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(03/03/07up)
だだっ広い世界にポツンと一人、放り出されている。 一人って、自分で言っているけど、自分が一人なのかさえも分からない。 自分では自分の姿が見えないから。 迷子になった心が疼いている、ただ、それだけのことなのかもしれない。 誰かに触れたい。誰かに触れて欲しい。 何の拘りもなく、ただ、触れ欲しい。触れてみたい。 たった、それだけのことが、どうしようもなく難しい。 誰のせいでもなく、私は、やはり、独り、闇の中でポツンと、いる。 通り過ぎた電信柱に貼られたチラシ、それとも白い壁にペイントされた落書き。 ガード下の薄暗い壁の剥がれ切れないでいる広告。 私は、そういったものほどにさえ、確かに生きているとは感じられない。 何を今更と、思う。 生きていることに何の感懐も抱かずに来たことは、分かりきったことではなかっ たか。 心が、分けのわからない淋しさに引き裂けんばかりだったとしても、それだって、 やっぱり、今更、何を事々しく喋るんだって、言われかねない、自分に。 引き千切れて、何処とも知れない遠い空に飛び去った心の欠片。 闇の壁に頬を擦り切れるほどに押し付けて、そうして寂しさを誤魔化して、それ でも、やりきれないものは、やりきれない。 闇の底に、吐いて、吐いて、もう、吐くものは何もないほどに吐いてみても、胃 の腑は裏返りさえしない。闇の穴を埋め尽くすには、俺程度の悲しみじゃ、足りな いってこと。 そう、世界は私には、あまりに茫漠としている。 世界は決して混沌となど、していない。だって、道端の草も、何処かの庭先に零 れて垂れる柿の木の枝も、遠くに見える団地のベランダに干された洗濯物も、それ ぞれに意味があることが理解できないことはないんだから。 ただ、そうした意味の数々は、私には届かない、私に触れることはないってだけ のこと。 都会の雑踏を足早に歩く。私にはゆっくり歩くような心のゆとりなど、ないから。 サッサと歩いて、その場を、行過ぎる。すぐそこにあるショーウインドーの中に飾 り付けられた衣裳も、そこここにある居酒屋も、私には立ち入ることの永遠にない 世界であることに気付きたくないから。 まるで用事があって急いでいるような振りをして、行過ぎて、さて、部屋に帰っ て、私はしばし呆然とする。何の用もない部屋の片隅に蹲って、天井から吊り下が る照明の傘に積もった埃に、ふと、気が付く。今日の自分の発見は、それだけ。 私がここにいることに気付く人は、誰もいない。もしかしたら窓の外のカーテン 越しに揺れる影だけは、私に何事かを囁いてくれるかもしれない、なんて、思って、 でも、カーテンを開ける勇気など、私にあるわけもない。 窓の外の影が揺れるのは、私の心が揺れているから、ただ、それだけの、つまら ないお話。そう、部屋の明かりを、未だ点けていなかったんだ。だから、外の空間 が内より明るいって、それだけのこと。 神様がいて、世界を眺めている、そんな気がすることが昔、あったような。 でも、夜の町を歩けば、何処までもお月様がついてきてくれる、そのようには、 私に寄り添ってはくれない。神様は、この世界のあらゆるものに対して平等に接し ているんだ。神様から見たら、私は、地球の裏側の誰かと同じ一人の人間。遠い昔 に死に果てた誰かと同じ人間。いつの日か生まれるかもしれない誰かと同じ人間。 それどころか、主を見失って町を彷徨う野良犬と比べたって、私が格別、偉いわ けでも愚かなわけでもない。 否、風に舞う木の葉と比べてさえ、私は見るべき何物でもない。 それほどに神様の目は、地上を、世界をとことん平等に見つめている。私が私で ある必要など、何もないのだ。土や埃や風に成り果てたって、気付かないに違いな い。 ああ、私は触れたい。何か、生きるモノに。触れて欲しい、血汐の滾る何物かに。 人間に触れたい、触れて欲しいなどと贅沢は言わないから。 気が遠くなるほどに脳髄は動いてくれない。心が朽ち果てて、まるでそよとも風 の吹かない夏の日の昼下がりのようだ。 寂しさの果ての眩暈のする白い一日。 気が狂わないでいるためには、悲しさを粉微塵に砕いてしまうしかない。それが 叶わないなら、せめて凍てついた心を終日、爪で引っ掻いていよう。 私が生きている実感とは、ガリガリというその感覚のこと。 私とは、透明すぎる闇なんだ。 01/11/18 02:43 [本稿を土台にして掌編作品 呟 きを仕立ててみました。比較して読むと面白いかも。(03/03/07記)] |