真冬の夜の夢
闇の中を怒涛の如く川が流れる。闇の河。それとも流されているのは俺なのか。全ては静寂に沈んでいるのに、俺だけが 浮いて流されているのか。訳も分からず右往左往しているのか。足掻いている? 闇の壁を引っ掻いている? 自分でも何をしているのか分からない。 闇の川の水は俺を濡らして呉れない。俺を潤いで満たしては呉れない。まして、 俺を溺れさせても呉れない。 黒の川の向こう岸には何がある? そもそも向こう岸などあるのか? 俺には何も分からない。ただ、闇雲な流れがある。蠢きがある。蠢き…。なの に命の胎動の片鱗をも感じることは出来ない。ただ、のっぺらぼうな闇が俺をせ せら笑っている。愚かな俺を嘲笑っている。何故、笑う! 俺の何が可笑しいの だ?! 足元がゴロゴロする。跣の足を擽る。黒曜石の河原なのか。黒檀と紫檀の壁に 行く手を阻まれて俺は立ち往生している。なのに、足は震えている。冬の雨に祟 られたかのように震えが止まらない。 それでもようやく俺は闇に慣れてきた。闇の姿が感じられる。 そうか! 闇の川ではなく音の奔流なのだ。夕べ、プレーヤーを消し忘れたま まに寝入ったから、耳の底に音の洪水が溢れているのに違いない。 ワーグナーだったろうか、バッハだったろうか、ブラームス? ベートーベン? それともモーツァルト? 音は俺の琴線を掻き鳴らしている。俺の魂を闇の白洲 に晒そうとしている。闇に目覚めることを頑なに忌避してきた蛸の如き俺をド壺 から引き摺り出して、闇の宇宙という海で溺れさせようという魂胆なのか。 それとも、命を恵もうという思惑で闇は俺を宇宙の根源へと、闇の海の底へと 導こうというのか。 余計なお世話だ! 俺には何も必要じゃない。何一つ、この世で求めるものな どない。俺は満たされている。何故なら、俺は無だからだ。無を満たすものなど この世にもあの世にもあるはずがない。 唯一、俺が求めるものがあるとしたら、それは…赤だ! 深紅の滴り。血の涙。白い体を引き裂くメス。噴出する血と止まぬ涙。 勘違いしないで欲しい。それらはみんな、俺がガキの頃に求めていたものだ。 今となっては遅い。渇き切り罅割れた心を潤す何があるというのか。サラサラの 大地。掴み所のないのっぺらぼうの白い闇。沙漠より渇いて止まない海。かの哲 人がザラザラの大地と喝破したのは嘘っぱちだったのか。 命の大河が滔々と流れる。黄泉の川。草原。ススキの原。それとも菜の花畑。 何故に、死と生の狭間の原に広がるのは菜の花畑なのか。 俺はよろよろと対岸を目指して歩いていった。否、歩いていこうとした。けれ ど、奔騰する闇の河は俺など呆気なく飲み込んでしまう。だったら、とことん深 みへ溺れさせればいいのに、闇は俺を弄ぶかのように、渦に巻き、泡に弾き、波 に打ちつけ、浮遊塵の宇宙へ舞い上げ、闇の河原へ叩きつける。 奔騰する闇の河は、きっと命の川なのだ。失われた時を求めて彷徨う俺への天 の恵みなのだ。そこまで分かっているのに、俺は背を向けた。形を失い色を失い 音を失い温もりを失い肌を失い血を失い心を失った。 お前が拒否したからではないか! 自業自得だぞ! そう、何者かが叫ぶ。遥 か彼方から、耳元に囁くように叫ぶ。 そうなのかもしれない。若気の至りで早まってしまったのかもしれない。あん なことをしなければよかったのかもしれない。衝動に身を任せてしまった、その ツケが回ってきたに過ぎないのかもしれない。 だけど…、違うのだ。俺にはどうしようもなかったのだ。俺の力では何も出来 なかったのだ。俺が間違ったとして、俺が愚かだということが俺の責任だと言う のか。頑迷固陋という俺の性分は天の配剤ではないのか。何も分からないという ことが、分かるということ自体が朧なのが、そんなに許し難いことなのか。やま ない雨はないを、降らない雨はないとおちょくったことがそんなに悪いのか。だ ったら、何故、俺をこの世へ寄越したのだ。 目を閉じ、心を閉じて、闇の河の滾る音に聴き入った。どす黒い血の洪水。そ れとも、嘆きの池から溢れ流れ出た滝の涙。 それは音とさえ呼べない闇の流れ。どんな渇いた魂をも潤すはずの黒い河。ミ イラのような人間をも賦活させる根源的衝動。何か分からない、もしかしたらそ の先は何もないかもしれない暗黒への意志。生への盲目的衝動。そう、生とは死 の隠語に過ぎない。死へ向っての闇雲な疾駆。体を裏返し、腸をも引き摺り出す 欲望。 俺はその流れに逆らったのだ。違う、それは決して救いではないと見切ったの だ。だから俺は爪弾きの目に遭っている。ボイドの時空を際限もなく彷徨う羽目 になったのだ。 孤独という言葉の響き。なんて懐かしい。今の俺は何も感じない。ただ、ある。 幽霊のように、ある。ないとは証明できないから、とりあえず、ある。そのよう にして俺は変幻する宇宙を通過する。傷一つ、与えることも与えられることもな く。 俺は目を閉じているだけのはずだ。目を開いたなら何かが見えるはずだ。そう だろ?! 俺は悪い夢を見ているだけなんだ。目覚めたなら、眩しい光が俺の脳 髄を満たすはずだ。翳りなど欠片もないほどに光の海に溺れているはずなのだ。 目覚めよ! 落ちよ! けれど、覚醒の時は来ない。闇の海は果てしない。闇の河は、ただ流れる…。 真冬の雨がいつまでも止まないように…。 03/01/27 18:55 小生がAYAさんのサイト Memento-mori のキリ番6000をゲットした。このサイトでは、キリ番を得た人はサイト主に詩を賜ることができる。そこで、我輩が作った「俺は眠る!」に付す形で彼女に詩を所望することにした。彼女から賜った詩は、「眠り」で、彼女のサイトの「詩篇」の更に《 贈 物 》 中に見ることが出来る。さて、しつこい小生は、彼女の詩「眠り」をイメージする作品を作った。それが本作品「真冬の夜の夢」である。彼女が「眠り」を作っていた頃、小生は惰眠しつつも「眠り」を予感したかのように「真冬の悪夢」を貪っていたのだ。尚、以下に付した「夢の中の人」は、彼女が「眠る」を作った23日頃に作ったものである。雰囲気が似ているので、敢えてここに付す。 03/01/29記 夢の中の人
白河を夜船で渡る櫂の音 (作者不詳)あの人はそこにいる。湖を見渡す宿の窓辺に腰掛けている。 湯上りなのか、浴衣をしどけなく着て団扇で煽っている。 髪が揺れる。俺の心も揺れる。襟元に零れる白い胸が濡れているような。 逸る俺を擽るように、風鈴の涼やかな音色が聞こえる。 やっと今日という日が来た。今日こそ俺はあの人を抱く。 俺は立って、あの人を抱き寄せた。 あの人は恥ずかしいのか顔を伏せたままだ。殺したいほど愛しい奴。 唇を奪った。燃えるような口付け。火照る体。震える心。遠い篝火。紫の夜。 気が付くと、俺達は小船に乗っている。 何処へ行く?! そんなことはどうでもいい。湖の底に沈んだって構うものか! それほど思い詰めたはずの相手… なのに、俺は、一体、誰を抱いて沈んだのか分からない。 03/01/23 23:17 |