[ 中島らも氏は2004年7月26日、神戸市内の病院で、脳挫傷、外傷性脳内血腫の為、逝去されました(享年52)。頑張る人ほど早く逝くのですね。愛読者でもない小生ですが、彼は気に掛かる存在だったことも事実。中島氏のHPによると、生前の希望により、追悼ライブを行う予定だとか。ここに掲げる雑文は、彼が事件を起こした際に書き下ろしたもの。今となっては書き直したい部分も多々あるのですが、公表当時のままに掲載します。併載した一文は、直接、彼に関係するものではないのですが、題材がマリファナということ、書いたのが、ほぼ同時期であることを鑑み、ここに載せます。共に、メルマガにて公表したものです。合掌。(04/08/08 up) ]
1.中島らもと大麻と煙草と
2.カナダでのマリファナ事情あれこれ
1.中島らもと大麻と煙草と
車中でラジオを聞いていたら、作家・中島らも氏が有罪判決を受けたと聞いた。
5月26日の朝日新聞夕刊によると、執行猶予付きの有罪判決を受けたようで
ある。
そもそも同氏は、「自宅に大麻約6・4c所持していたとして大麻取締法違反
(所持)の罪に問われていたのである:
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/news/feb/o20030205_10.htm
正確には、大麻所持現行犯による逮捕だったらしい。小生は、中島らも氏が人
気作家だったことは知っているが、彼の本を一冊も読んだことがなく、せいぜい
ラジオで少々彼の声を聞いたことがある程度である。あるいは、何かの囲みのコ
ラムくらいは読んだことがあるかもしれないが、それ以上は彼に付いて知らない。
彼は、上記したように、大麻取締法違反の容疑で逮捕された。法律を犯したの
だから、逮捕されるのは、当然である。そのことに異議を唱えるとか、逮捕され
て喝采するとか、とにかく何の感懐も湧かない。
もう一度、書くが、彼は大麻取締法違反の容疑で逮捕された。麻薬取締法で逮
捕されたわけではない。実は、ここに小生が関心を抱いた切っ掛けがある。
例えば、こんなサイトがある:
http://www.taimado.com/kaihou/jiken/chinjyou.html
ここでは、大麻取締法違反に問われている被告についての意見陳情書を読むこ
とが出来る。その要旨の大枠は、そもそも大麻を取り締まる大麻取締法の正当性
を疑うというものだ。
大麻が麻薬の一種であるなら、麻薬取締法の対象となる薬物なり毒物に含めて
おけばいいはずである。何故、大麻は麻薬取締法ではなく、大麻取締法という独
立した法律で括られているのか。
あるいは、そもそも大麻は麻薬などの劇物なのか。煙草と比べて毒性は強いの
か弱いのか。こうした知識は小生にはまるでないのである。だから、同氏が逮捕
され、その流れとして釈放されたと聞いても、まあ、法律違反したのだから、当
然である以上には考えようがないわけである。
医学的な研究が大麻について、どの程度になされているか、小生は知らない。
ただ、少なくとも煙草より有害だという研究結果は出ていない。むしろ、大麻を
吸う事で他のより有害な薬物に手を出さずに済むとか、大麻を吸引しても禁断症
状が出ないとも聞いている。
だからといって、別に小生は大麻を解禁しろという主張をするつもりはない。
ただ、煙草の製造販売が認められているのに、何故、大麻がわざわざ大麻取締法
で取り締まられるのか、その根拠がわからないし、分からない以上に理不尽さを
感じるだけである。
大麻とはなにか、については、下記のサイトを参照願いたい:
http://www.asahi-net.or.jp/~is2h-mri/nani.html
これを読むと、大麻や麻と日本人とのかかわりは相当に古く且つ深いことが分
かる。その大麻が規制されたのは、戦後のアメリカの占領政策の中においてであ
るということも、小生は初めて知った。
多摩川が「麻が多く栽培されてきた川という意味」で、この文字が使われてい
るというのも、初耳である。同上のサイトでは、「私が住んでいる国分寺は、武
蔵の国の時代に「多麻」とよばれた地域で、特産品として朝廷に麻布を献上して
いたと言われています」とあるが、確かに麻に関係が深いこともあるが、そもそ
も多摩は、高麗(コマ)からの渡来人の居住の地(あるいは他の地からの移住の
地)だったことに由来することもあるのではないかと思う。
大麻の使用によって、何か大きなトラブルを起こしたという事例があるのかど
うか、小生は知らない。むしろ、同上のサイトにあるように、大麻を薬草(ハー
ブ)の一種と捉えた方が適切なのではないかとさえ、思えるのである。
「薬物乱用について」というサイトを見て欲しい:
http://www.cmh.ne.jp/m-health/drug.html
薬物乱用防止パンフレットなどを見ても、確かに大麻が記載されているが、覚
醒剤やシンナー、煙草、アルコールなどについての記述に比べて、特段の記述が
ない。そもそも書くべき根拠がないのではないかとさえ、思われてくる。
実は、中島らも氏は、冒頭近くで示したサイトで見られるように、「中島容疑
者は出世作の小説「今夜、すべてのバーで」でアルコール依存症体験を題材にし
たほか、「ガダラの豚」では主人公に、麻薬やマリフアナを肯定するせりふを語
らせた。海外での薬物体験や麻薬文化などを、さまざまなエッセーや小説で書き、
薬物は作品の一つのテーマだった」のである。
つまり、ある意味で、彼の言動は当局の神経を逆撫でするようなものだったの
である。
どんな法律であれ、法律は法律であり、その法律に敢えて抵触するような言動
は許さん、とうことなのか。
同サイトには、「近所の人によると、中島容疑者は夜中に大音量で音楽をかけ
ていることもあり「近所付き合いもなかった」という」が、彼の逮捕の切っ掛け
も通報によるものらしい。
今、小生は、うっかり言動と一括りに書いたが言論で大麻取締法は根拠が薄い、
存在する意義がないのではと主張することは、問題ないはずで(その主張の当否
はともかく)、中島らも氏が逮捕されたのは、実際に使用したからである。つま
り、言動の「動」をやってしまったわけだ。
中島らも氏について、仮に非難するなら、悪法といえども法律なのだから、そ
れを破ったのは拙いということもある。しかし、それ以上に作家として、「海外
での薬物体験や麻薬文化などを、さまざまなエッセーや小説で書き、薬物は作品
の一つのテーマだったが「日本国内では絶対に(麻薬は)やらない」が口癖」だ
ったのに、それを自らが破ったことに惜しまれる点があるのだろう。
「同容疑者に近い関係者の間には、逮捕の報にやりきれなさが漂った」という
のも、言行の不一致に、裏切られた思いがあるからなのだろうか。
冒頭の朝日新聞の記事によると、裁判官の話として「(前略)今後は法に触れ
る行為をせず、執筆活動を続けることで信頼回復に努めると誓っている」と伝え
ている。
さて、中島らも氏は、今後、どのような「言動」を展開されるのだろうか。大
麻のことは、禁句になるのだろうか。さすがに再度、大麻を使用することはない
が、大麻を禁制品にする根拠がないことからすると、「言」については、大麻に
ついても意気盛んに続けてもいいのではないか。
それとも、大麻に触れたら、即、執行猶予は取り消しとなるのだろうか。
もしかしたら同氏は、同氏を逮捕した厚生労働省の前で煙草をスパスパしなが
ら、大麻などについて従前通りの主張を展開する……なんてことは、ないだろう
……ね。そんな根性があったら凄いけど、そんなことはできない…、よね。
03/05/27 記
2.カナダでのマリファナ事情あれこれ
これもラジオで得た情報であり、まだ、新聞その他で詳細を確認するに至って
いない。
聞きかじりの情報では、カナダでは最近マリファナの使用について、若干の法
的緩和が見られたという。
勿論、カナダにおいても、従来よりマリファナの所持・販売・製造・輸入とも
に違法である。ただ、その罰則は比較的軽かったとは言える。それでも、所持に
対する刑罰は罰金程度では済まず、投獄され前科者となることは避けがたい。
それが、個人的な所持(15g以下)や使用程度だと、罰金で済ますことにな
ったと、昨日のラジオでカナダ在住の日本の方が話されていた。
こうした変更が可能となったのは、マリファナの所持程度で若者が前科者にな
るのは忍びないという判断が当局に、あるいはその前提としてカナダの世論にあ
るかららしいのである。また、それほどにマリファナの使用が日常的に見られる
らしいのである。但し、栽培や販売目的については依然として厳しいようである。
ネットでカナダのマリファナ事情を検索してみると、日本人には驚くような現
実があるらしい:
http://www11.brinkster.com/canadajournal/drug.html
さらに各国の大麻事情を見ると:
http://www.taimado.com/kaihou/gaikoku/gaikoku.html
これはたまたまネット検索していて見つけたのだが、「カンナビスト」という
団体がある。これは、「大麻は犯罪ではないと主張する市民団体」であるらしい:
http://www.matsuri.net/cannabist/index.html
彼等の主張は、このようだ:
大麻(マリファナ)は、科学的に見てアルコールやタバコと比べても有害性が高
いとはいえない。大麻とタバコを比べると、一本辺りの有害性が大麻が強いかの
ようだが、タバコほどに大麻をスパスパ吸うわけではない。このような大麻を大
麻取締法によって取り締まり、刑事罰を科すことは不当な人権侵害ではないだろ
うか。
わたしたちは、大麻について少量の個人使用に限り、犯罪とは切り離して考え
る、いわゆる「非犯罪化」を提案する。わたしたちは、大麻に対する社会的偏見
をただし、真に自由で暮らしやすい社会を創っていきたい。(以上、引用終わり)
さて、小生は大麻が「科学的に見てアルコールやタバコと比べても有害性が高
いとはいえない」という点については、未だ、根拠を確認しているわけではない
。ただ、使用した経験者の話をネットでも確認できるだけだ(海外での使用だろ
うけれど)。
他にも、弁護士の丸井英弘氏による「大麻とは、何か?」という談話を読むこ
とが出来る:
http://www.asahi-net.or.jp/~is2h-mri/nani.html
前回も書いたが、そもそも大麻取締法が制定された根拠が薄い。戦後、アメリ
カ占領軍の影響下で制定されたようだが、その際、科学的根拠など示されたわけ
ではなかった。その後の研究でも、少なくとも煙草などより有害だという研究デ
ータが示されたわけではない。
何故、では、終戦直後、大麻取締法を制定されたのか。
以下のサイトで、カンナビストが讀賣テレビに対して行った公開質問とその経
緯を見ることが出来る:
http://www.matsuri.net/cannabist/database/ourstatement/200212shinbo.html#5
これは、「辛坊治郎氏は2002年11月11日の「ズームイン!! SUPER」において
「辛坊治郎の追撃コラム」コーナーで「大麻は麻薬である」との主張。カンナビ
ストは公開質問状という形で真意を確認することにし」たというもの。
その中で、何故、大麻取締法を制定されたのかの背景事情が以下のように書か
れている:
「これは1930年代米国禁酒法時代に「飲酒がきっかけとなって、より強力な麻薬
の使用が誘発される」として禁酒法を正当化するために主張されたものが、後に
なってそのまま大麻に転用されたものであるとされています」
つまり、酒を野放しにすると、犯罪が増える、大麻を吸えば、そのうちもっと
有害な薬物に手を出す、だから大麻を取り締まれ! という踏み石理論があり、
その結果、大麻取締法が制定された、というのである。
煙草は野放しにして、一方、煙草より有害性の薄い大麻を禁制品扱いにする理
不尽さが極まっているのではないか。
ところで、小生自身の立場を示しておこう。
学生時代などに6年間、煙草を吸っていた。社会人になった際に、煙草を吸う
のをやめた。大学を卒業間際に体を壊し一ヶ月ほど寝込んだこともあり、その際、
煙草を止めよう、わざわざ体に悪いものを殊更摂取するのもバカバカしいと思っ
たのだ。
それは同時に東京に出てきた時期と一緒だった。小生は東京に来てビックリし
たことがいろいろあるが、その一つは東京の空気の汚さだった。皇居の周辺な
どを歩いたものだったが、空気のあまりの汚さに辟易したものである。
皇居の周りをジョギングなどをする人を見て、これじゃ、排気ガスを吸ってい
るようなものじゃないか、どうしてこんな空気の中で平気で運動が出来るのか、
と驚くばかりだった。
そう、煙草を止めた代わりに、汚染された空気を以後、東京で吸い続けている。
煙草など吸わなくたって、頭がクラクラするような気体を吸わされているのだ。
この汚れた空気のメリットはただ一つ、誰でもが只で(但し、情容赦なく)吸う
ことが可能だという点だ。
けれど、小生は他人に対して煙草の喫煙も過剰な酒の摂取も止めようとは思わ
ない。法的に禁止されていない以上、本人の勝手次第だという一般論からだが、
同時に、人生が30年か50年か100年かは分からないが、いずれにしても限
られた命(期限)のものであることは間違いない。その中で、当人が一番幸せな
形を(合法の範囲で)追い求めることに、文句のつけようがないはずである。
たとえ煙草や酒で体を害しても、本人が納得の上で、短い(あるいは幸運にも
長い)人生を日々、愉しんだのであれば、それはそれでいいではないかと思うか
らだ。
但し、小生が嫌うのは他人の喫煙で無理矢理吸わされることだ。傍で誰かが煙
草を吸い、その伏流煙を何故、我慢しなければならないのか。あるいは道路での
吸殻のポイ捨てを見ると、腹が立つ。道路は灰皿なのか。
それに吸殻だけじゃない、そもそも歩行喫煙(車での喫煙も含めて)だと、灰
も塵としてばら撒かれるし、煙(伏流煙)も大気に汚れよ! とばかりに垂れ流
される。吸殻だけ始末すればいいと言うものではないのである。
一日、数千万本分の吸殻や灰や煙が我が大気を汚しているのだ。
それと、納得の上での喫煙というが、本当に有害さを納得している人は、案外
少ないのではないか。まして、若い人は有害さを必要十分に教育されているとは
思えない。
徹底して自らの人生を考え、生き方を考え、その上で肺を汚し、喉を痛め、町
を汚し、身内や親しい人(恋人や子どもや親や親戚や友人など)を汚すことを厭
わないというなら、勝手にしろ、である。
前にも書いたが、煙草を吸う人とキスをするとは、灰皿を嘗めるようなもので
ある。それを承知でキスするなら、それは当事者の好みなのだ!
小生は、煙草も吸わないが、酒も飲まない。但し、想像の世界では誰よりもそ
の感覚を堪能する。その痺れるような、苦痛が緩和されるかのような、癒される
ような、精神が安逸の海に漂うような、知らず知らずのうちに自らに課している
箍(たが)を緩め、想像力を呪縛する足枷を外し、感覚を想像力を駆使して愉し
むのである。
感覚の錯乱を通して未知の世界に至ることと、昔、誰かが唱えたらしいけれど、
小生は、それをできれば、想像力のみの力で実行し探求したいのである。精神が
痛み、狂気にさえ陥る可能性もないとはいえない、それでも、そんな想像力の限
界を試してみたい。
煙草も大麻も酒も、あるいはこの広い世界さえも実際に歩き回ることなく、場
合によっては三畳ほどの檻の中に閉じ込められているつもりで、例えば文章表現
において、試してみたいという欲求がある。
理不尽も不合理も非情も退屈も安逸も平穏も含めて、人生なのだと思う。それ
をただ一時、何処かの限られた空間で、外から忍び込んできた外気の、その余韻
を、あるいは遠い汽笛か高速道路の轟音の余波を、陽光の幾重にも渡る反射の果
てのかすかな光のお零れを、嗅ぎ聞き入り感じ見ただけで、味わい尽くすことが
できたら、凄いと思う。
話が大分、逸れてしまった。
小生は、煙草を有害と知りつつ実質上、野放しにしているなら、煙草より有害
さの程度の劣る大麻を禁制品にするのは、変じゃないか、と思うだけだ。
自分については、伏流煙(排気ガス)も含めて御免被りたい。
そして想像力の駆使によって感覚の惑乱と際限のない可能性の宇宙を愉しみた
いと思うだけである。
03/05/29 記

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