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ヘッドライトは何のためにあるか。
答えは、車やオートバイなどが夜など視界が悪い中を移動する際に使用するものであ
る。暗闇や霧や土埃の舞う時に前を照らすため、更には自らの存在を周囲や対向車(者
)
に知らしめるために使用する。
権威に弱い小生としては『広辞苑』でヘッドライトの語意を説明しようと思ったのだ が、残念ながらヘッドライトの英訳しか載っていなかった。従って上記のように小生な りの常識的と思われる性格付けめいた定義を試みたわけである。 ところでさて、では交差点などで停車している際、ヘッドライトは点灯し続けるべき か否か。 ここはやや微妙なところだろう。第一、面倒がりやの方は一端点灯したなら、其のま まで放っておくという考え方もある。 第一、交差点で止まったからといって消さなければならない理由などあるのか。 あるいは杓子定規に闇の中、視界が良好出ない際に使用するものだとしたら、信号待 ちであれ、止まっているなら、つまり移動していないわけだから消すべきという考え方 で済ませてしまおうか。 さて、あなたはどう考えるだろう。 何、無意味な問い掛けをするなって? この忙しい時に無駄な時間を費やすなって? ああ、なるほど。全くその通り。小生もだから先手を打って、無用な考察と銘打って いるのである。 ところで小生は東京に住んでいる。それが何だって? 今の話に関係があるかって? まあ、まあ、そう、とんがらないで。 東京は実は坂の街なのである。これは知る人ぞ知るの話だが、命名されている坂だけ でも四百あると何かのホームページにあった(ちなみにそのホームページは東京の坂だ けを扱うホームページであった)。 中には同名の坂も方々にあったりして、そうした坂の数々を探訪するだけでも結構楽 しい。 幽霊坂なんて坂に行ってみたいと思いませんか。権之助坂なんか楽しそうじゃないで すか。綱坂というのがあって、それは羅生門の鬼退治で有名な渡辺綱(わたなべのつな ) にちなんだ坂なのである。なんて、話が何処まで脱線するかわからないので、軌道修正 。 つまり東京で車を走らせるというのは、一部湾岸の埋立地を除けば、ほとんど坂を登 ったり下ったりしているということなのである。勿論、更に東京は高速道路や立体交差 が結構多くて、それも又、坂と言えば坂であることは言うまでもない。 東京が日本の文化や経済の最先端の街であることは否を唱える人は少ないだろう。そ の東京がコンクリートジャングルの街というイメージの割りに、探訪して面白いのは、 様々な新しい趣向の店がドンドン出来(ては壊れ)ているというだけに止まらず、実は 公園が多いこと、更には坂が多いことがかなり貢献していることは銘記しておいていい 。 ほんの僅か以前には狸の山だった麻布などを切り拓いて町を次々無闇に作ったものだ から、山の手にしても住宅街の道はかなり入り組んでいるのである。 また脱線しているって? そうヘッドライトの話だっけ。 その坂の多い東京でヘッドライトを点灯して走るのは、移動の際には当然必要だとし ても、停車している際は、実はかなり有害極まりない武器になりかねないのである(や っと本題に入ってきた)。 どういうことかというと、東京に限らないのだが、坂の多い街での道路の交差点では 、そのヘッドライトの光が眩しくて、所謂幽霊現象が頻発するのである。 幽霊現象とは、多分、教習所などで習ったことと思うが、ヘッドライトの照射によっ て、その光の交差の只中にいる人(車)などが幽霊のように、いるけれども姿は見えな い、という状態になることである。 坂の途中に止まった車のライトは対向車や交差点を曲がってくる車には、場合によっ てはハイビームの状態になっている。しかも交差点には何台も車が停車しているわけだ から、その光の洪水たるや壮観なものである。幽霊もたっぷり現れる(隠れる?)とい うわけだ。 更には最近はヘッドライトの性能が向上して、昔のタングステンを使ったシールドビ ームから、バルブという光源を別に持つ形式のヘッドライトが主流になった。その光源 はハロゲン球と呼ばれるもので、その登場当時は眩く感じたものでした。 それが今は御存知のように青白い光を放つ「HID」と呼ばれるものが見られるように なってきている。ディスチャージとかキセノンヘッドライトとも称します。 その原理は略しますが、要するに蛍光灯の親分みたいなものです。電圧は約20,000 Vある。高電圧なわけです。明るさは従来のバルブの約3倍。消費電力は約半分と聞い ています。 フィラメントもないので球切れの心配がなく耐久性もあって、しかも明るいときたら 言うことなしです。 ただ、明らかな欠点があります。それは明るすぎること。値段のことはさておいても 、この明るさは無用なまでに明るいのです。普通のロービームの状態であっても、バル ブ球で言うハイビーム並みの光度を有しているのですね。 そんな眩い光を放つ車が信号待ちをしながら、ただ漫然とヘッドライトを照射したま までいるというのは、上気したように交差点などを移動する車にはめくらましをされな がら走り抜けるようなものです。 ところで今までは走る車にとっては停車している車のヘッドライトは、状況によって は車幅灯だけにしたほうが無難だという話でした。 尚、坂でなくても、4駆やトラックなど座高の高い車はロービームでも対向車や歩行 者から見るとハイビームに等しくなりがちなので、やはりヘッドライトの照射の角度や 点灯/消灯の切り替えに神経を払ったほうがいいでしょう。 同じく坂でなくても、交差点で曲がるタイミングを待つ車もヘッドライトを消したほ うがいいのかどうか、これは微妙な問題です。消したほうが直進する車には親切です。 何しろ、交差点内で直進車の走行の過ぎるのを待っている間、照らされているヘッドラ イトは直進車には光がドライバーを直撃する格好になります。 けれど、交差点内で車幅灯だけでは心許ない気もする。 従って小生は未だ、結論を出すに至っていません。 次は、停車している車にとってのヘッドライトの消灯の意味を考えてみましょう。 まず、先頭の車の場合、今、話したように消灯したほうが走行している車のためにも 宜しいのではないかという話になります。 さて、その後部の車はどうなのか。先頭の車こそ、走行する車のためには消灯したほ うがいいのは理屈としては言えたとして、後部にいる車がライトを消す意味はあるので しょうか。 それが実は結構あるのです。 それは特に都会のように忙しい人の多い街、更に夜中でも信号待ちの際、何台も車が 列をなすことが多い街では特に言えることです。 信号待ちでは結構皆さん、イライラしています。信号が変わったら、一秒でもどころ か一刻でも早く動き出したいのです。 にもかかわらず、都会にはいろいろな人がいて、信号待ちの際、漫画や雑誌を読んで いたり、地図を開いたり、カーナビに見入ったり、隣りの彼女と談笑したり、ただ道端 の店に気を奪われたり、というわけでつい信号の変わったのにも気づかずに停車したま まというケースがありがちなのです。 そこで前の車を動かそうとクラクションを鳴らすのは田舎者か未熟な若者のすること で、といってパッシングをするのも気が引けます。下手すると喧嘩の種になりかねませ ん。 それが停車の際、ライトを消灯していたのを点灯しただけなら、別に音や光で前の車 を煽ったことにはなりません。何しろ、移動の際、車のライトを使用するのは当然な話 ですから。 それでいて前の車にすれば、パッと急に周囲が明るくなったりして、状況が変わった ことが瞭然です。状況とは、この際は、信号が変わったということ以外の何を意味する わけもありません。 つまり、さりげなくぼんやりしている前の車の運転手に発車を促しているわけです。 なおかつ、ヘッドライトが前の車のバンパーなどに反射して、運転席にいる人間には 無用の光が充満し、結構目が疲れるのです。特に長い間都内を運転する場合には。 だから小生は先頭でなく信号待ちしている場合でもヘッドライトは消すのです。 |
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情報は溢れるほどにある。有り余るほどで、それは情報の洪水と表現するしかない。
それこそインターネットを通じて、何かの用語を打ち込んで検索すれば、瞬時にして 画面上に関連する情報が表示される。先日、ある好きな画家のことを知りたくて、その 名前を入力して検索したら、数多くの雑誌、本、展覧会の数々が示された。インターネッ トの威力に改めて感じ入った次第だ。 けれど、いつかこのフォーラムでも述べたように、所詮は入手しえる情報はあくまで 何処かにキープされている情報に限られることである。つまり、何らかの形で情報の端 末に引っかからない限り、それは電子の波に乗ることはない。 それは、軍事情報や政府の機密情報など、恐らくは政府や関係者の閉ざされたネットの 内部を出る事はない、という当たり前のことを言っているのではない。そうではなく、 街中のちょっとした事件であっても、それが事件として記録され伝えられなければ、一 切情報にはなりえないということだ。 もっともそれこそ当たり前のことだと苦笑されそうだ。が、このことはもっと真剣に 考えておくほうがいいような気がする。大切なことはネット上には載せない。恐らくは そんな防御姿勢が身に付くのも早いだろう。そしてそんな生の、微妙な事柄は電波の海 の彼方に息づいている。 ただ、この場ではその点について深入りしない。今、私が改めてつくづく感じている のは別のことなのである。タイトルにも記したが、まさに私は愚かにも情報の海に溺 れそうなのである。自分が知りたいことは、成る程、従来の本や雑誌などに加えてネ ットという強力な情報源を得ることで幅広く調べることができた。場合によっては、生 の情報が、今、吐き出された湯気の立つような情報が入手できることさえある。私は科 学関係の本を読んで、できるだけ最新の科学情報を得るように心がけてきたが、今はネ ットで取りあえずの話題を探るのに忙しい。雑誌でさえ古く感じられることがある。さ すがに科学者本人に生の質問をすることは限界があるとしても、それでも多くのインタ ビュー記事などが新鮮なままにネットに載っていることがあって、追いかけるのが大変 なのだ。もう、嬉しい悲鳴どころではない。 もう、本も雑誌も情報源として古いことをつくづく感じさせられるのである。それで も本を読む楽しみは手放さないけれど。 今、この瞬間に科学者が先端の研究にいそしみ、それを様々な形で発信している。無 数のジャーナリストが最新の情報を追いかけている。本を読むのが好きだし、昔はこれ でも少しは文学関係の本も読んだものだ。しかし、少なくとも、現代文学に関しては追 いかける気力はとっくに失われている。気力というより意欲というべきか。 つまり、最近、報道される様々な面妖・奇怪な事件に接するたびに、現実は文学など 表現できないほどに先を行っている。どんな文学者の表現をも圧倒する現実が繰り広げ られていて、しかも、報道される事件すら、その一部でしかないということ。 勿論、私は今も古典に限らず、文学作品を読む。けれど、それはある種のノスタルジ ーの念を抱きつつであって、そんな旧き良き時代があったのだなあという、感懐を抱く ための、幾分後ろ向きの姿勢でなのである。昔の文学者は、そんな読み方をされている と知ったらガックリするだろう…。 現実はとことん先を突っ走っている。それは文学も映画も音楽も思想も追いかけるこ とはできない。本や雑誌を読む空しさをここ数年、感じるのはその無力感のせいなので はないかと思う。元々私には溢れ返る情報の波を泳ぐ自信もない。しかも情報の海に漂 うものはあくまで端末に引っかかったものだけにしか過ぎないし、そしてそれ以上に、 では私はその情報の海の波の飛沫にではあっても触れているのかさえ、覚束ない。 けれど、私はその情報の海の突端に立ちたいのである。仮に小生がその海を泳げない としたら、それなら、自分が逆に一個の発信源となればいいのだ。情報の突端には人が いる。人が現実を生き、見つめ、格闘している。 今、環境の問題が喧伝されている。それは無論、人間の我が侭の結果なのだけれど、 しかし、同時に地球の悲鳴のように感じられてならない。地球環境が汚染され、環境が 激変して困るのが人間だけならば、それは自業自得なのだが、実際には少なくとも現状 の環境になんとか親和している無数の生命体までもが巻き添えになるのである。あるい はなっているのだ。 一昨年末、2000年問題で世界中が大騒ぎをした。それはネットに絡む問題でもあ った。ネットを通じて世界中がコミュニケーションを取って対処したのである。これか らは地球環境問題でこれまで以上に世界中が協力しないとならないだろう。また、そう しないと間に合わないほど危機は切迫している。そうした今、情報の海の嵐に溺れるわ けにはいかない。 恐らく、従来の科学も思想も文学も、あるいは映画や音楽も今後の十年ほどの間に大 変貌を遂げるような予感がする。手法も発想法も根底から違うものが求められている。 従来の延長ではない何か。多分、ネットの役割はそこにこそあるのだと思う。人類の知 恵の限りを尽くして、宇宙の中の地球人として、生存を賭けた闘いが始まっている。溺れて悲鳴を上げているだけでは済まないのである。 |
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この頃、友人の仕事の関係で先端的技術の研究開発に携わる科学者や技術者の話を聞 く機会が多い。元々、文系の学部を卒業していながらも、科学にも興味はずっと抱いて
きたので、これ幸いとじっくり第一線の研究者の生の声に耳を傾ける機会を得られて喜 んでいる。
私は宗教や文学、哲学、心理学などへの興味があって、それなりに古今の著作に触れ てきた。同時に、現代の作品にも少しは目を配ってきたのだけれど、しかし、10年ほ ど前から、どういうものか、少なくとも現代文学の作品にはあまり興味を持てなくなっ てきたのである。 それは私自身の感性が鈍ってきて、時代の突端を表現する文学に触れても共感するこ とが出来なくなったせいがあると思われる。何といっても文学に限らず、音楽だって、 私の耳には現今のラップミュージックに限らず、感覚的に受け付けないところがある。 最早、小生には現代の特に若手作家の表現する世界の文面に漂う感覚を嗅ぎ取ることが 出来なくなっているのかもしれない。 けれど、同時に多少は私に抗弁させてもらえば、なんと言っても時代の変化のあまり の早さがあるのではないかと思うのである。 但し、時代の変化に付いていけないから、だから新人作家やベテラン作家の作品でも 新しい作品に共感できない…。そういうことを言いたいのではない。 それよりも我々は時代の変化、特に科学の研究の伸展の早さに圧倒されているのはな いかと思うのである。遺伝子研究や、脳死による臓器移植、免疫システムの解明、素粒 子物理学と天文学の合体、すなわち科学となった宇宙論、大脳生理学に由来する脳の謎 の解明、更には科学技術・工学技術の発展…。思いつくままに挙げてもこれだけある。 20世紀における科学の探求で得られた知見の総量というのは、有史以来19世紀以前 までに得られた知見の総計をはるかに上回っているという。 勢い、私の読書にしてもそうした新しい知見を本なり雑誌なりで追うのに忙しくなっ てきた。しかも、新しい知見というのは、いずれも旧来の人間観や世界観そのものの変 革をも同時に迫るものなのだ。脳死による臓器移植も免疫システムなどの研究が進んだ ことが、生理学や医学の進展と相俟って可能になった、まさに20世紀を象徴する事態 なのである。他人の生体(脳死した生体!?)からの移植が可能でなければ、そもそも 発想すること自体、ありえなかった話だ。 科学技術の発達といえば、コンピューターは逸することは出来ない。パソコンが身近 になり、更にインターネットが普及して、知的世界の様相が一変した。インターネット の普及は想像を越えた事態を我々に齎すに違いない。どんな想像力の逞しい人も考え及 ばない現実が近未来に実現されていることだろう。 いずれにしも、こうした中で私には文学作品や宗教学者の著作を追うのは、空しい営 みに感じられてならないのである。そう感じる私の理解や感覚が浅薄過ぎると分かって はいるのだけれど。 それなら、文学や宗教、あるいは哲学など最早、時代遅れの無用の長物に過ぎないの だろうか。有史以前より、人生や世界への深甚な悩みや疑問に遭遇するたびに、人は壁 に阻まれ、考えることを迫られてきた。人の心の奥底を先人は凡人たる私には及びもつ かないほどの気迫と情熱で探ってきたのだ。そうした営みの一切がもう時代遅れで、現 代の未曾有の事態に直面している我々には通用しない認識であり、境地であり、古びた 英知・知恵であるに過ぎないのだろうか。 冒頭で私は最近、先端科学技術者や科学者の生の声を聞く機会を享受していると述べ た。特に現今話題になることの多いロボット関連の研究者の声を聞く機会が多い。そう した研究者達は、ロボット、特に人間型ロボット(ヒューマノイド)の実現を目指す中で、人間というものへの理解を深めようとしている。人間を模するロボットを作ることで、 人間の心や意識の成り立ちさえ、探求しようとしているのだ。 もとより私は彼らが思うようには50年程度で人間型ロボットが実現できるとは思っ ていないのだが(多くの現場の研究者も実はそんなに簡単には実現できると思っていな いようだが)、しかし、そうした研究の過程で、従来の宗教や哲学、文学などでは考え ることさえなかったような認識が得られる可能性までも否定は出来ない。 実際、ソニーが一昨年・昨年と発売して話題になったアイボとか、本田が発表した二 足歩行ロボットなど、ある意味で我々人間の側が思い入れさえするなら、少なくともペ ットのレベルでは人間に親和するという意味での人間型ロボットが実現していると述べ てもいいかもしれない。 パソコンソフトで「シーマン」という人面魚みたいなやや生意気なキャラクターが画 面に現れ、我々の問い掛けに横柄とも思えるような応対をするソフトがある。あれも我 々が思い入れをしているかぎり、画面上の人間型ロボットの一種といえるかもしれない。ぬいぐるみにさえ、思い入れして語りかけたりする人がいるのだ、これから先、どんな 想像を越える存在が現れることだろう。 私の科学技術の先端を追う日々は終わらないというわけだ。 しかし、けれど、私は一方で文学や哲学、宗教への思い入れもある。思い入れという より、どんなに新しい革命的知見が科学や経済、政治、社会の現場から立ち現れようと、しかし、それに対面するのは、結局は我々自身なのだと言いたい。道具として従前の眼 鏡やカメラや書物や近くの知恵者などに加えて、パソコンやインターネットや情報誌や 携帯電話や人工衛星などが我々の周辺に並んだとしても、結局は我々は事態に裸で立ち 向かうしかないのだ。病を治す術があっても、いつかは遅かれ早かれ病に臥す。そうし た時、我々はいつかは徒手空拳で、しかもたった一人で立ち向かうしかないのである。 極論すると、科学とはそうした究極の事態を先延ばしする延命装置に過ぎないのでは ないか。 情報の波は洪水となって我々に押し寄せている。これからますます波は高く激しくな る一方だ。街は情報に溢れる。自由に選べるといいつつ、情報の洪水の中で実は我々 は途方に暮れるばかりなのではないか。 私は街を浮遊している。恐らくは自己そのものが曖昧模糊となっている。砂が手から 零れるように現実は私の手を零れ、風に流されていく。科学は多分、事実を提供してくれ る。未知の知見を一杯恵んでくれる。しかし、生き方迄をもを提供してくれるわけでは ない。生きる道具を提供してくれることはあっても、さて、私がどう生きるべきかを教 示してくれるわけではない。 時代に文学も哲学も宗教も全く追いついていけない。けれど、そのことは単に従前の 哲学や思想や文学が時代の進展や次々と現出してくる新たなパラダイムの洪水に立ち遅 れているというだけではなく、実は我々自身が時代に取り残されつつあることを示して いるのではないのか。 私は自分を闇の海に浮遊する海月に類するものに思われることがしばしばある。否、脂の海に漂う海月そのものなのだと実感している。自己が浮遊し漂流し闇に呑み込まれようとしているのだと感じているのだ。言葉は無力かもしれない。しかし、私は無力の塊のような言葉の海に漂流する覚悟だけは持っていたい。 |
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私が多少なりとも文学作品なるものに自覚的に接し始めたのは、多分、大学に入って からだったと思う。自分のことなのに多分というのも情けない話だが、中学から高校に
かけては理科系の頭を持っていると思い込んでいたし、文学なるものは自分には何か無 縁の、遠い世界の方々のものだとみなしていたのである。
実際、読むものといえば、宇宙論か天文学の本、海に生きる生物の話、医学の挿絵の 多い本などで、要するに出来るだけ頁当たりの字数の少ない、かつ写真か挿画のある本 を物色していたのだ。(医学と記すと偉そうだが、昔のこと、そして未だH本を自分で は買えない頃とて、図鑑などで女性の半裸の写真を探す一環でもあった) しかし、それが高校も2年の終り頃から徐々に読書の傾向が変わってきた。失恋など も人並みに経験して(ちなみにほのぼのとした恋心を初めて抱いたのは保育所時代のこ とで、同じクラスにいる近所の女の子だった)、単に物理学や数学、分子生物学への好奇 心一方では飽き足らなくなってきたのである。1年の時には『ジェイン・エア』などを 読んで感動したりとか、前兆はあったのだが、人の心の奥深さに失恋を契機にか、目を 見開かれたというわけだ。 文学や哲学、宗教に惹かれると同時に、政治などにも関心を抱いたりし始めた。丁度 その頃は、まだ安保騒動の余韻があったり極左勢力の総括事件などが頻発し出していて、一気に生臭い世界を覗き込んだりした。その当時、抱いた関心の一つが広島・長崎に投 下された原爆というわけである。 疑問だったのは、何故、日本に投下されたのかだった。それは今も解けない疑問であ り続けている。なるほど戦時の日本は狂気の只中にあり、天皇を初め、特に陸軍に代表 される勢力が徹底抗戦を主張していて、本土での決戦を嫌うアメリカが最後の決断、つ まり無条件降伏を迫るために原爆を落としたのだと、一応の常識的理解はしている。 また、アメリカ側は原爆の投下によりアメリカ軍の犠牲を最小限に留められたのだ、 と主張している(無論、この点には重大な疑義がある)。 しかし、釈然とはしない。何故、あんなものをアメリカは日本に落としたのか。 けれど、近年、それ以上に疑問なのは、何故あんな非道な無差別殺人兵器を使用した アメリカを戦後、日本がほとんど非難しなかったのかである。むしろそちらに移ってい ると言ってもいいかもしれない。日本のみならず、アジア各国、あるいはヨーロッパの 人権団体なども、もっと積極的に非難してしかるべきなのではないのか。 日本は15年戦争当時、確かにアジアの国々に対しては独善的な意図から相当にひど いことをした。それは戦中の日本を分析する本などで、わが国のことながら、残念至極 だし、だから、私は日の丸も素直には正視できないし、君が代も歌うことができないで いる。純粋に国家として尊敬できる状態に、戦後数十年経過してもないことに、より以 上に残念におもったし、今もその理解に変わりはない。いつまで経ってもアジアなどに 謝り続けることに被虐史観なる浅薄な論点を立てて反省を迫るむきもあるようだが、し かし昭和天皇が戦争責任について口を拭ったままこの世を去ったことで、残念ながら永 久に日本は反省を、けじめをきちんとしない国としてアジアの各国から心からの尊敬を 得ることはなくなったと言っていい。 しかし、それにしても、何故、アメリカは日本にあんな残虐な兵器を平気で使ったの か…。 そして、何故、そのことを日本の戦後マスコミを含め、日本の大多数の人々はアメリ カを非難しないのか。 戦争とは国家と国家の闘いであっても、実際に武器を手にとって戦うのは基本的に軍 人なのである。一般民間人は協力をすることはあっても、戦闘員ではないのだ。なるほ ど、戦中、日本は総動員体制を敷いて、女性や子供までもが本土決戦を覚悟して戦闘の 訓練をやった。けれど、竹やりを手にどれほどのことが出来たというのか。 1937年4月スペインのバスク地方の町ゲルニカで、フランコ軍を支援するドイツ 空軍の爆撃を受け、市民多数が死亡した事件があった。そして、その爆撃に衝撃を受け て描いたピカソが描いた絵画作品が同名の「ゲルニカ」であることは有名である。ピカ ソは同年の1937年に描きあげたものだった。 ピカソがゲルニカを描いたことでドイツ軍により地域住民への無差別爆撃が許されざ る行為として永遠に歴史に残ることになったと言っていいだろう。 ところで、翻って日本である。その悲惨さ残虐さにおいて人類史上、類を見ない非道 の事件だった。老人から女性、子供、赤ん坊、動物、植物、建物、大地、空気に至るま で一切が一気に焼き尽くされたのだ。それが今日、1年に一度、原爆を投下された日に だけ報道されるに至っている。それも去年の扱いは情けないものだった。 あの原爆投下の日から50年。人の人生では短からぬ月日だが、人類の歴史という観 点に立つと、それは昨日の出来事なのではないか。 戦後、例えば大江健三郎など核時代の想像力ということで、それなりの文学的営為は あったというべきかもしれない。しかし、小生など、生意気と思いつつも、彼をしても 原爆を投下された事実の持つ厳粛な意味について、世界に対し示しきれていないと思う のである。 曖昧な日本の私では困るのだ。 別にアメリカを非難すれば済むという問題ではない。人類における未曾有の出来事と して決して忘れ去らないためにも、日本の文学者に一段の奮起を願いたい一心なのであ る。 オウムがリンチを加えて殺した犠牲者を独自の機器を使って焼却処理していたことは 記憶に新しいだろう。小生は身の毛もよだつ恐怖を覚えたものだった。 けれど、アメリカ(軍)がやったことは、その比ではないのだ。 戦後、半世紀が経過して、アメリカの呪縛から逃れるべき時期がようやく来たように 小生には思われる。グローバルスタンダードという名の酷薄な強者の論理が世界を席捲 しつつある。私のような圧倒的多数の弱者にとって、第二の原爆・絨毯爆撃の再現に映 るのである。つい先日のアメリカ・イギリス合同の軍によるイラクへの空爆も、何だか 過日の日本各地への空襲を連想してしまうのは私だけだろうか。 何故、アメリカは平気で日本に原爆を投下できたのか。そしてそのことを世界の人々 は何故、論難しないのか。私は、日本の戦中の軍部官僚主導の基でのアジアなどでの行 いのひどさ、そして戦後のけじめのなさにもまして、原爆を投下された悲惨極まる現 実を描ききる絵画も映画も論著も、そして文学作品もなかったことにも一因があると思 う。世界に通用する、『ゲルニカ』に比するような普遍性を持った作品をそろそろ期待し てもいいのではなかろうか。 時代は確実に突き進んでいく。何処へ向かうとも知れず。加速が加速を呼んで、弱者 たる私には脅威としか思えない。人間の感性には耐えられないほどの凄まじさで世界は 変貌を遂げつつある。リストラが進み、企業は人を徹底して使い捨てにする。消費者の 権利といいつつ、巨大な金融資本が世界を蹂躙する。ほんの一部の成功者と大多数のホ ームレスたち。高層ビル群の日陰をさ迷う日雇い労働者の群れ。 脳死による臓器移植。けれど、それは人の肉体までもが巨大な金融資本に動かされる 部品に過ぎなくなっていることを示しているのではなかろうか。人間は脳がすべてなの か。誰がそれを証明したのだろう。人間は情報の塊に過ぎないのか。では人間から情報 を抽出したら、あとはただの肉の塊に他ならない、だから、使える部品としての臓器を、脳の単なる情報端末、あるいは脳の機能の維持装置として、使いまわしにしようという のか。 グローバルスタンダードが喧伝される今、人を人として扱う真のスタンダードが希求 されるのではないか。 私について言えば、小説作りに取り掛かり始めた最初の作品『夢の街』(作品集『緋襷』表現社刊、所収)の中で、やや原初的な形でだが、3つのテーマを表現しようとした。 1つは癌、あるいは細胞の反乱。2つめは強姦(男と女の深い関わり)。この2つめのテ ーマについては『フェイド・アウト』(文芸社刊)において暗示的な形で表現と探求に努 めた。そして最後は原子力。最後のテーマは原子の中に内在するエネルギーを人為的に 解放することの恐怖を抽象的に描こうとしたものだった。 『ゲルニカ』というわけにはいかないが、人の心をイメージの形で細胞のレベル、あ るいは遺伝子のレベルまで遡及して行きたいと思っている。より巨大な金字塔を誰かが 建てるだろう、その礎石くらいにはなりたいのである。 |
| 現代美術については私も僭越ながら興味を持っている。フランチェスコ・フラメンテ の作品の数々を展覧会が数年前に開催された際、見たし、あるいはマガダレーナ・アバ
カノビッチのインスタレーション群も見たことがある。彼らの作品群が現代芸術の先端 を示しているのかどうかは、私には分からない。ただ、感じることは何か感覚が抽象的な
次元に浮遊している、そんな感じがあることだ。 そうした曖昧な感じ方しかできないのは、彼らの作品がそうであるというより、私の感覚が最早現代美術には追いついていけていないからだと考えるべきかもしれない。 私が近年で一番、印象に鮮明な展覧会は、世田谷美術館で開催された「パラレルヴィジ ョン」である。まさにアウトサイダーとしかいえないような"作家達"による作品群は、恐 らくは欧米のアーティストの絵画における想像力の限界を示しているようで、現代のど んな真っ当な画家連よりも衝撃的だった。 人によってはピカソなどによって絵画における芸術表現は限界に達したともいう。恐 らくは音楽(シュトックハウゼン)や文学(ジェイムス・ジョイス)の世界においても 事情は同じなのかもしれない。つまり、欧米の芸術的感性は最早狂気によってしか突破 の可能性が残っていないのではないか、という認識が私にもあるのである。 もっともそうした危機感、芸術するモチーフへの渇望感は19世紀の末において既に 濃厚に漂っていたのだったが。それをゴッホを代表とする先端的なアーティストはア ジア、特に日本の絵画、つまりは浮世絵などに一種の活路ないしはエキゾティズムを覚 え吸収したのだろう。ゴーギャンは南太平洋に楽園を見、やがてランボーやピカソはア フリカへ、となるわけだ。 近年の大方のアーティストはビデオやパソコン、音響機器などを駆使して想像力の可 能性を探っている(一時期のドラッグに頼る趨勢は言及しないでおこう)。その努力自 体には敬意を表する。しかし、実際のところ、感じるのは目先の賑やかさ以上のもので はない。きっと新しい芸術の芽があるとしたら、今や金融で世界を操作し、圧倒しよう という欧米ではなく、アジアかアフリカなどなのかもしれない。 もっともピカソなどが注目していたアフリカの土着の成長の萌しが戦禍などによって 枯らされないならばだが。 私などは一時期はポロックのドロッピングアートやフォートリエ、ヴォルス、デュヴ ュッフェなどに惹かれた。今も、クレーやミロを含めた上で生の芸術世界から抜け出し ていない。あるいは私の感受性が追いつけるのは彼らが最後なのかもしれないと思って もみる。 しかし、私は一昨年、とても面白いものを発見した。というより再発見というべきか もしれないが。それは近所の工事現場の白い鉄板の壁に貼られた小学生らの作品群なの である。確かめたわけではないが、せいぜい1,2年生の作品だと思われる。 そこには巧まざるミロがいた。クレーがいた。どこかシャガールを想わせる絵もあっ た。つまり、そこには未だ絵の既成観念に囚われていない生の感覚世界が示されていた のである。私には身近に子供がいないので、物珍しさもあってか、ただただ感心するば かりだった。 そうした作品を描く彼らはまさに天才だった。それが後、ほんの1、2年もすれば、 空は青に、雲は白に、木々の葉っぱは緑に、太陽は真っ赤に描かれるようになるのかと 思うと悲しい気持ちになったものだ。感性が紋切り型になっていくのは生きる方便とし て致し方ないのだろうけれど。 しかし、とにかく想像力の枯渇した日本であっても、可能性の芽だけはあることを知 ったことは私には収穫だったといえる。 繰り返しになるが、ゴッホの畏友であったゴーギャンが枯渇した欧米の生命力に失望 して南太平洋の楽園に求めたものも、南の楽園に大地に根ざした生命力の息吹であった ことは間違いないだろう。そうした芽吹きの根は、つまり子供のうちには眠っている、 もっと言えば、誰の心のうちにも眠っているということを意味しているのかもしれない。 話は脱線するようだが、近年、脳死に基づく臓器移植が数例行われた。脳の死が人間 の死であるということ、そのことの意味はまだ考え尽くされていないように思える。し かも、その脳にしても、論理や理性、記号、計算など、狭い範囲の機能を果たす役割と しての、中枢制御装置としての脳に過ぎない。 脳はコンピューターのような計算機械だろうか。私は違うように思う。別に脳研究の 専門家でもないのに生意気かもしれないが、しかし、感情のない計算機械が脳であると いうなら、人間(に限らず生物一般)は寂しい限りの存在となってしまうのではないだ ろうか。 例えば、1+1という計算でも論理的には答えは2しかありえない。 しかし、ここには小生が思うには重大な陥穽がある。それは1+1と2を論理的につ なぐためには人間の意志が、つまり両方の項を結びつけようという意思が必要だという ことである。双方を同等だと見なし、活用しようという意欲・感情・情念がなければ、 両項はただ、双方共に単独で浮かんでいるに過ぎないのである。 私には遠い日の思い出がある。それは小学校の1年の頃、いつものように先生に質 問を出された。質問は「10から逆に1まで言いなさい」という問題であった。 大半の生徒はちゃんと素直に答えていた。初めに全員が起立させられていて、答えた ものから順に座ることが許されるのだが、見渡すとクラスには何人か答えられず立った ままの生徒がいた。彼等はとうとう最後まで答えることができず、教室の後ろに授業が 終わるまで立たされつづけたのだった。 その中に勿論、私もいた。 私は答えがわからなかったのか。そうかもしれない。先生の問いに答えられなかっ たのだから、分からなかったのだろうといわれても仕方ないことだ。 けれど、私は頭の中にちゃんと答えが浮かんでいた。[10,9,…,3,2,1] と。 しかし私は答えを口に出すことは最後まで出来なかった。その気になれなかったので ある。何故かは今も分からない。10から9へ移る、ただ、それだけの空間にとてつも なく巨大な闇が、朦朧とした海があったのだとしか、今は言えない。 言いたいことは論理や理性、記号は海に浮かぶ島だということである。しかもその島 は人工の浮島であって、巨大な海が支えて初めて浮かんでいられるのではないか、とい うことだ。海とは感性のことだ。感情と言ってもいい。あるいは情念でもいい。肉体と 端的に言うべきかも知れない。つまり、もっと敷衍すると五体であり、身体であり、自 然であり、大地であるということだ。 西欧芸術の偉大な発見に遠近法がある。構図に密接に繋がるその論理は限界に至るま で欧米の絵画芸術を呪縛してきた。だからこそ、20世紀の絵画の爆発があったのだろ う。額縁という制約を乗り越えきれない中での涙ぐましいほどのドキュメントが戦中・ 戦後にあったのである。 額縁を論理の規制と同一視するつもりはないが、額縁を一旦離れたなら、芸術も同時 に欧米においては中空に浮かんでしまったことは事実のように思われる。少なくとも、 一般の人々と懸け離れたマニアックなものになってしまった、とは言えるようだ。音楽 において旧来の音階秩序を離れた途端、現代音楽が一時どこへともなく漂流したように。 絵画芸術の世界でも過日、朝日新聞(2月3日付けの夕刊)の[美の現在]の欄に掲 載された論説の中で高階秀爾氏が述べていたように、美術館の枠を越える現代美術の試 みがなされているようではある。 しかし私は、しばらくは海に漂う覚悟が必要な気がする。額縁という枠組みは勿論のこ と、美術館という制約(当面は失礼ながら桎梏としてある外ないような気がする)をも 突破し、混沌の海の荒波に飲まれ、下手をすれば溺れる覚悟さえ必要な気がする。 言語による表現、論理、記号は所詮は茫漠と広がる闇、混沌の世界の中に橋頭堡を築 くこと、闇の世界に跋扈する夢魔から壁を築いてわが身を守ることなのだろう。そう、 太平洋より遥かに巨大な闇の海に人工の島を築くことだ。 そうした島の上の整除されたアスファルトの上で暮らすこと、自然といえば害虫やウ イルスや蚊や蝿や蜘蛛の排除された京都の瀟洒な古寺の庭園の延長であることに慣れた 我々には困難なことだろうが、生の情の蠢く世界、肉が悦びを謳う世界、無数の得体の 知れない生命体が跋扈する闇の世界に身を晒す覚悟が当面は必要なのかもしれない。 |
| 時々、俺って何処で生まれたのだろうって思うことがある。 「何処からって、お袋さんからに決まってるじゃないか!」 そんな答えを求めていたわけじゃないのに、「そりゃ、そうだなって」笑ってごまか す。 (俺って、何処から来たのだろう) これも愚問なのだろうか。又、「自分で自分の住所くらい、分かんねえのかよ!」っ て言われて、シュンとするしかないのだろうか。 目の前にあるのは埃を被った本、手紙、時計。ちょっと脇を向くと窓枠に絡まる蔦が 隙間風に揺れている。 (そうだ、隙間風に聞いてみよう)俺はふと、そう思った。風ならこの世のしがらみに 囚われることなどなく、気侭に天地を巡っているに違いないのだから。 けれど、いざとなると声が出ないのだった。声を発したつもりなのに、声は単なる音 となり、やがて風に紛れるようにして掠れていくばかりなのである。 「お前はって野郎は…。息ってのは風の戯れなのだってことを知らないのか、愚かな奴」 俺は風にまで馬鹿にされてしまった。 (俺って何者なのだろう) 愚問は湧いてくるばかりで止むことはなかった。 (今度は声に出さないで頭の中で疑問を追いかけてみよう。それなら誰にも邪魔される はずがないから) 「俺の目をごまかせるとでも思ってるのか。それだからお前はダメなんだ」 思わず辺りを見回してしまった。誰もいない部屋のはずなのに、心の中までが見透か されているとはと、恐怖するばかりだった。 (こうなれば、俺は見るだけにしよう。何も考えないで、ただ黙って窓の隙間から青い 空を見上げるのだ) 「どこまでも情けない野郎だな、お前は。お前の部屋から空が覗けるはず、ないだろう が!」 そんなことは分かりきっている。それでも覗きたいものはどうしようもないのだ。俺 は祈るような気持ちで青い空の白い雲を探し求めようとした。遠い昔、友達の誰かが小 説の冒頭に「青い空、白い雲」なんてやるものだから、俺は思いっきり罵倒してやった ものだった。 それが今になって、その芝居の書割にも描かれない紋切り型の風景に憧れている。焦 がれさえもしている。 青い空と白い雲。 それがこんなにも素晴らしいものだったことに、今になって気づくとは。 (俺は何処から来たのだろう) もう一度、見えもしない空を俺は捜し求めた。鉄格子越しに見えるのは灰色の壁だけ なのは分かりきっているのに。 |
| ここ数年、ロボット関連の話題が結構テレビや新聞などを賑わしている。まるで近い 将来ロボットが我々の身近に現れそうな気配である。 ある面では実際には現実のものとなっている。産業用ロボットなどは単純労働者を排 除して大活躍している。近い将来は洗濯も掃除も留守番も、食事の用意や世話も、それ どころか介護だってロボットが我々に代わって活躍してくれそうな雲行きなのだ。 そうなると私などの居場所はますますなくなってくる。元々単純労働しかできない人 間なのに、産業界から追われ、仕事にあぶれ、家庭からも追われたら私は何処へ行けば いいのだろう。公園だって最近は居づらいようだし。 もっとも、当面はロボットは高価なものだから、我が家に近々ご登場という恐れはな い。アイボだって25万円で爆発的売れ行きだなんて、私には遠い他所の話なのだ、け れど…。 いやいや、やっぱりロボットが家庭に現れるのは近い将来の話なのだ。もうすぐそこ に迫っている話なのである。大量生産されれば量産効果で安くなるし、大概の人には入 手可能になるのだろう。 でも私には買えるだろうか。多くの人には買える料金だったとしたところで、私が仕 事にあぶれていて(それもにっくきロボットに仕事を奪われてのことなのだが)、今日 の飯代にも事欠いている始末なのだとしたら、ロボットの姿を拝むことさえ覚束ないか もしれない。 便利になる、それは結構なこと。でもその時、私は何処に居ればいいのだろう。ロボ ットより働きの悪い人間だと女房にも相手にされないだろうし、子供にも見放されるの は目に見えているし…。 過日(2月8日朝日新聞夕刊)「ロボットに未来はあるか」というタイトルで哲学が専 門の黒崎政男氏が「鉄腕アトム」は望み薄だし、自律型は少なくとも数百年は幻想だと 太鼓判を押してくれていた。 当面はアイボのように、あるいはアイボ以上に精巧を極めたロボットが出現してくる だろうが、それは我々の意味付与作用の結果、つまり私の言葉に置き換えると「思い入 れ」の結果、自律的に行動するアンドロイドが出現したかのような幻想を抱くに過ぎな い、と氏は述べている。 私も同感である。第一、クマのプーさんのぬいぐるみやリカちゃん人形にしても、全 く動かないのに愛らしいし、心を慰めてくれるし、中年の小生も人が見ていなければ抱 いて寝たいくらいのものだ。ぬいぐるみは夢と幻想の象徴でさえある…。 ましてアイボなどは動いてくれるのだ。 が、しかし、それらが自律型だろうと、所詮は作りこみや(強制的)学習による結果 の見事な行動を示しているだけなのだとしても、要するに私のような単純労働者には明 日がないことだけは間違いない。単純な労働は機械やロボットに任せればいいのだ、人 間はもっと人間らしい複雑なことって言うけど、私に何ができるだろう。介護だって、 ロボットでと考えられているではないか。 人間がもっと単純であって何故いけないのだ。散歩という単純極まる運動はロボット が代行するというのか。冗談じゃない。セックスという単純労働はロボットが代行する のか。それだけは困る。でもロボット(のピストン運動)には勝てそうにない。すごす ご。 散歩したり、一日読書したり、編物をしたり、掃除をしたり、運がよければ仕事に就 けて働いたり、映画を見たり(映画を見るのは単純労働か、感動という点を考えるとす こぶる高度な人間的行動か)、Hをしたり、街のオープンカフェでコーヒー片手にぼんや り道行く人を眺めていたり、そういった一切を除いたら一体人間に何が残るというのか。 私は人を恋したことがある。これは高度な人間的行動なのだろうか。それとも結構単 純な行動に過ぎないのか。一体、恋とか愛はただの未開で原始的な情動の残滓に過ぎな いのか。 愛とか恋とか憎しみとか嫉妬とか退屈だとか、そんな旧弊な、旧態依然な情動を除い て人間に何が残るだろう。 ロボットが社会に進出してロボットは私を愛してくれるだろうか。みんながみんなで なくても一台くらいは(しばらくは一台と数えさせて欲しい)私を愛してくれるだろう か。ロボットを購入し所有する余裕のない私はロボットに人間として認識していただけ るのだろうか。それともただ、表面は愛想よく丁重に、でも内心は機械的に認識やサー ビスの対象から排除されてしまうのだろうか。 貧乏人は麦を食えと昔、誰かが言い放った。これからの社会では貧乏人はロボットを 避けて通れ、となってしまうのだろうか。 |