12月23日 日本食は食べられない?!
ビーガンへの獣(けもの)道 2
昨日本屋で「英語で作る和食」なる本を買いました。日本の代表的な料理のレシピが日本語と英語で書いてあります。エスペラント訳をする時の参考にと買ったのですが、結構驚いたことは、「ほとんど食べられないものばっかり!」なのです。肉、魚、卵を使ったものはもちろん論外ですが、野菜だけの料理にもほとんど「だし」が入っています。そのだしの説明のところには、「煮干」と「昆布とかつおだし」の紹介しかないのです。なんとなくはわかっていましたが、改めて思うと、これはもう日本食という日本の伝統文化に完全に馴染めない、なんという非国民?になってしまったかと思うわけです。食は文化だと言われます。そうかも知れません。でも文化だから伝統だから何でもOKかと言えばそうでもないわけです。風当たりは強いですが、貫くしかありません。
同時に買った「穀菜和食」(松本光司著)のメニューは逆に全部食べられるものばっかりだったのでほっとしました。
12月8日 「わたし、ヴィーガンと出会う」ついに発行!!!!
くしくもジョンの命日、12月8日についに書店に並びます! もし置いてなかったら出版社は「愛育社」ですので予約してください!ちなみに価格は1575円です。発行延期の話から紆余曲折ありながらついに発行となりました。この本は日本の歴史上初めて世に出るような超画期的な本です。おそらく大多数の人が「ヴィーガン」という言葉自体何のことだかわからないでしょう。ビーフンを食べるフーリガンかと思うかも知れません。著者の北野さんがあえてこの言葉をタイトルに使ったのは、やっぱりこの言葉を使う以外なかったのだと思います。的確な日本語訳はありません。完全菜食主義者とか絶対菜食主義者と訳す人もいますが、それでは不十分です。それはある意味で日本では全く新しい概念なのです。そしてそれこそが今もっとも必要とされている概念(哲学、生き方)なのだと思います。
事前に予約をしていたので6日に自宅に届き、一気に読みました。他の方のビーガンのなり方はとても興味深く読みました。そして自分が特に変人でなかったこともわかりました!(笑)前回の「菜食と出会う」でも北野さんの小説がありましたが、今回もあります。「わたし、今夜からヴィーガンになる」というタイトルですが、かなり長いです(ルポルタージュの本の約半分が小説というのもユニークですね)。同棲中のカップルの女性がある日突然「わたし、今夜からヴィーガンになる」と言い出すのです。何だそりゃ?という男のモノローグです。その男の偉いところは、何だかよくわからないけど、何だろうと知ろうとするところです。何なのか想像してみるところです。もちろんすぐには何だかわかりません。そして繰り広げられる様々な出来事の中で、少しずつそれが見えてくるのです。ビーガン宣言をされた側はびっくりでしょうが、本当はそんな宣言をしてしまった人こそ毎日悩みながら生きているのではないでしょうか。途中で何度か涙が出てしまいました。よい本です、買うべし。
11月28日 台湾ベジタリアンとの会食
昨日、ひょんなことから台湾から日本観光に来ていたカップルと新宿で食事をする機会がありました。まったく面識はなかったのですが、エスペラントつながりで、彼女のお姉さんがエスペラント学習サイト「lernu!」のユーザーでベジタリアンでした。最近そこでベジタリアンのユーザーを検索してMLへの招待状などを出していたら、そのお姉さんからメールが来て曰く、妹とボーイフレンドがもうすぐ日本に旅行に行きます、2人ともベジタリアンです、ということで東京で自由時間があったら夕食でも一緒に食べようということになったのでした。お姉さんの方がある程度エスペラントができるのですが、妹はほとんどゼロに近い状態で、メールのやり取りには英語や中国語ちゃんぽんで何とか連絡とりました。
さて台湾というところはベジタリアンが多いところです。仏教の影響からか多くはラクト・ベジタリアンでいわゆる五葷(読み方「ごくん」)(にんにく、ねぎ、あさつき、にら、らっきょう)を食べず、だいたいは玉ねぎもだめです。有名なマクロビオティックレストランにも問い合わせてみましたが玉ねぎ抜きは難しいようで断念しました。結局のところ、豆腐料理の専門店のようなところをネットで探し、電話で事情を話し、何とかなりそうだったのでそこに決めました。もちろん台湾素食店に行けば問題ないのですが、せっかく日本に来たのですから日本食の方がいいですものね。実際にそこで注文をする時も結構詳しく説明が必要でした。食べられないものは、肉、魚(かつおだしもダメ)、卵、そして五葷類。かなり無理を言ったようです。てんぷらの衣の卵も抜いてくれました。彼らはチーズOKでしたが、私はダメなので、逆に台湾素食店ではビーガンは乳製品に気をつけたほうがよいでしょう。ベジタリアンもいろいろです。(一緒につきあってくれた何でも食べるカナダ人のエスペラント友達、ありがとう!)
11月27日 スロベニア大統領はビーガン!!
もうすでに最新のニュースではないのですが、最近エスペランティストの友達とmixiの人から聞きました。まず「スロベニアってどこ?」ということですが、旧ユーゴスラビアから独立した国で、地理的にはイタリア北部の東隣、オーストリアの南、クロアチアの北です。そこの大統領、ヤネス・ドルノウシェク大統領(2002年12月就任、任期5年)は現在ビーガンなのです。動物保護団体関係の雑誌でのインタビューを読むことができます(でも英語、スロベニア語、クロアチア語?フランス語、ポーランド語、中国語です。日本語やエスペラント版はありません)。ビーガンでも大統領になれるのか?!というよりは、大統領になれる素質があった人がビーガンになったということだと思います。官邸ではなく離れた場所で愛犬と一人暮らしのようです。インタビューでは、動物の権利、環境問題、医療問題、そして平和について、とても政治家とは思えない?素晴らしい考えをお持ちの方です。スロベニアという国、要チェックです。
そのインタビュー記事
スロベニア情報(外務省)
11月24日 ビーガンの定義
これについては前にも書きましたので繰り返しませんが、日本ではまだビーガンという言葉はほとんど定着していないので、やはり誤解があるようです。mixiのコミュニティに「vegan」というのがあります。メンバーはなんと700人を超えています! 本当かしら?と思いますが、やはり誤解はあるようです。要はビーガンは食べ物だけでOKだと思っている人が結構いるようです。食べ物だけのビーガン「ダイエタリー・ビーガン」と「ビーガン」の区別がついていないようです。普通のビーガンがダイエタリー・ビーガンで、究極のビーガンがビーガンだみたいな。ビーガンの定義はすでに決まっています。食べ物だけではありません。「動物から搾取をしない」という簡単なようで、実際どうすればそんなことができるのか全く途方にくれるような、そんな人たちがビーガンなのです。究極のビーガンではなく、ビーガン自体が究極なのだと思います。というわけでビーガンへの獣道はまだまだ続きます。
11月12日 コーヒーもやめた?
ミルクと砂糖の入った普通の缶コーヒーはもうまったく飲みたいと思わなくなりましたが、ブラックのコーヒーはたまに飲んでました。そんなにコーヒー好きというわけでもなく、カフェインをとらないと仕事中眠ってしまうというわけでもないので、マクロ的に陰性のコーヒーは飲まなければ飲まないほうがいいだろうと思ってました。とは言っても毎日ミネラルウォーターだけでもちょっと寂しいので、最近は「たんぽぽコーヒー」と「穀物コーヒー」を飲んでます。コーヒーという名がついてますが、コーヒー豆は入ってないのでコーヒーではありません。たんぽぽコーヒーはタンポポの根っこを焙煎したもので何とポーランド製、穀物コーヒーはいろいろありますが今飲んでるのは、チコリ、小麦、麦芽、いちじく、どんぐり?が入っているやつでフランス製です。味はコーヒー風でありますが、コーヒーとはまた違う味です。最近、水筒も新しいのを2本買って、一本はミネラルウォーター、一本は偽コーヒーを入れて職場に持っていってます。弁当もあるのでかばんが非常に重いです。
11月11日 ビーガンとは何か
「ビーガン、ビーガン」と言いながら2年以上経ちました。さてそのビーガンとは一体何なんでしょう。一般的な定義というものは確かにあります。日本ベジタリアン協会のサイトによれば次のような説明があります。
「ビーガン(Vegan)、ピュア・ベジタリアン(Pure- Vegetarian)(純粋菜食): ビーガニズム (VEGANISM) とは、食用・衣料用・その他の目的のために動物を搾取したり苦しめたりすることを、できる限り止めようとする生き方であると定義することができる。ビーガンは動物に苦みを与えることへの嫌悪から、動物の肉(鳥肉・魚肉・その他の魚介類)と卵・乳製品を食べず、また、動物製品(皮製品・シルク・ウール・羊毛油・ゼラチンなど)を身につけたりしない人たち。 ダイエタリー・ビーガン (DIETARY VEGAN)はビーガンの食事をするが、食用以外の動物の利用を必ずしも避けようとしない。 フルータリアン (FRUITARIAN) はビーガン (VEGAN) との違いは、 植物を殺さない食品のみを食べること。 (リンゴの実を収穫してもリンゴの木は死なないが、ニンジンは死んでしまう。)」
一般的な定義はこうなんだと思います。ただ私としてはもうちょっと踏み出して考えたいと思っています。要は「それだけじゃないでしょ」ということです。
私が敬愛するJohn Lennonという人の歌に「God」というのがあります。ビートルズ解散後の最初のスタジオ録音のアルバム「ジョンの魂」で、これは当時としてはまさに「驚愕」のアルバムだったのだと思います。その歌の中で「僕は〜〜を信じない」というのが繰り返し歌われています。そんなことまで言っていいの??ということまで歌っています。Johnの本当に正直な性格というか、子供っぽさというか、一部ではオノヨーコに洗脳されてしまったとか、いろいろ言われてました。その「God」風にビーガンについて、今思うことを言うとしたらこんな感じかもしれません。
なんちゃってビーガンを信じない
自分の健康しか関心がないビーガンを信じない
犬・猫を捨てるビーガンを信じない
合成洗剤を使うビーガンを信じない
パルプ100%のティッシュを使うビーガンを信じない
ごみの分別をしないビーガンを信じない
風邪ぐらいで薬を飲むビーガンを信じない
サプリメントに頼るビーガンを信じない
普通自動車に乗るビーガンを信じない
テレビしか見ないビーガンを信じない
投票に行かないビーガンを信じない
小泉、安倍を信じてるビーガンを信じない
憲法を知らないビーガンを信じない
欧米にしか目がむいてないビーガンを信じない
英語が国際語だと思っているビーガンを信じない
弱いものいじめをするビーガンを信じない
じゃ、何を信じるの? そうなんです、それが問題です。引き続き「修行中」です。
10月22日 毛皮反対デモen渋谷
本日渋谷で毛皮反対のデモ行進に参加しました。黒服という約束だったので黒っぽいビーガン対応のスーツ、合成皮革の靴、ポリエステルのネクタイという格好でした。ネクタイとかしてたのは1人しかいなかったみたいです。200人ぐらいの参加者があり、それぞれポスターやのぼりを掲げ、約1時間の行進は結構人目を引き成功だったようです。シュプレヒコールでは「毛皮は動物の死体です!」「犬や猫も毛皮にされています!」「(パルコ、丸井、東急、西武)は毛皮の販売をやめてください!」「フェイクファー賛成!リアルファー反対!」などなどみんな元気に声をあげていました。
と、ここで終わってしまえばそれまでなのですが、「ビーガンへの獣道」としてはやはりビーガンの視点から書かないわけにはいきません。もちろん毛皮の作られ方は非常に残酷であり、代替品が数多くある中で、買う必要のないものであることは間違いありません。でもなぜ「毛皮」だけそんなに反対するの?という素朴な疑問は残ります。おそらく動物虐待のひとつのシンボルとして「毛皮」があるのだと思います。また価格が比較的高価なため、いわゆるセレブとか言われてる「成金」が好んで着用することから、そういったセレブを標的にした宣伝効果はあると思います。ただ、私自身、どうしても毛皮はピンとこないというか、今まで一度も毛皮なるものを買ったことがなく、誰かに買ってあげたこともなく、キーホルダーとかに毛皮みたいなのがついててもちっとも可愛いとは思いません。おそらく多くの人も毛皮反対と言われてもあまりピンとこないのではないでしょうか。
実際、行進中にマクドナルドとかケンタッキーの前を通ったときは、「ハンバーガーも動物の死体です! フライドチキンも動物の死体です!」と叫びたかったです。でもこれは「やりすぎ」なんでしょうね。毛皮だけならそれほど多くの人を敵にまわすことはないのですが、肉の話になるとほとんどすべての人を敵にまわしてしまいます(敵という表現はあまりよくないですが)。おそらく一緒に行進をした人の中にも「ビーガン」の人はそれほどいないと思います。毛皮を着る人から「確かに動物は可哀想だけど人の役に立ってるんだからしょうがないわよね。あなただってお肉を食べるでしょ?」と言われて「もちろん肉だって食べませんよ」と言い返したいものです。
10月11日 ベジ対応enエスペラント大会
10月7〜9日に開かれた岡山での日本エスペラント大会に参加してきました。去年からこのエスペラントのイベントにことあるごとに「ベジ対応」をお願いしています。去年の横浜での大会では何分初めてだったのでお昼の菜食弁当については申し込み受付、業者発注、当日引渡し、業者への支払い、ゴミの処分など全部1人でやりました。バンケードについては主催者側で初めてテーブルを用意してくれました。
今年はバンケードと菜食弁当は主催者側で基本的にすべて対応してくれるという大きな進展をみましたが、自分ですべてを掌握できない分、ちょっと課題は残りましたが概ね成功でした。来年の夏の横浜での世界エスペラント大会へ向けて確実に前進しているとは思います。エスペランティストはそうでない人に比べてやはりベジには好意的です。ただ年配の方々はなかなか自分の食習慣を変えられない人が多いです。ある年配の方で菜食弁当を食べたあと、私に「あのご飯は何ですか?」と聞いてきて、もちろんそれは玄米だったのですが、その人は玄米を食べたことがないようでした!(本当かしら?)
また日本のエスペラント史上初のVegetarismoの専門部会を開き、誰も来なかったらどうしようと思っていたところ、日本人3人、アメリカ人1人、ブラジル人1人計5人の参加がありました。日本人だけだったら日本語で適当にやろうと思ってたのですが、そうもいかず結果としてほとんどエスペラントでやりました。まだ確かに「壁」がありますが、これは時間をかけていろいろやっていく以外にないので、引き続き面倒がられながらやっていきたいと思っています。
10月5日 ビーガン・キャット・フード
だいぶ間があきました。その間、パソコン変えるは、東京ベジフェス泊まりこむは、13年ぶりの引越しするはで1ヶ月ぶりの更新です。今回はひとつ、ビーガン・キャット・フード。ベジフェスで買いました。今までドッグフードなら肉が入っていなくても大丈夫ということで、いろいろ売ってましたが、猫用にはお目にかかったことがなかったので即買いしました。うちの猫はシーバがお気に入りです。ビーガン修行中の私としては、飼い猫もビーガンに協力してくれるなら、こんな心強いことはないと思い、さっそくダっとあげたのですが、くんくん、ガシガシ(まわりを前足で掻いてる)、そして、プイっと一口も食べずにこっちを見てなんか不満気にワオワオ言ってます。えっ、何?食べないの?匂いだけじゃなくてちょっとでも味わってみないと、それは単なる食わず嫌いだぞと、しばらく放置しましたが、一向に食べません。うーん、これはまずいんだろうか・・・ 自分で味見してないからよくわかりませんが・・・ やっぱり食べられるくらいおいしくないと、猫に説得しても無駄なのでした・・・
9月5日 石坂啓さんのエッセイ
漫画家の石坂啓さんも例の「子猫殺し」に関連してエッセイを書いています。
週刊金曜日2006年9月1日号「風速計」
石坂さんの子猫を救うその姿勢には本当に頭が下がります。確かに「アチャー」ですけど、それをそのまま放っておくことはやっぱりできないのです。自らその現場に踏み込んで行けば、自分だけではどうすることもできないほどのおびただしい数の悲惨な現場に出会います。自分の生活をすべて投げ打ったとしてもできることには限りがあります。でも、それだから何もしないというのは単なる「いいわけ」です。そう考えれば「肉を食べない」ことなんて全然大したことではないです。
8月25日 「子猫殺し」記事への反響
最近日経に載ったらしいある直木賞作家の「子猫殺し」というエッセイが反響を呼んでいます。飼っている猫が生んだ子猫を崖から投げて殺しているようです。書く方も書く方ですが掲載する新聞社もどうなんでしょうか。これは間違いなく犯罪です。法律によれば1年以下の懲役又は100万円以下の罰金なのですが、その作家は仏領タヒチに住んでいるらしく、それが自分に及ばないと知ってのことだとすれば卑劣ですね。でもフランスの法律でも何かあるとは思いますが。
その作家によれば「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない」。だが、「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した」らしいです。こういった一見もっともらしいことをいう知識人?はたちが悪いですね。確かに避妊去勢手術は自然界から見れば不自然な行為かもしれません。でもその自然をどんどん破壊していったのはまぎれもなく人間です。犬や猫は他の多くの野生動物と違って人と共生していける動物です。すでに十分に破壊されてしまった自然の中で人と犬や猫が一緒に暮らしていくためには、避妊去勢手術はどうしても必要です。犬や猫にも自然な暮らしをと言うのなら、野良犬・野良猫を捕まえてどんどん殺すというやり方が許されるわけはありません。
ここで問題なのは、そういった極論をもっともらしく語る人ではなく、そのエッセイを読んで「確かにそうかも知れない」と無邪気に思ってしまう人たちです(小泉総理の靖国参拝も彼個人だけ責めても的はずれですし)。反響では賛否両論あるようです。メディアも半々で紹介したりしてます。よくある感想で「かわいそうだけどしょうがない」というのあります。「かわいそう」というのは当然で、その生理的ともいえる正直な反応は十分に正しいでしょう。問題なのは「しょうがない」と思ってしまうことです。変なニヒリズムで世の中を達観したような「しょうがない」こそ、十分疑ってみるべきです。一般的に「しょうがない」と思われていることでも、実は「しょうがなくない」ことは山ほどあります。
8月15日 アメリカ牛肉輸入再再開
ニュースなどでは、安全をあまり気にしないアメリカが日本に輸入を押しつけてる、政府は日本人の食の安全を考えていない、これはけしからんという論調が多いですが、これはあくまで日本人は安全なアメリカ牛を食べられるのが当然だということが前提になっているわけです。マスコミではまったく耳にすることがないですが、そんなことならいっそ「肉なんか食べるのやめちゃえば」と思うわけです。やっぱり「肉食をやめる」はマスコミでは「タブー」なんですかね。
8月14日 ビーケン??
FMのとある番組で、アメリカで一流になった日本人シェフのインタビューがあったんですが、そのFM局のサイトではその会話が次のように書いてありました。
○聞き手 アメリカ人の健康志向は有名ですし、世界中そういう流れだと思うんですけども、食の観点から杉浦さんがこだわっていらっしゃることは何ですか?
●答え手 アメリカの場合は最近お客さんもカロリーとかオーガニックとか非常に気を使っていますね。特に「ビーケン」ですね。いわゆる動物愛護法に力を入れている人なんですけども、ベジタリアンとも違いますからよく理解しないと難しいですよね。
ん?? ビーケン? ビリケン?? 初めて見るその言葉、もちろん「vegan」のことで、ラジオではちゃんと「vegan」と発音してましたが、その局のサイト担当者は何のことだかわからなかったのでしょう。メール出して訂正してもらったほうがいいでしょうか。
8月9日 いざ、横浜UKへ!
今年のイタリア、フィレンツェでの世界エスペラント大会が終わりました。さあ、来年の8月4日から11日は横浜での開催です。(サイトはこちら http://www.k4.dion.ne.jp/~uk2007/)
それが何なの?という話ですが、エスペランティストの私としてはもちろん40年ぶりの日本での開催にわくわくしています。ただそれだけでなくビーガンとしてこの大会を意義あるものにしたいといろいろ考えているわけです。世界エスペランティスト・ベジタリアン協会の日本の代表者としても、ベジタリアンのゲストにはちゃんとした対応をしたいし、ベジタリアンでないエスペランティストや、エスペランティストでないベジタリアンの人たちにも何か意義のある、何か残るものをと考えています。前は会場の横浜近くで料理と宿泊のできる場所を借りて何かしようと思ってましたが、実はマンションを買ってしまったので、場所は自分の所で何とかしたいと思ってます(会場まで1時間ぐらいかかりますけど)。そしてエスペラントで書かれたベジタリアンのための小冊子の発行を考えています。外国の人から見ると日本はベジタリアンが多いと誤解されているようで、実際に来てみると非常に食事に困るようです(そばつゆもだめですから!)。ベジタリアン(ビーガン)が日本で食事をするにはといったサバイバル的なものを考えてます。レストランも都心だといろいろあるのですが、国際都市を標榜する横浜にはあまりないのです。そういったガイドブックも考えています。準備することは山ほどあるのですが、なかなか協力してくれるという人はいません。まあ一人でもやりますけど。
8月4日 「わたし、ヴィーガンと出会う」北野玲(愛育出版)発行決定!!
勝手に支援していたその本の発行がついに決定しました。11月に発行予定です。いやあ、よかった、よかった。ただ目標の500冊まではいかなかったようで、昨日の時点で338冊の予約ということでした。更に1人で何十冊も予約している方もいて、人数でいうと50人弱ということのようです。うーん、これはちょっとさびしいじゃ、あーりませんかあ。日本の人口から見ると何パーセントですか? 小さすぎてよくわからない! まあでもこれは、ここで完結する話ではもちろんなくて、始めの一歩ですから、これを日本のビーガン史の新たな1ページとして、これからもどんどんいきましょう!!
北野さんからのボーナスで、追加編集としてなんと私は2ページもらいました!! 写真も掲載予定です!!
7月23日 UDOフェスティバル
亡くなった友人と一緒にいくはずだったUDOフェスティバルに昨日(22日)行ってきました。一番の目的はCHARを見ることだったのですが、ここでは違う話を書きます。
今回のメインステージではプリテンダーズとジェフベックが出ました。プリテンダーズのボーカルのクリッシー・ハインドは筋金入り?のベジタリアンです。アメリカの動物保護団体PETAのアンチ・ケンタッキーのキャンペーンとかにも参加してました。ヒット曲のDon't Get Me Wrongの前のMCで、動物権利活動家うんぬんと確か言ってました。そしてジェフベックもベジタリアンです。今年62歳!とはとても思えない格好よさでした。体もかなり鍛えてますね。すごいです。
そして思ったのは、フェスティバルに来ていたほとんどの人はそんなことは全く知らないんだろうということです。音楽に関係ないだろうと言うのでしょう。でも、そのアーティストに惚れ込むなら、その生き方に無関心でいられるわけはないと思うのですが。クリッシーの前で牛タンの串焼きを食ってしまうその神経はかなりまずいでしょう。
当日はフードコーナーとかかなりいろいろ出てましたが、ベジ対応はほとんど期待していなかったので、玄米おにぎりをたくさん持って行きました。会場では案の定の状態でしたが、ベジタリアンにはほとんど唯一の救いの場所、インド料理コーナーでジャガイモと豆の揚げ物を食べました。かなり油っぽかったですが。
7月10日 友人の死
大学時代の友人、同じ学部、同じクラス、同じゼミ、同じサークル、同じバンドだった友人が亡くなりました。彼とは仲良く大学を5年も行きました。もうだいぶ前にクローン病を煩い、その後腎臓の機能が破壊され透析の日々でした。お互いにCHARが好きで日比谷野音には何度も行きました。今月22日のUDOフェスにも一緒に行くはずでした。私がベジタリアンうんぬんの話をしても、すでに西洋医療の力なくしては生きられなくなっていた彼には何を言ってもすでに手遅れだったと思うと悔しい気持ちでいっぱいです。不特定多数の人に何かをえらそうに語るより、本当に身近な人に気持ちを伝えるということの大事さ、難しさをひしひしと感じています。
7月6日 風邪ひきました
前に風邪をひいたのがいつだったか覚えてないほど、滅多に風邪はひかないのですが、先週末から明らかに風邪の症状が出てきました。まず喉がなんだか痛くなってきて、続いて鼻水が出てきて、それから咳が襲ってきました。風邪のような症状で医者に行ったことは、子どもの時以来まったくないのですが、市販の風邪薬などは飲んでしまっていました。ただ、今現在「ビーガン」修行中の私としては、風邪薬もNGなわけです。薬を100%拒否するというのは、ケースバイケースでなかなか難しいとは思います。ただ安易に薬に頼るというのは、動物実験を無邪気に肯定してしまうのと同じことになります。薬に頼らずに治るのであれば、迷わず薬は使わない、それがビーガンでしょう。
というわけでどうしたかというと、現在勉強中のマクロビオティックの手当法で、食事を「葛」中心にしました。喉のために蓮根粉末なども加え、飲み物は梅干し、醤油、生姜、番茶の「梅醤番茶」を飲みました。その日に劇的に改善!というわけにはいきませんが、日毎に確実によくなってきました。
健康が目的ではないビーガンですが、健康を維持していかないと薬に頼ってしまいがちなので、やはりビーガンは健康には気をつけなければいけません。
6月27日 カロリーと塩分
よくあるテレビの健康番組での「ヘルシーな食事」は部分的にはいいのかも知れませんが、全体で考えると大体がダメです。体にいいと言われてるある成分をセンセーショナルに取り上げ、それに踊らされてしまう多くの消費者という構図はかなり悲観的です。今日のある番組では「カロリーと塩分」とやらで、要するにこれはなるべく控えましょうという話なのですが、肉や魚をばんばん使っておきながら、カロリーや塩分だけを気にするのは愚かしいことです。動物性のものを極力食べない食生活をしていれば、カロリーについては「腹八分目」でいいわけですし、塩分は塩辛くない程度に食べていればよいのです。健康的な食事といいながら、食産業や医療産業もどちらも儲かるようなまさに「八方美人」的な巧妙な戦略に多くの人は踊らされています。
6月22日 医者は食事に関心がない?
最近身内や同僚が胆嚢摘出手術とか十二指腸潰瘍とか結構大変なことになってしまいました。それで「食事について何か言ってた?」と聞くと「特になにも」とか言うわけです。これはまさしくその場対応の対処療法ですね。根本的に自己免疫力を高めるための体質改善にはまったく関心がないようで、薬や手術で悪くなったところだけを何とかするという非常に表面的で薄っぺらな医療な気がします。悪く勘ぐれば、みんなが食事に気をつけて健康体になってしまうと、病人が激減して医者や製薬会社が商売あがったりになってしまうので、半病人のまま放置するのでしょう。
6月18日 ビーガン食は安っぽい? それとも贅沢?
ビーガンの食べ物についての定義と言えば、動物性のものを食べない、とただそれだけです。毎日バナナを食べてたり、無洗米を炊いて塩ふって食べてたり、生野菜だけ食べてたり、それはそれでビーガン食として間違っているわけではありません。安っぽいビーガン食もあるでしょう。ただ、ちゃんと健康を維持する、農業を考える、世界とのつながりを考えるということであれば、もうちょっと考える必要があります。
健康を考えるなら、それなりのバランスを考える必要があります。いわゆる栄養のバランスということだけではなく、農薬や化学肥料、食品添加物といったコストを削減するためのやり方で作られたものは避けるほうがいいでしょう。日本の絶望的な食料自給率を考えれば、有機栽培を目指して頑張っている農家を支援することも大切でしょう。食糧の輸入にかかる膨大なエネルギー消費を考えることは、地球環境を考えることにもつながります。実際問題、こういったことにこだわると、食材の価格はかなり高くなります。2〜3倍になることもあります。これが贅沢だと言われてしまうところです。
ここで問題なのは、何が贅沢なのかということです。確かにその食材の価格だけに目を奪われてしまえば、高いものは贅沢に見えます。でも、安い危険な食材をとり続けることによる体調の悪化で、薬代や病院代、そして体調不良による計算もできない膨大な損失を考えれば、その贅沢に見える食材は決して高くはないのです。病院に行けば医療保険がありますから、自分ではそんなに出費していないように思えても、その何倍ものお金が使われているのです。ちょっと風邪をひいたぐらいで病院に行ってしまう人の方がはるかに贅沢です。贅沢というか自分ではケチっておいて、人のお金を使うことを何とも思わない自己中心的な人と言ってもいいでしょう。
今の外食での安さやスーパーでの野菜の安さは、逆に言えば、そのツケを他にまわすだけの視野の狭い人をターゲットにした策略なのでしょう。
6月15日 男が料理?
ちょっとビーガンの話とは違いますが、未だに料理は女性がするものだという偏見が根強いですね。今通ってる料理教室でもほとんど男性いませんし、毎日弁当を持っていってる私はまわりから見るとちょっと変わってるようですし、この間、職場の女性に弁当を作ってあげたら、異常に感動されたりしました。この21世紀の日本でもまだ料理は女性がするものという考えがあるみたいです。
とは言っても本職の料理人となると、どういうわけかこれが男性優位の社会なんですね。要するに職業としての本職の料理人には女性の出る幕はなくて、家の中での毎日の料理は女の仕事だみたいな。まったくの女性蔑視の家父長制の社会が今でも残ってる感じです。男よ、もっと料理せよ!
6月3日 「世界の朝ごはん」にベジタリアン料理登場
毎週土曜日の朝、TBSで「知っとこ!」というオセロが司会の番組があって、後半に「世界の朝ごはん」というコーナーがあります。世界のある街の紹介とそこでの新婚の奥さんが朝ごはんを作るというやつですが、何で朝からそんなに大量に食うんだ!何でいつも女が料理をしてて男は寝てるんだ!という疑問はありますが、これは番組の「やらせ」でしょうからここでは触れずにおきます。
今日の街はニューヨークでした、そして出た料理は明らかにベジタリアン料理です。豆腐と野菜と豆のサラダ、オムレツをはさんだベーグルサンド、あと確かスプレーの生クリームを入れたデザートみたいなやつ。完璧にラクト・オボ・ベジタリアン料理ですね。冷蔵庫にも肉は入ってなかったし。ニューヨークという場所から言っても、こういったベジタリアンが普通にいるのは納得いきます。ただ、ビーガン・マクロビオティックの私からするとちょっとNGですけど。
面白かったのは、スタジオの芸能人にとっては、この料理は非常に魅力のない料理に見えたようです。前のコーナーでカニ料理をやっていて、ベジタリアン料理を試食する時に、ある女性タレントは「なんでカニじゃないのお〜」とのたまわっていました。また、明らかにベジタリアン夫妻のベジタリアン料理であるにもかかわらず、コメントの中に「ベジタリアン」という言葉は一言も出てきませんでした。単に肉も魚もないつまらない料理に見えたようです。彼らがなぜ肉を食べないのかを問うことは全くありませんでした。これが日本のテレビ番組の限界かと思うと寂しいかぎりですが、「ベジタリアン」という言葉はもしかして「放送禁止用語」なんでしょうか??
5月28日 エスペランティストにはベジタリアンが多い?
エスペランティストの知人からの情報で、ドイツのエスペラントの教科書に次のような説明があるようです。
「エスペラント界では菜食主義者の割合が平均以上に高く、約10−15%です。そのほか、より多くの人が目下、菜食主義の傾向をもっています。ちなみに、「エスペラント料理」というのはありません。」
これは確信はしていたのですが、実際にどうなのかはよくわからなかったので、非常に興味深い情報です。でも確かに「エスペラント料理」ってないですね!!
5月27日 再び、ヴィーガン? ビーガン?
水を差すわけではないのですが、やはり気になってしまうのでまた書きます。「vegan」を日本語表記する際に、ヴィーガンと書くのはやっぱり変です。 英語の「v」が「ヴ」なのなら、もちろんヴェジタリアンと書かなければおかしいですし、その他の言葉、例えば、ヴァイオリン、ヴァレーボール、ヴィタミ ン、ヴァイキング、ヴェランダ、ヴァラエティ、ヴァレンタインデイ、ヴィーナス、ヴィデオ、ヴィザ、ヴェクトル、ヴェルヴェット、ヴォーカル、ヴォリュー ム、オリーヴ、ポジティヴ、ナイーヴ、アドヴァイス、シャヴェル、ヘヴィー、(しつこい?)などの言葉も「ヴ」を使うべきなのでしょう。まだ外来語として根付いていない 「vegan」のカタカナ表記だけが、やけに特別扱いで「ヴ」を使うのはビーガンを広めるにあたり、あまり好ましくないと思っています。そういうわけで私 は相変わらす「ビーガン」と書きます。
5月26日 「わたし、ヴィーガンと出会う」発行支援
以下、mixiのveganコミュに上げた内容と同じですが、転記します。
北野玲さんというルポルタージュ・アートブックシリーズを出されている方がいます。すでに「わたし、捨て犬と出会う1・2」「わたし、菜食と出会う」という3冊の本が出ていて、次はいよいよ 「わたし、ヴィーガンと出会う」が出る予定です!
しかし、どうも出版社との関係で、発行が延期になってしまって いるようです。理由は簡単で「そんなのは売れない」ということ みたいです。捨て犬シリーズと比べて、菜食の売上がよくなかっ たようで、それに輪をかけた「ヴィーガン」はもっと売れないと いうことのようです。
ビーガン修行中の私としては、ずっと発売を楽しみにしていたの で、この延期話はちょっとショックです。北野さんと出版社との 交渉で、予約が500冊になればすぐに発行されるようです。 たった500冊ではないですか、なんとかすぐ発行されるように 支援しようではありませんか。ね、ね。
北野さんのサイトに詳しいことが載っています。 http://www8.ocn.ne.jp/~rei.k/
私は先日10冊予約しました。ボーナスとか投げ出せば100冊予約もできますけど、1人がたくさん買い占めるよりもより多くの人に予約 してもらうほうがもちろんいいですから、しばらく様子を見ようと思っています。ただ、mixiのveganのコミュニティには500人以上の登録者がいる ので、単純に1人1冊予約すれば軽く条件はクリアします。でも、実際このコミュはどの程度本当のビーガンがいるのかよくわかりません。本当のビーガンなら 自分だけビーガンで満足するはずないですから。
5月13日 玄米にヨーグルト?
玄米を主食にしてからすでに10数年たっているのですが、ビ タクラフトの圧力鍋で玄米を炊くようになってから、玄米を炊くのがまた楽しくなってきました。先日、テレビでのいわゆる健康番組で玄米の特集があり、興味 を持ってみていたら、なんと玄米にヨーグルトをまぜて炊くのを薦めていました。うーむこれはどうなんでしょうか。確かに玄米を食べる人が増えるのはよいこ とですが、ヨーグルトは完全に邪道です。ビーガンの私としてはとても受け入れられません。炊く前に水に浸したり、圧力鍋などで炊くことにより、玄米はとて もおいしく食べられます。その手間を省くためのヨーグルトでは牛に申し訳ないですよね。
5月2日 ビーガニズムとマクロビオティック
特に隠していたわけではないのですが、現在マクロビオティックの料理教室で勉強中です。4月で初級が終わり、今月から中級に進級します。基本的に動物性 の食材を使わないマクロビオティックの料理はビーガンを目指すものにとって非常に参考になります。マクロを知ったのは、ビーガンになる決心をした時とほぼ 同時期で、まだ2年ちょっとしかたっていません。しかし、牛豚鳥を食べるのをやめた15年以上も前から、まったくの自己流で玄米を主食とし、野菜も有機栽 培のものを選んでいた私にとっては非常に親近感のあるものでした。
桜沢如一さんの本もまだ5〜6冊しか読んでいませんし、料理もまだ初級卒なので、あまりマクロビティックについて「語る」ことはできないのですが、やは りビーガニズムとは「違う」ということを感じてしまいます。もともとマクロは単なる「食養」ではなく、宇宙の法則というとてつもないでかいものです。桜沢 さんという人はかなり「すごい」人で、その生きた時代を思えば、かなり「ぶっ飛んだ」人に思えます。すべてを理解するのはほとんど不可能です。それが「食 べ物」という非常に身近で具体的な事象にその法則を応用したことにより、非常に多くの人がそれを学ぶようになりました。そしてそれは人々に魅惑の「健康」 をもたらすのです。人間が健康でありたい思うのは本能であり、今の病的な社会の中にあってはなおさらそれは魔法の言葉です。特に病気の人が健康を望むその 気持ちは半端なものではありません。健康を害した人が健康を求めてマクロビオティックを実践しようとする場合、目的が単に「健康」なってしまうおそれがあ ります。
一方、ビーガニズムの目的は健康ではありません。というか健康だけではありません。食事だけのビーガンならそういう場合もあるかもしれませんが、本当の ビーガンは食事だけを気にする人では決してないのです。(あるマクロの先生がそれをご存じなかったのも象徴的です。)自分が健康になる、家族が健康にな る、それはもちろん素晴らしいことなのですが、それで終わってしまっては、やはり「利己的」ということになってしまうでしょう。肉を食べないのは健康のた めであって、その動物の権利を考えてではないということなら、革製品を使うのも何の抵抗もないでしょう。でも肉も革も元々同じなのです。
マクロビオティックには立派な創始者がいて、様々な書物があり学校もあります。でもビーガニズムの学校なんてないですよね。誰もちゃんと教えてはくれません。自分でアンテナ張って考えていくしかないです。そういうわけでビーガンへの獣道はまだまだ続きます。