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マスコミの報道でここ数日、盛んに報道されているので、御存知の方も多い だろうが、国道41号線がノーベル賞に縁の深い(?)街道だという。 特に我が郷里・富山は今度、話題の田中耕一氏の生まれ育った地だけに、こ の話題には敏感で、到頭、国道41号線の「国道41号の富山市―岐阜県高山 市間」をノーベル街道として売り出すことを検討し始めたという: http://www.yomiuri.co.jp/04/20021212i206.htm 既にマスコミの報道などで知られているだろうが、上記の間に区切っても、 過去ノーベル賞受賞者12人のうち4人にゆかりの地が点在しているのである。 詳しくは上記のサイトを見て欲しいが(あまりにも記事が短いので引用した ら、ほとんど全文引用になり、差支えがありそうなので引用しない)、この度 ノーベル賞を受賞された島津製作所フェロー田中耕一さんや東京大名誉教授小 柴昌俊さん(76)、小学1年から中学1年まで富山県大沢野町で過ごされ1 987年に生理学・医学賞を受けた米マサチューセッツ工科大教授、利根川進 さん(63)、小学3年から高校3年まで高山市で暮らされ2000年に化学 賞を受賞した筑波大名誉教授、白川英樹さん(66)らにゆかりがある。 国道41号線の上掲の区間は、「富山湾のブリを岐阜県飛騨地方や長野県に 運んだ通称「ブリ街道」」と呼ばれてきた。そのブリは出世魚としても知られ ている。 さらに上掲のサイトによると、「『出世街道で41(よい)道』などのキャ ッチフレーズでアピールしていけたら」などと富山県の当局関係者が話してい るという。 ここまで来ると笑っちゃうが、ま、話題に上ることの多いとは云えない富山 県としては結構、切実で真剣な思いでアピールを試みているような気がする。 ちなみに、利根川進さんは若き日を大沢野町過ごされたのだが、神通川を挟 んだ向こう側には「おわら風の盆」で有名な八尾町が広がっている。 こうした話題の発端が何処にあるのかは知らないが、その一つは、どうやら 12月1日の「報道2001」で、竹村健一氏が神通川に沿った国道41号線 をドイツのロマンチック街道の向こうを張って「ノーベル賞街道としてはどう か」という提案をされたことに端緒があるのかもしれない。 地図で見られれば分かるように国道41号線の上掲の区間は、まさに神通川 に沿うようにして走っている。さすがに神通川の淵源辺りでは、国道41号線 と神通川とは分岐しているが、ブリ街道(出世街道)とノーベル賞受賞者との (こじつけめいた)因縁は否定し辛いものがあるようだ(なんたって、こじつ けなんだから否定するほうが、野暮というものだし)。 ここで、神通川について簡単に紹介しておきたい。富山県には一級河川が五 つ流れている(小生のガキ時代には七つ流れていた。それが五つに減ったのは、 二つの河が消えてなくなったというわけではない。恐らくは定義上の問題だと 推測する)。富山は水の都なのである。清冽な水が今も市街地の方々で湧出し ている。 神通川はその五つの河川の中でも最大の川である。下流は治水対策の賜物で 今では氾濫の恐れの少ない川になったが(それでも川の流れは結構、速い)、 中・上流部は急流として有名で、川下り観光の名所でもある。 神通川という川の名の由来は、「わが国独特の宗教である修験道(しゅげん どう)の言葉<神通力(じんづうりき)>から付けられたとも言われますが、 確かでは」ないようだ。立山など富山の奥深く険しい山々は修験者が切り拓い たと云われている(詳しくは下記のサイトなどを参照のこと): http://www.mlit.go.jp/river/jiten/nihon_kawa/data/hokuriku/jinzu/jinzu.html 余談ついでに続けると、富山空港は全国的にも珍しく、この神通川の河川敷 に作られている(なんと、エプロンと空港ターミナルビルの間には、堤防があ る!)のだが、同時に市街地から車で僅か15分ほどの距離にある。 従って、富山空港に着陸する際は、一旦、富山湾に向かい、河口から俎上す るように飛行していく(下記のサイトによると、実はパイロットの腕の見せ所 だという話もある...)。その際の旅客機の窓からの眺めは絶景である(小生が 初めてそうした機会に恵まれた際は、その事情も知らなかったこともあり、た だただ眺めの凄さに感激したものだった!): http://flightinfo.ens.ne.jp/fsld/toy_p1.htm 逆に言うと、富山の市街地から離着陸する旅客機の勇姿を眺め上げることが できるということでもある。青い空のもと、真っ白に輝く立山連峰の勇姿を背 景にして、頭上に浮かぶようにして飛び行く巨大な旅客機の土手っ腹を口をあ んぐりさせて眺め上げるのは、若干疲れはするが、実に爽快である。 また、当然のことながら、富山空港ターミナルビルから、雄大な立山連峰の 景観を拝むことができる。 [河口から俎上する光景の写真をネットで探したが、適当なのが見つからなか った。最後に着陸する時点での写真で、その雰囲気だけでも嗅ぎ取って欲しい (上段)。下段は工事中の富山空港である: http://www.pref.toyama.jp/sections/1515/1515.htm http://www.asahikensetsu.co.jp/p_works/kuukou.html ] 余談の余談だが、ターミナルの2Fで富山のおいしい水、健康茶が無料で飲 めることは知っておいてもいいのではないか。それと、富山空港はローカル空 港と思われがちだが、この際、断っておくと、国際空港でもあるのだ! ソウ ルや大連・ウラジオストクなど、隣りの大陸への足場ともなっている。 富山空港には駐車場が併設されており、優良駐車場を利用した場合、一時間 100円、一日でも600円だし、場合によっては無料の駐車場(約1000 台)を利用するのもいいかもしれない。だから、他地域から車で来て、空港近 くの駐車場に車を止め、空港を見物するのもいいのかもしれない。 で、何の話だっけ。 そうそう、神通川の話…じゃないね、国道41号線の話だった。 ここで更に一気に話をローカルのローカルに焦点を移させてもらう。 小生のことである。既に書いたように富山県は富山市は我が郷里である。で、 小生と41号線との関わりをチラッと並べ立ててみたい。どうせ、富山県が大 っぴらにこじつけめいた話をやってんだから、小生も便乗したいのである。 我が郷里の家は神通川から歩いて十分ほどである。車なら数分、ヘリコプタ ーならあっという間の距離だ。我がご幼少の砌(みぎり)より産湯を神通川で 浸かり、というのは真っ赤な嘘で、小生は日赤で生れたと聞いている(確かめ たわけではない。実見もしていない)。 我が家から小生が通わせられた(あまり行きたくはなかった)保育所も小学 校も中学校も神通川から遠くはないし、41号線からも数百メートルの距離で ある。小生がギリギリで受かった高校も41号線にほぼ沿って建っている。 ガキの頃、事情があって入院した病院も41号線に接している。 小生は、一時期の迂回の時期を除いて、東京に在住しているが、東京との往 復には正月以外は、オートバイを使う。そのオートバイで走るルートは、41 号線であり、岐阜県は神岡を通る際は、この近くにカミオカンデがあるんだな、 と、キョロキョロしつつ走ったものだった(小生は高校三年の夏までは物理学 を目指していたのだ! 湯川秀樹やアインシュタインに憧れて)。 真冬にこのルートを使って、何処かの雪避けの庇の中をオートバイで走った ら、陰の中から不意に溶け残った雪の塊に突っ込み、死にそうな思いをしたの も、41号線の神岡辺りだったか高山近辺だったか。 とにかく41号線にちなみ思い出話は、憚られるものも含め限りない(初恋 の女性は神通川の近くに住む人であり、その人の親の古里は神通川と41号線 が分岐する辺りだったっけ)。 なのに、一方はノーベル賞で、こっちは×◆○▲とは、どうしたことなのだ ろう。 結局のところ、ノーベル街道も出世街道も、こじつけであって、仮に犯罪者 をこの街道沿いでリストアップすれば、犯罪者街道ということにもなる。街道 沿いにゆかりのある綺麗な女性をを列挙すれば、美女街道ってことにもなる。 なんて、こんな野暮なことを書くような人間だから、今もって×◆○▲なん だろうね。 02/12/14 ノーベル街道をちょっとローカルに見る(追記)先に、小生は「こうした話題の発端が何処にあるのかは知らないが、その一つ は、どうやら12月1日の「報道2001」で、竹村健一氏が神通川に沿った国 道41号線をドイツのロマンチック街道の向こうを張って「ノーベル賞街道とし てはどうか」という提案をされたことに端緒があるのかもしれない。」と書いた。 が、ここに新たな情報を得たので、「ノーベル賞街道」の話の補足と後日談を 記しておきたい。 竹村健一氏がノーベル賞街道の話題について、全国的な話題になるに際し、大 きな役割を果たしたことは事実のようだ。ただし、そのアイデアの端緒は別にあ るようである。 小生の手元に、『富山県人』(富山県人社刊)の新年号がある。その中に富山 県文化行政推進顧問の吉崎四郎氏の手になる「TOYAMA MONTHLY」という連載コラ ムがあり、この新年号の話題のタイトルはまさに「ノーベル街道宣言」と題され ているのである。 とやま竹遊クラブがあり、そこでの講演に竹村健一氏を招くことがあるのだが、 その際、竹村健一氏を信服するという中沖豊富山県知事が車中で対談したという。 話題はホットなノーベル賞の話に及んだ。中沖知事は41号線に絡む(既に小生 が紹介したような興味深い)話題を持ち出したのは言うまでもない。 対談の最後で竹村健一氏が、 「そんならもうドイツのロマンチック街道以上や。知事さん、岐阜県の梶原知事 と話し合って、ノーベル街道を宣言したらええ。私は勝手にテレビで言わしても らうわ」 応じて知事が、「あー、いっぺん言うてみたかった、ですか」(笑い) という形で締め括られている。 ところで、対談の中で知事が、「……それより驚いたのは、三百メートル地下 のほら穴が北へ北へと移って、もう大沢野町のあたりまで掘られているんですっ て」と言うと、竹村氏が、「はあ、地下でもひそかに探究心が通じ合っているん だ。こりゃこの辺は上も下もノーベル街道なんやな」(笑い)と応じている点が 興味深かった。 大沢野町というのは、先に紹介したように、ノーベル医学・生理学賞を受賞され た利根川進さんが、小学1年から中学1年まで過ごした地である。 神岡鉱山跡地に作られたカミオカンデやスーパーカミオカンデは有名だが、実 は、「小柴さんの挑戦が求心力となり後に研究施設が神岡に集結し」、「現在で はミニ重力波研究施設、暗黒物質研究施設、時間隔離実験施設、火薬性能試験、 活断層調査研究施設、水封CAES試験場を含め全部で8つ」の研究施設がある。 更に、2012、13年にはハイパーに乗り換え、「スーパーカミオカンデの 20倍の規模となる第4世代「ハイパーカミオカンデ」構想も進んでいる」とい う: http://www.jic-gifu.or.jp/np/newspaper/kikaku/uchyu/uchyu3.htm http://www.jic-gifu.or.jp/np/newspaper/kikaku/uchyu/uchyu4.htm 03/01/19 |