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旅には絶対に不可欠の電動ベットやナビゲーションその他の電源の確保に必要なdecoと呼ばれる変圧器の調整に若松で手間取り、新潟行きの高速に乗れたのが4時半、阿賀川のPAに入った頃はすでに日が傾き、前日からの準備に疲れもあったので無理をせず早々と車中泊の準備をしました。夜中に、近年体験した事も無い豪雨と落雷でPA内のすべてが停電しました。あ〜ぁー売店のアイスが溶けてしまうな等とお馬鹿さんなことを思いながら再び眠りにつくと、朝、電気の復旧に駆けまわる人達の話し声で目覚めました。早速身支度を整えて、トイレ・洗面ができる次ぎのSAで朝食、安田で降りてとりあえず日本海へ。海岸線に出た所は新潟火力発電所の少し北側の海水浴場で浜辺ではシーズンの終わった海の家の取り壊しをしていました。海岸線の松原に沿って車を走らせていると道沿いに「シオン」と言う名の理容店が見つかり、早速アウトドア散髪です。シオンはキク科の淡い紫の花をつける熊の大好きな花です。 |
| 星野富広さんの詩画集に描かれた花の名から名付けたと言う「シオン」のママは美しい人で、星野さんの共通の話題で盛り上がり、ついには互いの子供の自慢話にまで発展してしまい、予定に無かった妻まで散髪をしてもらい、おまけにスイカまで頂いて再び北を目指して旅立ちです。次ぎに郡山に嫁いだ娘達の家族がこの夏キャンプを楽しんだと言う紫雲寺の浜に立ち寄りました。潮の香り・心地よい風、シオンで頂いたスイカを食べてしばし休息。熊はどうやらトドと結婚していたのかも??? |
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新潟から北の海岸線を車で走るのは初めての体験です。紫雲寺を出て、瀬波温泉を抜けた頃から波に洗われる岩場がきれいで、飽きる事がありません。2日目は道の駅「温海」に泊り、翌朝10時出発とのんびりスタートです。旅のプランを持たない熊たちにとって、気に入ったところには長く飽くまで留まるのです。少し走ると何やら昔の古事に関りのある・由良ヶ浜と言う所に着きました、離れ小島に赤い橋が架かり、海面にタイヤのチューブに身を浮かせてオジさんが棒で何かを盛んに取っていました。なんだろ??? |
| 熊たちの旅のもう1つの大きな楽しみは、旅先での人との出会いです。山形県の北の端、鳥海山の麓の遊佐町のキャンプ場で洗車をしていた写真の人の車を何気に覗くと、出張販売車のように中は生活用品で一杯です。話しかけると、車中泊で自炊しながら全国の各地で主催される、ウォークラリーに参加するため日本全国を移動している横浜の佐々木さんと言う方で旅の楽しみ方の極意を伝授してくれました。早速、最近のキャンプ場には、ほとんどコインランドリ―があると言う彼の話が役に立ちました。今までに溜まった洗濯をして、今夜の宿は道の駅「鳥海」 |
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山形と秋田の県境にほど近い、山形県遊佐町はキャンプ場や公園・海水浴場が良く整備されていて近くには16羅漢などの名所に加えて夕日が沈む日本海を見るのに格好の広場などもあり、1度に気に入りました。孫達を連れてもう1度来ようと心に刻みました。アクセスは東北自動車道を宮城の村田JCTから山形自動車道に入り寒河江〜月山をへて酒田まで、そこから車で20分ほどで遊佐町に着くはず、以外に近い。写真は遊佐町の史跡16羅漢が掘られた岩。 |
| 例によって、ゆっくりと朝食を道の駅「鳥海」で済まして一路目指すは鳥海山・{2237m}東北では尾瀬の燧ケ岳に次いで2番目の高さだが、海抜4〜5mからスタートする鳥海山頂は遥かに遠く、そして高い。山頂直下まで車で行ける、レストランなどが建っている大きな駐車場の辺りが山形と秋田の県境になるのだろうか?両県にまたがる日本海の海岸線の大パノラマ、天候にも恵まれまぶたにしっかりと焼き付けられた。 |
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しばらく、鳥海山からの展望を楽しみ、帰りは秋田県側の象潟に降りました。道の駅・象潟〜にしめ〜岩城でそれぞれ休憩しながら秋田の市外を越えると、まもなく道の駅「天王」に着く。写真の後ろにライトアップされてそびえるのは天王スカイタワー上からの展望も見ごたえあるが、なにしろ温泉があるのが妻にはお気に召したようだ。今夜の宿は道の駅「天王」に決まり!!。天王町のシンボルなのだろう、遊歩道や公園等が良く整備されていて広く気持ちが良い。地元の人達なのだろうか銭湯の七つ道具を小脇に大勢の人達が夜遅くまで引きも切らない。夕食、何か美味しい物が食べたくなり国道沿いに出てレストランを探すが中々無い、やがて八郎潟の調整池の川の麓に満腹亭と言う名のラーメン屋さんが目に入り駐車場に。そこで頼んだラーメンの味が超絶品!!今まで食べた中では2位を大きく引き離し堂々の一位。おまけに、夜食に焼いてもらった餃子のボリュームと美味しい事、これまた第一位・思わずに味を称える表彰状が店内に無いか見渡してしまいました。とさ!! |
| 男鹿半島を観光で訪れる人達の大半はこの寒風山を訪れるのでしょう、何も無いただ小高い岡なのに車が引きも切りません。日本海から吹き上がる風は想像を絶するのでしょう。山の名前がそれを物語っています。上を見上げると、カイトが10機?人・・台ほど上空を気持ち良さそうに舞っていました。秋田に来たら「きりたんぽ」と売店で買い求めるもその味のまずい事、おまけに血糖が高いと言うのにその甘さと来たらブツブツブツ--- |
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いずこも同じだが半島や岬は切り立った崖や奇岩が多くこの男鹿半島も例外ではない。熊はこの芸術的な奇岩や磯の多様な形の岩場が大好きで、いくら見ていても飽きる事が無い。熊がもしも立って歩けたら、間違い無く釣り竿をもち磯釣りと決め込んだだろう。岬の突端を目指し車を走らせると、途中の水族館の近くの岩礁で、ポイントなのだろうか、大勢の若者が無数のアクアラング用のボンベを横に楽しそうに談笑していた。寒風山のハングもそうだが、アクアラングもいつかやって見たい強い興味のスポーツの一つだつただけに、できなくなった今、そんな時ふと障害者を意識する瞬間でもあるのです。 |
男鹿半島は大昔、海中から隆起した島だったそうです。雄物川と米代川が運ぶ土砂で海が埋めたてられ陸続きになったと言われています。入道崎は尋ねて見ると、想像していた情景とことなり、途中までの荒荒しい岩場の景色とは対照的に、なだらかな草原の上に立ち、ここから見る日没は言葉では言い表す事がない、日本一だとと地元の人はいいます。そう言えば旅の途中、日本海側の各地で何度か同じセリフを耳にしました。総じて言えば日本海に沈む夕日は何処から見ても美しいと言う事なのだろう。「写真は・入道崎灯台」
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男鹿の景色を堪能してさらに海岸線を北上すると程なく・能代市に着く、しかし今回の旅の目的は市街地に立ち寄ることではない、あっさりと通過、秋田と青森の県境にもう少しの位置の道の駅「みねはま」に着きました。日も大分傾いていたので、今夜の宿泊はみねはまです。静かな環境で、出来て間も無いのかとてもきれいです。ただしここの施設のメニューは手打ちの日本そばオンリー。そばの苦手の人は要注意・しかしその味は絶品で安価。翌朝みねはまを出て青森県に入り、十二湖を見て、昼間近に深浦町の漁港に立ち寄りました。漁港では大勢の漁師さんたちが大きなブイの付いた網を相手に働いていました、これから秋に向かってのタラ漁の準備だそうです。 |
| 津軽半島の竜飛岬に至る竜泊ラインR339は腕に覚えのあるドライバーなら、切り立った原生林の崖の中を文字どうり竜が天に登るように急でくねくねとした道路を走破するのは快適だろうが、我が妻にとっては今まで体験した事の無い恐怖道路と認識、その顔が引きつり、急峻なカーブを回るたびに悲鳴が上がる下を見ると岩をも砕く荒波が打ち寄せている。この竜泊ラインの完成まで20年掛かったと言う所からもいかに難所なのかうかがえる。竜飛の駐車場に着いた妻は大きなため息をつきながら樹が殆ど無くてきれいだったと言った。原生林の中を走り抜けてきたのに、やはり我が妻は平常心を失い、ほとんど失神寸前での運転だったのだ。 |
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最近、急速に増えてきた風力発電、風の力で電気を起こすために、まったくの無公害。強風が吹き付ける日本海の風物詩になりつつある。鳥海山の上からも風力発電群が見えたが、竜飛のは一味違って見えた。廻りの情景や雰囲気がそうさせているのか、すぐに宮崎アニメの「風の谷のナウシカ」を連想しました。とさ |
| 竜飛の灯台。ですが、風力発電やその他の岬のすべての建造物も及びも付かない建設物があることをご存知ですか?そうです、この真下を青函トンネルが通っているのです。もちろん竜飛にトンネルの入り口があるわけではなく、竜飛からすこし東南に位置する今別町にトンネルの入り口はあり、近くには青函トンネル記念館があります。NHKのプロジェクトXで紹介され、石原裕次郎の主演の再放送も見たばかりでどうしても地下のトンネルに気がいってしまいます。 |
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竜飛の灯台から300mほども降りたところの海辺に本州の最果て竜飛の漁村が肩を寄せ合うようにたたずみ、夏休み終了の直後で、広い人影の無い駐車場が最果ての哀愁が漂よわせていました。駐車場の隅の崖を背に津軽出身の「太宰治の小説・津軽」の中の一節が刻まれた記念碑と同じく、津軽生まれの宗像志功が刻んだ青森ヒバの木なのか?太い記念木柱とでも言えば良いのか、ひっそりと建っていました。 |
| 竜飛岬から一気に青森市に、ここ青森は少し内陸に入ると見所が多いところだ三内丸山遺跡・八甲田・奥入瀬・十和田など等、しかし東北の内陸の旅は次ぎの機会として一路浅虫温泉へ、今夜の宿「道の駅・浅虫」ここは温泉地として名高いだけに道の駅にも温泉がある。当然温泉大好きの女房殿の顔がほころぶ。翌朝、陸奥湾を左に見ながら北上する。陸奥にも大戦で戦死した父えの思いにふれる所だ。魚雷で撃沈の1日前、米軍の潜水艦を警戒して一晩、陸奥湾に停泊した50数年前の事実に、どの辺りに停泊していたのだろうか?などと漠然と考えながら狭い海岸線を進むといきなり巨大な軍艦群が目に飛び込んできた。陸奥の海上自衛隊の基地だつたのだ。 |
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下北町にある、和歌山県の高野山・京都の比叡山・とならぶ日本三大霊場の1つで宇曽利山湖の側にあるその名もおどろおどろしい恐山、天候がどんよりしていたせいもあり、恐山の曲がりくねって登り行く途中のカーブのほとんどに、赤い帽子に前掛けの石の地蔵さんと墓石のような物が無数に立てられていて、それらしい雰囲気をかもしだしている。気の弱い人なら1人で運転して行くのは鳥肌物かもしれない。イタコの有名な口寄せは7月の恐山大祭と10月の秋詣りに行われていて大勢の参拝客が訪れるのだそうです。ここは車椅子では中に入れませんでしたが、妻の話では、中は水子の霊・戦没者の霊など各ポイントがあり風に舞う無数の風車が不気味と言っていました。ぜ |
| 太平洋も日本海も海を見るには2時間ほども掛かり日頃なじみの薄い、海と飛行機に熊は目がない、日頃騒音に悩まされている人達には申し訳無いが、好奇心の強い熊も海と耳をつんざく軍用機には取り分け興味が強い。そこで三沢空港と米軍の基地が共用されている三沢空港に立ち寄った。大坂の方にでも飛ぶのだろうか、フライトまじかの旅客機が爆音を上げながら地上をどこかに走り去った。飛び立った様子はどこにも無い、あれは飛行機の形をした超大型のバスか?バカな事を妻と話していると、いきなり林から機首を表し、巨大な腹を見せながら飛んで行った。ジャンボの腹を真下から始めて見た。ぞ |
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滑走路の配置の都合なのだろうか、ターミナルの真上を離陸して行く飛行機も珍しい。しかしもっと驚く事が起こった、旅客機が飛び立つのを待ちかねていたように米軍機の低空編隊飛行が始まった。あらゆる機種の2機〜数機の編隊が頭上を飛び交う、まるで航空ショーを見ているようだ。結局は人類を破壊する殺戮兵器なのに心がはしゃぎ高揚している事えの矛盾を感じながらも満足。しかしこの日から数日も経たないうちに米国の貿易センタービルの倒壊と言うテロが起こるのです。 |
| 人間生きていればどんなに老人であろうと、人生の通過点に青春があった。熊も例外ではない、祖父母に育てられ一人っ子だった熊は当時の若者の中でも貧相な青春時代と言って好いだろう。当時町の青年会に入っていた頃、三陸海岸の旅行に参加した事がある。今から40も前にさかのぼる、中でも強く印象に残っていたのがこの碁石ヶ浜だ。昔の見た碁石ヶ浜は2〜300m位の長さでゆったりとした湾の一面にまさに黒の碁石を敷き詰めたようにあり、打ち寄せる波・浜辺に引き上げられていた漁待ちの漁船。なのにいくら探してもその場所が見つからない。が看板はたしかに碁石ヶ浜だ。 |
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熊が当時いっしょに来た女性会員を強く意識しながら、買ったばかりの革靴でじゃりじゃりと音を立てて気取って歩いたあの浜はいずこえ!!たまりかねてワカメを売っていたおばぁさんに碁石ヶ浜はと聞けは、ここに間違い無いと言います。そしたら浜は何処に行っちゃったのと聞けば、浜の3分の2ほどがコンクリートの漁港になったそうな。そしたらあの碁石はと聞けば、形の良いのは観光客が持ち帰り良いのは無くなっちゃった。とさ!!あ〜ぁ我が青春は遥かとぉ〜〜くになりにけり。 |

感動の著書・読んで見たい方は三重県四日市市・桜町6698-30 前田 良伸様までお手紙。
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| 義足のトライアスロンアスリート・前田さんご夫妻と。 |
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