あてに払い込む送金
◇通常現金払い・電信現金払い‥送金元口座から相手あてに現金で払い出す送金
◇相互送金‥ゆうちょ銀行の口座から、他の金融機関の口座への送金
総合口座でも、以上のうちの通常払い込みと通常現金払いを除いて、送金に利用できる。
旧日本郵政公社が発行した郵便振替払出証書や郵便為替証書は、証書それぞれの有効期間のうちは、ゆうちょ窓口で扱う。
旧郵便為替に相当する商品としては、ゆうちょ銀行は普通為替と定額小為替を扱っている。それぞれ、郵便為替の時代の普通為替・定額小為替とほぼ同様の扱いをする。まとめて「為替」とは呼ぶが、「郵便為替」とは呼ばない。
−−以上のように理解できるまで、1カ月もかかってしまった。
旧郵政公社は、各家庭に配布した「もうすぐ民営化」の案内冊子とは別に、「民営化でとうなるの?郵便貯金」という冊子(写真)も制作した。郵便貯金・郵便振替・郵便為替の廃止後の取り扱い方法を説明したはずなのに、10月からの利用方法の概要について基本的な説明ができていなかった。
いま通信販売の案内などに「送金は郵便振替で」とある場合があるが、ゆうちょ銀行の現在のサービス内容を考えれば、「ゆうちょ振替口座あてに払い込みを」あるいは「ゆうちょ総合口座あて電信振替で」などのように表現しないと、当てはまる送金方法が分かりづらい。
「民営化」の案内冊子は、利用者の混乱をまねかないようにする目的で配ったのではありませんか?
■ 東京中央郵便局にできる行列のワケ 2007年11月2日
年賀はがきの発売日には例年、東京中央郵便局(東京都千代田区=東京駅前)などにできた購入者の行列にマスコミのカメラが集中する。テレビや新聞では季節の風物詩のように取り上げる。
当日夜、TBSラジオ「アクセス」(リスナー参加の報道番組)をきいていたら、年賀はがき発売のニュースを伝えた番組ナビゲーター渡辺真理さんが、「早くから年賀状を書こうとする人が多いのでしょうか。頭が下がります」とコメントしていた。
あの購入の行列は本当に、年賀状を早くから書こうと思う人たちなのだろうか?
もし発売日当日に年賀はがきを買おうと思うのなら、わざわざ大きな郵便局に行かなくても、全国どこの郵便局でも売り切れることはない。それでも心配な人は、郵便事業会社が配った予約用のハガキ(10月10日付参照)で申し込んでいるだろう。
あの行列の主体は、じつは、切手・はがきの発行日専用の日付印(記念消印)を押して記念品をつくるために、年賀はがきや年賀切手を購入するコレクターたちだ。
記念消印が用意される場所は、各地の中央郵便局など都市部の中心的な郵便局や、それと同じ建物にある郵便事業会社の支店に限られている。特に今回が初めての「デザイン年賀」は、11月1日から発売する場所が東京中央郵便局に限られているため、ここに来ないことには発行初日の消印が押せない(他は販売局限定で11月15日発売)。
今回の年賀はがきの行列の中には、発売セレモニーに招かれた涼風真世さんのファンもいただろう。
テレビや新聞で報道するとき、この行列を「年賀はがきを買い求める人たち」と説明しても間違いではない。
しかし東京中央郵便局には、新しい切手類の発売日には、いつでも早朝から行列ができるのだ。
つまり、いつも東京中央郵便局に集まるコレクターのみなさんが、年賀はがきのときには、郵政としては広告料を払わない商品宣伝に役立つことになるのです。
■ 1月27日がお年玉の抽せん会 2007年11月1日
2008年の年賀切手4種類、右の大きい2種類は寄付金つき・お年玉つき。
11月1日、2008年のお年玉つき年賀はがきとともに年賀切手が発行された。
お年玉はがきのほうは、「ディズニーキャラクター年賀」や「デザイン年賀」というものも発行され、今回は種類が増えている。
一方、郵便局で窓口販売される年賀切手は、はがき用の50円と封書用の80円それぞれについて寄付金なし・寄付金つき(お年玉つき)の計4種類で、従来と変わらない。
前年末に受け付けた年賀状を新年になったから配達する「年賀特別郵便」は、定形の封書で差し出すこともできるルールになっいる。
しかし80円の年賀切手の発行枚数は、寄付金なしが510万枚、寄付金つき(お年玉つき)が220万枚。それぞれ3年連続で少しずつ発行数が減っている。例年、封書の年賀状を出そうと思って80円の年賀切手を買いにいこうとする、12月には売り切れている。
発行枚数を比べてみると、お年玉つき年賀はがきが合計39億1650万枚、年賀切手は4種類合計で1770万枚。お年玉つき年賀はがきの年賀状が100通届いていたとしたら、別に年賀切手の年賀状が1通届いている程度の割合でしかない。
郵便事業会社にとっては、お年玉つき年賀はがきの年賀状は消印を押さずに済むわけだから、お年玉つきの年賀切手ではなく年賀はがきのほうの販売枚数を最大限に増やしたいということだろう。
いま寄付金つきの年賀切手をみていると、お年玉抽せん日が1月27日になっている。いつものとおりお年玉はがきも抽せん日は同じだが、いつもよりも開催日が10日余り遅い。
まさか、「抽せん会が例年どおり1月15日ごろだと、それまでに年賀状の配達が間に合わない可能性がある」という意味ではないだろう。
年賀はがき・年賀切手発売についての郵政側の発表をみると、切手・はがきともに販売期間が1月18日までになっている。これまでは、1月10日ごろを販売期限にして、それから出した年賀状が届く1月15日ごろが抽せん日になっていた。
ということは、郵便事業会社としては、時間をかけてでもお年玉つきはがきの販売枚数を増やしたいということなのだろう。
「1月中旬も、新年のあいさつはお年玉つき年賀はがきで」といった宣伝が必要になりそうだ。
■ 前島密は新郵政会社の設立者? 2007年10月29日
民営会社発足記念切手2シート。題材は、左が琳派、右が郵政史。(切手デザイン/琳派‥兼松史晃、郵政史‥森田基治)
10月29日発売の「週刊現代」11月10日号で、郵便事業会社(日本郵便)が民営会社発足記念切手の広告をみた。カラーで縦長の3分の1ページ分。この記念切手は80円切手10枚組みシート2種類(写真上)で、10月1日に発行された。その2シートの中から切手2枚の写真を広告にのせ、次のキャッチコピーを示している。
「私たちがどんなにがんばっても、二度とつくれない切手です。」
そのように書いてあると、言いたくなる。
「さほどがんばらなくても作れる切手を見せて、なにを言っているのですか」
写真上の左のシートは、江戸時代後期に琳派(りんぱ)の酒井抱一(ほういつ)と鈴木其一(きいつ)が描いた屏風絵を題材にしている。
右のシートは郵政史がテーマで、切手10枚のうち1枚が郵便創業の功労者・前島密(まえじま・ひそか、1835−1919)、1枚が日本最初の切手のうちの1種(「竜」百文切手)、残り8枚が明治期の郵便現場の絵画となっている。
どちらのシートも、以前からある絵画や写真をコンピューター画面で組み合わせてデザインしただけに見えてしまう。画像としてのデータを国立印刷局に伝送すれば電子的に製版作業ができる。
昔は、専門の画家がオリジナルの原画を描いて作った記念切手が多かった。切手の6倍に描いて、印刷局の技術者が手作業で色分解をしたり細かい凹版彫刻をしたりして、印刷版をつくっていった。それこそ「二度とつくれない切手」だった。
そして、琳派の屏風絵は郵政事業に直接の関係はない。日本の郵便事業は、江戸時代が終わって1871年(明治4年)にならないと創業しない。
郵政史のシートのほうは、いま「民営化」しようという現代の郵便を伝える題材がない。
郵政史のシートの切手は、1枚ごとに日本語よりも大きく英語名が書いてある。これは、地(余白)をうめるためだろうか。
前島密の切手に Esatablishment of Japan Post Corporation と大きく示してあれば、いま設立しようとする郵便会社の設立功労者に見えてしまう。英語名は大きく示されているのに、前島密の名は切手に示されていない。
だいたい今回の「郵政民営化」は、明治時代に前島密が構築した郵政組織を「ぶっこわす」ための政策だったはずだ。郵便・貯金・保険の全国一律サービスを維持するという法的根拠がない状況では、切手に使われる前島は迷惑なことだろう。
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10月1日発行の民営会社発足記念切手「郵政史」シートの前島密の切手と、1985年発行の前島密生誕150年記念切手。
同じ写真が原画だが、今回は写真を写真として使い、1985年の切手では紙幣にもみられる彫刻凹版を使っている。
(1985年分のデザイン/原画構成‥森田基治、凹版彫刻‥栗嶋茂、日詰満博)
■ 郵便局の日付印は年に下線つき 2007年10月18日
定形の封書を配達記録郵便で送るとき、重さが25gまでなら必要料金は、定形郵便物の料金80円+配達記録郵便料210円=計290円になる。
290円ちょうどの切手は発行されていないので、切手をはって差し出す出す場合には複数枚で組み合わせることになる。200円切手や90円切手が手もとになくても、多くの郵便利用者が手もとに持っていて記念切手にも数が多い80円切手と50円切手の2種類があれば、80円3枚+50円1枚という組み合わせで合計290円になる。
その実例が写真上の2通で、10月1日発行の新普通切手で290円分を並べている。
郵便物に切手をなん枚もはってはいけない−というようなことが、昔からの手紙の書き方解説書には書いてある。郵便物の表面記載スペースが切手のために狭くなるとか、切手で封筒表面が乱雑に見えるなどの問題があるとでもいうのだろうか。
「19」に下線つきと下線なし(上の2通から)
写真の2通に押された通信日付印をみる。「通信日付印」とは、郵便の業務に使う公式の日付印のことで、略して「日付印」とよばれるほか、一般には同じ意味で「消印 (けしいん)」とよぶことが多い。
1通には「戸塚 / 19.10.16. / 18−24」、もう1通には「戸塚 / 19.10.16 / 18−24」の日付印が押してある。同じ内容だが、一方だけ「19」の下に線が付いている。
郵便局会社と郵便事業会社の両社で通信日付印を使うことになったことから、担当会社が判別できるようにすることを意図したものだ。10月1日から全国一斉に、郵便局会社の郵便局で使う日付印の年活字に下線が付けられた。
写真で「19」とある下線つきの日付印は、郵便局会社の戸塚郵便局(横浜市戸塚区)が押したもの。
「19」に下線のないほうは、郵政公社時期までの戸塚郵便局の集配部門を引き継ぐ郵便事業会社戸塚支店を示している。
書留や配達記録郵便などは窓口で受ける郵便物であるため、下線つきの郵便局会社の日付印が押されることが多い。
しかし、以前の集配郵便局の窓口を引き継いでいる郵便局では、時間外でも一定時間は、同じ建物にある郵便事業会社支店の「ゆうゆう窓口」で郵便物を受け付ける。ゆうゆう窓口で受ければ、下線なしの日付印となる。
旧集配郵便局の建物にある郵便局(郵便局会社)の大半は、平日の窓口を19時で終了する。下線つきの郵便局の平日の日付印で時間帯表示が「18−24」であれば、たいていの場合は18時から19時までの1時間に郵便局窓口で受け付けたということになる。
■ 50円切手と80円切手の組み合わせ法 2007年10月6日
日付印は、郵便事業会社丸の内支店10月1日付(和文ハト印)。
写真の郵便物は、10月1日発行の新しい50円・80円普通切手の発売日に、記念品の意味で差し出したものだ。
50円切手2枚と80円切手2枚とで合計260円。写真の郵便物の料金は、はがき50円+配達記録郵便料210円でちょうど260円になる。過不足はない。
組み合わせの枚数をかえ、50円切手1枚+80円切手3枚の計290円だと、80円の定形郵便物(25gまで)を配達記録郵便(210円)にするときの必要金額になる。
50円切手と80円切手の基本的な用途はもちろん私製はがき(50円)と定形郵便物(25gまで80円)だが、複数の組み合わせでさまざまな金額にすることができる。280円以上の10円の倍数額であれば、ほかの切手は使わずに、50円切手と80円切手の組み合わせか、どちらかを複数はることで、つくることができる。→こちらに参考資料
50円切手と80円切手のそんな”便利さ”にまだ気づいていないのか、新郵政は案内していない。
■ オシドリ・キジバト・スズメ、なん回目? 2007年10月5日
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10月1日発行の新しい普通切手類を使った発売当初の郵便物 (左上コーナー)
新しい郵政組織が発足した10月1日には、郵便事業会社から50円普通切手・80円普通切手・50円普通はがきが発行された。
「民営化会社発足記念」の切手も同日に発売されたが、こちらは昔からの絵画や写真を再構成したデザインだ。
普通切手と普通はがきのほうは、切手専門のデザイナーみずからが切手のために原画を描いている。
[注‥ここでは、記念切手・記念はがきと対比する意味で、「普通切手」「普通はがき」を使っています]
普通切手類のデザインは、1992年から「日本の自然」がテーマになっている。
今回の切手の絵柄は、はがき料金の50円切手はオシドリが、手紙料金の80円切手はキジバトが、50円はがきの料額印面(切手相当部分)はスズメが、それぞれ題材になっている。
今回の切手・はがき3種類ともに、郵政公社時代にも切手類のデザインを手がけている星山理佳(ほしやま・あやか)氏が描いた。
きつい表現かもしれないが、「新会社に生まれ変わります」と言っている割には、切手の題材は再登場・再々登場となった。
オシドリが普通切手に描かれるのは3回目で、過去2回ともにハガキ料金の切手だった。
キジバトが普通切手に描かれるのは2回目で、前回も手紙料金の切手だった。
スズメは、普通はがきでは初めてだが、1997年から最近まで自動販売機で発売されていた印字式切手と題材は同じだ。
以下、オシドリ・キジバト・スズメを題材にした切手を並べてみます。
5円‥オシドリ・1955・木村勝/ 41円‥オシドリ・1992・森田基治/ 62円‥キジバト・1992・森田基治/ 90円・270円‥スズメ・菊池彰・1997(印字式のため別額面もある)/ 50円‥オシドリ・2007・星山理佳/ 80円‥キジバト・2007・星山理佳 *左の切手から、「金額‥題材・発行年・原画作成者(敬称略)」。
■ 「東京中央」が「丸の内」に 2007年10月2日
最新のインクジェット式の押印機による横型日付印、9月30日の「東京中央」最終日と10月1日の「丸の内」初日。
9月まで横50mmあった印影が、10月から横40mmに縮小された。
9月末までの東京中央郵便局が受け持っていた郵便の業務のうち、郵便物を集めて各地に発送する集配郵便局としての業務は、郵便事業会社丸の内支店が引き継いだ。
といっても、いままでどおり東京中央郵便局の建物の中で、そこのある機械設備を使って仕事をすることに変わりはない。
郵便事業会社は、各地の集配郵便局を「支店」とし、大半は従来の郵便局名をそのまま使って「日本橋支店」「銀座支店」のように支店名をつけた。
が、一部に例外があり、各都道府県の中心地にある「○○中央郵便局」は、「中央」をはずした。さらに例外があり、東京中央郵便局は、「東京」の名も変えて、所在地にあわせて「丸の内」支店にした。
いま、ポストから集めた手紙・はがきに押される日付印の”局名”欄は、集配を受け持った支店名が表示される。
従来の郵便局名とは異なる支店名となった場合は、日付印の局名欄も改められた。
日本郵政公社の最終日となった9月30日は、「東京中央」の名で集配業務をする最終日となった。
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従来型押印機の縦型日付印2タイプ(和文表示のみと和欧両文表示)も、10月1日から「丸の内」。
■ 横型インクジェット消印の見せ方 2007年10月15日
左端は当初のインクジェット印、2枚目は従来の金属印、他は現行のインクジェット印(押印位置に差)。
インクジェット式の日付印の印影(すぐ上の欄の上段)が縮小された理由は、はっきりとは発表されていない。
2007年1月下旬に東京中央・日本橋・銀座・渋谷の4局で、ポストから集めた手紙・はがきに消印を押す郵便物自動取りそろえ押印機の最新型機が導入され、インクジェット方式で押す和文・欧文併記の横型日付印の使用が始まった。
当初は印影の長さが50mmあり、郵便物の先端(縦長郵便物では上辺、横長郵便物では右辺)から70mmの範囲で消印が押されることから、受取人や差出人の住所・氏名の上に消印がかかって読みづらくなることもあった。
各局のインクジェット印は10月1日までに、印影の長さが40mmに縮められた。
あわせて、前よりも郵便物の先端側に押される例が増えている。そのように押せば、郵便物自動取りそろえ押印機の従来機で押される波2本と円の日付印(金属印)と、押印位置に大差がなくなる。
縮小されたインクジェット日付印に記された文字は、小さくなって読みづらい。そして、全部の郵便物で先端側に押されるわけではなく、縮小前のインクジェット日付印と押印範囲がさほど変わらないこともある。
インクジェット日付印の印影縮小は必要だったのだろうか。
郵便利用のルールで、はがきと定形郵便物の表面は、先端から70mm、左端(横長のときは上端)から35mm幅の範囲=つまり先端コーナー70mm×35mm=は切手と日付印の範囲とし、ここには文字を書かないで差し出すことになっている。(内国郵便約款第12条)→このサイトでの説明記事(別ウインドウ)
郵便事業会社としては、その範囲に消印を押すから文字を書かないでほしいとルールを周知すればいいだけのことだ。インクジェット式ではなく従来の日付印でも、日付印が文字にかかることがある。
そのような郵便のルールに手紙の書き方ガイドの書物は、まったくと言っていいほど配慮していない。
縦長のはがきを出すときには料額印面(切手相当部分)の下に差し出し日付を書き入れる図を示し、はがきの先端コーナーの横35mm×縦70mmの枠に入るように差出人住所・氏名を書かせている。
インクジェット印を押した私製はがき、左は当初の印、右は現行印。日付印の文字は切手の外のほうが読める。
横長に使い、あて名を下において余白を広くとれば、当初のインクジェット印の大きさで適切とも感じるが…。
■ 切手普及課は郵便事業会社に 2007年10月26日
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新50円切手に初日専用消印(機械ハト印)を押した記念品(部分)と、押印を担当した丸の内支店切手普及課のゴム印。「郵便事業会社のゴム印なのに、郵便番号が記載されていないですね」などと言ったら、余計なおせっかいか?
新しい切手の発行日に、都市部の大きな郵便局では特別仕様の日付印(消印)を用意する。新50円切手への写真の日付印も、発行日専用の1タイプだ。”切手の記念品”を意図して日付印を押してあるもので、実際の郵便物としては差し出されていない。
記念の押印を希望する人は、郵便で依頼(郵頼=ゆうらい)することもできる。郵政側が事前に指定した郵頼先に、押印台紙(封筒やカード)と切手代金(為替証書)・返送用封筒を発行日前の一定期限までに送れば、郵頼先のほうで切手をはって押印し、返送してくれる。
10月1日発行の普通切手(50円・80円)の郵頼先は、東京中央郵便局と郵便事業会社丸の内支店だった。
両方に申し込んだところ、丸の内支店の押印分は10月20日になって届いた。返送封筒には丸の内支店切手普及課のゴム印(写真)が押され、発送時の消印は19日付だった。
東京中央郵便局分は、26日時点でまだ届いていない。申し込みが多いために作業が追いつかないようだ。
作業が遅れ、切手発行日を過ぎていても、受け付け時点での約束により発行当日付で押印する。
郵政省時代から日本郵政公社時代まで、東京中央郵便局(東京都千代田区)の郵便窓口部に切手普及課というセクションがあり、記念切手・ふるさと切手の販売を受け持ってきた。新発行のものだけでなく、ここ数年分の在庫品も含めて、窓口販売と通信販売の両方で扱った。
新切手の記念押印の郵頼先に東京中央郵便局が指定されることも多く、その実務作業は切手普及課が受け持った。
ところが9月限りで、新切手以外の在庫記念切手の販売を切手普及課はとりやめた。
「在庫のある記念切手・ふるさと切手を対象に窓口販売と併用して行っておりました関係上、民営・分社化以降の記念切手等の通信販売は新切手のみのお取扱いとなります」とホームページで発表している。
つまり、郵便事業会社の所属となった切手普及課としての切手販売は、新発行の切手の通販に限定した。過去の記念切手の在庫は、郵便局会社の東京中央郵便局に引き継がせた。窓口会社としての東京中央郵便局は通販をしない。
「以前の切手で気に入ったものが残っていたとしても、買おうと思うなら東京中央郵便局の窓口に行かないとダメ」ということが、分社の結果となった。
■ 消印の日付が読みづらいとき 2007年10月30日
新80円普通切手に10月1日付の「機械ハト印」を押したカード(右上コーナー)と、これが送られてきた封筒の消印部分(同)
10月1日の発行当日の日付印を記念に押した新普通切手(50円・80円)の記念品のうち、事前に東京中央郵便局に”郵頼”していたもの(写真左)が、10月30日になって届いた。(押印の郵頼と丸の内支店の日付印について10月26日付参照)。
発送の日付を確かめようと、初日印を送ってきた封筒の消印(写真の右)をみると、インクジェット印(10月2日付参照)が押してあり、「10月‥‥29日だろうな」。30日に届いたから29日だと類推するが、あとからでは読めないかもしれない。消印の記載内容を細かく見れば、「丸の内 / 19 / 07.10.29.12−18 / MARUNOUCHI」となっていた。
従来の金属製消印と違ってインクジェット印は、切手の縁の封筒との段差部分でも印影が連続するという長所がある(写真左は切手左辺で印の途切れがある)。しかし、以前よりも表示文字が小さくなり、判読しづらい。
通信日付印(郵便業務に使う日付印の正式名、一般には消印)の日付は、これまで世間では、公式な日付印として信用されてきた。しかし、新郵政会社が「民営化」を強調しすぎれば、単なる民間会社のハンコとして信用度が落ちても仕方ないだろう。読みづらい消印では、なおさら。正確な日付を示そうという意思さえないと見られてしまう。
郵便事業は原則的に独占事業であり、郵便事業会社・郵便局会社には国(総務大臣)の直接の監督がつづく。どちらも法律で定められたルールだ。それでも、公的な機関であることを印象づけようとしないのは、いまの法的枠組みを抜け出して、利益になりそうな仕事しかしない本当の民間会社になりたいからだろうか。
【注】 写真上の10月1日付の記念日付印(機械ハト印)は、明らかに10月2日以降に押されている。この日付印でも、実際の郵便物の消印として押すものは、10月1日当日しか使えない。しかし、郵便物としては出さない記念押印の場合には、事前依頼を受けたものに限って、翌日以降の作業になっても顧客の求めに応じることを優先している。日付印の中にハトのマーク(JAPANの左)は、そのような後日押印の可能性がある記念の日付印だという識別符号という意味がある。
■ 留め置き郵便物には「支店」の到着日付印 2007年10月3日
いま横浜中央郵便局留置(とめおき=局留め)の郵便物を差し出すと、留め置き窓口への到着時期を示す日付印(到着印)は、局名欄が「横浜中央」ではなく「横浜」となる。横浜中央郵便局ではなく、郵便事業会社横浜支店が扱っているためだ。
これまでの横浜中央郵便局(集配郵便局)の郵便部門は、横浜中央郵便局(郵便局会社)と郵便事業会社横浜支店とに分離した。支店名には「中央」が付かない。
留め置き郵便物を受け取るときは、横浜中央郵便局と同じフロアにある郵便事業会社横浜支店の「ゆうゆう窓口」に行く必要がある。
「ゆうゆう窓口」は、これまでは夜間や休日に受け付ける時間外窓口の愛称だった。その「ゆうゆう窓口」が、いまは郵便事業会社の窓口の呼称になっている。
この窓口は、これまでどおり時間外窓口としての仕事もするが、郵便局会社の窓口が営業している昼間から開いている。
郵便物の配達は郵便事業会社の業務であるため、留守で配達できなかった書留郵便物などとともに留め置き郵便物の受け渡しも郵便事業会社の中で処理できるように、郵便局とは別に郵便事業会社直属の窓口が設けられたというわけだ。
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2通ともに「横浜中央郵便局留置」なので、受け取り窓口への到着時期を示す日付印が余白に押されている。
右のハガキは、9月到着なので横浜中央郵便局の日付印。左は10月1日到着のために横浜支店の日付印。
「横浜 / 19.10.1 / 0−8 (時)」の日付印は、郵便事業会社の発足初日の早朝を示す。(あて名はかくしてあります。)
■ 「東京中央郵便局留置」は丸の内支店の地下窓口で 2007年10月4日
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9月末に東京中央郵便局で消印された「東京中央郵便局留置」のはがきは、丸の内支店に10月1日到着した。
東京中央郵便局の建物の地下には、私書箱室とともに留置郵便物の窓口(右奥に赤い表示)がある。
(局内写真は2007年9月の撮影で、9月30日の取扱時間変更案内の掲示があります)
これまでの東京中央郵便局では、西側(皇居側)の窓口の一角が時間外に「ゆうゆう窓口」として使われ、不在時配達の書留郵便物や局あての留め置き郵便物は地下フロアで受け渡しをしてきた。
地下には広い郵便私書箱もあり、東京中央郵便局の局内で受取人にわたす郵便物をここに集結させた。
10月からも、この建物での時間外窓口と私書箱・留置窓口の位置は変わっていない。
ただし、それらの担当は東京中央郵便局ではなく郵便事業会社丸の内支店となっている。
いま「東京中央郵便局留置」として届く郵便物には、郵便局会社の東京中央郵便局ではなく、郵便事業会社丸の内支店が扱っている。
■ 郵便局の建物全体をさす呼び方? 2007年10月17日
9月末日に差し出した「東京中央郵便局留置」の郵便物が、留め置き期間が切れて戻ってきた。
この郵便物の切手部に押された日付印は、9月30日18−24時。郵政公社の最終時間帯になっている。
留め置き窓口での受け入れ時期を示す到着日付印は、郵便事業会社丸の内支店で10月2日18−24時。同じ建物の中でありながら差し出し翌日に届いていないのは、新会社への移行に伴う郵便物混雑、あるいは人手不足か。
留め置き期限切れを伝える付箋では、日付印が丸の内支店で10月15日付。
この紙に印刷された返送主は、「東京中央便局第二郵便窓口課」とある。
残っていた従来の付箋を使い切っているだけなのか、それとも、あくまでも東京中央郵便局の名前によって郵便事業会社が作業をしているのか。もし後者であるなら、付箋の東京中央郵便局の名のあとに「留置窓口担当:郵便事業会社丸の内支店」と記すべきだろう。
以前の集配郵便局あての「○○郵便局留置」「○○郵便局私書箱」と記された郵便物は、郵便事業会社がその直営窓口である「ゆうゆう窓口」で受け渡しをする。実際の担当会社がそうであるとしても、郵便物あて先としては従来どおり「郵便局」を使うほうが自然だろう。
東京中央郵便局の付箋に郵便事業会社丸の内支店の日付印
■ あて先方面別ポストの生きのこり 2007年11月21日
ポスト(郵便差出箱)に差し入れ口が二つある場合、いまは、左が小型郵便物、右が大型郵便物や速達などに分かれている。ところが、以前のように二つの差し入れ口があて先方面別になっているポストが、横浜市戸塚区にのこっている(写真)。
「日本郵便」と張り出され、周辺にある新タイプのポストは小型・大型の区別に変わっているのに、同じタイフのポスト(旧郵政公社の型式分類で「8号」)は方面別のままとなっている。
1960年代に東京で導入された二つ口ポストは、左が「他府県」、右が「東京都」だった。1982年、横浜郵便集中局開局にあわせて横浜市内に二つ口ポストが導入されたとき、左は近隣地域、右は「その他の地域」となった。左横書きとして自然な配列となるように配慮された。その後、この区別方法は各地で導入され、東京の二つ口ポストも近隣・その他の区別に変わったが、以前の習慣から、左のほうが「その他」になっていた。「1号」の丸型ポストが注目されるのとは反対に、こういうマイナーな表示変更は注目されないまま忘れ去られることが多い。(当サイト「ポスト(郵便差出箱)の種類」参照)。
最新型のポスト(10〜13号)の大型用の差し入れ口は、横幅が28cmほどある。しかし、従来型ポストの差し入れ口の横幅は19cm〜24cmで、写真のポストは23cmほど。A4判の冊子や書類が折らずに入るように改善されたタイプだが、それでもエクスパック500には使えない。
各地の集配郵便局で郵便局会社・郵便事業会社・ゆうちょ銀行の仕切りをつくったり、会社ごとに新しい看板を出したりでお金をかけていながら、利用者がふだん使うポストの取り換えはお金が使えない理由は何なのだろう。まさか、廃止見込みのポストは変えない?
■ 東京駅コンビニの”丸型ポスト” 2007年11月12日
東京駅の丸の内中央口にあった丸の内駅舎型のポストが8月下旬に廃止され、その近くにポストはないかと探した人が、写真のポストの存在をおしえてもらったという。
「丸型ポスト」の形をしている。ただし頭だけ。色も、従来の丸型ポストの朱色とは違い、最近の一般のポストと同じ赤になっている。東海道新幹線東京駅の日本橋口にあるコンビニエンスストア「ベルマート」(東海キヨスク株式会社)に、このポストがある。2004年に導入された。
ところが、東京駅西側の丸の内中央口から、東側北端の日本橋口までは、400メートル歩く必要がある。東海道新幹線の1編成の長さではないか(25m/両×16両=400m)。
丸の内側だったら、北口にも南口にも、じつはポストがある。丸の内南口から横断歩道をわたった目の前の東京中央郵便局でも、丸の内中央口から200メートルほどで済む。
写真の丸型ポストに郵便物を出したからといって、特別な消印が押されるわけではない。
担当の郵便事業会社丸の内支店が集めにくる回数は1日2回で、最終便が午後2時台と早めに終わる。 相手に届く時期がいくらか遅れても気にしない場合はいいのだが、早く届けたいと思う場合には使いづらい丸の内。(取り集め時刻・回数は月〜木曜日の平日場合。以下同じです)
東京駅を南北に長い長方形にたとえれば、日本橋口と丸の内南口は対角線の両端にあたる。その丸の内南口の前にある東京中央郵便局の入り口まで行けば、1日9回の取り集めがあり、最終は午後11時30分の便がある。
ならば、コンビニのポストは、取り集め回数を減らしてでも、あるいは、この店がしまる午後11時になったら店員が丸の内支店(東京中央郵便局の中)に持ち込むことにしてでも、コンビニなポストとして特色が出せないだろうか。
東京中央郵便局前のポストの深夜11時30分の便と同じように扱われれば、この時間でも「当日消印有効」に間に合う。速達で出せば、近隣県あてのほか札幌・大阪・福岡などの大都市あても、翌日中の配達が可能な場合が多い。
■ 日本郵便カラーのない濃紺ポスト 2007年10月25日
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景観規制にあわせた白地の郵便局看板(10月20日付)は、鎌倉市以外でも掲出されている例があるようなので、あらためて報告したい。
街頭に立つポストにも、景観を考慮したものがある。写真のポストは、2004年に横浜市中区の元町ショッピングストリートに置かれた。
この年、横浜高速鉄道みなとみらい線(横浜−元町・中華街間)が開通し、東急東横線(渋谷−横浜間)との相互直通運転(実質的な両線一体の運転)が始まった。その機会に商店街が町のイメージ色を濃紺としたことから、地域の意向を郵便局が尊重して、この元町4丁目にあるポストを濃紺にした。
基本的には12号ポスト(→当サイト内のポスト図解)の塗色を変えたものだが、上面の右側に突起があり、ここに「POST」と表示されている。ふつうは白で示される前面や側面の〒マークなどは金色になっている。
郵政公社の時代に設置されたものだが、「日本郵政公社」や「日本郵便」の赤色シールは張り出されていない。
代わりに前面右下に、当時の集配郵便局である横浜港(よこはまみなと)郵便局の名で説明のプレートがある。このプレートは設置当時の局名のままだが、取り集め時刻表(右の差し入れ口の下)の表示では担当が「横浜港支店」に変わっている。
■ 湘南電車カラーに「日本郵便」 2007年11月3日
東京駅丸の内中央口の改札内側にあった赤レンガ駅舎型のポストは、駅舎そのものの復元工事のため、8月下旬に撤去された。東京駅丸の内駅舎を描く東京中央郵便局の風景入り日付印が消印として押されることでも人気のポストだった。
「ならば、”郵政民営化”とかを理由に品川駅の電車型ポストは撤去されていないか」
と心配になって品川駅に行ってみる。前面の表示を「日本郵便」にかえてポストとして使われている。安心する。
このポストは、JR東日本・品川駅の南乗り換え通路(改札内)の東海道線上りホームの上に置かれている。かつて東海道線を走っていた湘南電車(しょうなんでんしゃ)に連結された荷物兼郵便車をイメージしてJR東日本の東京車両センターが製作した。(→当サイト内のポスト図解)
実際の電車と同じ「湘南色」。ゆうちょ直営店が同居している郵便局も、入り口ドアに「湘南色」に類似した色の帯があるところが多い。日本郵便色ではないため、ポストが郵便事業会社から嫌われないかという心配もあった。
「駅ナカ」の商店街である「エキュート品川」の開業にあわせて、2005年10月1日に湘南色ポストは設置された。ちょうど2年前。衆議院選挙が終わって郵政民営化法の成立が確定的になっていた時期だった。
ポストの設置者を示す金属プレートには、3者の名が記されている。
「高輪郵便局」 「JR東日本・品川駅」 「ecute品川」
廃止されるはずの「日本郵政公社」ではなく、将来的にも名が残るはずの高輪(たかなわ)郵便局の名が入った。
高輪郵便局は残っている。が、ポストの管理者は、別会社である郵便事業会社高輪支店の担当に変わってしまった。