香西と久世と無言坂  

                                            (03/08/21 up)






 体調が良くないもので、砂嵐気味のよく映らないカーナビのテレビをダラダラ見ていた。 「そして歌は誕生した − 名曲のかげに秘められた物語 −」というNHKの 番組である。
 最初に採り上げられていた青葉城恋歌を巡る佐藤宗幸もそれなりには聞いて いた。なんといっても、青葉城恋歌は我が青春の地・仙台の歌である。作られ 流行り始めたのは実際の大ヒットの数年前かららしいが、小生がヒットするそ の歌をよく耳にするようになったのは、昭和53年。つまり、小生が仙台から 東京へ上京した年なのである。なんだか、自分を励ましてくれているような、 あるいは仙台を忘れるなよと、歌われているような気がしたものだった。
 次に採り上げられたのは、香西かおりのヒット曲で93年、日本レコード大 賞も受賞した「無言坂」。こちらは小生が高橋真梨子やチェウニらと並んで大 好きな香西の、そして小生の好き な曲・無言坂ということで、じっくり曲を聞こうと思った。
 曲さえ聞ければいいと、なんとなくテレビ画面も見詰めないで、どちらかと いうと、パソコンの画面に向かっていたら、そのうちに、この曲の歌詞が久世 光彦(てるひこ)によるものであり、彼の富山で暮らした頃の思い出が歌い込 まれているという話が聞こえてくるではないか(作曲は玉置浩二である)。
 それからやっと身を入れて話に聞き入ったが、もうすでに秘話の部分は終わ っていた。
[久世氏については例えば下記を参照:
 http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun111KT.htm 
 余計なお世話かもしれないが、香西かおりの公式サイトなどを:
 http://www4.famille.ne.jp/~aurora/kozai/ ]

 参考のため、ネットで「無言坂」に絡むエピソードを探してみた。既に直接 は検索の網に掛からないサイトもある。雑多な情報を集めると、92年暮れの時 点で、AB両面のA面の曲は出来ていた。『あゝ人恋し』という曲。レッスン さえ済んでいたとか。もう一つが、「無言坂」。
 しかし、玉置浩二による曲は出来ていたが歌詞が出来てこない。その作詞を 担当していたのは、「市川睦月」。誰あろう、久世光彦氏の作詞上のペンネー ムである。彼には数々の作詞した曲があるが、時代の風潮に合わず作詞活動は やめていた。
 しかし、香西が所属するプロダクションからプロデュースを頼まれて作詞活 動を再開。彼女が気に入ったのである。久世氏は、香西のヒット曲『花挽歌』 も作っている。「無言坂」という曲は、ニューミュージック風で、誰に作詞を 任せるか、ポリドール側も考えた挙げ句、久世氏を起用することになったとか。
 やっとできた歌詞がファックスでスタジオに届いたとか。その時、初めてタ イトルが「無言坂」と知られる。ぶっつけ本番の吹き込み。やがて「無言坂」 がA面と決まる。
 『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』の制作に携わったこと、さらにその後、 数々の文学賞を受賞していることでも有名な久世氏は、小生にとっては郷里に 関係する数少ない有名人の一人である。彼  は東京生まれのはずだが、両親は富山生れと聞いている。父の仕事の都合で 彼は、若い一時期を富山で暮らすことになった。彼が富山をどんなふうに過ご したのか、小生は知らない。住んでいたのは相生町だったとか。小生はあまり 馴染みのない町。
 というより、18で富山を離れた小生は、あまり富山の町を知らない。かな り狭い範囲しか高校時代までは動いていなかったと、今にしてつくづく思う。  曲のタイトルの無言坂について一言したいところだが、ここは全く聞き逃し た。タイトルを決めた久世氏に伺うしかない。
 例えばグレープのヒット曲で有名な無縁坂は東京には実際にあるし、無言坂 についても、京都か東京か何処かの地名に由来するのかなと、勝手に思ってい た。それとも無言になるしかない坂という歌詞の内容を象徴する名前なのか、 小生は分からない。
 小生の机の上には数年前に買った「ベスト全曲集 香西かおり」が鎮座して いる。プレーヤーが壊れたままなので、掛けて聞くことは出来ないが、あるだ けで安心、というわけである。
「あの町もこの町も雨模様 どこへ行くはぐれ犬ひとり 慰めも言い訳もいら ないわ 答えならすぐにでも出せる…」とか、いい歌詞なのだが、引用は著作 権も問題もあるし、難しい。「帰りたい 帰れない ここは無言坂 帰りたい  帰れない ひとり日暮坂」とか、引用したいが、知っている人は知っているの だから、ま、ここは我慢である。

   ただ、とにかく小生の好きな歌手・香西かおりの「無言坂」の歌詞が久世光 彦の手になるものであり、しかも、氏が富山に居住していた若い頃の風景にち なむのだということを知っただけでも、なんだか嬉しい。これからはこの曲を 新たな気分で聴くことになるに違いない。



03/08/14 22:00