Index
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- コール光瑞寺
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- 子供会
はなまつり・サマースクール・子供報恩講など
- 門徒推進員紹介(7名)
- 念仏奉仕団
- 光瑞寺の歴史
武将武田信玄(1521〜1573)の家臣、
高坂弾正昌信(信州海津城主)の三男の
四良兵衛昌房は、
幼少のために戦免れて西国にのがれた...
元和8年(1622)9月、
亀山本徳寺順専師より『光瑞寺』
の寺号を賜りここに光瑞寺始まる。
2005年で383年目
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- 西本願寺通信教育
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- エコネット・むねざね
「環境にやさしく」をテーマに
花・野菜・樹木を元気に育てます
- 湯らり湯ったりお念仏の旅
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浄土真宗本願寺派
春日山光瑞寺

45.光瑞寺2005サマースクールin京都8/2-3
光瑞寺サマースクールin京都と題して比叡山・西本願寺・新撰組歴史巡りを8月2日3日1泊2日の日程で「歩いて」きました。とにかく今回は「歩きました」。
05/08/12
管理人のさぼり癖はいつまで続くのか・・・光瑞寺のHPいつ見てもおなじですねー。あーすみません。さぼってます・・・過去を振り返ってみても同じようなことを書いてます。だめですねー。このサマースクールの編集をきっかけに2005年度初の書き込みを開始したいと思います。今後とも宜しくお願いします。
44.衆生病むがゆえにわれ病む 梯實圓(勧学04/7月号宗報
 インドに起こった様々な宗教の中で、仏教の最大の特徴は、慈悲を強調することであったといわれています。慈悲の慈とはマイトリの訳語で、相手の幸せを心から願う純粋な友愛のことであり、悲とはカルナの訳語で、人々の悲しみを共に悲しみ、相手の痛みを共に痛む心であるといわれています。
 この痛みの共感こそ「いのち」の共感なのです。
...
04/07/26
43.イラク戦争に思うこと 光瑞寺住職釈香象 光瑞寺だより04/7月号
 イラクでの戦争が始まって、一年三ヶ月余り。何人の兵士や住民が貴い生命を失い、また傷ついたのかと考えるとき、人間の持つ愚かさ、傲慢さ、凶暴さが、時を経ても一向に減少しないことを改めて知らされる。「殺すなかれ、嘘をつくなかれ、物を盗るなかれ」等我々に叫び続ける釈尊の声を無視することなく、絶えず考えることが、今も大切なのです。
 人間同士が殺し合う戦争、どのような理由をつけ正当化しようと悪であること、無意味であることに変わりはない。戦争無用を実践したのが、釈尊の誕生地インド独立の父ガンジー、そしてのその精神を受け継いだマンデラ南ア元首相である。我々仏教徒が多数を占める日本も戦争無用を堅持しなければならないと思う。

04/06/27
42.仏法をあるじとす 梯實圓(勧学02/3月号大乗
蓮如上人の法語に、「仏法をあるじとし、世間を客人(マロウド)とせよ」という言葉があります。仏法とはひたすら生死の惑いを超え、愛と憎しみを超えた浄らかなさとりの領域を目指して生きることであり、世間とは、生にとらわれ、死に怯え、愛欲と憎悪に揺れながら生きている世俗の生活をいいます。真理についての無知と、煩悩が支配している世俗を否定するのが仏法ですから、仏法に生きるためには世間を捨てなければならないといわれていました。それが出家仏教なのです。...04/06/14
41.ご祈祷無用 梯實圓(勧学03/1月号大乗
法然聖人は『浄土宗略抄』のなかで、「いのるによりても病もやみ、いのちも延ることあれば、たれかは一人として病み死ぬる人あらん」と仰せられています。仏にいのることによって、病気もなおり、寿命ものびるのならば、誰一人として病むものもいなければ、死ぬ人もいないというのです。仏教といえば、公には鎮護国家の祈祷を行い、個人的には現世の安穏と死者の後生安楽を祈る宗教だという常識がまかり通っていた時代に、「ご祈祷無用」とズバリ言ってのけたところに法然聖人の本領がありました。...04/06/14
40.正道を受行する 梯實圓(勧学02/2月号大乗
聖徳太子は、「上宮聖徳法王帝説」等によりますと推古天皇の三十年(六二二)二月二十二日、世を去られたといわれています。四十九歳(数え年)でした。太子の撰述といわれる『維摩経義疏』に次のような言葉があります。
 
仏はことさら威を建て伏せんと欲したまうことなし。その正道を受行せしめたまう。ただ正を立つれば、すなわち諸の邪は自然にザイ伏す。...04/06/14
39.縁(えにし)よろこびて 高坂すみ 1995/1/18発行
寺に生まれて

 
明治40年1月18日、私は兵庫県揖保郡旧半田村野田にある真宗大谷派因念寺十三代住職・七条博聞の娘として生まれました。
 大正2年4月、7歳になった私は半田小学校へ入学し、その同じ月には、生家である因念寺で親鸞聖人六百五十回忌の御遠忌の法要があり、稚児に参列させてもらいました。学校はすぐ隣村の新在家という所にあり、通学には五分もかかりませんでしたが、体が弱かったので、毎日大変しんどかったと覚えています。学校から帰ると、父はいつも、「読本を読んでみよ」「算術をせよ」「唱歌を歌ってみよ」と言ったものでした。それらを終えると、向かいに住む、二つ、三つ年上のまつえさんの家へ行っては遊んでもらっていました。
 九歳の時、私は父に連れられ姫路へ行きました。それは、父が但馬に住む従姉のちとせ姉さんに頼んで、私を北在家の灸医の所へ連れて行き、灸をおろしてもらうためでした。体の弱い私を心配しての、両親の親心であったのですが、生まれて初めて経験したあの灸の熱さは、今でも忘れることが出来ません。その日おろしてもらった灸は四点でしたが、泣かずに頑張りました。そして、それ以後も母は灸の先生の言われたとおり、月一回の灸をすえ続けてくれました。
 いわば、これが私と灸との出会いであり、その付き合いは今も続いています。

父逝く
 
そして、翌大正5年。あれは、梅雨半ばの6月16日日曜日のことでした。父は、その少し前から体の調子がすぐれず寝込んでいましたが、それでも私には、
「また暑くなったら、体がしんどうなるから灸をせよ」と厳しく言い、その日も、母は嫌がる私を説き伏せて灸をすえてくれたのでした。
 その後、父は広庭で遊んでいた弟・晃正を呼び、夕の勤行をしに本堂に参りました。夕刻の五時近くでしたでしょうか。お勤めもそろそろ終わるだろうと思われる頃、弟が突然本堂から走ってきて、
「お母さん、お父さんが気分が悪いって言っておられるでー」
と慌てた様子で言うのです。母がすぐさま駆けつけたのですが、しかし、父は倒れ既に息は絶えていました。私と弟は驚きのあまり声さえ出ませんでした。
 当時、私は10歳、弟は7歳、次弟はまだ1歳でした。まだ若かった母は、それからの三人の子育てに、人に言えないような苦労をしましたが、私への灸は父の遺言だと言い、その度ごとに嫌がる私を諭し、月に一度の灸を続けてくれました。
 そのお陰で、小学校に入学した当初は体格弱だった私も、六年生の時には体格健になり、元気に卒業することが出来ました。そして、受験に合格していた竜野高等女学校に入学することになります。

女学校時代
 
竜野高等女学校は、竜野の町でも北の鶏籠山の麓、昔の霞城(龍野城)跡にあり、教室の窓からは家々の屋根が見え、晴れた日には遠くに播磨灘を望むことが出来ました。
 私の住む野田からは一里も近くもありましたが、毎日、袴と紅緒の下駄ばき姿で通ったものでした。生徒は揖保郡の人が中心で飾磨郡、宍粟郡、佐用郡、赤穂郡から入学した人もいましたので、寄宿舎もありました。
 体格が良く、元気な人は意外と少なく、灸のお陰で丈夫になった私は、運動会でクラスのリレー選手に選ばれたこともあります。また、一年生の時に行われた運針競争では、一年生と二年生、計二百人の中で二位になったこともあります。当時は、裁縫は女性にとって大切な学科だったのです。
04/06/14
38.ご正忌報恩講(2001)・ご門主法話 大乗01/3月号
 今年も皆さまとご一緒にご正忌報恩講をおつとめし、宗祖親鸞聖人のお徳を偲ばせていただきました。御影堂の修復工事のために、昨年からこの総御堂でご正忌をおつとめするようになりましたが、今年からは、ご正忌などの法要の時だけ、阿弥陀如来さまと親鸞聖人さまに場所を入れ替わっていただきまして、御堂の中央でおつとめすることになりました。皆さまのご感想はいかがだったでしょうか。... 
04/03/04
37.お寺数珠つなぎ落語会を04/07/21(水)昼から開催したいと思ってます!夏休みで子どもたちも来れる日にしましたので、是非子どもたちと一緒にお寺に来て下さい。
 以前光瑞寺に以下のようなメールが送られてきました。
笑福亭仁智の「お寺数珠つなぎ落語会」を今年度も引き続き開催することになりましたので、ご挨拶とともにあらためてご案内させていただきます。
折しも夢と希望に満ちた新世紀とは言え、相変わらず凶悪犯罪・少年犯罪の目立つ近年、人と人とのふれあいの場・コミュニケーションの場としての寺院の存在は、21世紀に豊かな人間関係を取り戻すために益々重要なものとなってまいりました。そこで今後も「お寺数珠つなぎ落語会」を、お寺の本堂に気軽に人々が集う会として地道に活動を続けていくことを決意致しました。

つきましては、今年度も下記のとおりのご案内させていただきますので、布教活動の一環としてまた地域のみなさまのふれあいの場として、この「お寺数珠つなぎ落語会」の開催をご検討いただければ幸甚でございます。』

 一度来てもらいたい。そう思って日を決めました。具体的に時間等決まりましたら光瑞寺だよりでお知らせしたいと思います。
04/03/03お寺数珠つなぎ落語会04/07/21(水)昼から開催したいと思ってます!夏休みで子どもたちも来れる日にしましたので、是非子どもたちと一緒にお寺に来て下さい
36.e・根マークのエコネット・むねざね
「環境にやさしく」をテーマに花・野菜・樹木を元気に育てます。
2/27午前中
エコネット・むねざねの宗実久義さんと北岡康彦さんが、
光瑞寺の境内の桜(ソメイヨシノ)が弱っているので、治療しに来て下さいました。
1.桜の根本に砂利を掃き寄せるために、桜の根が地表に出てしまっていること。
2.コケが枝先までついて、呼吸できなくなっていること。
以上が木を弱らせている原因とのことでした。
本当は木の根本の土を柔らかい良い土に入れ替えてやるのが、良いのですが、大変な作業になるので、堅いところへ穴や溝を掘って、そこへ、
炭粉、骨粉、油かす、バーク堆肥、ミネラル剤、イソライトなどを入れて下さいました。
そしてコケを、ミネラル分の入った水を強い圧力で吹き付けて吹き飛ばす作業をしていただきました。これを機会に、境内の木々に興味を持って末永く素晴らしい花が咲くようにケアしていきたいと思います。

04/03/03
35.ご正忌報恩講(2002)・ご門主法話 大乗02/3月号
 今年も皆さまとご一緒に、ご正忌報恩講をおつとめし、今日は七日目「大逮夜」を迎えることが出来ました。"おとりこし"という言葉がありますが、秋につとまります報恩講は、農村においては秋の収穫を終えた時期であり、その他においても一年の感謝や反省という共通の基盤の上に、宗祖のお徳を偲び感謝するという雰囲気がありますのに比べまして、年が明けましたこの時期の本山のご正忌では、宗祖親鸞聖人に新年のご挨拶をすると共に、この一年をお念仏と共に生き抜こうという、将来への思いが伴っているような感じが致します。皆さまはいかがでしょうか。
 昨年の世界、日本の国、そして私たちの宗門の様子から考えまして、今年も明るい希望を持てる事柄は多くないように感じられます。その中で、少しでも明るい兆しを見つけ出すとともに、つらいこと、悲しいことからも顔をそらせることなくお念仏とともにしっかりと受けとめていきたいと思います。
...
04/03/03
34.湯らり湯ったりお念仏の旅 人吉温泉(熊本県) 大乗03/8月号
360年間におよぶ念仏禁制の地
 幾重にも連なる青い山々、満々と水をたたえた球磨川の清流。"九州の小京都"と呼ばれる人吉に、「隠れ念仏の里」を訪ねた。
...
04/03/02
33.湯らり湯ったりお念仏の旅 筑波山温泉(茨城県) 大乗03/9月号
教行信証を著された稲田の草庵
 
これまで蓮如上人や妙好人に縁の深い温泉を紹介してきたこのシリーズ。今回初めて親鸞聖人ゆかりの地を訪ねることになった。越後流罪を許された聖人が壮年時代に約20年間過ごされた常陸(茨城県)である。...
04/03/02
32.ご正忌報恩講(2003)・ご門主法話 大乗03/3月号
今年のご正忌報恩講も例年のように皆様とご一緒におつとめをし、本日大逮夜を迎えることが出来ました。
 四年前に御影堂の大修復が始まりまして、不便、窮屈、あるいは変則といった事態が生じていますけれども、皆様にはよくご辛抱下さり、今年もようこそお参り下さいました。修復工事は順調に進んでいます。工事関係の方々のご尽力、そして皆様のご支援、誠にありがたく存じます。
 申すまでもなく報恩講は、宗祖親鸞聖人のご恩に報い、感謝の気持ちを形で表す、宗門でもっとも大切なご法要であります。親鸞聖人は、凡夫が阿弥陀如来のご本願の力によってさとりを開く道を教えて下さいました。言い換えますと、阿弥陀如来さまのご本願、広大智慧の名号を信じ、よろこぶ身となり、迷いの生存が終わったとき、おさとりの世界であるお浄土で仏になるのです。
... 
04/03/02
31.ご正忌報恩講(2004)・ご門主法話 大乗04/3月号
支えあって社会を築く

今年のご正忌報恩講も、多くの方々のご出勤、ご参拝を得まして、おつとめをし、本日、大逮夜を迎えました。
 工事が始まってちょうど五年になります御影堂のご修復は、関係者の方々のご努力によりまして、順調に運び、工期半ばになりました。今、瓦を葺く作業や彩色、壁塗りなどが行われています。事情の許す方は、ぜひ見学なさってください。
 さて、報恩講は、私たちが宗祖親鸞聖人に身をもってご恩報謝する機会であります。各地の寺院、さらには門信徒のお宅においても行われています。本願寺でおつとめする法要としても、もっとも大切なものであることは申すまでもありません。あらためてこの機会に、親鸞聖人のおこころをたずね、ご苦労の意味を味わいたいと思います。
 今日、日本国内は申すまでもなく、各地で悲惨な事件が起こります。その中に、しばしば、なぜこのようなことが起こるのか、理解しにくい事件があります。直接対処方法は別として、広い意味でこの社会に生きる私たちが、生きる意味や生きる喜びを見失っていることと深い関わりがあるように感じられます。ただ便利で面白いことを追い求める、人間をもののように扱う、さらには、互いに支え合ういのちであることを、否定するかのような競争や暴力、これらは生きる意味や喜びを感じさせるものではありません。
...
04/03/01
30.妙好人・心に響くことば 「六連島のお軽」大乗02/10月号
重荷せおうて 山坂すれど ご恩おもえば 苦にならず
六連島は下関(山口県)沖合にある周囲5キロメートルほどの小島だ。お軽同行は江戸時代の終わり頃、この島の農家で生まれた。姉が一人あったが、まだ幼いうちになくなり、以来一人娘として大切に育てられ、十九歳の時に村の実直な青年、幸七を婿養子に迎えた。
...
04/02/26
29.お仏壇 金子みすず 金子みすず全集より
お背戸でもいだ橙も、
町のみやげの花菓子も、
仏さまのをあげなけりゃ、
私たちにはとれないの。

だけど、やさしい仏さま、
じきにみんなに下さるの。
だから私はていねいに、
両手をかさねていただくの。

家にゃお庭はないけれど、
お仏壇にはいつだって、
きれいな花が咲いてるの。
それでうち中あかるいの。

そしてやさしい仏様、
それも私にくださるの。
だけどこぼれた花びらを、
踏んだりしてはいけないの。

朝と晩とにおばあさま、
いつもお燈明あげるのよ。
なかはすっかり黄金だから、
御殿のやうに、かがやくの。

朝と晩とに忘れずに、
私もお礼をあげるのよ。
そしてそのとき思ふのよ、
いちんち忘れていたことを。

忘れていても、仏さま、
いつもみていてくださるの。
だから、私はさういふの、
「ありがと、ありがと、仏さま。」

黄金の御殿のやうだけど、
これは、ちいさな御門なの。
いつも私がいい子なら、
いつか通ってゆけるのよ。
04/02/26
28.その籠を水につけよ 梯實圓(勧学02/1月号大乗
年を取ると、物忘れがひどくなってきます。仏法を聞いてもすぐに忘れてしまって、聞いているときはなるほどと納得していたのに、後で思い出そうとしても思い出せないというようなわびしい状態になってきます。
そんな悩みを蓮如上人に訴えた人がいました。「私の心は、まるで籠に水を入れるように、いくらおみのりを聞かせていただいても、すぐに忘れてしまって法悦までも消えて、聞かぬ前の状態になってしまうのが情けのうございます」と悲しむ門徒に、上人は「その籠を水につけよ、我が身をば法にひてておくべし」といわれたということです。
仏法についての知識を蓄えようとばかり努めるのは、学習ではあっても、まことの聞法ではありません。肝心のことを聞き落としているからです。私が老耄して、たとえ如来さまを忘れてしまうようなことがあったとしても、私を決して忘れてくださらぬ阿弥陀如来さまのましますことを聞いていないからです。
如来の救いを記憶しようとすることは、如来を自分の心の中に取り込もうとしているのであって、目の粗い籠に水をためようとしているようなものです。まことの聞法は、その籠を水につけておくように、自分が如来の大悲に包まれていることを聞いて喜び、如来の大悲にわが身を任せることなのです。忘れることを悲しむよりも、また聞くことを楽しむのです。今年も楽しく法縁に遇わせていただきましょう。
04/02/26
27.湯らり湯ったりお念仏の旅 赤倉温泉(新潟県) 大乗04/2月号
赤倉ホテルで連綿と続く有縁講
日本海に面した直江津(上越市)から長野に向けて南下すると、やがて行く手に妙高山が姿を見せる。...
04/02/26
26.湯らり湯ったりお念仏の旅 五箇山温泉(富山県) 大乗04/1月号
今なお暮らしが営まれる合掌民家
かつての"秘境"は思いのほか近かった。...
04/02/26
25.在家仏教ということ 梯實圓(勧学04/1/1本願寺新報
仏法を中心に生きる
「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」という蓮如聖人(1415-1499)の御法語があります。仏法とは阿弥陀如来の本願を信じて念仏し、生死を超え、愛憎を超えた浄土の実現を目指すことを意味していました。世間とは、私どもの日常生活のことです。それは自己中心的な想念に支配され、愛と憎しみに揺れながら生きる世俗の生き方を意味していました。
蓮如聖人はこの仏法と世間とに主客を立てられたわけです。仏法を主人とし、世間を客人とするということは、仏法を中心として世間を生きよといわれるのです。それは阿弥陀如来の本願こそ真実であると受け容れ、そのみ教えを基準として日常の生活を生きようとする念仏者の姿勢を意味していました。この世を仏法の真実を確かめる道場とみなして生きることであるとも言えましょう。
その反対は世間を主人とし、仏法を客人と見なすような生き方です。それは、この世をうまく生きるための手段として仏法を利用しようとするものであり、念仏を我欲を達成する手段と見なす生き方を意味していました。仏法を主とし、世間を客とみなす生き方は、世間を仏法化していきますが、世間を主とし、仏法を客とするような生き方は仏法を世俗化しています。
真の仏弟子とほめ讃え
釈尊がそうであったように、愛憎の煩悩を断ち切って、ひたすら万人の救済を目指す清らかな生き方を実現する仏道を聖道門と呼んでいます。そのためには、まず自らを正さねばなりませんから、我欲を捨て、人を憎む心をなくするために、無一物の生活に入らねばなりません。そこで出家をし世俗の絆を断ち、ひたすら真実に生きることを教える仏教でした。世間を超えることによって世間の迷える人々を導こうとするから、出家仏教といいます。
しかし、愚かな凡人は、この世に生きている限り、愛憎の煩悩を断ち切ることも出来ず、様々な罪障を作り続けるしかない悲しい存在です。このような愚かなものを救おうと願いたたれたのが阿弥陀如来の大悲の本願でした。親鸞聖人はこの本願の教えを浄土真宗と名づけられました。阿弥陀如来の本願は、出家の行者であれ、家族と共に日常生活を送っている在家のものであれ、等しく本願を信じ念仏する者に育てあげて、わけへだてなく浄土へ迎え取り、さとりを完成させようと願われています。だから出家は出家のまま、在家の者は在家のままで、本願をまことと疑いなく受け入れて念仏するならば、本願にかなった真の仏弟子とほめ讃え、浄土へ往生させくださるのです。

ひたすら念仏を申し
決して世俗を捨てることを要求されていないという意味で、浄土真宗は在家仏教ということができます。しかし在家仏教とは、ただ愛欲と名利に明け暮れるだけの人生を肯定するものではありません。決して仏教を世俗化するものであってはならないのです。世俗化された仏教には世俗を救う力はないからです。在家仏教とはむしろ世俗の生活に仏道としての意味を持たせていく仏教であるというべきです。
家族を持ち、通常の経済生活を営んでいる限り、様々な人間関係に煩わされないわけにはまいりません。誰かを愛しながら生きる限り、悲しいことですが愛するものと別離する苦を避けることは出来ません。また誰かを憎みながら生きる以上、怨み憎むものと会う苦しみにさいなまれることでしょう。そうした愛憎の渦巻く日常生活を、ひたすら念仏を申し、如来さまと相談しながら、そのお導きを光と仰いで生きていくのが在家仏教だったのです。
凡夫の営みはたどたどしい足取りですが、み教えによって与えられた信心の智慧は、苦難の意味を転換する新しい視点を開いてくださるし、念仏を申す人には、苦難に耐える力も恵まれます。それはまさに闇を背負いながらも光に向かって歩む人生であるといえましょう。

04/02/26
24.e・根マークのエコネット・むねざね
「環境にやさしく」をテーマに花・野菜・樹木を元気に育てます。
雷が落ちた松の木は健康であるという話やエスキモーの人はなぜ野菜を食べてないのに病気にならないのか、キウイフルーツを熟するためにりんごを入れるのは食物のストレスを利用したものである等々。人間は自然から学ぶべき事が多いということをお参りの時教わりました。ご門徒のHPです。
04/01/27小さい頃から私の成長を見続けてくれている庭の木々。大事にしたいものはすぐそばにあるのかもしれません。
23.2003/12/26神戸別院子ども報恩講に参加しました。
04/01/27
22.2003/10
光瑞寺庫裡改築第一期工事完了

施工:コムハウスコーポレーション
設計:高谷一級設計事務所
04/01/27
あけましておめでとうございます。今年こそはHP充実したいと考えてます・・・と毎年言い続けているような感じですね。
21.2003光瑞寺サマースクールin京都(2003/8/4〜8/5)
1970年に始まった夏の恒例行事光瑞寺サマースクール。少しでも子供達に仏さまの教えに触れて貰いたいという思いから始まりました。今年は庫裡の第一期工事があるということで初めて本願寺の行事に参加することにしました。朝8:30にこちらを出発して、JR姫路から新快速でJR京都へ。京都駅から西本願寺まで歩いたのですが、暑さもあり子供達は「えーまだーつかへんの??」。道すがらまさかと思うところで転ける子も出てきて(^-^)♪大丈夫かいなという状態でした。御影堂大修復のため工事されている西本願寺を見つけて「あそこ?でかいなー」という声。そんなこんなで光瑞寺サマースクールin京都が始まったわけです。03/08/19
20.祝!仏前結婚式(2003年3月22日)光瑞寺本堂
その準備に大慌て(^-^;03/3/21
19.西本願寺の仏教通信教育のご案内
募集期間4月1日〜6月30日
開講日9月1日
申し込み方法:下記へ「入学案内」をご請求下さい。(切手500円分を同封のこと)
浄土真宗本願寺派中央仏教学院通信教育部「入学係」
615-0091京都市右京区山ノ内御堂殿町27
TEL075-801-3507
FAX075-822-5539

03/3/17
18.高長子供会の写真UP!
03/3/1これもだいぶ前のやつです・・・02年3月お好み焼きパーティーの写真。今年もするか。
17.妙好人をたずねて
03/3/1恥ずかしながらだいぶ前の写真をいま更新・・・おこられてしまいますね。今年は妙好人シリーズでHPを充実させようと・・・思っている
16.宇右衛門(うえもん)の世界
というホームページを見つけました。そのページには、
『私の住んでいるこの地方(兵庫県西部)は、昔の呼称でいうと「播州(ばんしゅう)」とか「播磨(はりま)」とかに相当します。当ホームページの看板男である「宇右衛門(うえもん)」とはこの播州に生まれた、江戸時代末期の人で、妙好人(みょうこうにん)として知られた人です。「妙好人」とは、元来の意に立てば、阿弥陀仏の本願に救われた人は全て妙好人と呼びますが、真宗では特に際立った篤信の人を讃嘆して「妙好人」と呼んでいます。
当ホームページでは、妙好人「宇右衛門さん」の生まれ育った播州という土徳を香りつつ、播州での真宗に関する話題を中心に紹介しております。』
以上のようなページ紹介が書かれてありました。久しくホームページの更新を怠けていましたが、紹介したページを参考にしつつ妙好人とはどのような方なのか、浄土真宗の教えを聞き抜かれた方にスポットを当てて学んでいきたいと思っています。03/2/24
遅ればせながら明けましておめでとうございます。遅すぎ(汗
15.如来は薬となり食物となる 梯實圓(勧学
万物は一如であるとさとりきわめた如来は、変幻自在に衆生を救済されるといわれていますが、『維摩経』にはその有様を次のように説かれています。
「もし世の中に、病におかされて苦しむ者があるならば、私は身を薬草にやつして病人に食べられ、病を除き、毒を消してあげよう。また飢饉になって人々が飢えに苦しむときには、この身を食物や飲み物に変えて、飢えを満たし、渇きを癒し、その後に、真理を説いて聞かせて、究極の安らぎを与えるようにしてあげよう。」
というのです。
仏教徒達は、この経説を通して二つのことを学びました。第一は、私どもは、不幸せは人に押しつけても、自分だけは幸せになりたいと思っていますが、それは間違いで、人々の苦難を人ごととしてではなく、痛みをもって連帯し、苦難は私が引き受けますから、貴方はしあわせになってくださいと願っていくことがまことの生き方であるということを思い知らされました。それを「仏の大悲心を学ぶ」といいます。
第二には、わが身の病を癒してくれる薬の中に如来を見、飢えをしのぐ一口の食事、一滴の水にも私のために身を捨てて下さった如来の慈悲を感じながら、賜った「いのち」に目覚め、その責任を果たすべく修行に励んでいきました。
しかし現代の私どもは、薬漬けと飽食のなかで、如来と「いのち」を見失っているのではないでしょうか?02/9/3

 
梯先生は、中島の立延出身の本願寺を代表する和上です。光瑞寺の門徒ではなかったそうですが、第13代光瑞寺住職智宏との仏縁で親鸞聖人の教えを学ばれるようになられたそうです。2000年の光瑞寺蓮如上人500回遠忌法要にはお忙しい中お越しいただいて、蓮如上人が歩まれた道を話していただきました。その中で最も印象に残っているお話は、「世間をまろうど(客)とし仏法を主とせよ」といわれた蓮如上人のお言葉です。世間に振り回されて我が身を焦がしている私に、仏法を聞く生活をするんですよと教えてくださいました。梯先生といえばなんといってもあの笑顔、そして関西弁で楽しく話されている姿を思い出します。そんな光瑞寺とご縁のある梯先生の話されたことなど少しでも皆さんに紹介できればと思っています。
14.2002年度光瑞寺サマースクール(第30回)無事終了
毎年恒例のサマースクールに参加してくれたみんなありがとう。正信偈の勉強を中心にゲームやカラオケ、キモダメシ、クイズ大会など充実したひとときを過ごせたのではないかと思います。サマースクールの模様は写真が出来次第こちらのHPでUPシタイと思います。02/9/3ちょっとさぼりすぎてますね(苦笑)
13.子供会を盛り上げるためにサマースクール・花まつりに来てくれるお兄さん??マッキーまこちゃんの紹介です。02/04/04
12.子ども花まつりに来てくれてありがとう
毎年この時期「来てくれるだろうか・・・」と不安になるのですが、たくさん来てくれてありがとうございました。次の子供会のイベントは夏のサマースクール。そのときまたあいましょう。(^−^)02/04/04
11.第26回少年連盟中央研修会無事終了サマースクールや花まつりに小さいときから参加してくれていたメンバーが小学5年・6年生になり京都の本願寺であった中央研修会に参加してくれました。2002年で26回目ですから1980年代より始められた中央研修会にこれまで多くの光瑞寺子供会に来てくれていた子ども達が参加してくれていました。2001年よりHPを作成しているということで今年度より記録に残していきたいと思います。参加してくれた子ども達のタイムカプセルになればいいな。02/03/30
10.谷口杜仲茶園の100%杜仲茶はおいしいです!
スリムになりたい方、便秘で困っているという方今すぐアクセス!新年の挨拶もせず今日までちょっとさぼりすぎましたね。またこれからちょっとずつ更新していこうかな。たまにはご門徒のHPを紹介するのもいいでしょう(^-^)02/03/27
9.仏教の本や浄土真宗の本を購入する場合は本願寺出版社のホームページや法蔵館のホームページをご利用下さい。01/11/21
8.信仰相談(『大乗』の記事を使用)
本願寺出版社が発行している月刊誌『大乗』に読者の質問を先生が丁寧に答えて下さる信仰相談のページがあります。学べるところが大いにあると思い内容を掲載したいと思います。是非皆さんに読んででもらいたい雑誌です。一部375円!安すぎます。01/09/27

質問:お寺では、み仏に救われる、み仏に生かされるという受け身のお話が多く、とても消極的で弱々しい生き方を勧めているようで理解できません。教えて下さい。
答え
Since 2001/05/29