学会誌への再録: この論文は以下の学会誌に再録されています.
辻 英明: 種の分化(種分化)に関する論文2題の再録について 
(2004年 環境動物昆虫学会誌 = 
環動昆,15巻3号189〜195ページ) 
(Another sexual selection and sympatric speciation theory in 1984).

                      

本邦チョウ類(蝶類)における生態学的諸問題 (1957〜1984年)

(3) 種の分化の機構と形質進化の方向性

辻 英明  (環境生物研究会)

(1984)

1〜2報に関連して,蛇足かつ断片的であることを承知で,2〜3のメモをしておきたい.


種の分化の機構について

地理的隔離:

 同一種の個体群が,往来不可能な地理的隔離によって2群以上に分断され,互いに別種に変化するという異所的分化は,理解されやすい説明である.ところで,地理的に分断された2群が再会した時,両者間の遺伝的交流が不可能でなければならないが,それには分断されている間に両方または一方の地域群内での変異が必要である.

この変異がその地域に適応するようにセレクションを受けて生じた地理的適応が,再会した2群の遺伝的交流を必ず不能化するという保証はない. だから,遺伝的交流を不可能にする変異とはどんなものかが重要なことになる.


地理的隔離がない場合

 もし,わずかな変異で,従来の系統と遺伝的交流が行われず,自分たちだけで交流の成立する雄雌が生じ,子孫がその性質を保てば,地理的隔離なしで新種が生まれよう.その可能性を考えてみたい.

 (例1)交尾行動を支配する化学物質 ”フェロモン”は,分子構造のごくわずかな変化で有効か無効かの差が生じ得る(例えば石井1969).この変化は,フェロモン合成遺伝子(正確にはフェロモン合成に関与する酵素の合成遺伝子)のわずかな突然変異によって,他の生活能力に悪影響なしに生ずる可能性がある.そのフェロモンを感受する相手異性個体の感覚細胞のレセプター分子についても,同じことが言えよう.フェロモンとレセプターとは,分子レベルで対応があると考えられるから,変化がわずかであればあるほど,両者で対応した変化が突然変異として起こる可能性がより大きいと思われる.

 その結果,変異した個体同士が交尾し,従来の系統とは交尾しないことになる.この個体の子孫と従来の系統とは,外見もその他の性質も見分けがつかないが,遺伝的交流のない2群(2種と言うべきか)として競争を開始する.競争の圧力は,2群に対して生態的・生理的・形態的変化を助長し,住み分けの方向に進ませることになろう.

 (例2)従来と全く異なる交尾空間を選ぶ雄雌成虫が生じたらどうなるであろうか.特定の植物の化学物質に反応して交尾場所とし,産卵も行う昆虫が,感覚細胞のレセプター分子レベルでごくわずかな変異を生じ,全く異なる植物上を選んで交尾産卵する可能性がある.この場合も,従来の系統とは交尾しない.その植物上で一部の幼虫でも生育し得たならば,一種の強制セレクションとなり,2次適応として幼虫の食性がその植物に決定されよう.こうして幼虫の食性も異なる種になる.

 反対に,幼虫を特定の食草でいくらセレクションしても,成虫がその植物に産卵するようにセレクションされることには必ずしもならない.

 以上,極端な2例の可能性をあげたにすぎないが,同様にして交尾をめぐる視覚や聴覚の変異の重要性も考えられよう.結局,種の分化の機構の中心問題は,不妊や不交尾等の遺伝的交流の不能化をもたらす変異の内容と,その分子遺伝学的裏付けであって,空間的隔離は重要ではあるが,ひとつの環境要因と考えられる.



形質進化の方向性

幼虫の集合性:

 幼虫が集合して生活するチョウは,卵塊を産下する.これは,分散していた幼虫が集合するようになってから親が卵をかためて産むようになったのではなくて,卵をかためて産む親が生じてから,それが利益になる場合の典型として,幼虫がそのまま集合を続ける種が生じたと考えられる.

 幼虫の集合の利益は,生育の同時同所性という実体から考えて,好適幅の狭い生育や交配の期間と空間を,より有効に活用できることが第一と考えられる.寒地に分布する種や系統ほど,集合性が強まる傾向がみられるのはそのためであろう.

 集合性の幼虫を単独飼育すると,生育上不利になる例が多いが,そのこと自体は集合性の意味や理由を示すものではない.むしろ,集合が必要な種が,必要でない性質を退化させた2次適応と考えられる.

成虫のサイズ:

 食草の重なりを示す近縁種間関係(2報の5型の4A・C・D型)や,種内の地理的系統間関係では,年間の成虫発生回数が一致するかどうかで,世代当たりの所要日数が大きく異なる.その結果,次の関係が成り立つ.

 A:年間発生回数が同じ.

   → 1世代当たりの発育所要日数が類似.
   → 低温域では,体のサイズに対して相対的に早い性成熟.
   → 低温域に分布する種または系統ほど,成虫サイズが小型.

 B:年間発生回数が異なる.

   → 1世代当たりの発育所要日数が異なる.
   → 年間世代数(発生回数)が少ないと,体のサイズに対して相対的にゆ
     っくりした性成熟が可能になる.
   → より低温域に向かって,年間世代数をへらして大型化する.

 以上のABの関係が成立するということは,昆虫の体のマクロな構成成分の合成速度が温度依存的であると同時に,その合成速度が同一温度条件下では,近縁種間または系統間で極端な差がないことも示している.

 雑食性のコオロギ類で同様のことを正木博士(1974)が研究されており,参考になる.もちろん他の動物でもあり,例えばテナガエビの河口個体群より上流個体群の方が小型で成熟する(益子1983).チョウで特に重要なことは,食草が全く異なる近縁種間関係があり,これは別のカテゴリーとすべきだということである.

文 献

石井象二郎(1969)昆虫の生理活性物質,196pp.南江堂,東京・京都.
正木進三(1974)昆虫の生活史と進化,208pp. 中央公論社,東京.
益子計夫(1983)日本生態学会誌,33:207−212.
辻 英明(1957)生態昆虫,6:160−162.
辻 英明(1958)生態昆虫,7:94−100.

 

上記は下記図書の23〜26ページの論文です.
本邦チョウ類(蝶類)における生態学的諸問題 (1984年 環境生物研究会発行図書) 41pp.

学会誌への再録: この論文は以下の学会誌に再録されています.
辻 英明: 種の分化(種分化)に関する論文2題の再録について 
(2004年 環境動物昆虫学会誌 = 環動昆,15巻3号189〜195ページ).
(Another sexual selection and sympatric speciation theory in 1984)

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