ディープタイム/ディープブルー

(04/10/17 up)
 
 


 
 
                  by なずな



[ 以下の2作品は、なずなさんが描いた上掲の絵にイメージを喚起されて表現を試みたものです。が、なかなかイメージ通りには描けず、いつか、三度目の正直を、と思っています。(04/10/18 画像up時、記) ]



 
1.ディープタイム

2.ディープブルー





1.ディープタイム

 




 浮べる脂の如くして、くらげなすただよへる時……


 夢の世界に居る。真っ青な海の中。自分が海の真っ只中にいて、時に浮かび、 時に潜って行く。
   そう、潜って行くのである。決して沈んでいくわけではない。なぜなら、不 思議な浮遊感が自分の体を満たしているのが分かるからだ。海の水が体を浸潤 している。目の玉にも耳の穴にも鼻の穴にも、尻の穴からだって、尿道口から でさえ、水は遠慮なく入り込んでくる。
 まして、口内を満たした命の水が喉から胃袋へ、あるいは肺にまで浸透し満 ち溢れ、やがては我が身体を縦横無尽に走る毛細血管もリンパ管も神経の無数 の筋をも充満させ、気が付くと、海水で膨らまされた気泡にまで変えてしまっ た。
 そうだ、今は一つの泡なのだ。私とは、泡の膜なのだ。それ以上でもそれ以 下でもない。
 私には苦しみもなければ喜びもない。あるのは、波の戯れにゆらゆら揺れる 膜の襞の変幻だけ。体に満ちる瑞々しい感覚。外界と内界とが分け隔てなく、 自在に交流する自由感。
 私は今、一個の宝石になっている。水中花より遥かに永遠なる輝きと神秘を 誇る太古の宝石に。
 私に光は要らない。太陽の光をたっぷりと吸い込んでいるから。どんなに深 い海の底にあろうと、光の粒は無数に回遊する微生物の体を通して私に届く。 マリンスノーは光のペイジェント。その光のイルミネーションこそが、私の餌。 私の細胞。私を光り輝かせるエネルギー。
 私は、この世がある限り、自光する。
 私は美しく優雅に、優美に、優艶に、悠々と泳ぎ漂う。私は命そのものだ。 たとえ、行き逢った海の生物に私の裸の肉体の一部が齧られようと、平気。ほ んのしばしの時の後に、凹んだ身体が前にも増して艶艶の肌を蘇らせるのだか ら。
 だから、むしろ、私は食べられたい。命の欠片を誰彼構わず与えることで、 私は永遠に近付いていくことを実感する。
 食べられた肉片は、相手の体の血肉となる。骨となる。体液となる。水晶体 を構成するゼリー状の液晶となって、私は私の居ないはずの場所をも見、聞き、 嗅ぎ、舐め、感じるのだ。
 齧られるたびに、私は世界により深く偏在していく、というわけだ。こんな 喜びが他にありえるだろうか。
 私は膜。この世を包み込む膜。私は膜に包まれる一個の宇宙。私は膜に包ま れている……? そうかもしれない。けれど、一体、膜に包まれているのは、 本当に私なのだろうか。むしろ、膜の内側にあるのは、宇宙のほうではないの か。
 ああ、私は偏在する。千切れた肉片が、細胞の一つ一つが、海の中だけでは なく、魚を通じ、やがては鯨に熊にイルカに人にだって、なる。蝶にも蟻にも、 ミミズにだって、なる。屍骸となった私は微生物達に分解されて、植物にもな る。
 植物達の体で私は、ふたたび光と出会う。光合成する葉緑体で、海に淵源す る私は、大気中の光の粒たちとの再会を祝福する。至福の時を生きる。
 濁れる海。限りなく透明で、それでいて際限もなく豊かな海。海とは、世界 だ。世界が一つに繋がっている何よりの証明だ。海とは、池でもなければ、川 でもなく、世界の融合のことなのだ。
 青海原。浮き漂う脂の如き命の種。形さえない、天に咲く木や花の花粉。花 粉の中には原初の光景が詰まっている。モノとモノでないものとの境目の時の 産みの苦しみと歓喜の記憶が刻み込まれている。微細な粒子の胎動が、目を閉 じた私の脳裏を不思議な感動で惑わせる。
 命の胎動は、遥かな昔同様、今も鳴動していることが分かる。感じる。
 私は黴。私は苔。私は茸。私は藪。私は壺。私は花。私は草。私は肉。私は 土。私は水。私は海。私は気。私は風。私は息。私は時。私は愛。私は全。そ う、私は全てなのだ。私は命の誕生そのものなのだ。


04/10/10 作





2.ディープブルー

 




「国稚(わか)く浮べる脂の如くして、くらげなすただよへる時、葦牙(あしか び)の如く萌え騰(あが)る物に因りて…」


 夢の中にいる。夢だと分かっている。間違いなく夢に違いないのだ。そんな世 界がありえるはずがないし。
 でも、この世界から抜け出せない。上も下も右も左も、どっちを向いても、水 である。水に浸されている。口を固く閉じているつもりだけど、つい油断して口 を開けてしまう。すると、口の中に水が浸入してくる。水が口中だけじゃなく、 喉にまで入り込み、内臓をも水浸しにしてしまう。
 喉に入った水は、容赦なく気管支に流れ込み、肺にも入り込んで、肺胞を水攻 撃し、水鉄砲で突っつき始め、ついには、無数に分枝したその末端にある肺胞の 一個一個が肺の本体から剥がれ落ち、気が付けば、ブクブク上がる水の泡どもと 紛れてしまって、もう、水の泡なのか肺胞だったのかの区別も付かない。
 ああ、これでは、肺胞での換気はどうなるのだ。溺れてしまうぞ。息が出来な いぞ。これまでのオレの人生が泡沫と化してしまう。オレの努力が水の泡だ。
 喉が競りあがってきそうだ。疲れきって、口が開き、顎が上がってしまう。オ レは一体、どうしてしまったのだ。
 苦しい!
 苦しい?
 あれ、苦しくない。苦しいなら苦しいだけにして欲しいのに、まるで苦しくな い。オレは、水浸しになっているのに、どうして溺れないんだ。溺死して、それ で一巻の終わりになっていいはずなのに、なぜ、未練たらたらに生きているんだ?
 生きている? オレは生きていると言えるんだろうか。なるほど、オレは生前 は生きているとは到底、言えないような人生を送ってきた。むしろ、人生を見送 ってきた。見過ごしてきた。
 だからって、オレを水の刑に処して、水の中に晒し者にして、この期に及んで まで、生き恥を晒させようというのか。このオレが、どんな悪さをしたというの か。何もしてこなかったじゃないか。
 えっ? それとも、何もしなかったから、こうして水中の汚泥として生き長ら えさせようというのか。
 ああ、オレは丸裸だ。真っ裸だ。赤裸だ。薄暗い理科資料室の標本だ。赤面し ている魚だ。服を脱がされてしまっただけじゃなく、肌さえも剥ぎ取られてしま っている。内臓が透け透けになっている。なけなしの脳味噌さえ、水に漬かって、 ふわふわしている。
 あっ、あれは何だ? まさか、そんな、嘘だろ。オレの内臓が、オレの体から 離れ去って、勝手に蠢きだしているじゃないか。今更、オレに義理立てなどする 必要が無いとばかりに、水に浮いている。水中で漂っている。プカプカしている。 一切の柵(しがらみ)を捨て去って、そう、ご主人様のはずのオレをも見捨てて、 我が道を歩み始めている。
 ああ、オレにも我が道を歩めというのか。オレにどんな人生があるというのだ。 内臓がバラバラに離散し、骨だって、関節の箍が緩んでしまって、90度どころか 180度どころか360度どころか、オレへのあてつけみたいに、むやみやたらとグル グル回転している。今までがあまりにゴツゴツ、コツコツし過ぎていたと言わん ばかりじゃないか。
 内臓も骨格も我が侭のし放題になっている。離散どころか、我が人生は悲惨そ のものだ。
 ああ、我が脳味噌だけが、宇宙の中の島宇宙のように、プカプカ浮いている。 オレは今じゃ、太平洋の離れ小島なのか。
 ああ、なのに、この、なけなしの脳味噌さえ、今にも破裂しそう。それとも、 破裂するんじゃなくて、脳細胞が、脳の神経が、分裂しかけている。離反しそう だ。誰に対して謀反をしかけようというのか。脳細胞がバラバラになったら、反 発する相手もなくなってしまうじゃないか。思い止まれよ。寄り添って生きてい こうじゃないか。オレに悪いところがあったら、直すよ。生まれ変わるよ。
 ああ、オレは、無数の細胞の離散した雲のような存在に成り果ててしまった。 オレとは、確率だ。確率の雲だ。霧だ。水中の霧だなんて、想像もつかない。雲 を掴むような話だ。オレは何処に居る。あの雲の彼方か。あの水平線の向こうな のか。地平線は何処に消えた。山の高原に降る霧がオレだというのか。たまに霜 になって地上にしがみ付いて、そうして、地上世界に生きた過去の思い出を懐か しんでいるというのか。
 ああ、雲よ。固まるんだ。一個の存在に戻るんだ。早く! 
 そうしないとお日様が上がってきたら、霧なんて掻き消されてしまうじゃない か。雲散霧消しちゃう。気体のままじゃ、風に呆気なく流されてしまうぞ。一個 の塊となるという夢が朝日と共に蒸発してしまう。元の肉体に戻れるかもという 期待が吹き飛んでしまう。
 早く、霧たちよ。無数の微粒子たちよ。数知れない確率の雲たちよ。量子崩壊 して一点へと凝縮するのだ。<わたし>になるのだ。<わたし>が嫌なら、<そ れ>になるのだ。
 ああ、青い水。青い水の中の花。眺めるはずのオレが眺められている。真っ裸 以上に赤裸のオレがジロジロと眺められている。
 オレは形をとっくに失い、ブヨブヨし、プヨプヨし、フワフワし、プカプカし、 プニュプニュし、風に吹き流され、無数の花粉と隣り合わせになり、誇りを失い、 埃の雲に覆われ、焦点を見失い、そして、水中にあって、目に見えない流れに押 し流されている。
 体を失ったオレとは、一体、何だ。何処にオレは居る? オレは一個の感覚で はなかったのか。オレとは一個の幻想だったのじゃなかったのか。オレとは、幻 想への幻想、感覚への感覚、夢への凝縮、形への崩壊の夢、変幻しつつも、いつ かは一個の形を取れるはずという、何の根拠もないのだとしても、その期待に生 きていたのじゃなかったのか。
 ああ、オレは勝手に裏返しにされている。見透かされている。薄っぺらな自分 が曝け出されている。嘘が吐(つ)けなくなっている。夢を見るはずが、夢その ものになっている。夢とは、青い空に浮かぶ雲だ。変貌極まりない天然自然だ。 無辺際なる未来も過去もない無明の宇宙。雲の裏の金色の耀き。裏? 裏って、 一体、どっちが裏なのだ。オレのいないほうが裏? それとも、オレのいるほう が裏なのか。眩い光。光芒の照射。オレの生きていたことは、光芒の誤りに過ぎ なかったのか。
 ああ、我は一体、何処へ消えたのか。我への執着心。そうだ、オレとは我への 執着心以外の何物であろうか。幻想だ、無為だと謗られ軽蔑されようと、我へ固 執する意志、一個の塊への執心、我であろうとする欲、そう、我執、妄執以外に、 オレなど、何ほどのものであるはずがないじゃないか。
 なのに、雲だ。霧だ。霞だ。靄だ。曖昧模糊だ。もやもやだ。
 オレとは一個の感覚。考えることなどとは、一切、無縁の感性だけの存在。在 るとは思うことではなく、感じること。エッセ・エスト・ペルキピー Esse est percipi。存在とは知覚。感じること。存在とは存在。
 では、オレは今、感じているのか。水に漂って。漂ってさえ、いないじゃない か。オレは今や、水の粒子とさえ、溶け合っている。混じりあっている。混在し ている。水とは万能の溶液だとか。ああ、オレは水の罠に掛かってしまったのだ。 水の策略に嵌ってしまったのだ。水に溶け去って、溶液の中に消え去っている。
 ビーカーの中の水。ああ、透け過ぎている。視線が透過してしまって、閉じら れた瞼の裏の水晶体に封じ込められてしまっている。
 こうなったなら、オレは、開き直るしかないのだろう。そうだ、オレは、水に なればいいんだ。水は方円の器に従うというじゃないか。今のオレは、水そのも の。だったら、オレは、変幻自在なる夢そのものとなる。器さえ、邪魔だ。オレ は宇宙になる。そうだ、雲なんて、論外だったのだ。雲も霧も霞も靄も、吹き飛 ばしてしまえばいい。何故なら、オレは宇宙なのだ。宇宙の時空に偏在している のだから。
 水とは、水素と酸素だ。その水さえも、還元してしまえばいい。一切を還元し てしまえば、そこにあるのは、宇宙だ。宇宙の根源だ。宇宙の根源とは、何か。 それは、青だ。青い海だ。海が宇宙より根源であるはずがないって。海とは混沌。 混沌の海こそが宇宙じゃないか。青みの底へ。青の時代へ。青に透過された海の 底の泥濘。堆積した悲しみと喜び。
 クラゲが浮かんでいる。泳いでいる。それとも、漂っている。漂流している。 意志などない。水の流れが、即ち、意志なのだ。夢とは意志そのものだ。オレは 今、意志そのものとなっている。存在と不即不離にある。オレはオレに完璧に重 なっている。
 オレとはナルシストなのか。まさか、自分の存在を信じないオレがナルシスト たりえるはずがない。オレとは、無なのではないか。無以上に、それとも無以下 に蒼白なる海なのだ。海の、宇宙の大きさのクラゲ。水の流れ、気の流れ、意の 流れ、闇の海を渡る船の水路を示す杭を、そう、澪標(みおつくし)を感じるこ とのできるクラゲなのだ。闇の宇宙の中の水先案内人なのだ。何故なら、オレそ のものが存在なのだから。
 青い海の、その果てしない深みを誰よりも味わう。闇の海の静寂に鳴る響き。 宇宙の鼓動。光の明滅に他ならない鼓動。
 瑞々しさを堪能していた。潤う心になっていた。泉の湧く岩場にいた。花の咲 く高原だった。抽象的にして、現実そのものである夢そのものだった。
 こうして、オレは水に浮かび漂いながら、目覚めることのない光る夢となって いたのだった。


04/09/27 作