仲江孝丸活動メモ

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 11月30日 相変わらず不調

 熱はないのだが、のどが痛い。昨日は集金をほっぽり出して一日部屋にこもっていた。今日こそ集金に行くぞと堅く誓ったのだが、午前中は天気が悪いので、午後からにまわす。

 学童保育の保育料値下げを求める請願の紹介議員を頼まれて引き受けたが、明日議運が開かれるので今日が一応のタイムリミット。提出の仕方が判らないと言うので、町長宛・議会宛どちらも同行する。

 体調は昨日より良くなったような良くなっていないような・・・・・・。いずれにしても相変わらず不調である。

 11月28日 のどが痛いので

 朝から天気が悪いので部屋にこもり古座の町並みに関する歴史資料の整理をする。メールを開けたら以前串本の戦争遺跡に関する問い合わせをくれた人から再度の問い合わせがあったので、資料を添付して返事を出す。日本写真協会やリアリズム写真集団に加入して原生林の写真をライフワークとしているそうで、ブログを見せて貰ったら見応えのある写真が並んでいる。大辺路にもたびたび来ているようである。

 午後から気温が上がったところで(は虫類のようだが・・・)のそのそと新聞の集金に回り出す。日曜版は配達コースの関係で3回に分けて配達している。その関係で西向コースをまわったのだが、のどが痛いので飴をしゃぶりながらマスクをして配達と集金を同時に済ます。

 11月27日 風邪をひいたようだ

 熱はないがのどが痛い。早朝配達は行ったが、大事をとって日中は集金に行かず家にこもる。夕方体をぬくめるクスリを飲んで早めに寝る。
 11月26日 野次馬

 女房の仕事が休みだったので、買い物ついでに三重県御浜町まで話題のカーフェリー座礁現場を見に行ってくる。沖縄航路の船だけあってさすがに大きい。何隻かの船が周りで作業をしているが、ガリバー旅行記ではないが小さく見える。野次馬が大勢来ていて、神志山駅近くの国道の浜側には普段止まっていない数の車が駐車されていた。神志山の駅には新宮駅で働いていたときに助勤で切符を売りに行った思い出がある。

 11月25日 病院対策特別委員会

 新串本病院の建設に関しては、当初のマスタープランでの整備スケジュールで19年度に設計を済ませ造成工事に着工。20年度から21年度で建設工事。22年度に開院となっていたが、町長選挙の争点となったこともあり、現在20年度に行った実施設計を経費節減を目的とした設計変更の最中であり、今日の特別委員会では岡本設計による設計変更の報告が行われた。

 現時点での建設予算議会提出はこの12月議会。年度末から建築工事にかかり、工事期間の予定はおよそ17ヶ月。移転準備期間を含め、23年12月開院の予定。初期投資節減という名目の元、開院期間が大きく遅れてきた。しかもこの期におよんで、設備の拡充を求める質疑をする議員がいる。その一方で本人は開院期間を早くせよと行っているのだから発言に矛盾がある。

 私は、光熱費節減に関して空調をガスから電気に換える関係で、非常時に備えた自家発電のための重油タンクを大きくする計画に関し、油の劣化を考えた場合、大きなタンクでの備蓄は問題があり、他の町有施設での融通を考えるべき旨、問題提起をしておいた。

 11月23日 議員団会議

 共産党新宮事務所で党議員団の会議を開く。約1時間の学習の後、12月議会に向けた情報交換と意思統一を行う。

 帰宅後、天気が良かったので近所のトンボのチェックに行く。今の時期トンボは基本的に日なたでしか活動していないので、既に日が陰り始めていて撮影時間は短かかったが、コノシメトンボを発見。これで姫の赤トンボの確認は6種類となった。

 11月21日 見えないものが見えるようになる

 天気が良かったので午後から台風被害の現場確認をかねて姫およびくじの川に赤トンボの撮影に出かける。デジカメを持ってうろうろしていると時々「何しやるん?」と声がかかる。「赤トンボの撮影や」と答えると大抵「赤トンボらあるか?」と聞かれる。そう、私も少し前までは低気圧通過後に乱舞するウスバキトンボ以外はトンボの存在はほとんど気にかけずにきた。

 しかし、興味を持って眺めてみると地域的に偏りはあるが結構沢山のトンボが飛んでいる。今日もアキアカネ・ナツアカネ・ヒメアカネを撮影。前回は同じ場所でノシメトンボとリスアカネも撮影しているので、姫の赤トンボは5種類という事になる。これらも少し前までは全て同じ種類だと思っていたし、数の多さにも気づくことはなかった。

 人間は普段何気なく見過ごしていることがたくさんある。それは当然のことでさしあたり必要な情報をキャッチして処理するようにしないと、常に360度見渡していたのでは前に進めないし、情報量が多すぎても処理しきれない。普段まっすぐ進んでいても時々立ち止まり周りを見渡す事が大切だと思う。まっすぐ進んでいるときには見えなかったものが見えたときに、進む方向の修正だってありうる。

 
 11月20日 臨時議会

 主な議案は1,人事院勧告に基づく職員及び議員の期末手当の削減。2,動鳴気漁港及び船瀬漁港の建設工事請負契約の承認。3,一般会計補正。等々・・・。

 建設工事請負契約についてはこれまで港毎に一つの事業として発注していたものを動鳴気(古座)は3つの工事に。船瀬(潮岬)は2つの工事に分離して発注が行われた。これは何十年も同一企業が高い落札率で受注を続けてきたものを、分離発注することによって、他の企業にも参入の機会を与え、落札率を下げることが目的であった。
 結果は、落札者は5事業とも全て小森組で、他の入札では考えられないほど1社が独占する結果となった。しかし、落札率は平均で57%と過去の90%台の落札率と比較して大きく下がる結果となり、分離発注の効果は顕著に表れて、実施した町長も驚いたようである。

 一般会計の補正は18号台風の被害による災害復旧工事が主なもの。被害調査は一通り行っているが、被害総額等はまとめ切れていないとのこと。

 11月19日 古文書

 先日株式会社エコ・ステージのサイトをみつけてお気に入りに入れていて、今日久々にチェックしてみるとリンク切れになっている。googleのキャッシュには確かに保存はされているのだが。エコステージ協会からクレームがついたのだろうか、それとも・・・・・。

 午後から役場古座分庁舎に出かけると古文書研究会の人たちが集まっていて、たまたま廊下でメンバーの一人と会った関係で私も会議に加わることとなる。旧串本町の町史編纂の時に集められた資料が倉庫で虫のえさとなっていたのを、私も整理保存するよう何度か議会でも取り上げてきた。今年度、古座庁舎に移動して一通りの害虫防除・整理を行って来たのだが、個々の文書に関しては虫の死骸や糞の取り除き・修復が行われていないため、今後少しずつ作業を開始して行こうとの相談が行われていた。

 なんせ膨大な資料なので、気が遠くなるような作業だ。私なんぞはたまに冷やかし程度に覗くだけで、実際の作業には参加できていないので、申し訳なく思っている。
 旧串本町の資料には昭和の合併前の旧町の議会資料なども残されていて、中でも戦後に我が国で初めて行われた町長や議会のリコールに関する資料は、今後文化財として後世に伝え・残すべきものだと思う。

 11月18日 全県議員団会議

 日本共産党の県内の地方議員による会議が御坊市で行われ、和田孝明議員と一緒に出席。衆院選挙後の地方議会の変化など交流しあう。休憩時間中もすさみの議員とは熊野交通のバス路線(串本~江住線)について、上富田の議員とは株式会社エコ・ステージについて、それぞれ情報交換を行う。

 11月17日 寒い雨

 日刊紙の配達日だったが、朝から冷たい雨が降る。帰宅してからファンヒーターをつけて体を温める。夕方和深まで水口議員のお父さんの通夜にでかける。

 11月16日 委員長研修

 和歌山市で町村議会の委員長研修会が開かれ、議長・副議長・議運委員長兼厚生委員長・産業建設委員長・総務委員長と共に広報委員長兼決算委員長として参加する。(病院特別委員長は欠席)
 議員定数が減っている関係で過半数の議員が何らかの委員長になっている議会もあり、町村の数は激減したとはいえ、かなりの数の議員が集まった。

 議員研修会の中には政治評論家の情勢論など、聞いていて不愉快になり時間の無駄に思える研修もある中で、委員長研修は議会運営の実際に関わる比較的具体的な話が聞けるので、欠かさず出席するようにしている。
 
 本日の講師は全国都道府県議会元議事調査部長の野村稔氏。議会運営に関する法律制定に関わる仕事をしてきたというだけあって、「本会議中心は戦前の議会」「毎年行う決算審査は特別委員会ではなく決算常任委員会を設置すべき」「定足数があるのは先進国では日本だけ」等々これまでの発想を転換させられる話がいろいろと聞けて大変参考になった。
 
 11月15日 ふるさとフェアー

 古座町時代に「古座町活性化推進会議」主催で「ふるさとフェアー&健康祭り」が開かれていて、当時は議会副議長が宛職で会長をしていたこともあり、毎回議会コーナーも開設されていた。私も風船おじさんや写真展で関わってきて、合併前の年は会長を務めたこともあった。

 ただ、私は当時から「不健康祭りにすべきだ」と主張していた。健康祭りで始まったために「祭り」なのにアルコールは禁止なのである。当時は物産展の陰に隠れて一杯飲んでいる人もいたが、批判されて飲めなくなった・・・・・。

 一昨年は「へちへちバンド」で出演したが、このところふるさとフェアーの運営には関わっていないので、内容には不満があるが、発言の機会がない。
 今年の感想を言えば、物産展中心で、子どもが参加できるアトラクションがほとんどない。汁物の振る舞いもあったが、落ち着いて食べる場所もないし、何かみんなひたすら餅撒きを待っている雰囲気だった。ふるさとフェアーと名付けているからには年に一度町民が集まって、ゆっくりと語り合う機会・場所であって欲しいと思うのだが。

 で、私はお目当ての鯨の肉を買って、解けたらあかんのでジオングなど観ずに一目散に家に帰った。

 11月13日 サンゴの山にヘリポート

 少し昔。古座と言えば沖縄か?と聞かれた。現在は那覇市となっている旧コザ市のある沖縄は基地の島である。我が串本町も基地の町ではあるが、沖縄では今、嘉手納基地の問題や辺野古への米軍飛行場建設の問題で揺れに揺れている。ジュゴンの住む珊瑚礁の海域を埋め立て飛行場を作るなど言語道断である。

 で、世界最北端のサンゴ群落を誇るラムサール条約登録地の我が町では、サンゴの山にヘリポート建設計画があると言うことで、今日の議会総務委員会で報告があった。サンゴの海ではなく、サンゴ台である。新串本病院建設地に隣接して、国の補助金を貰ってヘリポートを作るという計画で、これなら共産党も大賛成。

 昨日完成させた「西向のトンボ」は西向小学校・串本町教育委員会・古座観光協会にデータを届けた。活用してくれたらうれしいのだが。

 11月12日 西向のトンボ

 以前から撮りためていた写真を使って西向地域のトンボの写真集をA4サイズの2枚にまとめる。裏面は赤トンボの特集。2年前にトンボの写真を撮り始めた頃はシオカラトンボ・オニヤンマ・ギンヤンマ以外は赤トンボやイトトンボなどひとくくりにした通称しか知らなかったが、昨年はイトトンボがある程度見分けられるようになり、今年はようやく赤トンボが見分けられるようになってきた。尤も、町内に生息が確認されている種類だけだが・・・・。
 午後から知人から電話があり、弘法湯の沖で鯨のようなものを見たとのこと。早速カメラを提げて撮影に行く。確かに鯨類と思われる背びれが波間をプカリプカリ。やがて沖合へと遠ざかって行った。

 11月11日 対話

 朝から本格的な雨が降る。午後から共産党の南地区副委員長の正垣さんが来て、一緒に町内を歩く。姫区内で話題になるのはやっぱり民泊の話。西向の訪問先では太平洋戦争に関する話やかつての筏流しの話など結構話し込む。

 さて、話題は変わるが、先日Googleマップで久々に串本町をチェックしてみたら姫より北側の解像度が格段に向上しているではないか。私の家もしっかりと表示される。なんと愛車デミオまで写っとるやんか・・・・。ところが串本の中心街は以前の解像度のままやねえ。ははあ、Googleは串本よりも姫の方を重要視したあるっちゅうことか・・・・。(冗談)

 11月10日 お別れ式

 新聞の早朝配達を済ませて帰宅したのは6時半。ちょうど子ども達が起き出してきた時間だ。朝食はパンを用意していた。体の大きな子が沢山食べるのは当然だが、小柄な子どももよく食べる。パンを一通り食べた後、「いつも朝はごはんやねん」と言う子がいるので、「おにぎりがあるよ」と言うと、「食べたい」と言ったので持って来たら、他の子どもも欲しいと言い出してまあ食べるわ食べるわ・・・・・。そういえば昔我が家にもホッペタをいっぱい膨らませて食べる子どもがおったな。
 食後は腹ごなしでまた風船で遊ぶ。「おっちゃん、僕もっと居りたい」と言う子がいるので「よっしゃ養春小学校へ通えよ」などと話をする。

 お別れ式は8時半から。予定の時刻に憩の家まで送っていくと既にほとんどの家庭が見送りに来ていて、集まった子どもどうし昨夜の献立等を報告しあっている。お別れ式の挨拶を済ませた後、全員で記念撮影。子どもたちは全員元気に本日の体験メニュー「まぐろの養殖体験」へと出発した。

 11月 9日 子どもと遊ぶ

 朝からおっさん二人と伊串のお滝さんの所から重畳山に登り近畿自然歩道を降りてくる。途中、倒木を片付けたりイバラを刈ったりしながらで、結構汗をかく。

 夕方八尾市の北高安小学校の子どもが4人泊まりに来て、浜で貝殻を集めたり、拾った石に字を彫ったり、歌を歌ったり、風船を飛ばしたりして過ごす。
 
 関東からの修学旅行生の場合は「おいちゃん・おばちゃんと呼んでな」と言うのだが、誰もそう呼んでくれた事はない。さすがは河内の小学生・・・・。いきなり「おっちゃん!これ何?」「おっちゃん!こっちこっち!」更には「なあおっちゃん。遊ぼうや」とまあ人なつっこい。

 一人の子どもが風船を飛ばす準備をして私に声をかける「おっちゃん行くで・・・」私「え?どこへ行くんや?」しばらくしてまた風船を膨らませて「おっちゃん、おっちゃん、行くで・・・」私「え?どこへ行くんや?」久々にそんな他愛ないやりとりで子ども達と一緒に遊んだ。

 11月 8日 民泊の準備
 
 あす、八尾市の小学生が泊まりにやってくるので、庭の掃除やらなにやら準備をする。子ども達にむべの実を見せてあげようと高枝鋏を持って採りに行ったのだが、既に誰かに採られたようで、高枝鋏の届かない高さに残っているだけだった。

 昨日の学生と話した時にも考えたのだが、小学生に熊野古道や大辺路刈り開き隊の事を説明するのに資料が欲しいなと思い、簡単なチラシを作成する。文章はさほど時間がかからなかったのだが、地図を作るのに結構手間取る。

 11月 7日 町並み調査の続き

 昨日に引き続き町並み調査のサポートを行う。今日は主に石垣にポイントを絞って調査する。途中の道端でクコの実をみつけたり、思いがけないところにオオタニワタリが生えていたりと、結構新しい発見もあった。
 串本の宮川より上は宇津木石の塀が多いのだが、下は煉瓦の塀が結構目立つ。集落の形成過程や時代背景がこのような形で残っているのだろうが、今後はその部分の裏付け調査が必要だ。

 昼食は商工会が用意してくれて松ふさでトビウオどんぶりをごちそうになる。トビウオというと先入観があり、「貰ったら食べるれど買ってまで食べる魚ではない」と思っていたが、また食べたいなと思うほど結構おいしかった。売り出すのなら問題は値段設定やね。

 
 11月 6日 町並み調査

 朝から東牟婁町村議会の研修会が国民宿舎あらふねで開かれ出席する。午後からは商工会主催で和歌山大学の学生による串本の町並み調査が行われ、サポート参加する。

 学生二人にサポート1名で地域を分けて調査に入ったのだが、私の組は宮川から上の神社・仏閣・草木・家屋・庭園等々を調べることとなった。学生の新鮮な目で見て心に残るものを書き記すために、サポートの人は訊ねられたら答える位にしてあまり自ら進んで説明しないようにと言われていたのだが、二人の学部は経済学部でたまたま選んだゼミの教授の趣味?でこのような調査をすることになったようで、予備知識は全く無いようであった。で、結局間がもたなくなって語り部をやってしまう。

 無量寺や良栄丸遭難慰霊碑、矢倉甚兵衛氏宅など定番の場所以外にも宇津木石の塀や矢倉神社やエルトゥールル号の歴史などを解説する。

 予想外の新発見としては宮川でヨシゴイの若鳥を撮影したことや、矢ノ熊の路地で道路に見えるように生け花を展示している家があったことである。こんな事をする家が10軒あればニュースになるだろうし、100軒あれば立派な観光スポットになるだろうけど・・・・・。明日は朝から続きを行う予定だ。

 11月 5日 議運VS議運

 兵庫県播磨町の議会運営委員会のメンバーが串本町議会の議会運営について視察を申し込んできたので、こちらも議会運営委員会のメンバーが全員参加して、対応することとなった。

 播磨町の現行の議員定数は18名で串本町と同じ。次回からは4名減の14名となるということで、常任委員会の運営について、現在複数の委員会所属を認めている串本の取り組みを調査に来たとのこと。

 どちらも海沿いの町ではあるが、平坦な都市化の進んだ地域とほとんどが山林に覆われた我が町の違いは、8つの会派がある播磨町と政党所属が2名で他には会派のない串本町との違いにみられるように、議会運営の方法も随分違うところがあった。

 お互いざっくばらんにそれぞれの議会運営の方法について情報・意見の交換を行い、双方とも学ぶところも多く、今後の議会運営への刺激となった。

 11月 4日 国際フォーラム

 「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産登録5周年記念国際フォーラムが本宮で開かれ、大辺路刈り開き隊の役員で参加する。ユネスコの諮問機関であり、世界遺産登録に決定的な影響力を持つICOMOSの会長から基調報告があり、何名かの特別講演の後、仁坂知事も参加したパネルディスカッションが行われる。国際会議なので会場の中に箱のような小部屋が持ち込まれてその中で同時通訳が行われ、参加者は各自受信機を使って英語もしくは日本語での話を聞くこととなった。
  ※参考 日本イコモス

 知事は国際的な重鎮を前にして少し興奮したのか、和歌山県の世界遺産登録地域を広げて行きたいこと、そしてそのためにも埋もれた古道を刈り開き整備している住民のボランティア団体大辺路刈り開き隊の地道な活動を「今日も中心メンバーが参加している」と言って紹介。おお!わざわざ本宮まで雁首そろえて行っただけのことはあった。 ※参考 ようこそ知事室 きのくに生き生きトーク

 なお、紀伊民報での報道と南紀州新聞での報道はこの通り。

 11月 3日 文化の日

 昨夜から家の外には木枯らし1号?あるいは寒太郎がやってきたようで、今朝の早朝配達はナマクラな体には随分堪えた。
 午前中は予定が入っていなかったので、久々に株式会社エコ・ステージに関するNEDOの情報開示文書を一通り再確認。経過を整理する。

 午後からは文化の日なので、読書をしようと図書館に出かけるが休館日。せっかくなので我が町唯一の美術館である応挙芦雪館に行く。これまで何度かウォークイベントで無料入館の機会はあったが、一度も入ったことはなかった。決算審査の中で応挙芦雪館に預けている大水崎や笠嶋遺跡からの発掘品を見ておきたかったのだが、やはり本館よりも収蔵庫に置かれている重文は見応えがあった。

 そうそう、先ほどからネットサーフィンをしていて、町のHPでまちづくり交付金 事業事後評価原案の公表及びまちづくり交付金 事後評価への意見募集というページを見つけた。とりあえず、「このページの存在を知ったときには募集期間は終わっているのではないか?」との旨メールを入れておいたが、ご意見のある方は早めにチェックしてメールしてあげて欲しい。

 11月 2日 相談

 集金が終わり一区切りついたので以前から声がかかっていた所を何軒か訪問し、いろいろと相談を行う。その話をもって役場や関係者の家に行って意見調整。直ちに解決するものはないが、12月議会や来年度の予算編成に向けて取り組むべき課題がいくつか整理できてくる。

 11月 1日 新宮へ

 月初めなので共産党の新宮事務所へ紙誌代金の納金にでかける。帰り道に太地のくじらまつりに立ち寄ったのだが、天候の都合で少し早く切り上げたようなので、漁協スーパーに行って鯨の肉を買って帰る。

 
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