松の内それとも幕の内?  

                                            (04/01/12 up)






 この前、エッセイで御屠蘇気分の抜けないうちということで、松の内と書こう として、幕の内(まくのうち)と書いてしまった。すぐに松の内と直したと書き たいところだが、一瞬だが、「まくのうち」と「まつのうち」のどちらが正しい のか分からず迷ってしまった。まさに、小生の脳味噌が御屠蘇気分そのものだっ たのだ。
 ところで、念のため、「松の内」を「広辞苑」で調べてみると、「正月の松飾 りのある間の称。昔は元日から15日まで、現在は普通7日までを言う。」と説明 されている。
 昔は元日から15日まで…。昔って、どのくらい昔のことなのだろう。それが、 7日までと変わったのは何故なのだろう。時代が忙しくなり、とてもじゃないが 15日までを松の内と称し、のんびりしている余裕などなくなったということなの か。
 昔、そう小生がガキだった頃のこと、「もう幾つ寝るとお正月♪」なんて歌っ て、お正月の来るのを楽しみにしていた(ような)。正月特有の遊びも勿論、楽 しみだったが、それより食卓に普段はとても目にできないような御馳走が並ぶの が楽しみだった。
「お正月には凧揚げて 独楽をまわして遊びましょう♪」と歌は続く。確かに正 月には凧揚げをやったものだ。
 凧そのものは大概、買って来たが、凧が風の中で安定するよう、足を付け、ひ らひらさせる工夫くらいは自分たちでやった。足の材料は、まず、新聞と決まっ ていた。新聞紙を適当な形に切り、場合によってはつなげて長くし、凧に糊でく っつけた。
 糸巻き(これも多くは厚紙を丸めたもので代用した)に糸を巻き、凧が揚がる に連れ、糸を長くしていく。凧がしっかりと上がって長い足をひらひらさせなが ら上空で泳いでくれると嬉しかったものだった。
 独楽回しもやったし、今、思い出したが、たまに羽子板で羽根突きもやったも のだった。独楽回しなどは正月だけの遊びというわけではなかったかもしれない。 ただ、正月の風景というと、とても似合う遊びの一つではある。
 あまり文学的香りのある家ではなかったが、それでも百人一首などで優雅に遊 んだこともあった。かすかな記憶では姉が中学生か高校生で学校の授業で習った こともあり、家でもやることになったのではなかったか。
 これも今、思い出したのだが、お手玉でも遊んだことがあった。姉か誰かが作 ったのだろうが、小さな袋の中に小豆か何かが入っていて、空中に放り投げたお 手玉を手で受け止めるたびに、乾いた小さな摩擦音と姉達の「せっせっせのよい よいよい♪」という歌声が正月の静かな縁側に響いた。
 家の前に門松を立てたのかどうか、覚えていない。いや、あったな。父はそういうのは几帳面だったし。
 そんな正月の庭先を彩る風物が消えて久しい。
 正月といえば、普段は家事や料理などはお袋任せの父なのだが、正月がそろそ ろという頃になると、おでんを作るのが常だった。出汁の作る方に秘伝があると かで、結構、父の自慢の献立だったのだ。そのおでんを作るのを止めたのは、十 年ほど前だったか。
 何故、おでんを作るのを止めたのか。確か、父は説明してくれたはずだが、そ の説明さえも忘れてしまった。
 うろ覚えの記憶では、息子も娘もおらず、父母の食も細ってしまって、せっか くおでんを作っても、食べるものがおらず、なかなか減らなかったりするので、 作り甲斐がなくなった、というものだったろうか。
 我が家ではお袋しか食べないブリ大根とか、かぶらずしも一昔前までは正月の 食卓に乗っていたようなかすかな記憶がある。かぶらずしというのは、富山でも 加賀藩の影響の強かった県の西部の文化のもので、お袋は高岡の出身なので、ま さにその文化の渦中で生きてきたわけだ。
が、その味は県の東部の人間には馴染めないもので、今一つ評判がよくなかっ た。で、我が家ではお袋しか食べなかったというわけである。だから、かぶらず しはかなり早い段階から我が家の食卓に乗らなくなったようである:
-富山の食材シリーズVol.2- グルメに大人気の富山湾の越中ブリ!

 あまりに多くのものが消えていく。確かに、家には老いた父と母しかいない。 小生も、正月には小生も帰省するし、嫁いだ姉も小生の帰省に合わせてやってき て、ちょっと賑やかな正月にはなるのだが、だからといって、正月の昔懐かしい 風景までが再現されるわけではない。
 雑煮も形ばかり。大晦日かその前の日に搗くのが恒例だった御餅も、昨年はと うとう全く搗かなかった。お袋が体調が悪く、父一人で搗くわけにもいかず、曽 祖父の代から続いていた正月の風景がほぼ完璧に消滅してしまった。御餅がない のだから、鏡開きという風習も我が家であるのかどうか。
 そういえば、田圃が今年、消滅する…。
 そう、食卓もそうだ。昔はお袋が腕によりをかけて料理し、正月の我が家にお 客を迎えたものだったが、そんな準備など遠い日の話で、集まってくる身内の前 に並ぶのは、何処かのスーパーで買った出来合いのものばかり。
 そう、食卓に並ぶのは、幕の内弁当の正月版、というわけで、やはり、我が 家の正月気分というのは、実際のところは、幕の内気分に他ならないのである。


                              04/01/11 00:00