| 2003.12.30 第3回 初陣(1)〜八幡神社(梁川町)・大森城(福島市) (1) (2) (3) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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次の目的地は福島場跡です。ここから約5キロ。お寺や神社を回りながら歩いていくことも考えましたが、まだ朝飯も食べていないのでバスで移動することにしました。ただ、近くのバス停で時間を確認すると、しばらく来ないようなのでコンビニを探しながら少し歩くことにしました。10分ほどバス停の前にやっとコンビニを発見。バスの時間までさほど間がありませんが急いでパンと牛乳を購入(408円)して急いでお腹に詰め込みました。バスは福島駅行きですが、駅の手前で降りたほうが県庁には近いようです。でも初めて乗るバスなのでどこで降りればいいか考えているうちに福島駅に着いてしまいました(運賃280円)。駅からは県庁(福島城跡)まで1キロほど。途中地下道を通ったのですが、なんと上り下りのエスカレータがあります。仙台の地下鉄駅ですら上り(しかも途中まで)しかないのに。 県庁前までやってくると、まず正面の中央分離帯に大手門跡の標柱を見つけました。県庁の建物自体がお城のあった後のようです。なにかそれらしいものがあるのかと探してみると、正面左手(東側)に福島城跡の石碑と説明文がありました。城の成立は平安時代であり、伊達政宗の祖父晴宗が隠居しこの城に入っています。その後は藩主がたびたび変わり1702年板倉氏が入り福島藩として明治まで続いたとのことです。 県庁の東側には二の丸御外庭跡が「紅葉山公園」とし整備されています。公園内には出土した宝塔や杉妻稲荷神社があり、その神社の脇に由緒ありげな巨木が立っていましたが、なんの説明書きもないのでなにものなのか不明です。また公園南側には初代福島藩主板倉重昌を祀った板倉神社があります。
◎お昼 福島城跡(県庁)を後にして、ちょっと早めのお昼にすることにして、中心街へと向いました。まず最初に「福島牛」の幟が目に止まりましたが、そのお店は肉屋さんでした。そのお店で「福島牛」を食べれる店があるか聞いたのですが、残念ながら近くには無いとのことでした。さてどうしたものかとしばし考えて、前回来た時に入手した「餃子まっぷ」を引っ張り出しました。20店ほどありますが半分くらいは夕方からの営業です。その中から駅に近い店を選び行ってみることにしました。着いたときには開店時間の11:30ちょい前でまだ店内に灯りもついていませんでした。メニューは支那そばとラーメン・チャーシューメンが醤油・味噌・塩の各3種と餃子です。「支那そば大盛(600円)」と「餃子6ヶ(350円)」を食べてみました。支那そばは普通でしたけど、餃子のほうは・・・何も知らずにフラッと入ったならば「こんなものか」と思ったんでしょうが、「餃子まっぷ」に載ってた店ですから、ちょっと期待していただけにかなり期待を裏切られたかんじです。そういうわけであえて店の名前を出しませんでした(けして店の名前を忘れたわけではありませんよ。念のため)。福島市も「餃子の町」として売り出していくのなら、たんに餃子がメニューにのっている店を紹介していたのでは信用をなくすんじゃないでしょうか?「餃子まっぷ」に載せるのならばそれなりに規準を設けたほうがいいんじゃないんでしょうか? ◎阿武隈急行・やながわ希望の森公園前駅 次の目的地は梁川町の八幡神社です。福島から阿武隈急行に乗って5つ目の「やながわ希望の森公園前駅」まで行きます。阿武隈急行は福島交通飯坂線と同じ改札口でJR福島駅の北側の路地のような場所を入っていったところにあります(もしかするとJR福島駅からも入れるかもしれませんが)。540円の切符を買って(やっぱりJRと比べるとお高めです)、中に入ると次の電車は郡山からの直通で本来JRのホーム1番線からの発車なのですが、この日は強風で遅れているため番線に変更になっていました。12:42発の富野行き電車は数分遅れの発車となりました。東北本線や新幹線からの眺めとはまた違った福島の町を走り、そして保原町から梁川町を通過し「やながわ希望の森公園前駅」に13:17到着。駅舎はちょっとこじゃれた建物で喫茶コーナーもあるようですが、年末のこの時期は営業していなしようです。駅前には体育館、東側にはプールなんかもありますが、商店街は西側を通っている国道349号線沿いに形成されているようで、この辺りは住宅街になっています。駅名ともなっている「希望の森公園」はここから東へ1キロほどの場所にあります。「希望の森公園前駅」っていう名前にはちょっと無理があるんじゃないでしょうか? 目的地の八幡神社は北へ1キロほど行った場所です。まだ新しい建物が多い住宅街を抜けて歩いていきましたが、なかなか見つかりません。それなりに有名だと思うので看板くらいあるだろうと思っていたのですが。さらに歩いていくと「八幡」というバス停があったので、この辺りかと思って探してみましたがやはり見つかりません。で、地図をよくよく確かめると、この辺一体が八幡という地名で「八幡神社」はここから西へ500メートルの場所です。地図があるのになぜ間違えたかというと、駅と八幡神社の間でちょうど地図が分かれていたため道を一本間違えていたようです。とりあえず引き返してようやくそれらしい場所が見えてきました。 ◎八幡神社・真言宗豊山派八幡山「龍寳寺」 さすがに歴史ある建物です。その重厚な様式は・・・って案内板に書いてあるからそいうふうに見えるだけかもしれませんが。かつては広大な境内内に多くの建物があったようですが、現在は神社の南側に2つの池がありその中に浮かぶ小島にそれぞれ観音堂と厳島神社が残っています。観音堂は信達33ヶ所観音巡礼の最終満願札所で、征夷大将軍坂上田村麻呂が賊軍に囲まれ危うく命を落としそうになった時に聖観世音菩薩におすがりしたところる大鬼人が現れて賊軍を追い払ってくれた事に感謝しお堂を建立したそうです。この時の鬼の化身といわれる石が近くの梁川橋の袂にあり、このためいつしか観音堂を鬼石観音と通称することになったそうです。 八幡神社の東側には別当寺(神社を管理するお寺だそうです。そういうものがあるのを初めて知りました)の龍寳寺があります。本堂については特に案内文もなかったのですが、山門については近世(っていつ?)の建立で、鐘楼のほうは江戸中期とみられる、とこちらも記録が残っていないようであやふやです。境内にある「十一面観世音菩薩」はやはり信達33ヶ所観音巡礼の31番札所とのことです。32番札所もあるかと思いましたが、梁川町内ですがなぜか7,8キロ東のお寺にあるようです。
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