「町おこし」と特許・商標の事例集

『火山灰』利用の特許で町おこし

 長崎県島原市では、平成2年11月からの雲仙普賢岳の噴火災害の傷跡が今なお多く残っています。特に噴火により降り注ぐ膨大な量の火山灰の処理は、今なお未解決の問題です。

 しかし、最近になって、この「火山灰」を逆手に「町おこし」の特産品を開発しよう、という元気な話も幾つか登場してきました。

 例えば、大分県中津市で「粘土の花」などの粘土工芸教室を開く黒田幸子さんは、テレビで普賢岳災害をみながら、「同じ九州人として、粘土工芸で何か復興の手伝いができないか」という気持ちから、「火山灰を利用した粘土を作れば厄介な火山灰の有効利用になるのでは…」と思い立ちました。そして、現地に行って火山灰を取り寄せ、いろいろ研究を重ねて、火山灰7、独自のつなぎ2、水分1の混合割合による新しい粘土を開発しました。

 この新しい粘土でバラ、ユリなどの「粘土の花」などを作成すると、従来よりも細かい表現が可能で重厚感のある工芸品ができます。しかも、原料となる火山灰は島原市中に堆積していますから、製造コストも安く済みます。黒田さんは、この新しい粘土の構造について特許を出願すると共に、平成6年7月にはこの粘土で作ったバラ、ユリなどの「粘土の花」を島原市に寄贈、さらに同9月末には島原市と共同で同市でこの粘土による造形教室を開催するなど、行く行くは島原市の特産品になってくれればと活動しています。

 また、島原市の商工会議所メンバーで作る「普賢岳火山灰ニュービジネス協同組合」(中村光司理事長)は、火山灰を細かく砕いて微粒子にしさらに空洞のある小球に成形してパネル状に焼成することにより、断熱性と吸湿性を兼ね備えた建材を、長崎大学、長崎県窯業技術センターなどと共同で開発しました。屋根、床などの建材として製品化を目指しています。

 火山灰は平均0.05〜2.5μmという微小な粒子で通常の土などと比べてまだまだ多くの可能性を秘めています。今後もこの火山灰を利用した特産品が続々と登場するような気がします。

 

商標登録と一村一品

 現在多くの地域で、その地域に根差した民話、童謡、史跡などを題材にした一村一品運動などの「町おこし・村おこし」が行われています。

 しかし、これらの中で、しばしば、大変に厄介な問題が生じています。それは「商標登録」という妖怪にどう付き合うかという問題です。

 少し前までは、「町おこし・村おこし」で商標登録が問題になることはほとんどありませんでした。しかし最近は、「町おこし・村おこし」のシンボルとなっているネーミングやマークを他地域の業者が商標登録してしまい、地元の人が使用できなくなってしまう、などの問題が生じています。

 「商標登録」の恐いところは、原則的に、そのネーミングやマークの関係者かどうかなどは関係なく、一番最初に出願した人に登録を認める、という点です(例外的に、生存している人の氏名などについてはその人の承諾が必要、国や国際機関の一定の標章は登録できないなどの制限はありますが)。

 したがって、例えば『一村一品』は、大分県の平松県知事の創作でしょうが、それとは関係なく、装身具・カバン類などの各商品について、民間の業者が商標登録しています。

 また『琉球の風』を見ますと、そのTVドラマ(NHK大河ドラマ)を制作したNHKの関係者かどうかとか沖縄の地元の人かどうかなど全く関係なく、菓子・酒・玩具・印刷物・飲料・装身具カバン類などの各商品について、神奈川県の業者が商標登録しています。

 さらに『さんさおどり』(岩手県盛岡市の有名な夏祭りの踊り)についても、その盛岡市内の地元の人かどうかなどは関係なく、加工食品などの各商品について、宮城県仙台市の業者が商標登録しています。

 

高齢者の『生きがい』に知的所有権も一役

 『町(村)おこし』の活動では、ともすれば、都会に出た若者を呼び戻すことに焦点が当てられすが、ふるさとに残っている高齢者が生き生きと生活しているような町(村)を作ることが、結局は若者を呼び戻す途なのだという意見もあります。

 今回は、『町(村)おこし』に関連して、高齢者の『生きがい』に知的所有権を役立てている例を、ご紹介したいと思います。

 北海道の池田町では、昭和45年に『縄文中期』のツボ(土器)が発掘されたことを契機に、同町内に焼物の生産に適した良質の粘土があることが発見されました。そこで池田町では、この粘土を利用した焼き物作りを「町おこし」の一つとして進めるアイデアを思いつき、「池田町いきがいセンター」(建物は昭和49年に完成)内に窯などの焼き物作りのための施設を設置しました。今では、このセンターから、湯飲みや灰皿やコーヒーカップなど、様々な焼き物が、次々に生産されています。

 このセンターでの焼き物作りの主体は、お年寄りの方々です。ここでは皆、自発的に楽しみながら、また独自の郷土陶器を生み出すべく研究しながら、自由に製作しています。製作された焼き物は、製作者であるお年寄りが値付けし、町営のレストランや宿泊施設などで販売されています。そして、売上の半分は製作者へ、残り半分は原材料代として町に支払われるシステムが採られています。

 また池田町では、この「いきがいセンター」で製作された焼き物のネーミングを『いきがい焼』として、包装袋などに印刷しています。そして池田町では、『いきがい焼(縦書き)』、『いきがい焼(横書き)』、『生がい焼』、『生甲斐焼』など様々なロゴを特許庁に商標登録しています。したがって、『いきがい焼』のネーミングは、日本国内では池田町の独占状態で、他人は一切使用できません。このように、お年寄りの「焼き物作り」のネーミングを保護することを通じて、知的所有権もお年寄りの「生きがい」に一役買っていると言えます。

         

 

「古代の化石」をテーマに町おこし

 今回は、地元で発見された古代の化石をテーマに町おこしを進めている群馬県大間々町商工会の取り組みをご紹介します。

 「コノドント」と聞いても何のことかわからない方がほとんどだと思いますが、0.4〜0.5mmくらいの極めて小さな化石の名前です。このように1mmにも満たない小さな化石ですが、あらゆる地層に存在していることから、地球の歴史を書き換えるほどの謎を秘めている化石として、世界各国の専門家の間で注目されています。

 大間々町には、有名な足尾銅山から流れるわたらせ渓谷があります。このわたらせ渓谷で、昭和33年当時群馬大学の学生が、この「コノドント」を日本で初めて発見しました。これが、どこにでもある小さな町「大間々町」と「コノドント」との結び付きの始まりでした。その後、その学生(林信悟さん)は大間々町高校の教師になって研究を続け、世界で初めてコノドントの「フッ酸抽出法」を発見し、現在その研究は世界中から注目されています。

 大間々町では、第3セクターで歴史民族館を建設しましたが、その際、大間々町の特徴を生かすため「コノドント」に関する資料や映像を多数展示し、この歴史民族館の名称も「コノドント館」と名付けています。

 また大間々町商工会では、この「コノドント」を地元の町おこしに大いに利用しています。「コノドント」の名称に加えて、「コノコちゃん」「ドントくん」というキャラクターを作成し、これらを、地元の特産の農産物、織物製品、地酒などの商品ネーミングや商品キャラクターとして地元の商工業者に利用してもらっています。また大間々町商工会では、この「コノドント」の名称と「コノコちゃん」「ドントくん」のキャラクターを、それぞれ商品分類別に約10件ずつ特許庁に商標登録して、他の地域の業者が勝手に使用することにないよう、保護しています(次の商標公報を参照)。

        

 

『食と風土の祭典』町おこし

 金沢商工会議所が主催する『フードピア金沢』は、札幌の「雪祭り」などと並ぶユニークな「冬の祭り」として全国から注目されています。

 この『フードピア金沢』では、毎年2月上旬の数日間、石川県内の様々な場所で、様々なイベントが、同時進行で開催されて行きます。例えば、「食談」では、県内の数十件の料亭で、甘エビ、ズワイガニ、ブリ、イワシなどの北陸の海の幸をふんだんに使った「フード&トーク」(有名人講師の談話と加賀料理や郷土料理)が楽しめます。

 また「フードピアランド」では、金沢市の中央公園で、屋台村・鍋ランド・ラーメン横丁などでの食事やミニコンサートが楽しめます。その他、近江町鍋無料試食大会、加賀の郷土料理講演会、雪見茶会、加賀友禅づくし(伝統工芸の加賀友禅の制作工程見学会)、フードピア舞踏会、フードピア市民大学など、食と風土を統一する様々なイベント群が集中的に開催され、それら全てが『フードピア金沢』というネーミングで包括されています。

 ところで、以上から分かりますように、『フードピア』は、「Food(食)」と「風土」をかけあわせた言葉です。この『フードピア金沢』を主催する金沢商工会議所では、『フードピア』の使用を関連する商品やサービスについて独占するため、特許庁に既に20数件の商標を出願し登録しています(下記の商標公報を参照)。

 金沢商工会議所では、この『フードピア』の登録商標に基づいて、自己が主催する石川県内のイベントに限り『フードピア』の使用を認める、そしてこのイベントへの協賛企業に限り『フードピア』のイベント期間中の使用を認める(この場合、企業からの「協賛金」はライセンス料の役割を果たしています)、などの独自のイベント・ネーミング戦略を展開しています。

          

 

『秘境』をテーマに村おこし

 今回は、『秘境』をテーマに村おこしを進めている、福岡県矢部村の取り組みをご紹介します。

 矢部村は、釈迦岳(福岡県下1位、1,230m)、御前岳(同県下2位、1,209m)、国見岳などの険しい山岳に囲まれています。しかし、矢部村では現在、この『秘境』という地形を逆手にとって、村から都会への情報発信を積極的に行っています。

 例えば矢部村では、平成4年4月、福岡市天神に、「矢部村アンテナショップ・ソマリアン」をオープンしました(経営は第3セクターによる)。この「ソマリアン」では、矢部村の秘境の源水を使ったコーヒーや緑茶、矢部村の特産品のジャガイモ・椎茸・キャベツなどを使ったカレーなどの独自料理の提供、矢部村の特産品コーナーの展開、矢部村の特産品(「杣の香り」ブランド)の通信販売の受付、矢部村の『杣の里』のパンフレットの配布、などを通じて、矢部村からの新鮮な情報を都会の消費者に向けて発信しています。また、このアンテナショップで得られた都市の消費者の矢部村に対する反応やニーズは、直ちに矢部村にフィードバックされる仕組みになっています。

 矢部村の『杣の里』は、「きこり」を意味する『杣人(そまびと)』の『杣』から、「木の文化・山の文化」を承継・発展させる里、の意味で名付けられました。この『杣の里』では、キャンプ、川遊び、ヤマメ釣りなどで毎年多くのファンが訪れます。また、安政5年(130年前)建造の「杣人の家」などでは、山菜・懐石料理やしし鍋料理などが楽しめます。

 また、村の第3セクターの「(財団法人)秘境杣の里」では、『杣の里』のロゴマ

ークを右図のように作成し、このマークについて、数件の商標権を既に取得しています。このマークは、村の特産品のパッケージ、『杣の里』の諸施設やそのパンフレットなど、様々な場面で使用されています。

             

 

『楊貴妃の里』で町おこし

  今回は、山口県油谷町の「楊貴妃の里」をご紹介します。

 油谷町には昔から、「今から千二百年余り前に安禄山の変により中国馬嵬で死んだとされていた楊貴妃(唐の玄宗皇帝の愛妃)が、 実は油谷町油谷湾の久津に漂着し、そこで間もなく死亡したが、久津の人々はこの楊貴妃を哀れみ手厚く埋葬した」、という「楊貴妃伝説」が語り継がれており、その「楊貴妃の墓」は今でも現存しています。

 そこで油谷町では、この「楊貴妃伝説」をテーマにした町おこしに取り組みました。楊貴妃の墓、楊貴妃の立像(中国馬嵬の「楊貴妃の墓」に建立されている立像と全く同じものを建立)、中国から輸入された煉瓦で敷き詰められたイベント広場などを含む「楊貴妃の里」の建設を計画し、平成4年10月から着工、平成5年6月に完成させました。

 ところで、『楊貴妃』は世界3大美人の一人として有名であるため、この『楊貴妃』のネーミングは、従来より、菓子・食品・織物・化粧品・酒類など実に様々な商品について既に商標登録されていました。しかし、特許庁のプラクティスでは、『楊貴妃』の商標登録が既に存在している場合でも『楊貴妃の里』は「非類似」であるとして別人が商標登録できます。

 そこで、「楊貴妃の里」建設に着手した平成4年10月、油谷町商工会が出願人になって、菓子・パン類や食肉・野菜・水産物・加工食品などの商品について、『楊貴妃の里』の商標出願を行い、商標登録を取得しました。そして現在、委託を受けた地元業者が『楊貴妃の里』ブランドの菓子等の特産品を開発・販売しています。

 また地元の向津具農協などが合併してできたJA長門大津でも現在、『楊貴妃の夢』の商標登録を取得し、このネーミングで「米」を生産・販売しています。

 以上のような油谷町商工会などの取り組みも、「町おこし」に「商標登録」をうまく活用している例と言えるでしょう。