[ 本稿は、あるサイトの掲示板でコーヒーの効用が話題になっていたので、急遽、書き下ろしたものである。 (04/03/13 up) ]
過日、野暮用があって、徒歩と電車とで多摩川の土手近くに足を運んだ。普段
は、移動というと、バイクなのだが、その日は車検のため、バイクは預けてあり、
使えなかった。それに、時間に追われていて、好きな読書も侭ならない。そこで、
移動の手段も可能な限り電車を使うようになっている。
バイクを日頃使う人間には、徒歩や電車での移動は、かったるい。
が、電車を選んだ以上は開き直って、これは書斎なのだ、あるいは車内の人間
模様の観察の場なのだ、車窓を流れ行く町の風景、あるいは空の青さや雲の形を
愛でる寛ぎの場でもあるのだ、などと自分に言い聞かせる。
この言い聞かせるという姿勢自体が、作為的であり、リラックスには程遠く、
で、実際にやっていることといえば、ひたすら読書。回りの光景など、何処吹く
風、壁の落書き…、実に情ない有り様なのである。
さて、その多摩川の店で用を済ませた後、せっかくなので近所にある喫茶店に
向うことした。その店はあるだろうか。小生のサラリーマン時代、一時、ゴルフ
に熱中したことがあり、となると練習もしなくては、ということで、ゴルフのク
ラブを数本ピックアップしバイクに縛り付けて、都心から多摩川の土手にある露
天の練習場に通ったものだった。
青空の下、打ちっ放しということで、ゴルフの玉を打つと、青空を背景に白球
の描く弾道が実に美しい、そして気分爽快なのである。その快感を覚えると、ゴ
ルフをするのと同じくらいに打ちっ放しの練習が病み付きとなってしまう。
それまでは、週末というと、オートバイを駆って、関東近縁の山や湖や河原や
海辺に向い、陽光を灯火に読書する…、小生は、自分でそれを読書ツーリングと
称していた。読書もしたい。でも、オートバイにも乗りたい、で、苦肉の策とし
て好きな本を選び、何処か静かで眺めの美しい場所にバイクを止め、本を読み、
あるいは風景を愛でる、というわけだった。
そのオートバイ狂時代に終止符を打たせたのがゴルフだったのである。
多摩川にある野天の練習場まではオートバイ、待ち時間には読書、順番が来た
ら打ちっ放しと、楽しいことの多重奏なのである。しかも、広い河原であり、目
を遠くへ投げれば、普段の狭っ苦しい風景とはまるで違う世界が我が目を楽しま
せてくれる、というわけである。
さて、待ち時間がたっぷりとある時は、土手の近くの商店街にある喫茶店に入
るのが、これまたこの上ない楽しみだった。音楽喫茶というほどではないけど、
いつも静かな音楽が流れていて、喜寿になろうかというマスターがまた、コーヒ
ー好きという雰囲気をプンプンと漂わせていて、コーヒーというより、珈琲と書
いてあげるべきなのかと思ったりする。
サイフォンなどを駆使し、少々の時間を掛けて、用意してくれる。大概はモー
ニングセットなどを注文する。ここが本格的な珈琲好きとは違う、しょぼいとこ
ろなのだが、しかし、ハムエッグとトーストと珈琲のセットが楽しみで、日曜日
はいつも以上に朝寝坊の小生が、わざわざ朝早くにこの店に足を運んでいたのだ。
やがて、コーヒー独特の嗅覚の快感のツボを突くような苦い渋い、でも焦がれ
るような香りが漂ってくる。至福の一時。コーヒータイムというのは、飲むのも
楽しいのだけど、香りが漂い始める瞬間こそが愉悦の時なのではないかと思われ
たりする。
ただ、缶入りコーヒーで味を覚えた甘ったれの小生は、せっかくマスターが腕
によりをかけて焙れてくれたコーヒーにシュガーとミルクをタップリ入れてしま
うのだ。これでコーヒー独特の苦い香味の大半が吹き飛んでしまうのだ。だから、
尚のこと、香りが漂い始める瞬間が愛しいのだろう、か。
バターをタップリ塗った厚切りのトーストを食べ、ハムエッグを食べ、コーヒ
ーを飲みながら新聞を読む。小生、新聞が好きである。少なくとも、読み始める
までは新聞の来るのが待ち遠しい。いざ、読み始めたら、中身についてあれこれ
思ってしまうが、まだ、皺の寄っていない、折られたままで開かれていない新聞
は好きだ。もっと余裕があると店のラックにある漫画の本を読んだりもするのだ
が、そこまではゆとりがない。
耳からはマスターが選んだのか、クラシック音楽が流れてくる。他の客ともマ
スターはお喋りするが、静かな雰囲気を壊すまいという意識が店主にも客にもあ
るようで、耳障りになることはない。決して広くはない店なのに。
そんな店に(というか、打ちっ放しに)通っていたのは、80年代の半ば頃だっ
たろうか。通うのをやめた、ということはゴルフの打ちっ放しでの練習も止めた
のは、そろそろ80年代も残すところ二三年という頃だったと思う。
会社が傾きかけたり、社内の空気が澱んできたり、いろいろあってゴルフどこ
ろの気持にはなれなくなったのだ。
それから15年以上の時が流れた。あの店はあるだろうか。あの喫茶店での至福
の時の再現は成るだろうか。
行くと、店はあった。さすがに建物が古びて歳月の経過を感じさせはするが、
外見は変わっていない。さて、中はどうだろう。
入った瞬間、ガッカリした。店内のカウンターなどの作りは昔と変わらないの
だが、テレビがあり、競馬中継が音高く流れている。マスターはいなくて、店の
女主人らしい人が客と競馬の話やら、近所の噂話やらを誰に遠慮する風もなく、
喧しくやっている。
その日は、食事もとらないで現地に向った。
時間が遅いこともあり、モーニングセットの時間からは大きく外れており、と
りあえず、コーヒーの前に食事をと、肉野菜セットなどを注文した。
料理は美味しかった。でも、音楽の音は競馬中継の音が喧しく、聞こえるよう
な聞えないようなだし、とにかくお喋りが煩い。とても、コーヒーを注文する気
にはなれなかった。
この上、コーヒーを飲んで、味にガッカリしたら、やりきれない悲しさが募る
だけだと思われ、食事を終えたら、そそくさと出てきてしまった。
さて、小生は、いつ頃からコーヒーを呑み始めたのだろうか。中学や高校の頃
はどうだったろう。自宅にはインスタントのコーヒーもなかったような気がする。
我が家では未だコーヒーを飲む習慣はなかったはずである。せいぜい、銭湯に行
った時、風呂上りに壜入りのコーヒー牛乳を飲むくらいだった。
我が高校は(というより、我が県下は)、高校生が喫茶店に入ることが禁じら
れていた。だから、放課後に町中の喫茶店に入ることもなかった(はずである)。
数が少ないので、入ると目立つこともある。
ということで、本格的にコーヒーを飲むようになったのは、晴れて酒も飲める
大学生になってからのことだった。細々としたことは書かないが、下宿で学校の
キャンパスで、外食での喫茶の形で、煙草とコーヒーという組み合わせが、生活
の一部としてなくてはならないものとしてガッチリ組み込まれてしまった。
路上でだって、UCCの缶コーヒー、あるいは紙カップのコーヒーを買って、
カップ片手に歩いたりもしたものだった。
学生時代が終わり、サラリーマンになってからも、自宅でインスタントのコー
ヒーは欠かせない風物となっていた。煙草は大学を卒業した記念に止めたが、コ
ーヒーは友達のままだった。朝、目覚めに、午前中に、昼食後に、午後に、夕方
食事の後に、夜の一服の時に、寝る前にと、一体、日に何杯呑んだものか。
が、それが気がついたらまるで呑まなくなってしまった。今、思い出そうとし
ても、いつから呑まなくなったのか、また、呑まなくなる明確な切っ掛けがある
のかどうか、記憶に定かでない。
ただ、時期的にあの頃なのかと思うのは、やはり会社が傾き始め、小生自身が
窓際族をヒシヒシと感じ始めた頃なのである。
その頃は、やたらと忙しかった。というより、仕事が小生一人に集中し、他の
社員は社長も含めて全員、帰ってしまい、一人で夜遅くまで居残って仕事し、帰
宅しても仕事のことが頭からはなれず、夜も眠られず、朝は誰よりも早く出社し
て、なんだか先のまるで見えないトンネルを一人、闇雲に走っている、そんな状
態に追い込まれていた。
精神的に余裕がまるでなかった。孤立している自分を痛いほど、感じていた。
コーヒーを飲むどころか、スーパーに立ち寄る時間も気力も萎えきっていた。自
宅では寝たっきりの生活が続いた。食欲もなく、コーヒーどころか、僅かな寛ぎ
の時さえも夢のまた夢という状態だった。
気がついたら、コーヒーを飲む習慣など、すっかり消えていた。会社でストレ
スを抱えるようになったのは、それまでの現場仕事から事務所での書類仕事にな
ってからなのだが、食欲はないにも関わらず、それまでの習慣で現場仕事をして
いる時と同じ量を食べることは続いていた。しかし、肉体的な労働量は遥かに減
っている。自然、太ることになってしまう。
書類仕事になった年から、年に2乃至3キロずつ、毎年、体重が増え、アッと
言う間に標準体重を二十キロ超えてしまったのである。ウエストが76から78セン
チだったものが、気がついたら100に迫るほどになっていたのだ。
その間、コーヒーを飲む習慣などあるはずもない。別にコーヒーを飲まなかっ
たから太ったのだとは思えない。時期的に符合するのだとしても。
そういえば、最近、コーヒーの健康への効果が話題になったりしている。高血
圧に効果があるとか、それまでは悪玉だったカフェインが糖尿病に効果があると
かなんとか。
わざわざテレビで嘘の情報を流すとも思わない。そう、熱心に言うのなら、そ
れはそうなのだろう。メーカーの差し金かとも思うが、まともに信じるも良し、
軽く聞き流すもまた良し、である。がぶ飲みさえしなければ、体に害もなかろう
し。
情報は、あるいは食べ物の評価は変わるのが常だある。昨日までの悪玉が今日
は友達…。明日また、憎まれものに変わらないと、誰が言えようか。まして栄養
学にも何にも素人の小生、何をどう信じればいいのか、まるで分からない。
テレビ(やラジオや雑誌や新聞など)で毎週のように、新しい情報が流れてく
る。食べ物や飲み物に限っても、溢れるほどの情報が流れてきている。その全て
が信頼できる情報だったとしても、洪水の如くに押し寄せる情報を微細に至るま
で受け止め的確に理解し、まして実行するわけにもいかない。
話をコーヒーに限っても、では、コーヒーをこれから呑むようにします、とな
るかどうか。
思うに、コーヒーに健康への効果があるというのなら、それはそうなのだろう。
でも、我が身を、我が経験を振り返ってみると、なぜにコーヒーを飲む習慣が
なくなったかというと、心のゆとりがなくなったからである。精神的に追い詰め
られ、コーヒーをインスタントであれ、スーパーで購入するなどして用意しお湯
を沸かし、スプーンで掻き回し、などのもろもろの準備動作が、そのどれもがあ
る意味、嘗ては楽しみであったものが、もう、面倒で苦痛でならなくなった。そ
んな作業に費やす時間が惜しくなった、そういう自分がいるようになったのであ
る。
要は、コーヒーがいいかどうかではなく、その前に、コーヒーをゆっくり味わ
う心のゆとりも何もなくなったことが体調の不具合の原因なのだろうし、となる
と、大切なのは、コーヒーを飲むかどうかではなく、まずはコーヒーを飲める精
神的な余裕を作り出すこと、ということになる。
ところで、これまた余談なのだが、我が田舎の家で、いつしかコーヒーを飲む
習慣が作り上げられていた。それは老いた両親のこと。気がついたら、我が家の
茶の間には脇のテーブルに必ずインスタントのコーヒーが常備されているように
なったのである。
それが、不思議なことに時期的に、小生がコーヒーを飲まなくなった時期と並
行しているのである。お袋は、糖尿病を長く患っているので、恐らくは誰かにイ
ンスタントのコーヒーは高血圧にも糖尿病にもいいよ、と聞かされたのだろうか。
お袋は、小生と違って、コーヒーには砂糖もミルクも一切、入れない。アメリカ
ン風にして何杯も飲む。父は、砂糖もミルクも少々混ぜるようだが。
小生が正月やお盆に帰省すると、父らは小生にコーヒーを飲まないかと誘う。
が、皮肉なことにコーヒーを飲む習慣の消え去ってしまった小生は、答えを曖昧
に暈したまま、御茶でその場を濁す。
せっかくのコーヒータイムをみすみす我が手で流してしまった。あるいは、コ
ーヒーが用意してあるのは、両親の太り気味で糖尿病が懸念される小生への気遣
いだったかもしれないのに(間違いなく、そうなのだ!)。
そのコーヒーも、田舎の我が家では、今は、手があまりつかないようである。
というのも、肝腎のお袋が入院してしまったからだ。
減る様子のないインスタントのコーヒーの壜。過日、喫茶店へ入ってみような
どと思ったのは、遠いお袋の呼び声だったのだろうか。これからは、コーヒーを
飲むことを禁じられているお袋の分も、小生が代わりになって呑んだものだろう
か。でも、父と二人で飲むコーヒーは、何か味気ない。
分からない。先行きのことは、何も分からない。いつの日か、今度は親子三人
でもう一度、コーヒーブレイクと洒落てみたいものである。
やはりコーヒーは、お袋のように、砂糖もミルクも入れないで飲むのが相応し
い、ほろ苦い飲み物なのかなとつくづくと思う。
04/03/12記
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