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(03/05/20 up) 都会にあって人里を離れていると、自分が何も見てはいないことに気付く。都会 に住んでいるのだから、ちょっと外に出かけるか、そうでなくても窓の外を眺める だけで人影を望むことができる。 なのに、人とは決して出会わない。 人里離れた草深い庵にでもわび住いしているというのなら、人と出会うことがな いといっても、覚悟の上だし、むしろ観光地でもないのに変に山の奥に人気が多い と、何事かと不審に思えたりするだろう。 きっと、そんな道も定かではない、入り組んだ山の麓に住めばこそ、逆に人恋し いと思えてくるかもしれない。ふと、そう期待する。 が、今は、都心とは言えないにしても、二十三区の一つの海辺で、且つ大きな川 に面する区に住んでいるのだ。景気が悪くて人の出が悪いといっても、そこはそれ、 これでも数十万の区民が住んで暮らしている。郷里であるT市は、県庁所在地でも あるのだけど、それでも、現住している区の半分の人口しかいない。それに比べた ら、断然、都会であることは間違いない。 なんて、そんなことは、今は、どうでもいい。 そんな人口の密集している地にありながら、人に出会わずに済む、その不可思議 さを思っているのだ。 買い物に出かけると、人と擦れ違わないわけにいかない。犬の散歩らしき人影も、 遠目には見えた。原付が後ろから、やってきて、やがて何事もなく走り去っていく。 不意に何処かの家の二階辺りから人の話し声が聞えてきた。子どもと母親が、何か 喧嘩しているらしい。 夜の東京を歩くと、一人身の者には、窓明かりが妙に懐かしい。ほんの気紛れに でも、誘い入れてくれないか、なんて、夢みたいな想いが沸いて出たりして、自分 が驚いたりする。 そうか、寂しいんだな、お前は、なんて、内心、慰めてやって、間違っても、窓 明かりに惹かれて、見知らぬ人の家の玄関に立つような真似はしない。するわけに もいかない。他人は他人なのだ。勝手に上がるわけにはいかない。その程度の分別 は持っている。 でも、そんなちっぽけな分別の故に、人と接する機会を自ら消し去ってきたのも 事実だ。人恋しい。けれど、実際に、万が一、人と声を交わすなんてことになった ら、びくついてしまって、ドギマギしてしまって、その場を立ち去り、気が付いて みると、やっぱり人の影を遠巻きにしている自分がいるわけなのだ。 闇に沈む都会の片隅を、あてどなく、ぼんやり歩いて回る。近頃は交番にお巡り さんもいないので、夜の住宅地を歩いても、誰に見咎められる恐れもない。歩いて いるうちに、段々、夜の闇という海に自分が呑まれていくような、沈みこんでいく ような錯覚が襲ってくることがある。 のっぺりとした、時にはぺっとりした闇の海は、一旦、人を呑み込み始めたなら、 決して口を開けることはない。ひたすら呑み込み続けるのである。 目の端に映る点々と散在する街の明かりが遠ざかっていく。まるで気が遠くなっ ていくような感覚を味わう。 こんなにも沢山の人がいるのに、私を知る人はこの街には誰もいない。そして私 が知っている人もいない。こんなミステリーが成り立つのが都会なのだ。部屋の中 で痩せ衰えていって、本人さえ気が付かないうちに骨と皮に成り果てても、人は気 がつくことがない。孤独には、限りなく優しい。優しさが匕首のように口を開けて いる、それが都会なのだ。 私は闇の中を凝視する。闇は夜の闇とは限らない。白い闇もある。蒼い闇だって ある。漆黒の闇もあれば、限りなく透明に近いブルーの闇もある。シルクの肌触り にも似たサラサラの闇だってある。変幻する虹の七色の相貌を呈して、厭きること のない闇もある。 私は、その心の襞を見詰める。一旦、闇の世界に踏み込んでしまったなら、それ は目を開けようが開けまいが、何の関係もない。つまり、既に私は、心の裏側世界 に迷い込んでいるのである。 そう、私は、実は、心の世界を彷徨っているのだ。 けれど、人に聞いた話とは違い、私の心は寂しい。その中に何もない。ガランド ウなのである。音さえもしない、空っぽの次元だ。 私は懸命に見詰めている。凝視している。何かあるだろう、あるに違いないだろ うと、必死で心の架空を凝視している。 何故、私は心の闇を見詰めているのか。それは、私が現実から逃げたからだ。現 実というものを恐れてしまって、見ることも接することも忌避するようになったか らだ。気が付いたら、現実が私を圧倒し去っていたからだ。 私とは、巨岩にへばり付く苔か蛇の抜け殻なのだ。私には平面空間しかない。時 間はもとより、立体なるものがない。私は永遠の二次元座標を彷徨う。私は潰れ涸 れ果て、乾涸びた内臓。 だからこそ、懸命に白い巨岩の向こうを想う。もしかしたら巨岩こそが現実かも しれないと思いつつも、できることといったら、巨大な白けた岩の陰の世界を想う ことだけなのだ。 私の心は何処へ行ったのだろう。遠い昔に巨岩に押し潰されて、この世ではない 何処かへ、追いやられてしまったに違いない。だから、私は、己の半身である心を 追い求めている。恋い慕っている。恋人以上に慕っている。それがない限り、私は 現実世界に還ることができない。 見詰める。凝視する。架空を凝視する。何もない裏側の世界にいて、表の世界を 見遣る。 そう、この世には誰もいない。あるいは無数の人々がいる。ただ、私には見えな いのだから(他人には私が見えないのだから)、同じことなのだ。 私は、虚空に蒸発してしまった心を追いかけている。遠い田圃の藁塚の先の、藍 色に煙る山の峰を追いかけている。そう、私は私を追いかけているんだろう。何故 ならホントは何も追いかけるものがないのだから。 01/11/25 22:37 [本作品を元にして掌編作品「夜の底にて」を土台にして掌編作品に仕立ててみました。比較して読むと面白いかも。(03/05/20記)] |