(04/02/05 up)
蜃気楼あるいは喜見城のこと
3月16日、富山で今年初めての蜃気楼が発生したというニュースをラジオで
聞いた。春の蜃気楼の発生第一号というわけである。
ここに春の蜃気楼と「春の」と冠したわけは、蜃気楼には、春の蜃気楼と冬
の蜃気楼があるからである。
ところで、まず、蜃気楼とはどういう現象なのか。簡単に言うと、「温度が
異なる大気の境界層で光が屈折する現象」ということになる:
http://www.kysm.or.jp/sin/sin-1-1.html
上掲のサイトに見られるように、春の蜃気楼は、「対岸の風景が上方に伸び
たり反転して見える」という特徴があり、冬の蜃気楼は、「対岸の風景が下方
に反転して見える」という特長がある。
さて、蜃気楼は、「温度が異なる大気の境界層で光が屈折する現象」なのだ
が、どうやら春の蜃気楼と冬の蜃気楼とでは発生のメカニズムが違っているら
しいという説がこの数年、唱えられてきている。
昨日のラジオの説明は、従来通りの説明をそのまま流していたようで、気に
なった。
なので、ここで改めて新説を紹介すると共に(但し、未解明な部分が多い)、
改めて富山の蜃気楼に注目してみたいと思ったのである。
春の蜃気楼と冬の蜃気楼とは、繰り返すが発生のメカニズムが違うらしい。
まず、冬の蜃気楼は、「寒い冬場であれば、ほぼ毎日出現している →全国い
たるところで出現(あまり珍しくない)」ものなのである:
http://www.kysm.or.jp/sin/sin-1-2.html
つまり、冬の蜃気楼のタイプだと、何も富山にこだわる必要などない。全国
で見られるもので、珍しくもないのである。しかも、春の蜃気楼は、見られて
も(春に十数回発生するだけ)日中の限られた時間帯だけなのに比べ、冬に発
生する蜃気楼は晴れていれば(視界がよければ)、ほぼ日中を通して見ること
ができるという。
さて、蜃気楼の発生のメカニズムである。冬の蜃気楼の発生のメカニズムは、
「冷たい大気に比べて暖かい海水が大気を暖め、海水の表面に暖層部をつくり、
大気層の境界で光が屈折するために起こる現象」であり、今のところ、この説
に異論は見られていないようである。
それに対し、春の蜃気楼の発生のメカニズムは、従来、「立山連峰の冷たい
雪解け水で海水の表面に冷層部ができ、大気層の境界で光が屈折するために起
こる現象」とされてきた。16日のラジオでも、こうした説明が流されるのみで、
異説が唱えられていることには言及がなかった。
では、ここ数年、注目を浴びつつある説とは、いかなるものか。
それは、「海風が突き出した陸地を通るときに暖められ、再び海上に流れ込
む。その結果、生地から富山にかけて上暖下冷の大気層が形成される(冷層部
は陸地の高さが原因)。蜃気楼はそのとき生じる温度の境界層で光が屈折する
ために起こる現象。」というもの:
http://www.kysm.or.jp/sin/sin-1-3.html
考えてみれば、仮に春の蜃気楼の発生のメカニズムが、従前通りのものであ
り、「立山連峰の冷たい雪解け水で海水の表面に冷層部ができ、大気層の境界
で光が屈折す」ることが原因なのだとしたら、そうした大気の条件は、わりと
春先は一般的なわけで、だとしたら、春にはもっと頻繁に蜃気楼の発生が見ら
れていいわけだ。
しかも、何も富山=魚津だけでしか見られない現象である必然性などないわ
けである。日本海側に限らず、山の根雪が溶けて海に流れ込んでいる場所はい
たるところにあることは言うまでもない。
では、何故、富山の魚津を中心とする地域だけに発生する現象なのか、その
点こそが説明されなければならないわけだ。それが、上記の説明だというわけ
である。つまり、黒部市の生地地区の突き出している地理的条件こそが春の蜃
気楼発生の条件だということなのだ。
これ以上の詳しい説明は、下記のサイトを参照願いたい:
http://www.kysm.or.jp/sin/sin-1.html
さて、春の蜃気楼を見てみたいと思う方も多いだろう。小生も、遠い昔、小
学校の遠足で魚津に行った時、埋没林などと共に、海岸にも立ったのだけれど、
折良く、眺めることができた。が、それっきりなのである。
思えば、非常に運が良かったのだと、今にして思う。
ただ、悲しいかな、その時は、蜃気楼を眺めてそれほど感動した覚えがない。
というより、岸壁だったか浜辺だったか覚えていないのだが、波打ち際に打
ち寄せられる発泡スチロールの塊を見て、ああ、これってあの白い何かから千
切れて流れ着いたんだなと思っていたことだけが印象に残った次第である。
我ながら、困ったお坊ちゃまだ。
で、春の蜃気楼だが、春に見られるといっても、上記したように年に十数回
しか見られない。欲張って、何処か見晴らしのいいところで、なんて思っても
無駄である。「蜃気楼はわりと遠方に現れ、また像の伸びは幅が小さいため、
肉眼で判別するのは困難です。8〜10倍程度の双眼鏡が必要にな」る。そして
海岸に立つことが大切で、あとは運を天に任せるのみである。
蜃気楼の写真は、下記のサイトが豊富:
http://www.city.uozu.toyama.jp/nekkolnd/mirageex.html
下記では、魚津市役所「蜃気楼情報」を得ることができる(メールでも):
http://www.city.uozu.toyama.jp/sinkirou_index.html
下記サイトで初めて知ったのだが、蜃気楼のことを地元では、「喜見城」と
いう言い方をすることもあるとか:
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/8637/essay29.htm
下記のサイトによると、「 蜃気楼という名前は、“蜃(しん)”と呼ばれ
る大ハマグリが、沖合で“気”を吐き出し、空中に“楼(高い建物)”を出現
させる、と考えた中国人の想像に由来するといわれています。またそれが市場
や城のようにも見えたことから、「海市(かいし)」あるいは「喜見城(きけ
んじょう)」とも呼ばれたようです。」とある:
http://www.cap.or.jp/INT/Toyamawan/shinkiro.html
また、下記のサイトによると、「「魚津古今記」によると、第五代目加賀藩
主前田綱紀が蜃気楼を見て、吉兆と喜び「喜見城(きけんじょう)」と名付け
たとある」とか。また、「。「蜃気楼」の「蜃」は大蛤(おおはまぐり)や蛟
(みずち)のことで、海の大蛤が吐く気が楼閣の幻を見せるという意味である。
前述の「喜見城」のほかにも「蜃楼」「海市」「狐(きつね)の森」「狐の松
原」など」があるとか。
http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/toyamaoffice/saihakken/index7.shtml
尚、先述のサイトに、蜃気楼という言葉を織り込んだ句が紹介されていた。
ここに再掲しておく:
蜃気楼と立山とあり魚津よし 高浜虚子
しばらくは恋めくこころ蜃気楼 岡本 眸
蜃気楼見えると心に信じよう クォーク
最後は蛇足であった。この稿こそが辛気な労作であった。
04/03/17
富山の話題あれこれ
過日のラジオでブリ街道の「ノーベル夢御膳」が道路サービス機構
J−SAPA(ジェイサパ)主催の第三回料理開発研究会全国大会に
出品され、この度、最優秀賞を受賞し、三連覇を果たしたと放送され
ていた。
この「新メニューは、富山から高山にいたるブリ街道と富山市出身
の田中耕一さんらノーベル賞受賞者四人のゆかりの地がある国道41
号線の“ノーベル街道”にちなんでおり、富山、飛騨高山の食材をふ
んだんに使用した料理」だとか。
以前にも書いたのだが、“ノーベル街道”とは、「国道41号」のこ
とで、その街道「沿いに点在する4人のノーベル賞受賞者ゆかりの地」
が顕彰されている:
http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/novel.htm
うん、目出度い。といっても、小生、まだ、食べていない。食べれ
るのは、魚津市の北陸自動車道有磯海サービスアリア(SA)にある
ホテルニューオータニ高岡直営レストランにて。
念のため、「ノーベル夢御膳」の画像を示しておく:
『ブリ街道(かいどう)「ノーベル夢御膳(ゆめごぜん)」 (999円)』
http://www.j-sapa.or.jp/news/kenkyukai/03/
同じく、車中でラジオを聴いていたら、「津軽の花」で知られてい
る演歌歌手の原田悠里さんが唄う「氷見の雪」がヒットしているのだ
とか。ほんとかよ、である。
小生は、その時のNHKラジオでちょいと聴いただけ。
そう、いよいよ曲が掛かるというところで、お客さんが乗ってこら
れたので、ボリュームを落とさざるを得なかったのだ。
一度、ゆっくり聴いてみたいな:
http://eplus.ebsgao.jp/p/KICM-815/
老婆心ながら付記しておくと、「富山県の氷見(ひみ)市は、能登半
島のつけ根に位置する海と魚と温泉の街」である:
http://www.hrr.mlit.go.jp/road/miti_eki/each_folder/himi/himi.html
氷見というと万葉集(大伴家持)と縁の深い二上山を背負っている:
http://futagamisan.takaoka.net/forum2.html
04/03/15

|