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くにさんのお遍路日記 5
松山市から八十四番札所 屋島寺まで
平成17年2月12日〜25日まで5回目の遍路です。横峰寺に雲辺寺の山越え、そして最後の遍路ころがしの香川の五色台と一心不乱に一人、黙々と登り歩き続けてきました。菩薩の道場から遂に最後の涅槃の道場です。
2月12日 晴れ
4回目の遍路から帰って来てから20日たらずで慌しく出発。遍路行程に多少の心配を残し・・(標高が高い横峰寺・雲辺寺の雪の積もりぐあい・・昨年の台風による崩落の程度、五色台にちょうど良い遍路宿がないこと・・など)午後、帯広空港から松山へ。5時過ぎにやっと松山空港に到着・・少しでも歩きたいけれど松山へのつなぎが悪い!さらに金剛杖は機内に持ち込めないので(杖は凶器あつかいなのです!知らなかった・・)お杖を待ちます。
いよてつ松山駅から銀天街アーケードを通り大街道へもちろん明日の食料を買い込み、大街道の中ほどにあるビジネスホテル泊る。 ネットで予約 素泊まり4750円 洗濯機(有料) 奥道後温泉の大浴場有り
2月13日 晴れ 6時30出発
五十二番 龍雲山 太山寺へ9・2キロ 真っ暗な繁華街 昨日は、人の山だったのに・・県庁前から美術館や市営球場を通り196号に出る。437号線で左折し19号線へ右折そして183号線への予定が・・・間違って通過ぎてしまった!でも左へ行く道は何本かあるのでと思っていたら、それも過ぎてしまった・・結論、人に聞いても遍路道を知らないのです。教えてくれるのは、くるま道ばかりで(聞き方も悪かったのですが・・)来た道をもどることにした・・
途中で呼び止められ500円をいただいた。自分も3度回っているので少しでもと・・ありがたく頂くことにしました・・なるべくならお金は、もらわないようにしている。気持ちはありがたいが気がおもい・・断わってはいけないと書いてあったが・・お金は困ってしまう。
やっとの思いでお寺に到着と思ったら、一の門から長い参道が始まり二の門が仁王門。徐々に坂がきつくなって登って行くと三の門の山門と・・これでもかと門をくぐる度に登りがきつくなる。本堂はどこだ〜〜
全ての建物がとても美しく圧倒されます。本堂と仁王門は、嘉元3年に再建し国宝に指定されているそうです。均整のとれた美しくさとでも言うのか・・威厳のようなものを感じ見とれてしまった。特に山門の美しさが気に入りました。
| 山門 | 県下最古の本堂 | 明暦元年再建の鐘楼 |
五十三番 須賀山 円明寺へ2.5キロ 長い参道を引き返し、納経所で朱印をいただき一の門まで戻って真直ぐ迷うことなくあっという間に到着
県道に面して建ち、地元の人には「和気の圓明さん」と呼ばれ、海岸近くにあったが戦火で消失。寛永10年須田重久によって現在の地に再建し山号も海岸山から須田山に改められたそうです。88ヶ所で最古といわれる銅板の納付があるというので見たのですが分かりませんでした。(聞きたくても誰もいない・・)大師堂の色鮮やかな天井絵と屋根のコミカルな龍そして左手奥にひっそりと建つマリア像が刻まれたキリシタン灯篭が目を引きました。
| 古いものから平成まで | 江戸時代初期の灯篭 |
鎌大師へ 13.5キロ 次の札所まで35キロかかる。宿までの間に鎌大師があるので寄ることにした。円明寺を出て左へ折れ国道196号線に出る。2キロ先の堀江から10キロあまり海岸沿いを歩く・・天気も良く・・車道を下りて砂浜を歩きます。風の音・波の音を聞き海の色を見る。この辺りは風早と呼ばれ瀬戸内海を制した河野水軍の本拠地だそうです。また作家早坂暁の花へんろの舞台となった北条市へつづく・・
北条市から山に向かう道をさがしたが・・また通り過ぎてしまった。そのまま行こうと思ったけれど鯖大師が良かったので鎌大師も良いかも・・と逆もどり
恵良山(えりょうさん)へ向かう峠の途中にあり・・迷いに迷ってやっと辿り着いたのに誰もいない!寂しい〜トボトボと重い足を引きずって峠を越え、浅海町の民宿コスタカブランカへ ここも私一人・・あぁ〜〜。冬の遍路は辛い!土・日以外は、お寺も一人、宿も一人、他のお遍路に会うこともめったに無い!孤独の戦いです。
| 今は冬♪誰もいない海 | 人も住人も誰もいない鎌大師 | 峠から浅海の町を見下ろす |
遍路1日目 28.6キロ 間違いだらけの一日 コスタカブランカ泊 5500円 洗濯機・乾燥機(有料)
2月14日 晴れ 6時30分出発
五十四番 近見山 延命寺へ19キロ 菊間町へ向かってひたすら海際の道路を行く瓦屋さんがやたらに多い!菊間瓦?とかいって有名なのかもしれないな〜・・
道路沿いに厄除け寺「遍照院」というのでお参りさせてもらう。お掃除をしていたおばあちゃん達から沢山のお菓子をいただき、私が歩き遍路とわかるとビニール袋にびっちり入ったお賽銭をくれようとしたので、あまりの多さに気持ちだけ頂戴して納経所へ行ったら今度は、飴を一袋いただき、厄除け寺というだけで気軽に入った私に沢山のお接待を感謝するばかりです・・
| 向こうに見えるはたぶん広島? | 優しさいっぱいの遍照院 |
巨大な石油工場過ぎると海から離れ今治市へもう直ぐ延命寺です。
かって今治城にあったものを一つ譲り受けたという立派な山門をくぐり本堂へ、明治初期に改名するまで五十三番と同じ寺名の円明寺だったそうです。ご本尊は大日如来の宝冠をいただき大日如来と合体しているという珍しい不動明王だそうで60年に一回の開帳、次回は2052年 是非!見てみたいものです・・・
| 総欅造りの山門 | 延命寺本堂 |
五十五番 別宮山 南光坊へ3.5キロ 道が分かりにくい!山門内から左手の小道を上がって小さな墓地を抜け右へ遍路マークを見失わないように目を見開いて丘の上の大きな墓地まで来て・・完全に迷子になってしまった。墓石ばかりで人がいない!墓石に遍路マークなんか貼ってないわね〜〜ぐるぐる墓地を回って・・ラッキー!一人だけ見つけた!下りて行く道を教えてもらい今治市に来ました。
左上にお城が見えた「あれが今治城?」でも地図の位置が違う!料亭かな?・・・・・マンションのオーナーの家だそうです。
南光坊は88ヶ所で唯一の「坊」の付くお寺で明治初期まで今治沖に鎮座する大山祇神社の別当寺であったそうです。山門の金張りのピカピカの仁王様が目をひいた。
あわてる!本堂の賽銭箱に六十番横峰寺は閉鎖しています。納経は横峰別院でしてください・・と地図が載っている紙が貼ってある。閉鎖?そんなはずがな〜〜い!
あわてて納経所へいき説明をうけるが行けないとのこと「歩きなら行けると聞いたのですが」と聞いてみたが完全閉鎖!登れると思って来たのに〜どうしよう・・悩む!
ふと“御本尊さんをおいて、そんなに長く山を下りるだろうか?”と思い・・考えていても仕方ないので電話機を探して直接横峰寺に電話をしてみると歩きなら登れるから「注意していらっしゃい」と・・ほっとて力が抜けてしまった。
お参りしたのかしないのか?とりあえず横峰寺へ登れるので安心した。家でさんざん確認して決めた行程が全てやり直しになってしまう。なによりここまで頑張ったのだから横峰山の横峰寺でなくてはやっぱり嫌だ!
五十六番 金輪山 泰山寺へ3キロ 南光坊の境内横からほぼ一直線に南西へ向かって1時間弱で着く。国道196号線を渡ると左右に田んぼが広がり、田園風景のなかを歩いていくと立派な石垣の上にお寺が見えるが山門が見あらたない・・石垣の階段を上がると本堂や大師堂などがこじんまりと並んでいるが・・山門が無い珍しいお寺です。
五十七番のお寺へ行こうと思ったが南光寺で時間を費やし疲れ果てた、ちょうどバスの時間も良いので317号線の別所上という停留所からバスに乗り、鈍川温泉で宿泊(今治市駅近くにしか宿がないので有名な温泉場へ)料理は少なくと言ったのに・・凄く沢山の料理が出た。
遍路2日目 28キロ カドヤ別館 8400円 洗濯機は、従業員用をかりる。
2月15日 曇りのち大雨 7時50分出発
五十七番 府頭山 栄福寺へ1・5キロ 8時5分発今治行きのバスで昨日の停留所まで戻る。信号を右に曲がり蒼社川の橋を渡りまた右へ。午後から雨の予報だがもう降りそうな天気。アスファルトの急坂を上がりきると門前です。
嵯峨天皇の勅願所として大師が開いたお寺。本堂の両脇の仏足石や大師堂の干支の彫刻が目をひいた。いまだに羊だけ発見されていない!昔の宮大工の遊び心でどこかに隠し彫りされているという・・探してみたが自分の干支も分からなかった。素晴らしい彫刻に見とれるばかりです。
| 仏足石 | 大師堂 |
五十八番 作礼山 仙遊寺へ4キロ 坂道を降りて左へ、なんとなく不気味を感じる犬塚池の遍路道を通り、車道を横切りさらに坂道を上がっていく。寺へ行く車道と合流し、ヘアピンカーブを登って行くと今治市が一望でき、しまなみ街道の大橋が薄っすらと見え、しばし雄大な景色を眺めてまた登る。
昨日から坂がキツイから逆打ちしなさいと何人かの人に言われた。今朝も宿の女将さんから念をおされた。そんなに凄い山なのだろうか?それならよけいに登ってみたくなるのが歩き遍路の宿命だ〜!
| 犬塚池 |
山門に着くと白い金剛力士がバーンと目に飛び込んで来た。凄〜く感激で涙がボロボロ落ちてくる・・この頃になると無事に来させてもらえるだけでありがたい気持ちになり涙が出てしまう。
山門をくぐると急な石段が延々と続く・・ユーモラスな阿坊仙人像を過ぎて難病に効くといわれる御加持水を過ぎ標高340mの作礼山の頂上に立つ、さすがに急な登りで息がきれるがまだ大丈夫だ!
お寺には、僧として40年間住んでいた阿坊仙人が、ある日突然“雲と遊ぶが如くに消えた”という寺名の由来にもなった伝説が残っている。石鎚山をのぞみ、彼方に瀬戸の海を見るこの寺で・・禅師とか上人でなくて仙人というのが、なんとも面白い。私も遊ぶが如く遍路をつづけたいものです。
| 吽形像 | 阿形像 | 阿坊仙人 | 大師の霊水 |
本堂に宿坊(温泉)当日予約OKと書いたあった!北海道から電話した時「その頃はやっていません」と言ってたのに〜〜わざわざ鈍川温泉まで行かなかったのに〜〜縁がなかった!
五十九番 金光山 国分寺へ7キロ 山門まで引き返し右手の急坂を下りて行く遍路道がある。標識に従って降りていくと、小雨のせいもあるのか・・とても滑る。途中標識がなくて困ったが、勘をはたらかせて伊予富田駅発見!右に曲がれば寺まで道なりだ〜〜
山門前でハンカチタオルのお接待をいただいた。境内には「握手修行大師」の像があり、「修行大師と握手をしてお願いしてください。願い事は一つだけにしてください。あれもこれもはいけません。お大師様は忙しいですから」と看板がたっていた。凄く笑えた・・お大師様はお忙しい〜?
寺の東へ100m行った所に東塔の跡があり、高さ60mの七重塔を支えたという13個の巨大な礎石が並んでいた。昔は広大なお寺だったようです。
| 工事中の本堂 | 願いを込めて握手してみました |
六十番横峰寺への遍路道閉鎖のため六十一番香園寺から六十四番前神寺を先に打ちます。香園寺まで18.2キロ、どこで泊ろうか悩む。午後に雨が降るというので一番近くの“いまばり温泉湯の浦ハイツ”に泊ることにした。
国分寺を出て156号を左へ向かい国道196号と合流するはずが・・標識がなく分からなくなったので通りがかった若い人に聞い行ったら・・・何故か?国分寺の東側に戻ってしまった!急いで戻って聞き直したら1つ目の信号じゃなくて2つ目の信号を左へだった!(1つ目って言ったじゃない!)198号線と思ったのは38号線であぁ〜〜雨もジャンジャン降ってきて疲れる!
| 今治湯ノ浦温泉 道の駅 |
遍路3日目 21・5キロ いまばり湯浦ハイツ泊 朝食無し7000円 洗濯施設見あたらず・・
2月16日 曇り 6時30分出発
六十一番 栴檀山 香園寺へ14・5キロ 丘の上の温泉ホテルを下って国道196号から左へ向かう。本来ならば東予市から右の道に入り丹原町に入り歩き遍路がよく利用する栄家旅館に泊って横峰山に登るのだが・・・(昨年の台風で遍路道は完全に閉鎖中です。)そのままと通り過ぎて中山川を渡り、予讃線を越えて国道11号を右に行くと迷いながらも門前。
広々とした参道行くと正面にど〜んと鉄筋コンクリートの大聖堂が建っていた。本堂と書いてなければビックな文化会館だ!一階中央でお参りできるが・・何だか変だ!左右の階段を上がって2階に本堂と大師堂があり、700余りの椅子が並び座ったままお参りできる。正面に黄金色の巨大な大日如来、脇仏に不動明王と子安大師とお祀りしているが・・・なんだかコンサートホールのようです。
門前を出て盗賊に会う!話は、遍路さん達から色々と聞いていたが・・遂に私にも来た!周りに誰もいない!額は少なかったが・・震えが止まらない!
| コンサートホールのような建物 | 斜めに写った!子安大師堂 |
六十ニ番 天養山 宝寿寺へ2キロ 追ってこられたらどうしようか?と思いながら、後ろを振り向かずに東へ向かう。とにかく人のいる所へ出たい!
国道11号のそばにこじんまりと建っていた。入り口の石碑に「一國一宮別当寶壽寺」と記されていて、昔は大きいお寺だったのだろうな〜と・・・境内に入る日本庭園があり、正面が本堂・・と思ったら右手に真新しい本堂と大師堂が建っていた。大師堂を新設して旧大師堂が本堂になったそうです。
石鎚山に向かう途中で大師が光明天皇をイメージして十一面観音菩薩を刻んで安置したことから霊場となったそうです。また四国遍路の普及に努めた高野山の僧、真念が建てたとされる八十八最古といわれる石の遍路標識があるはずが探してもなかった。どこだろう??
| 宝寿寺 |
六十三番 密教山 吉祥寺へ1・5キロ 門前を真直ぐ遍路道になっている。しばらくして、右に曲がり国道にでて東へ向かう。
ここもこじんまりしたお寺で、八十八ヶ所のなかで唯一の毘沙門天を本尊としている。なにより、かって石鎚山の滝壷にあったという成就石の20cmほどの穴に目をつぶって金剛杖を通すことができたら願いがかなうそうで・・面白い!またその隣には、下をくぐると御利益があるという「くぐり吉祥天」像もありダブルで楽しめる。
| 吉祥寺本堂 | 「せ」ってなんだろう?成就石 |
六十四番 前神寺へ3・3キロ 国道の南側の旧道を行く。中学生か?高校生?ちょうどオリエンテーリング中の子供達に囲まれてお寺まで歩く。(成就石の「せ」は指定地点なのだろう)前神寺の手前で石鎚神社の大きな鳥居があり、山側に向かって参道が続いている。
狛犬を配した石柱門から簡素な山門をくぐり、暫く行くと右に鐘楼、正面に大師堂。さらに浄土橋を渡って右手に御滝不動尊があり、かってはここで滝行をしていたそうです。また一円玉を投げて岩肌に張り付けば御利益があるとかで・・一円玉が下にいっぱい落ちていた。石段を上がって広々した境内右手には護摩堂と薬師堂と並び、その先に権現堂へ上がる石段が続いている。本尊の阿弥陀如来を祀る正面の本堂は、なんとも素晴らしく威厳があり、さすがに石鎚山修験道の総本山だけある。
| 山門前を守る狛犬達 | 大師堂 | 美しいシルエットの本堂 |
子供達に混じって昼食をとり、今日のお泊り京屋旅館支店へ7.8キロ 来た道をもどり142号線を山に向かって上がっていく。松山自動車道をくぐり登っていくと何ヶ所か昨年の台風のために道が崩落していて怖い!ここから石鎚山神社の参道が始まるのか?大きな鳥居があり12号線に出たとたん突然視界が広がり黒瀬湖が正面にどーんと現れる。しばし見学・・・12号線をそのまま行くと石鎚山へ右手奥に横峰寺への車の登山道がある。
旅館では、東京の女性が横峰寺の遍路道が閉鎖になっているのを知らないまま栄家旅館に泊り、こちらに回ったそうで、夕食時に色々話をして久しぶりで楽しかった!知らなかったが・・ここは乳白色の石鎚温泉だ〜〜!すご〜〜く感激☆☆☆7時から朝食といわれたので断ったのに「早く起きて作ってあげるから食べていきなさい」と言ってくれた同じ名の“くにさん”ありがとう!
| 崩落現場 | ここから参道が始まるのかな? | 雨の黒瀬湖 |
遍路4日目 29.1キロ 石鎚温泉 京屋旅館支店 5000円 洗濯機・乾燥機(有料)
2月17日 雨のち曇り 6時30分出発
六十番 横峰寺へ8・3キロ 旅館の横から小雨混じりの真っ暗な中、土砂崩れを気にしながら登り始める。しばらくすると右にカーブしながら下りて行き、道が半分崩れてなくなっていたり木が道にかぶさっていたり・・3月車両通行が再開すると言っていたけど・・できるのだるろか?と思っているうちに再び急な登りが始まる。容赦なく上へ上へ、ただ黙々と・・料金所を過ぎ山の奥へ奥へと深く入っていく感じで・・・その静けさに押しつぶされそうになる。
右へ左へと延々続く急な坂道をひたすら登り続け、ちょうど2時間でお寺に辿り着いた!山霧に立ち込め神秘的な雰囲気が漂う境内。聖天堂・大師堂側から入ってきたので仁王門まで下りて、改めてお参りはじめる。
山岳信仰の霊地として知られる四国最高峰の石鎚山の中腹に建ち、役行者が星が森(石鎚山遥拝所)で修行中に現れた蔵王権現を石楠花の木に刻み安置したのが始まりだそうで、後に大師が修行した際にも蔵王権現が現れ、今度は大日如来を刻み本尊としたそうです。
30分以上のんびりと境内を巡り、帰りに寄ろうと思っていた横峰寺鎮守神、豊作・商売繁盛・延命息災などの願いを叶えてくれる妻白大明神をお参りして、もと来た道をどんどん下りて行く。30分遅れで上がってきた東京の彼女と会い、また何時かどこかで会えたらと・・・今日、六十四番までお参りして新居浜から夜行バスで帰るそうで・・ちょっとだけ羨ましい〜〜
| 崩落現場1 | 1時間登った〜〜! | 崩落現場2 |
| 仁王門 | 霧に包まれる境内へ | 石鎚山中腹に建つ横峰寺 |
1時間20分で京屋さんに到着。次の札所まで50キロ以上あるのに都合よく宿がない!予讃線中萩駅 18.5キロまで行き、バスで西条まで戻ることにした。美味しいコーヒーをお接待してもらい元気に出発!黒瀬湖沿いの県道12号線を伊予西条市に向かって行く。足が震えるほど深いダムを過ぎ、兎之山を眺め松山自動車道をくぐり、194号線を左に2.6キロで11号線を右へ・・少し遍路道を入ったが遠回りなので国道に出てバス停をさがして時刻を見る・・ラッキー1時間に一本バスがある。疲れた〜〜〜〜!中萩駅前から西条市まで戻り、BH玉の家で泊る(札所に格安割引券が置いてありました)
| 晴れの黒瀬湖 | 黒瀬ダム |
遍路5日目 32.3キロ 玉の家ビジネスホテル 素泊まり4250円 洗濯機(無料)
2月18日 曇り 6時出発
西条駅6時15分発の電車で中萩駅へ22分到着。学生さん達が・・まだ真っ暗なのに通学かな〜?国道11号線に出て左へ、今日は伊予三島まで、ひたすら東へ進む・・・外に椅子とテーブルがあるコンビニを見つけて朝食をさせてもらう。昼食用のパンや飲み物をコンビニで買うのだけれど・・十勝には無いコンビニでクッキーや飴・飲み物などをお接待に頂くことが多い。ここでも烏龍茶を頂き、ただ感謝するばかりです。
海は見えないが左手には瀬戸内海、右手に四国の山並みを見ながら東へ東へ歩く・・・新居浜・伊予土居・伊予寒川と町並みが途切れることなく続く、工業地帯なのか大きな煙突の煙に排気ガスのダブルパンチ!中毒になりそう〜・・・あぁ〜〜苦しい〜〜ゴホゴホ!三島駅前の旅館つるや泊。
遍路6日目 29キロ 旅館つるや泊 6500円 洗濯機・乾燥機(有料)
2月19日 雨 6時30分出発
六十五番 由霊山 三角寺へ7キロ 今日は一日雨の予報!まだ小雨なので早めに三角寺に登ってしまおうと旅館で貰った地図に従って山に向かって行く、高速道路をくぐり左へ、住宅地の急坂を登ったり、遍路道を登り、晴れていれば瀬戸内の素晴らしい展望が望めるだろう場所まで上がってきた。さらに山へと道は続き、古い立石やお地蔵さんが点在するのどかな山道に、獣道のような荒れて迷いやすい、少々怖い遍路道と盛りだくさんな三角寺道を行く。
駐車場から急な石段を上がろうとした時、大型バス2台が到着!慌てて石段を駆け上がり、仁王門には梵鐘が吊るされているので鐘を打ち、納経所へ急いだ!今日は土曜日?バス2台分の納経を待つのは時間のロスだ!(親切なお寺は、先にしてくれるが・・)心臓が飛び出そうだ〜〜
三角山の中腹に建つ三角寺。大師が三角の護摩壇をつくり降伏護摩秘法を修めた跡が三角池として参道右手に今も残っている。1795年小林一茶もこの寺を訪れ「これでこそ登りがいあり山桜」と詠んだそうです。コケデッシュな老桜に金閣寺のような本堂が朝靄に包まれてとても美しいです。愛媛「菩薩の道場」最後の札所、伊予の国を打ち終えました。万歳〜!\(^o^)/
| 団体さんで鳴り続けた梵鐘 | バス遍路さん達 | 金閣寺のような本堂と老桜 |
大師ゆかりの椿堂 常福寺へ7キロ 駐車場から右へ、遍路の道しるべに従って降りて行く、のどかな山里の道、遍路マークが無くて少々困ったけれど、勘に頼りながら平山で休憩所を見つけてひと休み。右を見ても左を見ても段々畑、雨もジャンジャン振ってきて寂しくなってしまう。高知自動車道をくぐり、もう直ぐ椿堂。
朱色が印象的なお寺です。大師が杖を突き立て、流行り病を封じ込めた。その杖から芽吹いた椿が本堂横の大木だそうです。ここには自分の悪い所と同じ所をさわれば、癒してくれる「おさわり大師」がいらして、迷わず痛い膝とふくらはぎをなぜなぜ!楽にしてください・・・納経をお願いしたら「歩き遍路さんには納経料を頂かないんですよ、今日は雨で大変ですね。お茶をいれますから休んで行きなさい」と暖かい接待。かってに遍路に出てきたのに無限のやさしさをくれる人々、どう返したら良いのか?ただただ感謝するだけです。
ここから佐野の集落まで、じょじょに登りの国道192号線を行きます。1キロ近い境目トンネルは大型トラックが爆音を響かせ通るので、とても怖い!トンネルを抜けると食事とコンビニがある水車でトイレタイム、「民宿岡田」さんまでもう直ぐだと思うのですが・・とにかくすごい雨です。
「佐野の町に入ってくる道があったでしょ〜看板を見なかったの?」見なかったんです・・192号線をもくもく歩いて通り過ぎてしまいました。(この頃になると何故だか?変な勘がはたらき間違いに直ぐ気づいたが・・)
夕食時、「こんな地図でよくここまで来たね!」と“へんろみち保存協力会”の地図を写しに走り回ってくれた御主人!そうなんです私の地図は車用のもので、細かい遍路道は書いていていない。そのうちお寺で買えると思っていたらここまで来てしまった。明日の宿や地図を用意してもらい、感謝しながら・・今日も一人ぼっちの宿に泊る・・・
| 平山 ゆらぎ休憩所 | だんだん畑の山里を歩く | 別格椿堂 常福寺 |
遍路7日目 22.6キロ 民宿岡田泊 6000円 洗濯機(無料)乾燥機(有料)
2月20日 曇りのち雪、晴れまた雪 6時30分
「あんたなら行ける。大丈夫だから」と岡田の御主人に見送られて六十六番 巨鼇山 雲辺寺へ5キロ 1キロぐらい行ったら雲辺寺遍路入り口の標識!左に曲がり坂道を上がって行く。上がって行くにつれてどんどん急な登りになっていく・・登りがキツイ!暑い!一枚脱ぎ、二枚脱ぎ・・雪道に変わっても暑く、遂にTシャツ一枚になってしまった。1時間30分ほどで車道?にでる。緩やかな雪道、杉木立の中を縫って行くと仁王門が見えてきた。
八十八ヶ所中最も高い場所にあることから「四国高野」と呼ばれる高峰の寺。延暦8年(789)、16才の大師が善通寺の建築材を求めて登山したのが始まり。大同2年(807)に再び訪れ、千手観音を刻んで本尊としたそうです。山頂には徳島と香川の県境が走り、境内は徳島県・・ぜんぜん知らなかった!
| 杉木立の雪道 | 羅漢さんが迎える仁王門 | 本堂前のバス遍路さん達 |
境内のいたるところに様々な表情の五百羅漢が参拝者を出迎えてくれる。その姿がなんともユーモラスです。また、願いをこめて座れば叶う「おたのみなす」があるはずなのに・・分からない!100回以上回っているマイカー遍路のおばさんに聞いたら「そんなの知らない!納経所で聞きなさい!」と・・・「え?うそ〜〜真っ赤に染まった納経帳を自慢してたのに・・スタンプラリーなの?」
| やっと見つけた!なす | 雪で寒そうな五百羅漢さん |
五百羅漢の間を縫って六十七番 小松尾山 大興寺へ9.4キロ 坂出に住む大学時代の友人に「香川に入ったら電話ちょうだいね〜」と言われていたのに・・香川県に入ったことも、雲辺寺は愛媛県と思って歩いているのんきな私!(三角寺で愛媛を打ち終わって喜んだのは帰って来てから・・)それどころか・・登山をしている人達を逆打ちのお遍路さんと間違え・・恥ずかしい勘違い女・・
下りて行くに従って雪は無くなったものの平地になると晴れているのに風が強くて寒い!コピーしてもらった地図のおかげで迷うことなく大興寺に到着。
| 瀬戸内海が見えそう〜 | 登山者のための杖 |
仁王門に入ると大師のお手植えと伝えられる大木のカヤとクスを見上げながら石段を登っていきます。
嵯峨天皇の勅願により大師が薬師如来を刻み、本尊として安置したのが始まりだそうです。なによりここは本堂の左に大師堂と右に天台大師堂が並んでいて、中世に両宗の修業道場として栄えたため天台と真言が共存する珍しいお寺です。
| 人が小さく見える | 大興時 本堂 | 天台大師堂 |
六十八番・六十九番 七宝山 神恵院 観音寺へ8・7キロ 仁王門を出て左へ国道377線に来てまた左へ、ちょっと歩くと遍路マークを見つけて今度は右へ自動車道をくぐり、お遍路さんの休憩所を見つけて少し遅い昼食をとります。民宿岡田の御主人の作ってくれたおにぎりを食べ、なんとか雲辺山を越えられて気持ちに余裕が出てきたけど・・チョット寒い!
ショッピングセンターでホッカイロを買い、ジュースの接待を受けた。私を見つけて、慌てて逃げて行ったのでなんだろ〜と思ったらジュースを取りに行ってくれたのです。ありがたい!予讃線を渡って観音寺市街に入り財田川の三架橋を渡るとその中腹に2つのお寺のある琴弾山が見えた!
八十八ヶ所で唯一、1つのお寺に2つの札所があり仁王門も共有している。琴弾八幡宮の本地堂として大師が阿弥陀如来画像を描き安置した神恵院。八幡宮の神宮寺として聖観音菩薩を祀る観音寺。明治の神仏分離で神恵院として観音寺の境内に移され、一寺ニ霊場の札所となったそうです。
とりあえず順番どうり68番からお参り・・2ヶ所の大師堂の間を通りモダンというか?なんとも・・お寺?四角い建物の真ん中の階段を上がると真新しい本堂があった。左側の斜面に巍巍園があり、下りて神恵院大師堂→観音寺本堂→鐘楼(四隅に竜の顔、屋根を持ち上げる小人、天井刻まれた波紋?が美しい)→観音寺大師堂と行ったり来たり、納経所が共通していたのでよかったが・・バス遍路の納経でず〜〜〜と待たされた!(2寺分なので随分待たされてしまった)
| お遍路休憩所で昼食を | 両札所の仁王門 | 神恵院 本堂 |
| 巍巍園 | 観音寺 本堂 | 美しい印象的な鐘楼 |
やっと朱印を頂き六十九番本堂の裏から上がって有名な銭形展望台へ、琴弾公園の巨大な「寛永通宝」の砂絵を見学。「銭形を見た人は長生きし、お金に不自由しない」というおまけが付いていた。ラッキー!幸せ気分で山を下りて琴弾八幡宮をお参りするため再び琴弾山を登ります。
山頂に鎮座し、神恵院開基の由来となった由緒ある神社だそうで、大鳥居から400ちかい急な石段を上がった山頂に本殿があり、本殿前から観音寺市街が一望できる。なにより今日、越えてきた雲辺山かもしれない山並みを見て感激してしまった。雪が降ってきたので急いで降りて今日のお泊り若松屋別館へ向かった。また一人!食事の時、寂しくないようにと側にいて話をしてくれた奥さんに感謝!
| 東西122m南北97mの銭形 | 琴弾八幡宮に登ります | 山頂より雲辺山かな〜? |
遍路8日目 29.4キロ 旅館若松家別館 6000円 洗濯機・乾燥機(無料)
2月21日 曇りのち晴れ 6時30分出発
七十番 七宝山 本山寺へ5.4キロ 若松家別館の奥さんに教えてもらい三架橋の手前を右へ財田川際の道を東へ向かう。1時間ぐらい歩き5つ目の橋を渡ると本山寺の五重塔が見えてきた。
平城天皇の勅願により大師が建立したのが始まり。一夜のうちに本堂を建てたといわれいる。本尊は八十八ヶ所中唯一の馬頭観音菩薩で、本堂は建立当時の姿を留め、国宝になっている。広い境内に一人っきりのお参り・・雪もちらほらと寒い!
| 八脚門の仁王門(重文) | 本山寺 本堂 | 珍しい歩く姿の大師像と大師堂 |
七十一番 剣五山 弥谷寺へ12キロ 遍路標識どうりに行くと直ぐ国道11号線に出た。国道を左へどんどん歩いてローソンから県道221号線に入るはずが・・ローソンが無くて行き過ぎ県道220号を左折したが・・迷ってしまった!誰〜〜もいない!でも不思議です・・人が現れる!それでも誰もいない時は勘が凄くはたらくのです!しかもその勘がはずれた事が無い!・・
畑に人発見!ずっと向こうに見える弥谷山の中腹にあるそうで・・また山に向かって登って行きます。左手に「ふれあいパークみよいよだに温泉」を過ぎて休み?の「お休み処・俳句茶屋」も過ぎたら仁王門が直ぐそこに見えた。
死者の霊が帰る「仏の山」として昔から民間信仰を集めている場所。聖武天皇の勅願により行基が開いた寺で弥谷山中腹の厳しい岩の間に多くの堂が立ち並ぶ。仁王門をくぐって百数段の石段を登ると大きな金剛拳菩薩が立つ場所に出て、そこから人間の煩悩を表す108の階段を登ると大師堂の前に、さらに右手に多宝塔・大師像・鐘楼・十王堂・観音堂など石段を数百段上がってやっと本堂になる。遍路泣かせだが眺めは素晴らしい〜!
大師堂に戻り、靴を脱ぎ堂内に上がりお参り。(靴を脱いでのお参りはここが初めて)回り込むように行くと奥の院の「獅子の岩屋」がある。大師が幼少の頃に学問に励み、後に密教の修行を行った場所だそうです。なんだか?不思議な気分です。
| 阿弥陀三尊磨崖仏 | 大師堂の奥の「獅子の岩屋」 |
七十二番 我拝師山 曼荼羅寺へ3・5キロ 仁王門を出て標識に従って竹やぶの中を下りて行く。自動車道をぐぐり左へ池と池の間を通り大きなお地蔵さまを右へ遍路マークどうりに歩いて行くと←72番曼荼羅寺→73番出釈迦寺の標識が立っていた。
大師の先祖である佐伯家の氏寺として建立された。その後、大師が亡き母(玉依御前)の冥福を祈って唐から持ち帰って曼荼羅を安置し大日如来を刻んで本尊としたそうです。このお寺で一つ見たいものがあった。それは、大師が手植えしたと伝えられ、菅笠を2つ地面の伏せたような樹齢1200年を超える不老の松「笠松」は何処にあるのかな〜?境内を探してもない!よ〜く見ると平成14年に枯れたそうで・・その幹に大師を刻み「笠松大師」としたそうで・・うそ〜〜ショック!見たかったのに〜〜残念でした。
| 曼荼羅寺 本堂 | 高さ4m直径18m 笠松 |
標識の所まで戻って、我拝師山に向かって上がって行く。七十三番 我拝師山 出釈迦寺へ0.6キロ 鐘楼門をくぐるとこじんまりしている境内、本尊の釈迦如来をまつる本堂をお参りして右手隣の大師堂へ。捨身ケ嶽遙拝所があるはずと本堂左手の石段を少し上がると我拝師山を仰ぎ見るように置かれていた。
仏道に進むことを決意した7才の大師が身を捨てる覚悟で断崖絶壁から身を投げたところ、釈迦如来と羽衣をまとった天女が現れ、大師は天女に抱きとめられたという話が残っている。山頂には「捨身ケ嶽禅定」と呼ばれる奥の院が作られたが奥の院まで登れない人のために捨身ケ嶽遥拝所をもうけ念仏を唱えれば捨身ケ嶽禅定に登ったと同じご利益が得られるそうです。私も一心に・・・
| 出釈迦寺 本堂 | 捨身ケ嶽遥拝所 |
曼荼羅寺まで戻り標識に従って48号を東へ行くと細い道に入る遍路マークを発見!天気も良く、のどかな田んぼ道に菅笠を置いたような甲山が見えてきました。
七十四番 医王山 甲山寺へ2.6キロ ここもこじんまりしたお寺です。善通寺と曼荼羅寺の間に寺を建てる霊地を探していた大師が甲山の麓で翁に会い「私はこの地の人々に福徳を与えてきた聖者である。ここにお寺を建立すれば、私がずっと守護しよう」言われ、毘沙門天を石に刻み洞窟に祀ったのが始まりだそうです。今でも見学できたのに・・鎧甲を身に着けた珍しい毘沙門天さまとかで、気が付かなくて残念でした。菅笠の形と思ったけれど甲の形の山で甲山寺なのだろう〜〜
| 白壁が印象的な山門 | 甲山寺 本堂 |
広田川を渡り、住宅地を右に行ったり左に行ったりしていると善通寺の東院と西院の間に出た。七十五番 五岳山 善通寺へ1.6キロ 十数年前に祖母の50年忌で善通寺さんに来た。凄く賑やかでお店も人もいっぱいだった記憶があったので閑散としていてビックリ!です。冬だからしかたがないか〜
弘法大師の生誕地に建つ真言宗善通寺派の総本山。寺域は四国一を誇る。寺号は父の名(よしみち)に、山号は背後の香色山、筆山、我拝師山、中山、火上山の五峰にちなんでつけられたそうです。今日は民宿岡田さんの紹介で初めて宿坊で泊ります。泊りたいと思っていても冬は、閉まっていることが多くやっと泊れました。
宿坊に入る前に西院の生誕の場所に立つ御影堂の地下の戒壇めぐりをしました。法事で来た時には気が付かなかったので・・(宝物館と共通500円)一周100メートルの真暗闇の中を左手で壁を伝いながらドキドキ進む、実際には見えないが両側の壁には曼荼羅の三十七の仏様が描かれ、足元には四国八十八のお砂が敷き詰められているそうです。中ほどの大師と両親の像をまつる少し明るい場所で「ようこそお詣でくださいました・・」と大師の声が語りかけてくる。
| 有名な赤門 | 東西をつなぐ中門 | 御影堂へつづく仁王門 |
御影堂から廊下を伝い、大師が産湯を使った井戸のある産湯堂の横を通り宝物殿を見学。ここでは、大師が書いた経文の下に母の玉寄御前が仏像を描いた一字一仏法華経序品(国宝)が素晴らしかった。
真新しい近代的な宿坊、しかも温泉!広〜い!バス遍路の皆さんと九州からのマイカー遍路のご夫婦と久々に賑やか!嬉しい〜〜
香川県に入ったことに気づき友人“美〜〜”に電話を入れる。「家が80番と81番の中間にあるのでよくお遍路さんが迷って尋ねて来るのよ〜子供達も北海道のおばちゃんを待ってるわ〜」と・・
民宿幸荘が辞めてしまったので五色台での宿泊に困っていた私、ありがたく2泊3日お世話になることにしました。彼女の家には、大学を卒業して北海道に帰る途中に寄ったので20数年振り、美〜には10年ぶり・・遍路姿で会うのは初めて・・チョット照れる・・
遍路9日目 28.2キロ 善通寺宿坊泊 5700円ぐらい 洗濯機・乾燥機(無料)
2月22日 晴れ 6時から御影堂で朝のお勤めを終えて、金銅錫杖を音を聞き、瞬目(めひき)大師を拝見して、ありがたい気持ちで7時30分出発。
明日の事を考えて、今日は国分寺まで行ければ・・頑張ろう〜七十六番 鶏足山 金倉寺へ3.8キロ 東院へ行き赤門から真直ぐ伸びる門前赤門商店街を善通寺駅へ歩く。犬の散歩の人やウォーキングの人が寄って来ては親切に近道を教えてくれるので迷わずに到着です。
天台宗寺門派開祖、大師の甥、智証大師円珍の誕生の寺。山門から真直ぐ薬師如来を祀る本堂。その左に訶梨帝母堂(智証大師を守る為に日本で最初に現れた鬼子母神が祀られているそうです。)そして、2年7ヶ月をこの寺で暮らした乃木将軍の遺品などを見れるかと思いましたが・・非公開だそうで残念・・本堂の前にぶら下がる巨大な願供養念珠。願いを掛けながら回すと叶うそうで・・引きながら旅の無事を祈った・・
| 本堂 | 願供養念珠 |
七十七番 桑多山 道隆寺へ3・9キロへ 金倉寺駐車場から多度津市に向かってほぼ一直線に続く遍路道を行く。
金倉寺を建立した和気道善の弟、道隆によって建てられたお寺。山門に入ると参道や本堂脇、裏門にかけて観音像がズラリと並び見とれてしまう。本尊は、大師作の薬師如来。その胎内には道隆が桑の木で刻んだ薬師如来も納められて、目病にご利益ある「目なおし大師」として親しまれているそうです。
| 参道に並ぶ観音像と本堂 | 大師堂と多宝塔 |
七十八番 仏光山 郷照寺へ7・2キロ 多度津・丸亀・宇多津と古くから栄えた港町を歩く。地図にモスバーガーを見つけたので休憩しようと思ったら見過ごしたのか?道を間違えたのか?過ぎてしまったらしい〜えらく近代的な小学校を過ぎ丸亀城を右手に見ながら土器川を渡りもう少しでお寺です。
| 超近代的な小学校? | 何ていう山だろう〜 |
簡単な山門をくぐり、石段を上がった高台に屋根のカーブが印象的な重層入母屋造りの美しい本堂があり、本尊は阿弥陀如来。八十八ヶ所中唯一の時宗のお寺で行基が創建し、大師が伽藍を建立し一遍上人が念仏修業道場に再建した。本堂の左からさらに石段を上がると大師堂があり、その左に金ピカの大きな観音像が立ち、地下に奉納された小さい観音様がズラリと並び一周できる万躰観音洞への階段がのびている。また、庭園が美しく、しばし休憩。
| 簡素な山門 | 印象的な本堂 | 大師堂 |
七十九番 金華山 天皇寺へ5.9キロ 橋を渡って33号線に合流する手前で自転車に乗った親切な奥さんが「右の道を真直ぐ行きなさい。真直ぐ行けば高照院に着くから〜右側を歩いてね〜」と・・指示どうりに歩いて行くと賑やかな商店街通りに入っていった。サティーでパンと飲み物を買い左側を歩いていたら「ダメよ〜右側じゃなくちゃ〜」と再び奥さん登場!二股に分かれる道近くで「右の道よ〜!」と・・3度目の登場!よっぽど頼りなく見えたのかな〜〜途中に素敵な公園を見つけて昼食を取りながら休憩。
八十場の名水に清水屋のところてん屋さんを通り過ぎ・・・お寺に着いて迷子になってしまった。山門が無く本堂と思ったら神社??本堂は・・大師堂は・・何処?うろうろしてたら赤い鳥居に出た!右手に天皇寺の石碑を見て安心。ぐるっと回って納経所で本堂を尋ねてお参るすることができた。ここは、崇徳天皇の悲しい歴史を背負ったお寺・・どことなく憂鬱な寒さを感じる。
| 江戸時代から続くところてん屋 | 山門のかわりに鳥居が建つ | 納経所が有る門 |
天皇寺の鳥居を出て八十番 白牛山 国分寺へ6・6キロ 予讃線沿いの細い道を歩く。鴨川駅前に出て川を渡り、川沿いの道をのんびり歩き11号線と合流。左へ国分寺の遍路標識・・
門前には立派な枝ぶりの松があり参道には四国八十八ヶ所のご本尊の石仏が並び、ミニ八十八ヶ所めぐりができるようになっている。次に鐘楼へ行くと掛かっている梵鐘は奈良時代に鋳造されたもので県内最古とされ重文に指定されている。本尊の十一面千手観音を祀る本堂(重文)の手前には、かっての金堂の礎石がゴロゴロと置かれ、大師堂は、納経所からお参りするようになっていて、まわりには巡礼用品がところ狭し置かれて、お参りした感じがしない。
| 仁王門と松 | 一回100円で撞ける梵鐘 | 入母屋造りの本堂 |
門前で“美〜”と再会!
家に着いて、ご主人と12歳になっていた長女の“あやちゃん”初めましての長男の“じゅんくん”そしてお母さんが明日退院で忙しいのに迎えてくれたお父さん、ずっと寂しくて里心が出始めていた私には、賑やかな団欒がとても嬉しい〜!夜遅くまでお喋り・・
遍路10日目 31・8キロ
2月23日 晴れ 7時、学校へ行くあやちゃんとじゅんくんと一緒に“美〜”の手作り弁当を持って出発♪♪八十一番 綾松山 白峯寺へ8・8キロ 真直ぐ行けば看板があるとのこと・・OK!白峯中学校を右に曲った所で車が止まって缶コーヒーのお接待を受けた。今日は、暑くなりそうなのでとても嬉しい〜でも悲しいことに・・お金を取られてから近づいてくる人にはつい身構えてしまう・・
クネクネ曲がった道路を徐々に上がって行くと「稚護が滝」に着いた。そこから階段になっていて、これがとっても急で長い!登っても登ってもまだ着かない!金毘羅さんに対抗しているのかしら〜ゼイゼイ!キツイ!(ご主人が言うには、国分寺から上がるほうはもっとキツイそうです。)暑さも手伝って死にそうになりながら門前に到着。
五色台の五つの峰の1つ、白峰の中腹に建つ。5つの瓦屋根が連なる七棟門を入り参道を行くと正面に崇徳天皇御廟所・頓証寺殿があり、右手の100段近く石段を登った上に、千手観音を本尊とする本堂、左右に大師堂と観音堂と並んでいる。
| 七棟門 | 頓証寺殿に掛けられた扁額 | 修理中の頓証寺殿 |
白峯寺の門前を左へ進む八十二番 青峰山 根香寺へ5キロ 薄暗い山道が続く、道しるべのように立つ野仏を見ながら行くと閼伽井(あかい)という古井戸に到着。この先は、野鳥や森・野仏を楽しむハイキングコースになっている。そして古くからの分岐らしく大きなお地蔵さまが目印の十九丁打ちもどりで少し休憩して、上がったり下りたりしながら突然、車道に出た!左に足の神さま「足尾大明神」があったので足の痛さにお参りさせてもらう。オレンジパークを過ぎ下って行くとお寺です。
五色台の青峰にある山門を入ると一旦下りて、急な石段を上がって行くと正面に千手観音を本尊とする本堂。手前に回廊がめぐらされ、県別に万体観音が奉納されている。なによりここは牛鬼の伝説が残り、ユーモラスな牛鬼の像が有るはずなのだが・・?分からず・・山門を出た所に上に向かって何かを見ている人がいた・・見つけた!なんとも可愛い牛鬼です。
| 本堂 | 樹齢1600年白猴欅 | ちょっと可愛い牛鬼君 |
八十三番 神亳山 一宮寺へ11.5キロ オレンジパークまで戻り、鬼無の町に降りて行く。左に広がる瀬戸内海の海、小豆島?高松市?屋島かな〜?細い道を下りて来て誰もいないので道の真ん中で昼食。眺めが素晴らしい〜♪
鬼無駅前にでる遍路道があるはずが無い!標識を見逃していないと思うのだが・・困った!道は二股どっち??誰もいない!こんな時、助けてくれる人が現れるはずだ!絶対に・・ほら〜郵便さんのバイクが、ラッキー!止まってもらって道を教えてもらった。やはり、間違って通り過ぎていたようだ。鬼無駅の左側の道に出てきた。線路を渡ると遍路保存協力会の赤いシールが道を教えてくれ岩田神社を過ぎ香東川沿いの道を12号線まで行くともうお寺は近い!
大宝年間(701〜4年)に義淵僧正が創建した古いお寺。讃岐一の宮の田村神社が建てられ、神社の別当寺になっている。
聖観世音菩薩を祀る本堂前には「地獄の釜」と呼ばれる薬師如来の小さな石の祠があり、、ここに頭を突っ込むと、ゴーッという地獄の釜の音がするそうです。でも、心がけの悪い人は頭を入れると、石の扉が閉まってしまうそうです。中にはとっても可愛いいお地蔵さま・・如来さまかな〜?
チョット怖いので頭は突っ込まなかった・・(もし扉が閉まったら周りに人がいないので助けてもらえないのでやめた)でも地獄の釜の音は聞きいてみたかった。
| 赤い縞の垂れが可愛い山門 | 可愛いお顔の如来さま | 吊り灯籠が下がる大師堂 |
山門を出て、11号線を北へ行き171号線で東へ高松琴平電鉄「おおた駅」から電車に乗り近代的な高松駅で予讃線に乗り換え鴨川駅から友人宅へ。今日は、凄く歩いたので疲れた〜〜。疲れていたのでしょう〜友人家族の写真をスッカリ忘れていました。
遍路11日目 32・8キロ
2月24日 曇りのち雨のち霙 7時30分出発 “美〜”に駅まで送ってもらい「おおた駅」まで戻る。八十四番 南面山 屋島寺へ13キロ 駅から280号線に出て、ただ北上する。瓦町を過ぎ、今日泊るオークラホテル高松で荷物を預かってもらい再び出発。競輪場を過ぎ屋島大橋を渡り、登り口を教えてもらい登り始めたが・・寝不足がたたったのと、昨日の暑さが一転、今日は寒い!終わりが近い遍路旅。疲れも出ている。具合が悪い!吐きそうで吐けない!足が鉛のよう〜、荷物も背負っていないのにキツイ!“美〜”は大丈夫だろうか?大師ゆかりの加持水に不喰梨を過ぎ畳石まで登ってくると、もう直ぐ山門だ〜〜
源平合戦場、壇ノ浦を望む景勝地・屋島の山頂に建つ札所。天平勝宝5年(753年)唐からきた鑑真和上が開基。法事で来た時は賑やかなお寺と思っていたけど今日は、寒いせいか・・寂しい〜人もいない!重文の本堂、「太三郎狸」を祀る蓑山大明神。血の池や展望台を見学して、ご本尊を移した宝物殿を見学したかったが・・雨が霙に変わり早々下山。
| 屋島大橋から屋島を望む | 畳石の所まで登ってきました | ようやく到着しました仁王門 |
| 朱塗りが美しい本堂 | ユーモラスな狸・蓑山大明神 | 展望台から女木島を望む |
「かたもと駅」で今回の遍路旅打ち止めです。琴電に乗ってホテルへ、とにかく寒くて、お風呂に漬かって、ただ爆睡する。
遍路12日目 19・8キロ
2月25日 晴れ 一晩寝て元気回復!飛行機は午後なので高松の市内観光をすることにしました。ホテル近くの玉藻公園高松城跡へ、本丸と二の丸をつなぐ唯一の橋が屋根付きというのがとても素敵で印象的です。公園を出て長〜い丸亀町アーケード街を通り抜けて栗林公園へ、ちょうど梅の花が満開で空港へのバス時間までノンビリと見学しました。
| 玉藻公園入り口 旭橋と旭門 | 艮櫓(うしとらやぐら) | 屋根付きが素敵な鞘橋 |
| のどかな栗林公園 | 紅白の梅の花が見ごろ | 人も無く寂しい公園 |
五回目の遍路旅は、無事に終わった。もう少しで結願だったが・・距離にして約30キロ残す。
多くの願いごとは、何時しか無事に回れることを感謝する遍路旅に変わった。道に迷って泣き、トンネルの中で怖くて大泣き、無事に着いたと泣く・・そして、ご本尊さまを見て涙・・随分と泣かされる旅だった・・
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