仲江孝丸活動メモ
トップページへ

 6月30日 納金

 集金が完了したわけではないのだが、明日の予定との関係で新宮事務所まで紙誌代金の納金にでかける。

 6月29日 議会最終日

 二つの特別委員会が設置される。一つは取り合い一つは押し付け合いと予想していたが、病院対策特別委員会(9名)は希望者がすんなり決まり、委員長については和田良太氏と角将範氏が立候補を表明し選挙となる。私は公正な委員会運営という観点から角氏を支持。1票差で角氏が委員長となる。これに対し広報委員会(6名)は委員会経験者の私と初めての椿谷氏。あと4人は新人議員で、いつも広報委員会に対し不満を言う議員は誰1人入っていない。委員長は未経験者に務まる仕事ではないのでやむなく今回も委員長を引き受ける。

 本日一番の議題は定数削減条例。現行18名を15名に3名削減するというもの。提出者は和田良太議員で既に9名の議員が賛同署名をしていたので、結果は最初から判っていた。しかし我が町にとって代表者を何名にするかは民主主義の根本に関わる問題なので、熱心な質疑が行われる。提出者は少数精鋭を説くが、私は少数=精鋭では無いこと。現実に定数削減した議会では議会質問が形骸化している現状を示すが、話はまったくかみ合わない。
 面白かったのは松下議員が「経費節減をいうなら(4年後から減らすと言うのではなく)今すぐ議員を辞職してはどうか」との旨質疑すると、和田良太議員は「私がおらんと串本町の議会はめちゃくちゃになる」と答弁。

 議員としての能力と選挙候補者としての能力は別物であり、必ずしも比例はしない。議員のレベルは有権者の意識の反映である。

 採決の結果は
反対  
仲江 和田 松下 川端 漆畑
賛成  
和田 川勝 結城 浜田 水口 椿谷
寺町 橋爪 梅野 沼谷   

 尚、反対者の中には「定数削減には賛成だが、この時期に性急に決定すべきではない」旨の意見の人もいるし、賛成者の中にも「もう少し時間をかけて検討してからの採決」を主張した人もいた。

 6月28日 集金日

 久々に予定の入っていない日曜日。朝から来月の語り部の準備を行う。午後からは基本的に集金にまわったが、不安定な天気で雲行きを見て、雨をよけながらバイクで回る。

 集金の途中で湿地を見かけると立ち寄ってトンボの撮影。今日はコシアキトンボやクロイトトンボの産卵を撮影する。

 6月27日 古座観光協会総会

 議会は土曜日で休会。昼間は紙誌代金の集金にまわる。夕方から国民宿舎あらふねで古座観光協会の総会が開かれて出席する。質疑がほとんどないなかで私は①カヌーインストラクターの資格試験②語り部の育成③海賊クラブの復活等々意見を述べる。
 
 カヌーの利用料金を昨年から値上げしたが、レンタル開始以来初めて利用者が前年度比で僅かに減少した。今後利用者を増やすためには、予約を待つのではなく、川下りツアーの企画など、閑散期における利用者増を図らなければならない。また、インストラクターの資格試験を行うことで、信用と人材の育成・確保を行うことが必要である。
 私は、砂子舟や筏流し、野鳥や川の生物といった歴史と自然。特に古座川一揆の話をできる川の語り部を育てて行きたいと考えている。

 6月26日 参観日

 子どもの頃母は左官の手先等をしていた関係で、中学校・高校時代は授業参観に来ることは無く、時々二つ年上の姉が参観にやってきた。

 本日の議会で私の一般質問を母が傍聴にやって来た。40年ぶりの参観日である。本日のトップバッターは私で続いて和田孝明議員。さて、母の目に今日の一般質問がどのように映ったか。まだ聞いてはいない。

 終了後、議会はまだ終わっていないが、議会と執行部の懇親会が浦島で行われて、2次会まで付き合う。和田孝明議員は先日藤田さん達と一緒に飲んだときと比べ、プレッシャーが軽かったからか絶好調であった。

 6月25日 一般質問2日目

 昨日に引き続き5人の一般質問が行われた。最後の角議員が4年前の衛生施設事務組合議会の話を持ち出して、「田嶋管理者のもとで不正が行われて100条委員会が設置された」旨の質問に対し、田嶋町長は「100条委員会は政治的なもの。調査結果の報告もない」旨反論。傍から和田良太議員が「衛生組合の話は組合議会でやれ」旨の不規則発言をして議長から注意を受ける。(この不規則発言は正論である)

 さて、当時の100条委員会に対する私の見解の一部を以下に貼っておく。

○一般廃棄物処理基本計画は焼却炉建設の認可を受けるために作成されたもので、後に追加された生ゴミ処理計画は、一般廃棄物処理基本計画の一部分を補強したものである。彼女らはこの基本を理解していない。それぞれを別個のものとして解釈しているため、職員の説明とかみ合わず、自らの無理解を職員のせいと批判している。
○「525万円もの事業が随意契約で発注されている」ということが100条調査委員会設置の大きな理由であった。それが事実であれば大変な不正である。ところが随意契約ではないことが明らかになったため、「変更契約という形を取っているが内容的に随意契約といわざるを得ない」とごまかしてる。
○委員会の調査内容は早い時期であれば100条調査権を発動させなくても調べられる内容ばかりで、100条調査権は「正当な理由がなく出頭せず又は証言を拒む場合は、地方自治法第100条第3項の規定により、6ヵ月以下の禁固又は10万円以下の罰金に処せられることがある」との脅し文句で、前夜に翌日の会議への出席を求めたり、合併直前でただでさえ忙しい職員を何日も拘束し、古座庁舎への引っ越し準備で梱包された資料を開けさせるために使われたが、不正は何も立証できなかった。結局100条調査権は職員をいじめるだけのものでしかなかった。

 6月24日 一般質問初日

 定例議会の一般質問が始まる。今回私は11番目なので明後日になるだろう。トップバッターの浜田議員は前ぶりで県議会を参考にして「クールビズで行こう」と提起する。しかし2番目の寺町議員はしっかりとネクタイを締めての登板。「父の日に娘から貰ったネクタイをして一般質問するよう言われている」とのこと。

 私の娘も学生時代までは父の日のプレゼントもくれたが、社会人になったらなんもくれん。まあ元気でいるだけでえ~かな。

 本日は5人が登壇。本会議終了後全員協議会が開かれて、串本漁協から橋杭岩の駐車場を買い取って欲しいと要請されていることについて協議する。漁協の経理状況も審議する必要があるので産業建設常任委員会で扱うことになった。

 6月23日 集金日

 今日も議会は休会。紙誌代金の集金と夏期カンパを集めてまわる。途中、同級生に会って「先日の同窓会で準備ご苦労さんでした」と声をかけられたので、「いやあ今回は何もしてないんや。強いて言えば巽真悟のパパを連れて来たことかな」と返答すると「それで盛り上がったんや」との話。私はおとり鮎か?

 夕方家に帰ると役場税務課から封筒が届いていた。「え~何や、これ以上絞っても何も出んぞ」とつぶやきながら封をあけると、昨日納金した国保の督促状だった。

 6月22日 納税日

 月末になってきたのでそろそろ税金を納めとかなあかんと思って、伝票を整理していたら、なんやこれ先月の国保や!ヤバイヤバイ滞納しとるやんか。で、更に整理を進めると今度は車の税金。原付と軽自動車分を納めたからもう済んだつもりでいた。今月は更に町・県民税の請求も来ている。今までは一括払いだったが、子どもが大学を出て扶養家族が減った関係で、以前の10倍以上になっておりとても一度には払えないので4期に分割納付。結局本日の納税額は107,560円也(60円は督促手数料)。は~ゼ~ゼ~!!

 本日は基本的に一般質問の準備を行って一日が暮れた。

 6月21日 川下り

 ハルライン美容室のカヌーでの川下りにサポート参加。朝の天候が思わしくなかったので参加者が予定より少なくいつものインストラクターTERAさんも欠席。そのぶん初心者もいなくレクチャーは不要だった。

 昼食時に河原でナイフを拾ったので傍に生えていた竹で紙鉄砲をつくる。参加していたこどもたちは見るのも初めての様子だった。我々が小学生の頃は肥後の守は男の子の必需品で、小さなナイフ一本で竹細工をしたりラワン材を削ってモデルガンを作ったりしたものだったが。

 6月20日 同窓会

 古座川町一雨のつくしで近場に住む高校の同級生が集まる。10数名のメンバーの中で男は私と「巽真悟のパパ」の2名だけ。計画は早くからあったのだが数日前幹事から連絡があって男の参加者が私と「江住の医者」の2名しかないので、声をかけてくれないかと言うので、古座川町役場まで行って「巽真悟のパパ」にどうしても参加するようにと説得する。で、今日になって「江住の医者」が親戚の不幸で欠席との連絡があったとのことで、結局男はふたりだけ。

 高校卒業以来の再会もあって楽しく食事を進めていたが、途中で私が『「巽真悟のパパ」と写真を撮ってほしい人』というと、半数が場所を移動し行列ができる。
 つくしにはピアノもギターもあるのでピアノの先生と私の伴奏で高校生の頃流行った歌をみんなで歌う。

 6月19日 快晴

 新聞の早朝配達の時雲一つ無い良い天気だったので、「ヨシヨシ」と思いながら帰って来た頃には東からの風が強くなってきた。で、結局風波が立って濁り潮がさしてきたので快晴にもかかわらず海士入りは断念・残念!

 午後から赤旗日曜版の配達のついでに議会事務局に立ち寄り、古座町時代の議事録をチェックしていると橋爪議員がやってきた。2年間議長をしていたので久々の一般質問と言うこともあり、事務局に意見を聴きに来たようだ。で、ついついあれやこれや口をはさんでしまう。

 6月18日 休会

 議会の議事が予定より早く進んだので本日は休会。新聞で本日古座川町議会の一般質問が行われることを知ったので傍聴にでかける。執行部9名、議会事務局2名、議員10名とこぢんまりとしている。質問者は3名。議会の定数削減による少数精鋭を主張する人もよくいるが、一般論として定数の少ない議会は質問者も少なくなる。議員のレベルは有権者の意識の反映である。久々に傍聴した他町の議会はそれなりに刺激となった。

 昼食後久々に海士入り。1時間ほど潜ってサザエ6Kと鮑2枚に蛸1匹。サザエは早速明石の姉に送る。

 6月17日 初体験

 定例議会2日目。一般会計補正で、憲法改正のために国民投票を行う準備の名簿作成予算が計上されていたため、昨日から議長や議会事務局に話をして、議会事務局の協力も得たが、基本的には自力で修正案を準備していた。

 憲法改正という国家の一大事に関して、国民投票の法律は制定されたが、18歳からの選挙制度を含め、付帯決議で「解決しなければならない課題」を幾つも残している。それらが解決した後でないと、プログラムを整備しても修正のために後々費用がかさむ。現在の有権者台帳をきちんと整備しておけば、短時間で名簿は整理できるから、急いで名簿を作る必要はない。今あえて名簿づくりを急ぐのは、国会の決議さえ得られれば、国民の間での論議が無いままに改憲(主眼は戦争放棄をうたった9条)をしてしまおうという目論見があるからだ。

 一般会計の予算質疑が終わったので、修正案の提案動議を出そうと思っていたら、角議員から「修正案を出したいので休憩してくれ」との旨の発言。修正案の動議をだすならその時点で議案を用意していなければならないのだがさすがは懐の深い村上議長である。発言を認め議会は休憩に入った。そのため議事が1時間ほど中断する。

 議会の修正案は何度も審議してきたが、一度に二つの修正案が出されたのは21年の議員生活の中でも初体験である。私の提案理由の説明と質疑の後、角議員の提案理由の説明と質疑が行われ、その後討論に入った。まず原案賛成の討論=なし。続いて原案反対の討論=なし。次に仲江議員(私)提案の修正案に対する反対討論=なし。同じく賛成討論=なし。更に角議員提出の修正案に対する反対討論=無し。同じく賛成討論=川勝議員。ここで退席していた結城議員が帰ってきて、討論を要求したが、提案理由の説明や質疑を聞いていなかった議員に討論の資格は無いので議長は無視をする。

 で、採決の方法と結果については、まず私(仲江)の提出した修正案に対する賛成者は仲江・和田孝明の2名で否決となる。続いて角議員の提出した修正案に対する賛成者は角・川勝・川端・松下の4名でこれも否決。原案の賛成は結城・和田良太・浜田・漆畑・椿谷・寺町・橋爪・沼谷・岡・梅野の各議員で結局提案通り原案可決となる。(水口議員は初日から病気欠席)

 6月16日 議会初日

 6月議会の初日。冒頭議会運営委員長から会議規則の厳守について報告がある。さすがに会議中に無断で席を立つ議員はいなくなった。しかし会議規則にある
(発言の要求)
第51条 会議において発言しようとする者は、挙手して「議長」と呼び、自己の議席番号を告げ、議長の許可を求めなければならない。
 については議運委員長が説明したにもかかわらず、意味を理解せずに挙手して「はい!」と呼んで発言許可を求める議員が多数いる。

 今日は本格的な論戦の行われる選挙後初めての定例会だと言うこともあって、傍聴者も多く、各議員も張り切って質疑したのだが、議題外にわたる質疑も多かった。一番注目された副町長人事については、質疑こそ何人も行われたが、採決には誰1人異議をとなえる者はいなく、全員一致で承認された。

 6月15日 自転車に乗って

 午前中、和田孝明議員と6月議会に向けた打ち合わせを行う。

 午後からは天気が良かったので久々に自転車に乗ってでかける。まず古座川町役場へ。同級生と会って同窓会の話、ついでに明日から始まる串本町議会の補正予算に関わって、古座川町の取り組みを参考に聞いてくる。古座川町の議会は既に開会されているが本日は休会で、役場玄関ロビーでは二人の町議が一般質問に向けての資料整理・相談をしていた。

 続いて串本町役場本庁へ。総務課・企画財政課・商工観光課をまわって議案に対する質疑や一般質問に関する下調べを行った。

 6月14日 平和花まるコンサート

 三重県紀宝町で「紀宝9条の会」主催で笠木透と雑花塾による平和花まるコンサートが開かれ参加する。笠木透さんは日本フォークの草分けで、伝説の中津川フォークジャンボリー(日本初の大規模な野外コンサート)企画運営人の1人である。生活や地域に根ざしたフィールドフォークを提唱し、自然や人権・平和といったメッセージ性の強い歌を歌い続けてきた。2005年からは「憲法フォークジャンボリー」を各地で開催している。
 熊野地方に来るのは10年ぶりだとかだが、私が以前笠木さんのコンサートを観たのは20数年前で、場所は新宮市の丹鶴荘だった。

 今回バックミュージシャンとして参加した雑花塾の鈴木さんは、紀宝町出身で若い頃は紀南文化愛好協会(文協)に加入していて、私が20代前半に主催していた「ゆきどけフォークコンサート」(当時私たちは古座高校にあった木造校舎の音楽室が根城だった)に出演してもらったこともある。
 間の休憩時間に話す機会があったが、本人もよく覚えているという「あの薄暗い建てもので周美さんと一緒に行った」との話。「あのときの司会者が舞台でギターを叩き壊した」と言うので「彼は今古座高校の先生になっているよ」と話すと、「へ~!わからんもんやなあ」と言っていた。

 そういえばあのときの古座校長だったY先生も今日のコンサートに来てくれていた。当時「ゆきどけフォークコンサート」ではポスターが古座高校のイメージを傷つけたとおしかりを受けたのだが・・・・。彼は校長退職後、病院の事務長などを務められて、私とは凄く距離のある人だったのだが、これもまた「わからんもんやねえ」。

 6月13日 田辺へ

 共産党南地区の会議が開かれ田辺市へ。ついでにウエットスーツを買おうと思って何軒かの店をまわったが気に入るデザインのやつが無かったので結局家に帰ってインターネットで注文する。

 6月12日 支部会議

 共産党古座支部の会議。みんなで日本共産党第8回中央委員会総会での志位委員長の報告をインターネットで視聴する。いやあ便利になったもんやね。今まではいちいちビデオ(VHS)に録画していたからね。

 久々に庭の草刈りや庭木の手入れをする。今は一番雑草の伸びる時期やね。

 6月11日 議案が届く

 6月議会の議案書が届く。そろそろ一般質問の準備も始めなければならない。昼前に町長室を訪問し6月議会に関する問題等々一時間近く町長と話し合う。

 町長とは選挙後電話で話をする機会はあったが、議場以外で会うのは初めてである。副町長の選任に関して電話をくれたときに「一度共産党議員団と話し合いの場を持とう」と約束はしていたのだが、とりあえず議会がせまってきたので急がれる課題について話をしておいた。

 6月10日 厚生常任委員会

 午後から議会厚生常任委員会が開かれる。主な議題は保育所の待機児童の解消に関する取り組み。保健福祉課長から説明を受ける。今年度の待機児童については上野山保育所が分園方式で定数を増やすことによりほぼ解消される見込み。説明と質疑・答弁のあと旧西向幼稚園と串本保育所を現地視察する。

 6月 9日 議運

 議会運営委員会が開かれ出席。新町発足後初めての議運出席だ。6月議会の日程案が話あわれる。

会議日程 摘    要
16 本会議 条例案、予算審議。
17 本会議 一般会計 予算審議
18 本会議 議案審議
19 休会  
20 休会  
21 休会  
22 休会  
23 休会  
24 本会議 一般質問
25 本会議 一般質問
26 本会議 一般質問
27 休会  
28 休会  
29 本会議 予備日

 私は新町発足後初めての議運への出席なので、「本会議中にみだりに議場を出ないこと。やむなく議場を出るときには議長(事務局)にことわって出ること。またそれを防ぐ上でも概ね1時間に一度休憩時間を設けること」を提案した。

 午後から太地で共産党東牟婁の会議。

 6月 8日 議事録作成

 6日に行われた大辺路刈り開き隊定期総会の議事録を作成する。総会議長に内容の確認をしてもらってMLで各隊員に総会報告として送る。ML未加入の隊員もいるのでプリントアウトして郵送の手配をする。

 6月 7日 姫区第1回大掃除

 姫区は昔から6月8月10月と年3回大掃除を行って来ている。町の合併後、町内一斉清掃に参加するよう呼びかけが行われたが、これ以上回数を増やすわけにはいかない。

 で、その第1回大掃除。川の清掃と溝掃除がメインである。朝7時の開始時間前には既に何カ所からか機械の音が・・・・・。姫時間である。9時半頃自分達の受け持ち区域は終了したが、役員は最後の箇所が終了するまで手伝いに行くことになっている。1カ所に大勢集まってもすることが無いので、私は津波避難所の草刈りを行った。

 夕方、叔父の家での一杯会に誘われ、「れんと」の一升瓶を提げ参加する。アワビのかき揚げ・鮎の寿司・ジャガイモの揚げ煮などごちそうになる。

 6月 6日 刈り開き隊総会

 役場古座分庁舎で大辺路刈り開き隊の2009年度定期総会が開かれる。田辺から三重県尾鷲までのメンバーが集まる。代表の挨拶の後、隊歌(一緒に歩こう)斉唱し、総会は厳粛に始まった。

 昨年の活動(刈り開き隊HP活動歴参照)を振り返り、今年度の活動計画をたてたのだが、会費の問題や語り部の報酬、作業時の傷害保険の問題など活発に意見が交わされた。

 6月 5日 全員協議会

 朝から新宮市で日本共産党新宮東牟婁地方議員団会議が開かれ、和田孝明議員と一緒に参加。午後からは串本町議会の全員協議会。

 全協の議題は二つ。まず町道右東谷~津荷線の拡幅問題。墓地移転を含む用地問題について10数年かかって交渉を続けてきたが、結局話し合いを断念し、現在の道の角を少し削ることで決着としたいとの話。
 もう一つが病院建設の問題。町長の選挙公約で病院建設計画の見直しが言われていたようだが、町長からの提案は大幅な見直しではなく、700数十万円をかけて現在の実施設計に対し、経費節減できないかをコンサルにチェックしてもらうという内容。

 各議員の意見はこれまでの病院建設特別委員会の時と同じ内容も多く、話を振り出しに戻すような意見も多数出される。私は、コンサルに再度委託することによって浮く建設費用と、病院建設が遅れて来ることによる損失とを比較しなければならない。特に新病院の建設が年度途中になってくると、医師の確保に障害が生じないか。等々質疑する。

 6月 4日 平和行進

 原水協の平和行進が串本入り。アメリカの核兵器投下への反省を述べたオバマ演説や北朝鮮の核実験など、核兵器をめぐる前進と後退の勢力がせめぎ合う中での、今年の原水爆禁止世界大会は、核兵器廃絶に向けた歴史的なつどいとして成功させなければならない。

 夕方5時過ぎに串本町役場で開かれた出発集会では藤田勝彦串本原水協代表が主催者挨拶。町長と議長からのメッセージが代読された後、日本共産党を代表して国重秀明氏が挨拶。集会アピールと北朝鮮の核実験に対する抗議文を採択して、私のギター伴奏による「青い空は」の合唱。

 その後行進に移り、国道を駅前まで、東海岸通りを通って桟橋から再び国道を通って役場までぐるっと一周してきた。

 さて、写真は古田の新浄水場。明日の竣工式に備え準備が行われていた。私にも案内が来ていたが、膜ろ過方式の施設に関しては予算にも反対したが、いまでも適正な施設だとは認めていない。だから施設が完成したからと行って祝う気分には到底なれないので、欠席の通知をだした。

 4年前、宝嶋の焼却場が完成したときは積極的に協力してきた立場だったが、妨害の限りを尽くしてきた人物が招待されていたのに、建設に尽力してきた人達が完成した時点で現職を退いているからと招待されていないのを知り、抗議のために敢えて欠席をした。

 これらの経過があったので新病院と給食センターの竣工式を今から心待ちにしているのだが・・・。

 6月 3日 ウミガメの遺体

 熊野体感ウォークの「熊野古道大辺路・古座駅~紀伊田原駅」が行われ、語り部として参加する。昨年の春古座駅を起点として表面は串本まで、裏面は田原までのウォークマップを作った。田原までのコースは池野山~佐部の山越え道と、津荷経由の浜歩きの道となっているが、これまで浜歩きのウォークイベントが行われた事はなかった。で、マップを作って最初のお披露目ウォークのつもりだったが、肝心のマップは既に出払ってしまって在庫が無いという。残念!!

 古座の街並みを歩いて動鳴気漁港で昼食休憩。午後から本格的な浜歩き。浜歩きの一番の魅力はビーチコーミングだと、漂着物を説明しながら歩く。「アラメにホンダワラ、テングサにヒロメ」「これが黒アワビでこれはトコブシ」「これはサンゴのキクメイシで」と話をする。中国からの漁具やハングル文字の書かれたペットボトルと海外からの漂着物も沢山あった。

 宝嶋に着いたときにウミガメの遺体を発見。そこで津荷と田原の境界争いの話をする。昔は何処の村でも磯の権利や流木の権利をめぐって争いが行われて来た。その時に権利を主張する証拠となったのは、行き倒れとなった旅人を誰が弔ったかということで、津荷に残る古文書にもそのことが記されていると言う話をした。

 昨年は田原で20数年ぶりのウミガメの産卵があったが、このところ近辺の浜辺に毎年ウミガメの遺体も流れ着いている。病気やけがが原因なのか、それとも寿命を迎えたのだろうか。

 6月 2日 戦闘機の低空飛行

 新聞の早朝配達を済ませてその足で田原湿地帯へトンボの撮影に行く。お目当てのトンボは撮影できなかったが、モートンイトトンボやコサナエを撮してくる。

 さて、集金も完了し一段落。朝から天気が良かったので海士入りに行こうかと思っていたが、昼前には薄雲が広がってきた。アマチュア海士(アマアマ)としてはとりあえず冷凍でキープしてあるのでやめにした。職業海士(プロアマ)の場合は雨でも潜っているもんな。

 で、今日は知識の充電のため読書をしていると、12時39分に激しい爆音。思わずデジカメを持って家を飛び出す。飛行機は既に大島の沖を旋回し高度を上げて戻ろうとするところ。先ほどの爆音とは比較にならないほどの遠く離れた姿しか撮影できなかった。

 以前よく行われた米軍機の低空飛行は大抵2機が一緒にやってきたが、今回は1機。米軍機なのか自衛隊機なのかもよく判らないが、迷惑極まりないのは違いない。

 6月 1日 納金日

 久々の快晴。朝から役場に行って幾つかの頼まれ事をこなす。その後新宮の共産党事務所まで紙誌代金の納金に行ってくる。

 
トップページへ