布団 パタパタ

 


 珍しく休日なのに午前中に起きてしまった。
 秋も深まって寒さも極まってきたけれど、さすがに日中は暖かい。日差しに恵 まれて、部屋の中がポカポカしている。
 もう一度寝ようか、起きようか、迷ってしまう。眠気がそんなにないことよう だ。目を閉じても、そのまま眠りに就くこともない。およっとばかりに起き上が る。
 筈だったが、寝床でまだ、迷っている。
 出かけようか、それとも食事にするか、寝床で傍らに積まれている本をどれか 読もうか。予定は何もない。訪ねてくる人もいないし、会いに行く人もない。全 くの自由な時間だ。至福の時だ。
 天気がいい日は、掃除か洗濯か、何か雑事を気分良くやるのもいい。
 掃除は、確か二三週間前にやったので、当分しなくていいはずだ。
 洗濯は独り身だし、そんなに多いわけもない。それにまだ溜まっていない。
 ふと、臍の辺りに捩れている布団が目に付いた。
 そうだ、今日は布団を干そう!
 一体、この前布団を干したのはいつだったっけ。夏だったような。今日のよう に余程、気分がよくて、早めに起きて、用件もなくてとう条件が重なった時で、 年に数回もあるかどうかだ。
 昨年は布団を干したという記憶がない。今年は、それでは何故、殊勝にも布団 干しなんて思いついたのか。誰に言われるわけもないのに。運動不足の解消、と いうのも、ちょっとこじつけ気味で、無理がある。
 けれど、ここまで来たら布団を干すしかない気になっている。気分も昂揚して いることだし、この機会を逃したら、今度は年内はおろか、冬は論外だろうから、 来春となってしまうことは目に見えている。
 やっぱり今日だ。
 決心が付くと、逆に動くのが憂鬱になってきた。予定がはいると気分が滅入る のが我輩の性分なのだ。何事であれ、先の予定が決まっているということ自体が、 塞ぎの虫の元となるのだ。
 気が付くと、寝床の上で一時間あまりもウダウダしていた。午前中だったはず が、正午となり、昼下がりとなってしまっていた。
 ん? 昼下がり? 昼下がりって一体、何時ごろのことを指すんだろうか。自 分の中の勝手なイメージとしては、午後の2時前後を思い浮かべているような気 がする。うん、後で調べてみよう。
 って、ちゃんと調べたことがない。調べるのが億劫なのではない。後になると、 何を調べようと思ったのか、すっかり忘れてしまうのだ。でも、まだ、何かを調 べようと思っていたことだけは微かに覚えている。うん、まだ、正気だ。
 ベランダの窓を開け、物干し棹や手摺を襤褸切れで軽く拭って、これで準備万 端整ったって、ちょっと表現が大袈裟かも。でも、年に数回あるかないかという 行事なのだから、おまけだね。
 そしてやおら布団を棹と手摺に渡して広げる。陽光をタップリ浴びて、布団の 奴も嬉しそうだよ。
 ほんと、奴は日焼けするという心配もないし。こちとらは四十路を意識し始め た頃から、日光浴は厳禁にしている。若い頃はテニス、スキー、ゴルフ、海水浴 と散々日焼けしてきたものだったけれど。特に好きなのは、お気に入りの本を一 冊バッグに入れて、美味しい空気と素敵な景色を求めてツーリングに行く。
 で、これはという絶好の場所を見るけると、裸になってお日様と親しくなりな がら、本を読み、あるいは疲れると絶景などを目の肥やしにするのだ。気が付く と、顔も体も(但し上半身だけだが)真っ赤になっていたりして。
 ああ、もう、みんな夢だね。シミ、ソバカスが怖いしね。オゾン層の破壊も進 んでいると云うし。
 さて、布団を干した。
 あとは、お日様と風に全てを任せるだけだ。
 我輩は部屋の中で読書したり、何か書き物をしたり、ネットで遊んだり、H系 の雑誌を眺めたり、つい先日見かけた蜘蛛は何処へ行ったのやら、また見かけな くなったなと思ってみたり、ダラダラと過ごす。
 不意にバサッという音がする。ベランダのほうが一瞬、暗くなり、しかしすぐ に明るくなる。
 ああ、誰か上の階の奴が洗濯物か何かを落としたんだな。今日は天気はいいけ ど風があるんだから用心しなきゃダメだろう、なんて思ったりする。
 と、ベランダ側がやけに明るい。明るすぎる。
 なんてこった、落ちたのは我輩の布団じゃないか。これだから人のことは笑え ないってんだよな。
 で、急いで拾いに行く。十年ものの大切な布団なのだ。前の布団だって、二十 年は使っていた。穴が開いて綿が飛び出しても使っていたんだ。今のだって、せ めてあと十年は使いたい。
 ドタバタドタと階段を下りて廊下の突き当たりの手摺をサッと恰好良く超えて、 共用の庭に立ち入り、布団を拾い上げて部屋に戻る。
 もう、息が切れている。今日は、これだけで運動のし過ぎになってしまった。
まだ、布団叩きという大仕事も残っているのに。
 布団叩き。この作業について、ちゃんとした名称があるのだろうか。ネットか 何かで調べてみよう、と、階段を登りながら考えていた(ことを後になって思い 出した)。
 午後の五時過ぎだったか、ふと、居眠りから目覚めた。おっと、読書のし過ぎ で…、と言いたいところだが、暖かだった部屋が急に冷えたせいで、寒気で目覚 めたようだ。ベランダを見ると、布団はちゃんとあるようだ。宵闇の空の半分を 黒っぽく塗り潰しているし。
 良く見ると、窓が少し開いている。
 そうか、ちゃんと閉めなかったんだ。あーあ、暖かい空気をみすみす洩らして いたんだ。勿体無いことをした。
 お腹がグーグーと泣く。そういえば、今日はまだ食事をとっていない。牛乳を 少々飲んだだけだ。でも、そんなことはどうでもいい。また、牛乳かリンゴジュ ースを飲めば、すきっ腹なんて、どうにでもなる。
 はずだったけど、冷蔵庫は空っぽだ。お新香と醤油と何ヶ月か前に貰った梅の 漬物が全て。冷凍室には冷凍状態になって何年経つかわからない氷がある。ちょ っと腹の足しには難しいものばかりだ。
 何を食べる…。そんなことを考えると憂鬱になる。食べるためには先立つもの が要ることを忘れるわけにはいかないのだ。
 さて、なんだかんだと云っているうちに、布団パタパタの時間がやってきた。 というより、もっと早い時間にやるつもりだったのだ。夕方になると周囲も静か だし、今ごろの時間帯に布団をパタパタしている人は、少なくとも近所にはいな い。ということで、時間が遅いと回りに迷惑なのだ。
 回りを気兼ねしつつ、パタパタとやり始める。パタパタやる棒を無くしたので、 ここ最近は、お腹回りが太ってサイズ的に間に合わなくなった古いベルトで布団 をパタパタする。
 ベルトで小さいワッカを作って(ワッカって漢字でどう書くのか、あとで調べ てみようっと)、もうすっかり冷え切った布団を叩くのだ。
 パタパタ、パタパタ、パタパタ。やっているうちに段々調子が出てくる。昔、 ヒットした「パタパタママ」なんていう唄が口を突いて出てくる。
 パタパタ。サドの連中は叩きながら、こんな快感を味わっているのかと思いつ つ、パタパタ。でも、きっと手加減をしないといけないから、やっぱり布団をパ タパタしているほうが、格段に愉しい。人前で大っぴらにできるというのも、サ ド行為とは違うところだ。
 世間体…か。
 そういえば、今時、布団をパタパタするなんて、流行らないようだ。噂による と、リッチな家庭だと布団乾燥機なるものもあるという。 
 そもそも、布団を干すのはいいとして、パタパタするのはいいことなんだろう か。テレビ番組か何かで、布団をパタパタするのは、あまりよくないと言ってい たのを思い出した。もう、ほとんど叩き終えようと思っている最中に思い出した って意味がない。
 あれは、どういう理由でダメだと云っていたんだっけ。これも後で調べてみよ う。
 で、調べてみたら(テレビのドラマ風の時間短縮だ)、布団をパタパタすると、 布団の奥のほうにいるダニが表のほうに出てくるからダメなのだという。
 そうか、布団は干すだけで十分、乾燥するし表面は殺菌されるのだ。
 それに、これはさすがに社会派の我輩だけあって、従前から気になっていたこ とだが、布団をパタパタするということは、布団の埃を風に任せるということ、 つまりはゴミを吹き流すということではないか。
 一昔前、掃除というと箒で畳の部屋を掃いて、そのゴミをチリトリで集めるの ならいいけど、箒で外へ掃き出すというのが一般的な光景だったものだ。汚れを 水で洗い流すのと一緒で、臭いものには蓋。都合の悪いものは水に流すという我 々のご先祖様の習慣だったわけだ。
 さすがにゴミを外に掃き出すってのは、都会じゃあまりやらないけど、布団を 干してパタパタやるという習慣はまだ残っているというわけだ。おかしな習慣だ、 というのが我輩の見解なのだ。
 などと思いつつ、布団を相変わらずパタパタやっている。何かストレスでも溜 まっているのかもしれない。こんなにも叩くのが快感だなんて。じんわり汗も掻 いている。
 ふと、布団、ダニと来て、ダニ退治をするには、という話を思い出した。
 なんでも、砂糖とかチョコレートなどの甘いものを部屋の隅っこに置き、ダニ が集まった頃合を見計らって、砂糖(チョコレート)を捨て(お腹に捨ててはい けない、とは云ってなかったけど、でも、ゴミとして捨てろってことだろう)、 砂糖などを置いていた辺りを丁寧に掃除機などで吸い取るべし、などとテレビで 云っていたことような。
 我輩の目論見では、抱くと暖かい布団を取り込むつもりだったのに、居眠りし たばっかりに冷えた布団を取り込む羽目になってしまった。
 布団を仕舞い込んだ頃には、もう、我輩の体力気力が尽き果てて、あとは部屋 で居眠りするだけだ。

「パタパタママ」:
  http://www.msi-mall.com/composer/sase/words/pata.html

                                                02/11/06