命ある限り
姉とともに・・・
姉が亡くなって、一ヶ月半が経った、11月28日、私はスタートラインに立っていた。
尼崎国際シティマラソン、ハーフマラソンのスタートが迫っていた。
空は快晴、爽やかな秋晴れだった。
ハーフマラソン、私にとっては2回目の挑戦だ。
前回2年前の挑戦時はろくな練習もせず、酒に酔った勢いで部下と出場を決めたのだった。
結果は散々たるものだった、当時体重は90キロをはるかに超えていたし、練習不足、前日の雨でぬかるんだ
足元、折り返してからの強風、13キロを過ぎたあたりから、足にきて、攣る、走れない・・・・
ラスト3キロは文字通り地獄となった、足を引きずるようにゴールした、感動はなく、足の痛みだけが残った。
記録は2時間20分、翌日歩くことができないほどダメージが残った、親指の爪は血豆となり、剥がれた・・・
もう2度と走るものか・・・・そう思った。
あれから2年、今度は違う、私は一人で走るのではない、青空の上から姉がきっと応援してくれる。
姉とスポーツクラブへ行っている間、私は走りこんでいた。
時々姉も走りたいと言ってきたが、それだけはできなかった。
しっかり走りこんできたし、体重も82キロだった。あとは精神力だけだった。
私は姉の写真をランニングパンツにしのばせていた。
「応援してね!」
午前10時30分号砲、尼崎陸上競技場をとびだした。
5キロ、10キロ・・・・軽快に走ることができた。
そして折り返し、2年前失速したところ、今日は違う、走れる。。
17キロ、さすがに足に効いてくる、足が上がらなくなってきた、また、だめなのか・・・・
その時、空を見上げた・・・
「敦也、がんばらなあ・・・あと少しよ!」
そう、私は一人で走っているのではない、姉と一緒なんだ!
もうひとがんばり、負けるものか、心の中で葛藤が続いた・・・
19キロ、20キロ・・・・・・・あと1キロ!
そして、感動のゴール!!
姉とともに走った21.097キロ
記録は1時間53分、自己記録を30分更新した。
いまだにこの時の記録は破ることができないし、もう破れなくなってしまった。
一生走れない病気を抱え込んでしまったから・・・・
エピローグ
姉のことについて、今になっていろいろと思うことがある。
姉が高校で悩み始めて不登校になった時、私は隣の部屋にいながら何もしてやれなかった。
まだ私は中学生で若すぎたのかもしれない。
部屋で泣いている姉を見て、うるさいなあとしか考えられなかった・・・・
兄や私が結婚していって、ひとり幸せになれないと嘆いては泣いていた、時に錯乱していた・・・
私の妻、兄の妻に対してはやはり一線を引いた態度だった。
でも、私の子供はとても可愛がってくれた。
どれだけのセーター、ベストを編んでもらったことだろう。
感謝しても、しきれない・・・
そして、がんにとりつかれてしまった。
がんは遺伝、食生活、喫煙等が原因となる場合が多いが、精神的に悩みとおして、情緒不安定が
続いてもかかってしまうことがあると言う。姉はその典型だったのかもしれない。
3年前もっと早く気づいて、病院へ行っていれば助かっていたのかもしれない。
そして、治療方針を決めたのは私だと言っても過言でない・・・
果たして、これでよかったのだろうか?
医師に命の宣告をされた時、簡単にあきらめすぎたのでなかったか・・・
抗がん剤が効いたかもしれない・・・
姉を救うために、もっと最新の医療を求めて、なぜ動かなかったのか・・・
スポーツクラブへ入会させて、命を縮めたのでなかったか・・・
病院に運んだとき、なぜ、入り口まで歩かせたのか・・・・
なぜ、救急車を呼ばなかったのか・・・
なぜ、延命治療を拒否したのか・・・
ひとりの人間の命がかかっているのに、これで最善を尽くしたと言えるのだろうか・・・
最後がくることはわかっていたので、その時には大好きだった歌手の西城秀樹に合わせて
あげることができたらとも考えていた、でもあまりに急変から早すぎた・・・
ただひとつ、うれしかったのは、姉がスポーツクラブへ行くときの笑顔。
つくり笑いはできても、本当に心から笑っている姉は見たことがなかった。
ほんとうにうれしそうだった・・・
4月から亡くなる2週間前まで姉がスポーツクラブへ通った回数は80日にも及ぶ、2日に1回のペースだった。
もっと元気なときに私が声をかけてあげるべきだった。
先日のNHKプロジェクトX「決断 命の一滴」〜白血病・日本初の骨髄バンク〜
の中で、15歳の少女が白血病で亡くなった物語があった。
その少女の残した作文の一節
「将来について」
・・・・・・・
ふつうの高校生になって
ふつうのお嫁さんになって
ふつうのお母さんになって
ふつうのおばあさんになって
ふつうに死にたい・・・
姉もこれがかなわなかった。
ふつうに生きることがどれだけ幸せなことか、私は健康に感謝せねばならないと思う。
喜怒哀楽を繰り返しながら、毎日この一瞬を大切に、輝いて生きること、これが大切なことだと思う。
奇しくも執筆中に心臓病に倒れ、その思いをまた新たにした思いです。
姉は友だちが少なかったのですが、こうして皆さんに読んでいただいたことで、皆さんの心の中に
姉のことを覚えていただければ、天国の姉は満点の笑顔で喜んでくれていることでしょう。
また、明日から笑顔でがんばって生きようと思う!
長い間、私のつたない文章におつきあいいただきほんとうにありがとうございました。
執筆中に緊急入院というハプニングもありましたが、皆さんに励まされて最終回を無事書き終える
ことができました。
ほんとうにありがとうございました。
完
平成14年3月