内科病棟376
プロローグ
年が明けて平成14年2月14日(バレンタインデー)寒い夜だった。
当時、「命ある限り」を執筆していて、風呂に入るのがもう日付が変わろうとしていた。
いつものように脱衣室で裸になって、浴室へ入った瞬間だった。
「うっ・・・・・・」
喉の下からみぞおちにかけて、鈍い、圧迫されるような痛みを感じた。
「なんだろう?」
経験したことのない痛みだった、痛みは10分ほど続いて収まった。
「食べすぎかなあ、きっと胸焼けだ、最近暴飲暴食だしな」この程度に感じていた。
明日は早朝から仕事だし、7時30分までには水口へいかねばならなかった。
布団に入ると、すぐに眠りについた。
明日の天気予報は雪、今年一番の寒さとのことだった。
寒い朝、そして・・・
2月15日(金)朝6時に起きた、寒い朝だった。
窓のカーテンを開けて外をのぞいて見た。
銀世界だった、車は雪で覆い尽くされていた。
早めに支度して車の雪かきしないと、時間がないなあ・・・
今日は金曜日だからゴミも出さないと、急いでゴミをかき集めてポリ袋に入れた。
そして、めんどくさかったのでパジャマのまま、ゴミを出しに玄関を開けようとした。
玄関のところに箒が置いてあったので、ついでに雪かきしようと思い、持って出た。
「おー寒む・・・、なんか羽織ってきたらよかったなあ」
ゴミをごみステーションへだして、箒で車のフロントガラスを中心に雪をかいた。
足元に落ちる雪で、パジャマのすそが濡れてきた。
「冷たいなあー」
5分ほどで終えて、小走りに家に入った。
その瞬間だった。
「うっ・・・・・」
昨日と全く同じ痛みが、胸の中心部を走った。
手で胸を押さえながら、しばらく動かず深呼吸した。
また、10分ほどで痛みは収まった。
これは胃か、食道が悪いなあ、胸焼けもするしなあ、こんな認識をしていた。
6時45分に車で家を出て、今日の目的地水口へ向かった。
同乗した部下にも
「昨日から食道のあたりが痛いねん、俺とこは癌の家系だから、見てもらったほうがええかなあ」
こんな会話をしていた。
朝一番の仕事を終えて、9時に事務所へ戻った。
まだ、胸に違和感があった、姉のこと以来、体の変化にはナーバスになっていたので
迷ったが、病院へ行くことにした。
「ちょっと見てもらってくるわ」
一旦車で家に帰り、歩いてO市民病院へ行った。(歩いて1分)
病院の外来は混雑していた。
初診の手続きを済ませて、内科受付へ、問診表を記入した。
「昨夜と早朝に胸に痛みを感じて、胸焼けもします」
それから「こやまっちさん、内科3診よりお入りください」と呼ばれたのはもう10時30分のことだった。
やっと診察室の待合へ、中にはまだ5人待ってた。
20分待って、看護婦が「胸が痛むということなので、先にレントゲン、心電図を撮って来て下さい」
「どれだけ待たすのかなあ、それならもっと早く言ってくれたらいいのに」そう思った。
2階の検査棟へ行って、レントゲン、心電図と済ませて、結果をもらって、診察待合へ戻った。
それから、また10分待って、やっと診察室カーテン内の待合へ・・・
どれだけ待合があるんだあ・・・いやになってきた。
「こやまっちさんどうぞ」
やっと診察へ、もう11時30分になっていた。
初診担当は若い女医さんだった。
「どうされましたか」
「昨夜から胸のあたりに鈍痛がありまして、今朝もありました、時間は10分ぐらいですけど」
「どのあたりですか」
「特定の部分じゃなくて、食道のあたりが全体的になんとなく・・・食べすぎですかね」
女医が届いたレントゲン写真を診て、続いて心電図を診た。
その瞬間、女医の顔つきが明らかに変わった。
「こやまっちさん、このような痛みは初めてですか」
「ええ・・・・・あの・・・心電図に異常があるんでしょうか」
「ええ、これは・・・・こやまっちさん、すぐに点滴をしますから、処置室で寝てください、動かないでね」
そして、あわてて受話器をとって、内線をかけはじめた。
私はなにが起こったのかわからず、キョトンとしていた。
不安定狭心症
処置室のベットに横になった、相変わらず女医師は電話をしている。
ただごとでないことが、様子からうかがえた。
すぐに点滴が投与された。
何の点滴かわからず、正直不安だった。
男のT医師がやってきた。
「今は胸の痛みはないですか」
「ええ、今はなんともないです」
「昨日からの様子を聞かせて下さい」
もう一度、昨夜の胸の痛みからひととおり説明した。
「心臓エコー検査をしますので、救急室へ移動してもらいますね」
私は起きて、歩いて行こうとしたら、看護婦に制止された。
「こやまっちさん、動いちゃだめよ、車椅子に乗ってもらいます」
そんなたいそうなと思ったが従うしかなかった。
車椅子に乗った、看護婦が押そうとするがなかなか動かない。
「重いから、ごめんね」
「あっ、パンクしてる」
なんとパンクしていた、時間もなかったので、そのまま、ギョリジョリと音をたてながら
救急室へ運ばれた。
救急室は急患が運び込まれるところだった、要するに救急車で運ばれる処置室のこと。
頼むから血まみれの患者が来ないでよ、そんなんみたくないーー、そう思った。
ストレチャーに乗り換えて、すぐに心臓エコー検査。
T医師が今まで心電図の異常を指摘されたことがあるか聞いてきた。
そういえば、昨夏、下肢静脈瘤の手術の前にちょっと気になると言われたことが頭に浮かんだ。
「どこの病院ですか」
「尼崎の関西労災病院です」
「わかりました、さっそく心電図を取り寄せましょう」
循環器専門のY医師が加わった。やはりただごとでない・・・・
またY医師に今日までの経過を説明した。
心臓エコー検査が終わり、Y医師から説明があった。
「こやまっちさん、症状、心電図からみて不安定狭心症の疑いが強いです、狭心症というのは
心臓冠状動脈の一部が動脈硬化をおこして、血液が行き渡らず、結果として発作をひきおこす
ものです。これが進行すると閉塞をおこして心筋梗塞という命にかかわる状態になることもあり
ます。まずは、冠動脈がどういう状態になっているのか、これを調べる必要があります。
そのために、心臓カテーテル検査と言って、動脈からカテーテルを心臓まで通して、造影剤を
入れて、撮影し、治療方針を決める。この検査をおすすめします。」
「検査に危険はないのですか」
「レントゲンとかの検査と違って、100%安全ではありません、心臓まで細い管を入れるし、管が血管を
傷つけたりとかする可能性はあります。事故例は0.3%と言われてますが、これは昔の話で今は
ほとんど問題ないです。ただ、検査を受けないと場所が場所ですから、命にかかわります」
「わかりました、やってください」
私は事の進展の早さに驚いていたが、もうあきらめの胸中だった。
「これは危険を伴う検査ですから、ご家族の承諾がいります、奥さん、来れますかね」
「私は単身赴任なんです、妻は今の時間働いてますし、3時間はかかると思います」
「単身赴任ですか、それはたいへんですねえ、でもすぐに呼んでいただけますか」
「ここで携帯電話使っていいですか」
「・・・・・・・まあ、いいでしょう」
妻の携帯へ電話して、経過を話した。
妻は驚いた様子だったが、じゃあ、夜に行くからと言ったので、
「一刻を争うらしいから、すぐに来て」
「えーーー!!」
妻が驚いたのは言うまでもなかった。
いろいろ大変・・・
「こやまっちさん、そしたら奥さんが来られたらすぐに検査を始めますね、まず、血圧を下げる点滴を
今から入れます、カテーテルは右足の付け根の動脈から入れるので、毛剃りをします。
検査後は止血のため、動けなくなので尿管を入れますね」
「はあ・・・・・・・」(汗)
毛剃りも恥ずかしいが、尿管だけは堪忍して欲しかった。
去年の夏もこれを抜いた後、排尿の時痛くて辛かったのだ。
しかし、1年の間に2回も毛剃りとは・・・・
やっと銭湯に行けるぐらいに、人並みに生えてきたのに!?
看護婦がカーテンを閉めて、ゴム手袋をして、剃刀を持って臨戦態勢に入っている。
「あーあ、なんでこうなるの?」
「こやまっちさん、毛剃りしますねー、ちょっと失礼しますよー」
パンツを脱がされて、もう好きにしてくれーって感じ!?
「単身赴任だとこういうとき大変ね、奥さん心配してはるわ」
こっちは恥ずかしいが、看護婦も仕事とはいえ、大変なんだと思う。
ローションをじゃなかった!?シェービング液を泡立てて、ほんと散髪屋みたい。
昨夏の足の手術の時は右半分だったけど、今度はえらい丁寧というか全部剃ってる・・・
気がつけば、た○た○の毛まで剃ってる、えっ、そこまでする・・・・・
「おしっこの管入れますね、ちょっと変なかんじになるけどねー」
前回は下半身麻酔の後だったから、何も感じなかったが、今回はしらふだ。
入った瞬間はなんともなかったが、さらに奥まで入れて、固定するので、看護婦が
私自身!?を強く握り締めて、いわゆるねじを締めるような感じで処置をする。
「うっ・・・・・ひっ・・・・・」
言葉で表現できない痛みが背中まで走った。
さすがに腰を引いた。
「こやまっちさん、終わりましたよ」
「ふぅーーー」
セクシーなT字帯をはめられた。
手術や検査はしょうがないにしても、こういう過程がわたしはいやなのである。
T医師が「採血しますね」と言って、左足の付け根に針を刺した。
なんで腕からしないのかと思ったが、これがまた痛かった。
検査前の処置がすべて完了して、私は病室へ行くことになった。
372号室の個室だった。
病室のベットに移るのに、私は動いてはいけないとのことで、看護婦が2人で私を
移そうとするが、スーパーヘビー級の私の体が動くわけがない。
看護婦がナースコールで叫んだ。
「みんな来てくれるーーー」
看護婦が4人やってきた。これで6人。
おいおい、俺は象じゃねえぞ!?
「いちにのさんで行くわよー」
「せいの、いち、に、のさん!」
ようやくベットに移動することができた!?
ようやく、妻が来たのは15時30分だった。
心臓環状動脈造影検査
妻が病室に到着すると、すぐにY医師が説明にやってきた。
「カテーテル(細い管)は右腕手首から入れます、心臓まで達したら、造影剤を投与して、心臓の血管の様子を診ます。
そこで、状態によっては、つまり、詰まってたりすれば処置を施します。その場合、右足の付け根の大動脈からカテーテルを
入れて、バルーン(風船)療法に切り替えます。まあ、大丈夫だとは思いますが。
時間は1時間ぐらい、処置が入れば2時間と思ってください、ではすぐに準備にかかりますのでよろしく」
「はあ・・・・」
妻も不安そうに聞いてたが、もうここはお任せするしかなかった。
承諾書に印を押して、私は1階の検査室へ搬送された。
妻は入れないので、外で待つことになった。
検査室は手術室に近い設備だった。
ストレッチャーの上でスッポンポンになって仰向けに寝る。
私は目隠しをされた。
右手首の消毒、足の付け根の消毒が行われ、カテーテルを挿入する右手首(自殺する時に切るところ)部分麻酔の注射が打たれた。
これは痛かった。感覚が無くなったところで、シースと呼ばれる手首に留置する管を穿刺する。
そしてシースにカテーテルを入れていく、これがなんともいやな痛みだった、右手首がつぱって、引っ張られている感じ。
カテーテルが冠動脈の入り口に達したところで、造影剤が入れられて、X線撮影。
「このあたり、気になりますねえ・・・・・」
Y医師とT医師が相談している、こっちは意識があるから、ずっと聞こえてる。
「こやまっちさん、ニトロを入れるから、ちょっと熱い感じになるよ」
「はいニトロ投与します」
その瞬間、胸がカーッと熱くなり、血液が体をめぐることで、足先まで順番にカーッと来た。
「右足の付け根に麻酔しますね」
これがまた痛い、皮の薄いところだし。。
今度は心臓から送り出される血液の強さ、量を測る検査らしい。
「もう終わりますからね」とY医師。
「はい終わりましたよ」と看護婦。
所要時間は1時間強だった。
右手首は止血のために強く圧迫する器具をつけられた。
動脈を穿刺したので、血が止まらないからだった。
私は手首だったからこれですんだが、足から入れると12時間動けないらしい、たいへん辛いと聞きます。
病室へ戻って、またベッドに移動だ!
「みんなきてくれるーー」
例によってまた、ナースが4人どかどかとやってきて、私の移動。
「せいのーよいしょー!」
無事に検査は終わった・・・
検査結果
とりあえず、今日は処置のために、そのまま個室となった。
病院の都合なので料金はとらないとのこと。
検査の説明にY医師が病室へ来られた。
X線写真をみながら、説明してもらった。
「こやまっちさん、やはり心臓の血管が一部、詰まりかけてました。ニトロを入れた時の写真と
比べると、よくわかります、とりあえず、薬を飲んでもらって、コントロールします、
それで、しばらく様子をみましょう。血管を拡げて血圧を下げる薬と血液をサラサラにして、血栓が
できにくくする薬です。これは一生飲んでもらうことになります」
「えー、一生ですか!?」
「あとはコレステロールを下げることです、要は痩せてください」
「わかりました・・・・」
「また、発作があったら、すぐに看護婦を呼んでください、薬を飲んでる間は大丈夫と思いますが」
「あと、内臓の病気からそのような症状になることもあるので、胃カメラと肝臓エコー検査を来週
入れておきます」
とたんにお腹が減ってきた、朝から何も食べてない。
病院の夕食を食べることに、減塩、低カロリー食の始まりである。
6時を回って、会社の同僚、部下が心配してかけつけてくれた。
とりあえず、一週間休むことを伝えた。
ハニーは私の社宅へ泊まることになった。
ハニーが帰ってから、トイレに行きたくなった。
尿管入ってるし、ぶら下げて行くのもなんだし、とりあえず、ナースコール。
「あのお、トイレに行きたいんですが」
「すぐいきまーす」
「こやまっちさんは腕からカテーテル入れたから、もうおしっこの管抜きましょうか」
「ええ・・・・」(また痛そうだ)
例によってビニール手袋をして
「はい、大きく深呼吸して・・・・はい、抜きましたよ」
この感覚はなんとも言えないものがある!?
トイレに行ったが出なかった、でもおしっこをする時に尿道に痛みはなかった。
前回は2日間入れてたので、排尿時にかなり痛んだのである。
「看護婦さん、このセクシーなT字帯もはずしていい?」
「もういいですよ、パンツはいてください」
夜に点滴も取れたので、身動きができるようになった、個室なのでゆっくり寝れる。
あーー今日はいろいろありすぎたーーー。。
狭心症と心筋梗塞について
ここで狭心症と心筋梗塞について、どうしておこるのかおさらいしておきます。
◎狭心症
心筋に直結する冠動脈の内腔の一部が狭くなって、血液が流れなくなり、心筋に必要なだけの
血液が供給できなくなると、心臓は酸素不足に陥って「胸痛発作」という形の悲鳴をあげます。
これが狭心症です。
◎心筋梗塞
狭心症は一時的な発作ですが、冠動脈の内腔がさらに細く狭くなると、ふだんでも血液が溜まりがち
になります。そして、溜った血液が固まって血液の流れを完全に止めてしまうと、心筋は酸素欠乏、
栄養欠乏から壊死を起こし、心臓はパニック状態になります。これが「心筋梗塞」です。
心筋梗塞は、最初の発作で3割の人が命を失うおそろしい病気です。
また、この病気でなくなった人の半数は、発作から1時間以内で死亡していることから、一刻一秒を
争う病気です。いかに早く設備の整った病院へ運ぶかが生死を分けます。
狭心症と心筋梗塞の見分け方
◎狭心症
狭心症の発作はふつう数分でおさまります。(わたしの場合10分程度でした)
胸の中央部からみぞおちにかけて、胸部全体に漠然とした痛みがあります。
痛み方は「押されるよう」「しめつけられるよう」息が詰まるよう」「重苦しい」「鈍痛」と千差万別ですが
がまんできない痛みではありません。また、チクチクするような部分的な痛みとは違います。
◎心筋梗塞
心筋梗塞では強烈な痛みが30分以上続きます。
痛む場所は同じですが、痛みの強さは狭心症と比較にならないほど強烈で、
「焼け火箸を突っ込まれたよう」「胸の中をぐっとえぐられたよう」「象の足で踏まれたよう」
などと表現され、死ぬのではないかという恐怖心を伴います。
顔面蒼白、冷や汗を伴うこともあります。
持続時間は長く、短くても30分以上は続きます。
胸痛発作はどんな時に起きやすいか?
狭心症の発作をもっとも起こしやすいのは寒い日の午前中です。
いつもより体を強く動かした時に起こりやすいです。
感情の変動、興奮、ストレスでも誘発されることもあります。
私の場合、一回目は裸になって風呂に入った瞬間でした。その日はとても寒い日でした。
2回目は寒い雪の朝の早朝、起き抜けにパジャマ姿一枚で車の雪かきをした直後でした。
原因は何?
ほとんどの場合、高血圧と動脈硬化です。
私の場合、高血圧ではなかったのですが、肥満なのでコレステロール値が高く、いわゆるドロドロ
した血液だったといえます。高血圧はまた動脈硬化を引き起こす要因でもあります。
動脈硬化とは、コレステロールや脂質などが血管の内側に付着したり、血管壁に沈着したりして
血管が硬くもろくなることをいいます。
心臓病を引き起こす危険因子を上げておきますので、当てはまる方は注意してね。
「肥満」「運動不足」「ストレス」「タバコ」「アルコール」「高脂血」「糖尿病」「遺伝」
すぐにはやめれないのもあるけど、要はほどほどにつきあうことだと思います。
(参考文献)専門医がやさしく教える心臓病 山科章 著 PHP研究所
376号室
翌日、個室にずっと入ってられないから、隣の376号室に移された。
4人部屋だが、ほかの人は全員退院したらしく、私だけだった。
だから、個室同然であった。
点滴もとれ、何よりも尿管もとれて、快適になった。
ただ、便秘になってしまった、入院するといつもこうなる、普段は毎日出る方だから、一日出なくても
いやなのである。食事は相変わらず、減塩食、私には汁物もついてこない。
私の体調が安定してきたので、ハニーは自宅へ帰ってもらうことにした。
毎日大手スーパーのパートで働いているので、そうそう休めないからだった。
私としては、しばらくいて欲しかったがこればかりはしょうがない。
この日の夜、看護婦に下剤をもらって寝た。
翌日、向かいに一人入院してこられた。大西さんという方だった。
「どないしはったん」
「お腹の調子が悪くて、とうとう我慢できずに入院ですわ、あんたは」
「狭心症ですわ、急にきて、そのまま入院ですわ」
「狭心症はきいつけんと、怖いで、私も7年前、地震の日になってえらいことやった、
それから、肝硬変、胃がんで胃も取ってしまいましてなあ・・・」
大西さんは食事のあと、決してトレイを返しにいかなかった。
必ず、看護婦があとで、かたずけにくる、変だなあと思っていた。
11時頃、母と子供3人が尼崎から見舞いに来てくれた。
子供の顔をみるとほっとする。
まだまだ、死ねんなあと思った。
午後からもう一人入院された、私の隣のベッドだった、どうも喘息らしい。
堰がものすごい、最後はグェーとタンを出す。
苦しそうで、大変だなあと思っていたらけど、夜寝れないはめになった。
夜も1時間おきに、ゲーゲーするのである、さすがに眠れない・・・
こればっかりはお互い様だから、がまんするしかなかった。。
寝不足に便秘、翌日から快適ではなくなった。
入院して3日目、この日は大雪になった。
夕方から、隣の個室が騒がしかった。私が入っていた個室だ。
壁一枚だから、よく聞こえる。
どうも、入院患者が大声でわめきだしている。
看護婦も怒鳴られている様子。
2時間は続いた、迷惑千万、さすがの私も逆切れして、怒鳴り込みに行こうと思ったぐらいだ。
向かいの大西さんがトイレに立った。
松葉杖でゆっくりと歩かれる、足も悪いなあとは思っていたが、
この時はじめて、大西さんの足が一本であることに気づいた。
トイレから帰ってきた大西さんに私は尋ねた。
「大西さん、足はどないしはったの」
毎日話をしていたから、私は自然と尋ねた。
「切断しましてなあ・・・・」
「えっ、事故か何かですか」
「10歳の時に切断しましてなあ・・・・・」
これ以上は聞けなかった・・・
「まあ、小山さん、人生はいろいろあるよ」
「・・・・・・・」
私は言葉が返せなかった、どれだけの苦労をされてきたんだろうと思うと頭が下がる。
376号室はいろいろある。
恐怖の胃カメラ!?
次の日の午前中、肝機能と胃カメラの検査。
胃カメラは生まれて初めてだった。
まず、胃の動きを一時的に止める注射、これが痛い。
そして、水あめみたいな喉の部分麻酔を口に入れられて飲み込まずに喉で停める。
これが5分、でもつい飲んでしまう、これはこれで苦しいものだった。
しかし、本番はもっと辛いことになった。
「こやまっちさん、どうぞ、左を下にして寝て下さいね、よだれが出ますからタオルを
ひきますね」
はじめてみた胃カメラは自分の想像していたものとは違った。
ほんとに小さい管で、その先端にカメラがついていると思っていたら、
これはホースだ!ガスのゴム管を飲み込むと思ってもらったらいい。
口にマウスピースをはめて、ホース!?を飲み込む、喉の当たったところで
ごくんと飲み込む、とたんに吐き気をもようし、ゲーゲーとむせた。
涙が出てきた、胃に到達すると、ぐるぐる回し始める。
ガスも出ているので、胃がふくらんで、痛い。
すると、思いがけない会話が聞こえるではないか。
「このあたりでいいですか」
「もっと奥に入れて、そこそこ・・・・」
二人でやってて、検査医師はまだ見習い!?隣の医師に聞きながらやってる!?
ただでさえ、苦しいのに、俺は実験台か!?
15分ほどで終了したが、もう二度としたくない検査だ。
胃カメラじゃねえ、ホースカメラが正式名だ!?
さいわい、ポリープの類はなく、軽い胃炎とのことだった。
退院
入院して一週間、いよいよ退院の日が来た。
家族はもっと入院しとけというが、前述したとおり夜が眠れず、これ以上は苦痛だった。
心臓の発作もおさまり、安定していた。
ハニーが来てくれた。
Y医師が病室へ来てくれた。
「こやまっちさん、無理せず、まず、コレステロールを下げましょう、痩せることが一番です。
薬は一生飲んでもらうことになります。万一発作が起こった時はすぐに病院へ来てください。
応急処置のニトロの錠剤も出しておきます。激しい運動は控えて、散歩、水中歩行などから
はじめてください、それではお大事に」
Y医師の的確な治療で私は退院できたと思っている、本当に感謝である。
最後に大西さんと挨拶をした。
「大西さん、がんばってくださいね、またどこかでお会いできるかも」
「私とは会わないほうがいいよ、合うときはお互い病室だから、ハハハ・・・」
丁寧にお辞儀をして376号室をあとにした。
退院の翌日、ハニーと湖畔の洒落たコーヒーショップへ行った。
琵琶湖の夕日が一番きれいに見えるスポットだ。
「俺、50まで生きれないかもしれんなあ、そんな気がする」
「何言ってるのよ、長生きしてもらわないと、パパ!!」
「そうだね、帰ろうか!」
琵琶湖をバックにショップの方に写真を撮ってもらった。
まだまだ湖畔を寒い風が駆け抜けるが、春はもうそこまで来ている。

完
あとがき
また、長々と私のつたない文章におつきあいいただきありがとうございました。
おかげさまで、退院して2ヶ月が経過しましたが、順調に回復しております。
食事療法の結果、入院時より5キロ減となりました。
元々が太っているので、まだまだ痩せないといけませんが、あせらずがんばります。
やはり、30後半から食事の内容は変えるべきですね、私のようにならぬように
バランスのいい食生活をこころ掛けて下さい。
私の入院中に、励ましのカキコ、携帯メールありがとうございました。
この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。
今回の入院費用
94,000円(私の負担額)
(入院7日間、冠動脈造影検査、胃カメラ含む)
これにバルーン療法をすれば20万円は越えます
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