2004.1.12  第11回 つま恋温泉「森林之湯」(静岡県掛川市) (1) (2) (3)
<シウマイ弁当>
<こだま407号>
<JR掛川駅>
<広楽寺>
<三代目尾上菊五郎の墓>
<十九首塚>
 
JR東日本のお得な切符「3連休パス」を利用した旅行の2日目は長野県高山村の森林スポーツ公園 YOU游ランドです。ここは「日帰り温泉の旅 第6回 秋保温泉・森林スポーツ公園森林之湯(宮城県仙台市)」の森林スポーツ公園つながりです。各地に同様の森林スポーツ公園がありますが、温泉があるのはここだけでした。

つま恋温泉「森林之湯」(静岡県掛川市
泉質:ナトリウム・塩化物温泉  内湯・露天(男女各多数) 入浴料1000円 
営業:10:00〜23:.00  その他:シャンプー・ボディソープ有り コーヒー牛乳無し
アクセス:掛川駅北口2番線より静岡鉄道路線バスつま恋行きで15分 終点下車
広大な敷地内にゴルフのショートコースにゴーカートコース・射撃場から乗馬クラブまである、長期滞在型のリゾート施設です。こんな処で優雅にすごしてみたいもんです。
参照=>
「日帰り温泉情報のページ」「掛川つま恋温泉 森林乃湯」

◎JR長町駅・JR仙台駅〜東京駅
いつものように(?)5時過ぎに起床。今日はコンビニに寄らずにJR長町駅に直行です。朝食は駅弁を購入する予定です。朝一の一関行きの5:50発の電車に乗ってJR仙台駅へ。5:56着。思った以上に駅の中には人が居ます。新幹線ホームへ移動。6:04発の「やまびこ152号」に乗り込みました。今日は大宮で乗り換えずこのまま終点の東京駅へと向います。東京駅には8:24着。そのまま東海道新幹線のホームへ移動。東海道新幹線に乗るのも何年ぶりでしょうか?東京駅からは8:54発の「こだま407号」に乗り込み掛川市を目指します。東京〜掛川新幹線往復で14,280円。

◎新横浜駅〜
前日仙台に戻っていれば、以上のようになったはずですが、本当は川崎の友人宅からの出発なので、東横線で新横浜駅へ。ここで横浜名物「シウマイ弁当(710円)」と「お茶(150円)」を買って「こだま407号」に乗り込みました。9:15発車。今度こそ間違いなく掛川市へ向います。東海道新幹線はこれで5回目かな?修学旅行に、仕事で名古屋に2回、金沢からの帰りに1回。修学旅行の時に富士山を見たのは覚えていますが、あとは記憶にありません。仕事だったのでそんな余裕が無かったのかもしれません。で、今日はじっくり景色を堪能したのですが、生憎の曇り空で富士山の山頂は雲の中でした。

◎掛川駅
掛川駅には10:38着。出かける前にインターネットで調べたところ掛川市のホームページに「歩いてみよう掛川の塩の道」という散策コースが紹介されていました。塩の道が何かというのはリンク先を見てもらうことにして、その名前が示すように昔海岸で作った塩を山間部に運んでいた道で、その道が掛川市を横断していて、その道沿いにいろいろ見て歩きましょう、というこらしいです。さすがに全部歩くには距離が長いので中心部だけ(第2ブロック)歩いてみるつもりでした。その途中には掛川城があるので、そちらにも寄る予定です。でもその前に新幹線改札口そばの観光案内所でパンフレットを漁りました。ホームページにあった地図を印刷してもよかったのですが、たぶんちゃんとしたパンフレットがあると思ったので。で、案の定「掛川・塩の道ウォーキングマップ」が置いてありました。それと「掛川観光マップ」をゲット。観光マップというと大雑把なものが多く、あまり役にたたないのですが、これはかなりのすぐれものです。かなり細かく道路が記載されているので、ほとんど迷うことなく歩き回ることができました。

<東光寺>
<成田山>
◎真宗大谷派広楽寺・三代目尾上菊五郎の墓
まずは「塩の道(第2ブロック)」の西側にある「十九首塚」へ向いました。でその途中「塩の道」からははずれているのですが、駅の西側にある「広楽寺」に立ち寄りました。そこには「三代目尾上菊五郎の墓」と観光マップに載っています。「三代目〜」という名前から歌舞伎役者だろう、とは想像がついたのですが。着いてみると案内板があり「三代目尾上菊五郎が掛川を訪れた時に亡くなり、初代が江戸広楽寺の檀家だったことでこの寺に葬ることにしたようですが、江戸広楽寺はこちらの分寺だったことが判り関係者一同驚いた」とのことでした。
<十九首塚>

◎東光寺・成田山・十九首塚
平将門知識の泉)の首塚といえば丸の内の首塚が有名です.。なんでも将門の首は京都まで送られ、都大路にさらされたましたが、その後この首がいづこかへ飛び去ったとのことで、それがどこの地に飛んで行ったのかははっきりせず各地に将門の首塚があり、丸の内の首塚もその一つです。そして、ここは心霊スポットとしても有名になっています。でも掛川の「十九首塚」の案内板には平将門とその部下18名の首級がこの地に運ばれ、京から来た役人が確認したうえでこの地に埋葬されたと書かれています。どっちが本当なんでしょうか?この「十九首塚」のそばには「曹洞宗いん王山東光寺」という一見民家にしか見えないお寺がありますが、このお寺は元は平将門を弔うために「真言宗平将寺」として建立されたものが、後に改宗改称されたものだそうです。その隣には明治時代に成田山新勝寺より勧進しの不動堂があります。でも成田山新勝寺は真言宗、隣にあるお寺は曹洞宗と宗派が違います。なのになんで一緒になっているんでしょうか?神社なんかだとよくあるパターンですけどね、謎です。
2004.1.12  第11回 つま恋温泉「森林之湯」(静岡県掛川市) (1) (2) (3)