04年浅草サンバカーニバル(2)  

                                           
(04/08/29 up)




04年浅草サンバカーニバル(1)  

04年浅草サンバカーニバル(2)  






浅草サンバカーニバル(2)パレード開始!  






 未完成の蛇の衣装を持って、再度、控え室へ。既にカーニバルは始まってい て、「テーマ・サンバ・リーグ」(きっかけは、フジテレビ。チーム)「第2サ ンバ・リーグ」や、「テーマ・サンバ・リーグ」(ブラジル+アサヒサンバ チ ーム+アサヒビールスーパードライ号)などのパレードは始まっている。
 小生は、全く、見ることが出来なかった。ま、仕方ない。最初から、優勝チ ームとなったバルバロスを含む「第1サンバ・リーグ」どころか、我がチームの パレードも見ることを断念しているのだし。
 スタッフの方が控え室にいるチームのメンバーたちに誰か裁縫の出来る方、 裁縫道具を持っておられる方、いらっしゃいませんかと、呼びかけた。すると、 あちこちで手が上がったが、近くにいる女性の方が、進み出てこられ、裁縫し ていただいた。
 これで、大蛇の牙が落ちることはないだろう。


 
  これが「大蛇」。先頭に大蛇の頭。牙が見えるだろうか。気張って見てね。


 しばらくして、全体ミーティングが始まった。が、小生は、山車の係りなの で、駐車場へ向って、見張り番。が、その前に、腹が減ってきたので、いよい よアレゴリア押しの仕事が始まる前に腹ごしらえ。屋台でたこ焼きを買って食 べた。ちょっと生焼けだった。外は熱いくらいに焼けていたけれど。
 ところで、たこ焼きを食べる場所を探し、浅草寺の境内の縁石に腰掛けたのだが、その時、生垣の後ろに「浅草の詩人」と呼ばれる久保田万太郎の句碑を見つけた。その句碑には、彼が「浅草小学校時代を思い出して詠んだ俳句」が刻んである。その句とは…

  竹馬や いろはにほへと ちりぢりに


 ちなみに、浅草神社には、他に、川口松太郎の句碑「生きるということ むずかしき 夜寒かな」、市川猿翁(3代目市川猿之助)の句碑「まだ身にそはず衣がえ」、河竹黙阿弥(歌舞伎狂言作者)顕彰碑、中村吉右衛門の句碑「女房も同じ氏子や除夜詣」、浅草寺には、「捕り物小説の生みの親である岡本綺堂を記念して建立され」た「半七塚の碑」、正岡子規句碑「観音で雨に逢いけり花盛」その他などがある。
 参照:メロウフォーラム 全国の歌碑・句碑めぐり
 浅草寺、浅草神社などについては、下記サイトを参照のこと:
浅草寺と三社様

 浅草というと、人によっては、芭蕉が浅草の鐘を詠んだ「花の雲 鐘は上野か 浅草か」を思い浮かべられる方もいるだろう。浅草にちなみ、多くの句が残るのも、そうした歴史も預かっているのかもしれない。
 せっかくなので、小生も駄句を少々。

 浅草に人の波呼ぶサンバかな
 雨雲も避けて通れよサンバだぜ
 サンバ?そう今日こそはの花の花
 芭蕉さん句の花散らして囃すかな
 どの花も人の熱気に勝るなし
 雨に濡れサンバの映える路面かな


 駐車場では、数人で、ぼんやり我がチームの山車を見ていたり、アレゴリア の周辺の雑物を片付けたり、あちちの山車を見て回ったり、近くの神社を見物 したり、「Bloco BARRA VENTO」がパレードコースで待機するのを眺めたりし ていた。が、体が既に早くも(!)疲労の極に来ていたので、できるだけ縁石 に腰掛けて体を休めるよう心掛けて過ごした。
 本番は、まだまだこれからなのだ。
 その間も小糠雨が降ったり止んだり。ああ、この小雨の中だと、ダンサーの 方も衣装(羽根)が濡れて大変だなとか、スタッフの方の話で、雨で困るのは バテリア(打楽器隊)だ。楽器が濡れると、音が出なくなる、そんな話を聞い たりして、ちょっと心配だったりした。
 やがて、スタート場所へゲートやアレゴリアを運びます、スタッフの方、集 まって、という声が掛かった。いよいよだ。
 小生が押すゲートは、駐車場の砂利道も、そんなに苦労することなく押すこ とが出来る。どう見ても、巨大なアレゴリアを押すほうが大変そう。そもそも スタッフになる人数が足りないのだ。我がチームのトップの方(なかなかの年 輩の方なのだ)自らアレゴリアを押す手伝いをなさったりしていた。
 それでも、パレードコースの間際まで運ぶ。細かな雨がそぼ降っている。じ っとしていると、体が冷えそう。アレゴリアや駐車場の風景などは撮ったが、 パレードでは使い道のないデジカメをウエストポーチの奥に仕舞う。
 さて、浅草のスタッフの方から前のほうへ進んでください、という声が掛か った。いよいよコースだ。
 スタッフリーダーの方の説明によると、我々の押すアレゴリアやジープのゲ ートと、ダンサーやバテリア(打楽器隊)とは、コースの発端付近で合流する のだとか。聞くところによると、バテリアは、我々とは違う場所に既に待機し、 演奏の最終調整などを行っていたらしい。
 ああ、そんな光景も見ておきたかった。

 そして、いよいよ合流。驚いたことに、そして嬉しいことに、我々がスター ト地点に立ち、隊列も組み終わって、いよいよスタート間近となった時、雨は すっかり上がった! やった、小生の予想した通り、願った通りだ!
 小生は腕時計を持っていないので、スタンバイやスタートの正確な時間は分 からない。予定では、スタンバイは16:23であり、演技の時間は16:38〜17:24 となっている。大凡、この予定通りの時間だったような気がするが、さて。

 先に紹介したように、「ジープのゲート」は、位置的には、「探検隊 コミ サン・ヂ・フレンチ」に次ぐもので、ほとんど先頭といっていいポジションに ある。
 そのコミサンには、顔見知りのダンサーの方がいて、挨拶したら、ニッコリ してくれた。パレードの最中にも、折々にある進行を止めて、踊りを披露する 時に、目が合ったとき、つい手を振ってしまった。彼女にしたら、こっちに返 事する場合じゃないのだが。でも、反応してくれると嬉しい。
 小生に衣装などについて説明する能があれば、ダンサーの方たちの衣装を詳 細に説明したいのだが、ファッショに無頓着な小生、土台、無理な話。せめて、 写真を撮って、その優雅さ華麗さを示したいのだが、それも、今回は無理。非 常に残念だ。
 ま、写真をアップするサイトがあるだろうから、見つけたときには、紹介す ることもあるだろう。ただ、せっかくなので真後ろで見たこともあり、探検隊 のコミサンの衣装についてだけ、触れておく。
 女性ダンサーの格好は、まさに探検隊をイメージさせており、短パン(半ズボン)を穿き、手に棒を持ち、頭には帽子、その帽子にはヘッドライトが付いている。男性ダンサーは上半身裸だった。あれ以上、寒かったり、雨だったら悲惨だったかもしれない。

 ジープのゲートは、過敏なほどに動かしやすい。真っ直ぐだけじゃなく、左 右に動こうとする。その蛇行を最小限に抑えるのに、苦労する。台の上にジー プを模した造形物が載っているのだが、ジープの四つのタイヤの透き間から前 方を眺めて、進んだり止めたりする。
 ジープのゲートは、3人で動かしており、我がチーム創設当時のメンバーだ った人が先頭にいる。その方の指示でゴー・ストップするのだが、その指示の 声は、バテリアや歌の声で、聞えないので、実際には指示によってではなく、 ゲートの後ろ側で押している小生は、あくまで自分でタイヤの透き間から前方 の進み具合を確認しながら、指示が来るだろうなということを予測しつつ動か している。気が抜けない。
 先述したように、折々、進行が止まって、ダンサーの方の踊りが披露される。 小生は、パレードのほぼ先頭であり、また、パレードコースのど真ん中を移動 している。止まった時には、前のダンサーの方の踊りを見たり、直後の、「テ ルセーラ(3rd)ポルタ・バンデイラ&メストリ・サラ」や、パシスタ、そ して「熱帯の花のバイアーナ」などを眺めたりする。
 こういうポジションで眺められるってのも、乙なものである。ホッと一息も ついているし。
 で、先頭のコミサン役のダンサー等が移動し始めると、慌ててジープのゲー トを押す。その繰り返しである。

 ジープのゲートを押すこと、路上のダンサーさんたちの踊りを眺めることに 懸命というか熱中していて、歩道にいるはずの知り合いを探すことはできなか った。
 後で、知り合いの方が、ハンカチを振って合図したと知ったのだが、まるで 気が付かなかった。もともと注意力散漫の小生だから、気づくのが無理っても のか。

 雨は上がっているが、やや濡れた路面。八月末とは思えない涼しさ。路面も、 商店街のコースとは違って、ほぼ良好。ダンサーの方が、路面のデコボコにブ ーツの踵などが取られて、こけたり、捻挫する心配もない。
 そして気温が低いので、熱中症の心配もない。踊るには最適に近いコンディ ションだったのではなかろうか。無論、晴れていたほうが、ダンサーの方たち の踊りや衣装、アレゴリアという大掛かりな舞台装置も映えるはずなのだが。

 とうとう、とうか、やっとというか、パレードも終点に近付いた。ジープの ゲートを浅草のスタッフの方の指示で終点の脇に寄せる。
 とりあえず、小生の役目も一段落。ただ待っているのも勿体無いので、デジ カメを出して、パチパチしていた。ダンサーの方の勇姿を、少しでも撮りたか ったのだ。
 「カヌーのアーラ」の前後に、駐車所場で作業していた姉妹のパシスタ(ダ ンサー)がいる。前には妹さんがいたので合図したが、気が付いてもらえなか った。写真も遠目のを一枚だけ。


 
       ああ、通り過ぎていく。お喋りしないで、こっち振り向いて!


 後ろに姉さんのダンサーがいて、小生が写真 を構えていたら、気が付いてくれて、わざわざ止まってポーズを取ってくれた。 パチリ。嬉しい!! 


 
         ああ、気付いてくれてポーズまでしてくれた!


 コミサンにいる知り合いのダンサーの方の写真も撮りたかったのだが、そこ で邪魔が入った。

04/08/29 06:36 記





浅草サンバカーニバル(2)祭りのあとは…  






 邪魔というのは、浅草のスタッフの方に、「ジープのゲート」を駐車場のほ うに移動してくださいと言われたこと。ガッカリ。
 ガッカリ以上に困ったのは、「ジープのゲート」を押すリーダーが不在で、 2人で押す羽目になったことだ。歩道の脇(当然、路面は傾いている)に沿っ て、2人で、左右に蛇行(実際には、右側に曲がらないように)しないよう、 且つ、前方に注意しながら、必死で押した。
 ゲートの前には、アーラのメンバーの集団、さらにその前には、姉妹のダン サーが見える。なんだか、懸命に彼女等を追っ駆けている気分になった。
 小生は、最後のこの2人での押す作業で、思いっきり疲れたような気がする。 パレードが終わってホッと一息なんて、スタッフには冗談だった。相当程度、 押していたら、やっとリーダーの方が来られて、3人で押すことになった。助 かった。

 そのうちに、山車の行く手を阻むように、車が止まっていてゲートが立ち往 生。どうやら駐車場に車を入れようとしているのだが、パレードが終わって車 道(歩道)を進むメンバーらに、進行を阻まれているようだ。
 なので、小生は、急遽、交通整理係に。歩行者らに、車が通りますよー、気 をつけてくださいー、そして車に手でオーライ、オーライと合図して誘導。
 そんなことをしている間に、「蛾のアーラ」をされていた知り合いのダンサ ー等と擦れ違った。このアーラのリーダーをされていた女性も、仕事を抱えな がら、大変な労力を惜しまれなかった人。尊敬すべきダンサーなのだ。頭が下 がる。他のダンサーも、夜鍋仕事して頑張ってこられていることを仄聞してい る。それぞれ3人に挨拶だけ。
 気が付いてくれ、挨拶が出来ただけでも嬉しいが、写真を撮れたら、もっと 嬉しかったのだが、そんな余裕も持てない。すぐに、ジープのゲートの移動開 始。悲しいな。

 駐車場の所定の位置にゲートを収めた時は、今度こそは、ホッとした。疲れ きってしまった。自動販売機で普段は呑まない栄養ドリンクなどを購入し、一 気に飲み干す。
 リーダーの方に、今後の予定を聞くと、ゲートは、専門の業者が壊していく し、当面はもう、やることがないんじゃない、そのうち、みんな集まってくる だろうし、という話。彼は、控え室へ向ったらしい。
 小生は、アレゴリアが心配だったので、アレゴリアの移動の様子を見に行っ た。が、我がチームのトップの指示もあり、演奏を終えたバテリアの中の幾人 かが、手伝っていて、小生が手を出す必要はなかった。
 なので、小生は、通り過ぎて、パレードコースへ。少しくらいは、最後のチ ームのパレードでも見たかったし。
 昨年、準優勝だったバルバロスの演技は終わっていて、小生が少しは見れたのは、昨年 優勝したウニアンというチームのパレードの末尾だったろうか。それとも、「パレー ド最終車両(スーパードライ号)」だったのか。既に宵闇に包まれ何重にもなっている観客に阻まれ、それさえも、はっきり分からない。もう、ひたすら山車(アレゴリア) の上のダンサーばかりを見る。写真にも撮ってみたけど、やはり、写りが今一つ。路上にいるかどうか分からないダンサーは、観客たちの後ろからは見えるはずもないし。
 最終の山車が通り過ぎたあとは、路上は閑散。警察官らやゴミを回収する作業 車ばかりが目立つ。祭りのあとの寂しさ。せめて、ということで、その風景を 写真に収めた。


 
       祭りのあとの寂しさを人は後の祭りという…?


 受賞のセレモニーの会場の場所を忘れたし、行っても、入れる はずもない。もう、くたくたになっていた。眠気も来ている。チームでは打ち 上げをやるはずなのだが、不参加。普段、サボっている奴が行くのも失礼だし。 頑張った同士でこそ、盛り上がるし、楽しめるものなのだ。
 それに、小生の本番は、まだまだこれから自宅で始まる……。そう、レポー ト書きという作業が待っているのである。
 真っ直ぐバイクのところに向った。バイクをスタートさせたのは、18:18だ った。いつも給油する我が町のスタンドでガソリンを入れ、さてスタンドを出 ると、小糠雨。すっかり雨のことは忘れていたのに、自宅近くに近付いたとこ ろで雨。まるで、小生やチームが作業したり演技する間だけ、天が気を利かせ てくれたみたいだ。
 バイクを止めた時間が19:08。自室に入ったのが、19:14。部屋についたら、 椅子にドッカリと腰を埋めた。体力がまるでない自分に愕然とする。それでも、 雨に濡れたし汗も掻いたので、シャワーを浴びた。
 あとは、レポートを書くタイミングの問題だ。
 シャワーを浴びてさっぱりしても、書く気にはなれない。テレビを見たり、 カップ麺のお代わりをしたり、お茶をがぶ飲みしても、元気は出てこない。眠 気があるのだけど、椅子にドッカリ腰掛けていても、眠れない。神経が昂ぶっ ているようだ。

 仕方なく、頭に文章が入らないと思いつつも、読みつづけている藤沢周平の 本を読む。九冊目を読了し、十冊目へ。夜半が近付いた頃だったろうか、やっ と今なら眠れるという感じがやってきて、ベッドへ。すぐに寝入ることができ たようだ。
 が、僅か二時間ほどで目覚めてしまった。さて、どうする。
 自分の体調にお伺いを立ててみる。ロッキングチェアーに深く腰を沈めなが ら、読書しつつ体の様子を見てみると、書けそうだという感触を感じることが 出来た。
 ということで、三時過ぎだったろうか、レポート作成開始、と相成った。
 今回のレポートは、浅草サンバカーニバルに参加したチームの俄かスタッフ として、カーニバルに参加するチームの苦労ぶりの、ほんの一端を書いてみた。
 小生は俄かスタッフなのだが、チームの控え室に行ってみて驚いたのは、メ ンバーがこんなにたくさんいたのかということ。メンバーではなく、特別に参 加する人もいるのだとしても、ダンサーがこんないるとはビックリである。  浅草だからこそ、呼ばれたり、あるいは自ら参加を希望する方が多いのだろう。

 さて、浅草に参加するチームの本当の苦労など、たった半日手伝っただけの小生如きが知るはずもなく、カーニバルの裏舞台のそのまたほんの表面をなぞるだけに終わっている。それでも少しは書き綴っておく価値もあるのだろうと、自らを慰めている。
(浅草サンバカーニバルを純然たる観客の立場でレポートした一文は、昨年、既に公表している。但し、既に削除した。リクエストがあれば、再掲するかもしれない。)
 余談ついでだが、今年は、浅草を地元とする社会人チームのバルバロスが優勝。浅草サンバカーニバルには、初回から参加している名門チームでもある。
 昨年は、学生チームであるウニアンが優勝した。そのウニアンは、今年は準優勝。思うに、本気になって練習し、準備できる学生チームに社会人チームが勝つのは、ますます困難になってきている。そもそも、専属でチームのためにフルに活動できるメンバーは皆無(乃至は皆無に近い)。
 練習も準備も、土日か週日の夜だけである。家庭もあり地域社会などでの活動もある。その中で熱意と情熱で頑張っているわけだが、パレードの審査は、過程ではなく、あくまで結果としての成果を評価する。なかなかに辛い状況にある。学生チームに打ち勝つには、相当な知恵と工夫が必要だったはずだ。
 その上で、社会人チームが優勝したこと自体は、素晴らしいと思う。さて、優勝したチームのどんなところを学ぶべきなのか。何もしていない小生に答えが出せるはずもないけれど。
04/08/29 07:24 記



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