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結核の歴史は古い。紀元前5000年頃、新石器時代のヨーロッパの 人骨の病変に、病理学的に結核菌の感染によると推定されるものがある という。 文献上も、古代インドのベーダ、ユダヤのタルムード、ギリシャのヒ ポクラテスの書、中国の隋の医書に記述が見られるという。 事典によると、古代の粘土像や絵画の中に脊椎カリエスによる脊椎変 形を表現したと考えられるものがあるという。 結核は時代の変遷の中で、与えられる意味合いや評価も変わってきた。 19世紀のヨーロッパにおいて、確実に死をもたらす「白いペスト」と して恐れられつつも、どこか「情熱と官能、霊的純化、優れた感受性と 創造性などの観念に結び付けられて美化された病」だったりもした。 しかし、少なくとも日本においては、戦後に至るまでハンセン病(ラ イ病)患者と同様に差別の対象とされることも多かった。顕著な差別の 例は東北地方などで見られたという。 [「NIPPONICA 2001」を参照] 作家の埴谷雄高氏は、東北は福島の出身だが(但し生まれたのは彼も彼の姉も台湾である)、彼も結核に感染し死の 恐怖に脅かされてきた。戦後、抗生物質の登場で死を免れたのだが、小 生が知る限り、埴谷雄高氏が東北での結核患者への差別を語ったことは ないように思う。 埴谷雄高氏の作品は、小説にしても評論にしても、独特の長い長いセ ンテンスが特徴である。彼の文章を読みながら、小生は息を継ぐ苦しさ のようなものをしばしば感じた。 健康な人でも風邪を引いたりすると、多少は経験するものだが、咳き 込むようになると息を吸ったり吐いたりする、ただそれだけのことが苦 痛となる。下手に息をすると、喉や気管支を刺激しそうで、吸う時は出 来るだけ穏やかに、喉などへの刺激をできるだけ減らそうとするし、逆 に吐くときでも、ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ吐き出すのであ る。 吐き出すという表現より、風船の表面にある意味で息の微粒子よりも 微細な穴が開いていて、そこから空気が静かにさりげなく息というか空 気自身が移動していることに気付かないほどに幽かに風船から漏れ出す ようであってほしいと、切に願っているような息の仕方をする。 文章の切れ目、句読点は、息継ぎのようなものだ。一つの息が出来る だけ長く続くのであるべきなのである。それが咳き込まないコツなので ある。息をする本人でさえ息をしていることに気付かないほどに深く静 かに穏やかな凪の波間のように文章を紡ぐ。 正に繭から根気良く一本の細い糸を紡ぐかのようなのだ。そうして生 きている世界を、そしてこの己が生きている現実の世界から、きっと一 本の見えない糸で繋がっているに違いない宇宙に至るまで、ひたすらに 息を詰めて息を潜めて渡り移っていこうとする。 世界は微細な赤い糸で紡がれた宇宙だ。 メビウスの輪を誰も知っているだろう。細い帯を一回だけ捻った形で 両端を合わせた輪だ。その輪の特徴は、何処でもいい、ある任意の点を (つまりは自分が生きている場ならどこでもいいということだ)出発点 とするなら、そこから帯の面を辿っていけば、最初は表の面にいたはず なのに、気が付いたら裏側の面に至ってしまう。 きっと、一本の糸を(息を)決して途切れさせることなく紡ぎ出し、 その糸を辿っていく、辿って辿ってひたすらに糸の導くがままに旅をす る人間は、やがては宇宙をも一本の糸で辿りつくすことが出来る、出来 ると信じているに違いない。 光の粒子はそれ自身には時間がないという。質量共にないのと同時に 時間さえない。その一個の光の素粒子が、宇宙を駆け巡ることでこの世 界全体を紡ぎ上げてしまう。光の偏移と変幻に惑わされるのが人間だ。 が、光自身にしてみれば、何のことはない。己一個の光の素粒子の縦横 無尽の無時間的な疾駆の結果に過ぎないのだ。 ちょうどそのように一本の目に見えない赤い糸を紡ぎ続ける作家や哲 人というのは、そうした執念に取り付かれた存在なのではないか。 人間は、さまざまな環境にあって生きている。それぞれに違う位相を 生きている。が、どんな環境や位相にあろうとも、その時に牢獄、時に 極楽、時に辺境、時に安逸の得意点を端緒にして、一つの息を吸い吐き 出すというただ、それだけの営為の果てに、いつかは宇宙を描き出す、 否、描き出さずば止まない、そういう人種がいる。それが書き手であり 思想家なのだろう。 どんな拙劣な詩想や夢想の雲海も宇宙の中に漂う雲の切れ端なのだと いうこと、バシュラールの言うように、想像力というのは物質的なもの なのだということ、小生はこの頃、切にそう感じてならないのだ。 ま、正月年頭に当たっての小生の放談である。 03/01/02 |