『予防法務』の時代(3)−企業離散・提携の時代
重要性を増す「契約書」
次に、予防法務の時代に大切になる「契約重視の姿勢」の重要性を、企業対企業(取引先)の関係について考えてみます。
昔からの我が国の企業取引では、口約束だけで明確に「契約書」を交わさないことも少なくありませんでした。これは、一般に日本企業が訴訟沙汰を嫌うという事情だけでなく、従来の企業の業界協調・横並び志向とも関連している(つまり官僚又は業界団体の指導による「暗黙のルール」に皆従っており、皆「業界仲間」だという意識もあるので、敢えて当事者間で細かく取り決める必要が少ない)ように思います。
しかし、最近では、業界協調から顧客・消費者志向への動きの中で企業行動もドライになってきています(特にゲーム産業やディスカウント販売などの新興産業にその傾向が強い)し、また新商品開発のスピードが加速しているため企業が短期間に提携や離散を繰り返すようになっています。そうなると、今の取引先との友好関係がいつ敵対関係に変わるか分からない、という状況になってきます。したがって、現代では、外注先であれ提携先であれとにかく友好関係にある間に、お互いの権利関係(関係解消後のことも含めて)を「文書」で定めておくことが極めて大切になります。
例えば、営業秘密(トレードシークレット)の例で、 自社の独自商品のノウハウ(営業秘密)を示してその商品の生産を他の会社に委託していたところ、その受注会社が勝手に、自分で競合する商品の販売を始めたり、競合他社にその製品を卸したりするような事態(このような事態は、訴訟に発展するかどうかはともかく極めて多い)になった場合、秘密保持などを定めた「契約書」があるとないとでは、その後の処理に大きな差が生じてしまいます。
現在は、異業種交流、共同研究、ジョイント・ベンチャー、資本出資、企業買収、研究委託、生産委託、請負(下請)、技術供与(ライセンス供与)、FC(フランチャイズ・チェーン)など、企業間の提携関係も多様化してますので、画一的に考えないで個々の場合に応じた取決めをしておく必要があります。
「秘密保持契約」のポイント
ここでは、上記の色々な提携関係における「秘密保持契約」に共通する一般的なポイントを述べてみます。
まず、(1)具体的な提携関係に入る前の契約交渉の段階と、(2)提携関係を結ぶ本契約の段階とに分けて考える必要があります。
本契約の交渉段階
まず本契約の交渉の段階では、交渉を進めるための資料として、お互いの又は一方が保有する技術ノウハウ・営業ノウハウ・顧客データなどの営業秘密を他方に開示する場合があります。この場合、本契約締結に至らないときのことを考えて、契約交渉に入るときに、交渉のための「秘密保持契約」を締結しておくことが必要です。すなわち、交渉過程で開示した営業秘密については、@契約締結するかどうかの判断のために使用するという目的以外には使用しないこと(例えば開示を受けた企業が勝手に自らその秘密を使用して製造販売などをしないこと)、A第三者に開示しないこと、B契約終了後も@及びAの義務を一定期間継続すること、C交渉終了時には秘密関連資料を全て返還すること、などを定めておく必要があります。さらに、これらの義務に違反した場合には、D損害賠償額をいくらにするか、E訴訟をどの地方裁判所で行うか(専属管轄。実際に訴訟になったときは極めて大切です)、なども取り決めておく必要があります。
本契約の締結段階
(2)次に本契約を締結する段階での「秘密保持契約」(この書面は、本契約の一部として作成する場合と、本契約とは別々に作成する場合があります)について説明します。この場合も、営業秘密について、@目的外使用の禁止、A第三者への開示の禁止(秘密保持)、B契約終了後の義務継続、C契約終了時の返還、D損害賠償額の予定、E専属管轄、などを定めておく必要があるのは、前述の契約交渉時と同様です。そしてこの段階ではさらに、継続的な共同研究や委託生産の過程で得られた情報や生産物の扱いを定めておく必要があります。すなわち、F共同研究などの過程で得られたアイデア・ノウハウ・実験データ・調査資料などの情報(研究開発成果)の帰属をどうするか(例えば、工業所有権については共同出願にするとか、営業秘密や著作権については共有にするなど)、G委託生産の過程で受注側が生産のために作成した型や試作品や設計図などの資料は、契約終了時には発注側に引き渡すようにする、などを定めておくべきです。また、上記@の目的外使用の禁止を担保するためにH競業禁止義務(例えば、受注側が類似の製品を自分や第三者のために製造販売することを禁止する)を定めておくことも大切です。
大切な将来の問題の洗い出し
なお、共同開発などの提携関係に入るときは、上記の営業秘密に限らず、将来問題になりそうな事項をできるだけ洗い出して、予め取り決めておく、という姿勢が大切です。例えば、日本ビクターは昨年(1992年)、ゲーム機大手のセガ・エンタープライゼスと共同でCD−ROMゲーム機を開発して両社で販売を開始しました。しかしその直後、セガ側は一方的にその販売を中止し、より低価格のCD−ROMゲーム機の販売を開始した(今年4月)ため、日本ビクターの方はかなりの損害を被りました。このような事態も、当初の共同開発契約の中で、「製品化後〇〇の期間は両者ともに販売を継続する」という条項を予め入れておけば防止できたはずです。上記の例では、このような条項がなかったため、セガの行為は、従来の商慣習からはともかく、契約には全く違反していないことになります(続く)。