富山と滝廉太郎、その周辺(付:「美味しんぼ」のこと)  


                                           
(04/04/25 up)






富山と滝廉太郎、その周辺  





 あるサイトの掲示板を覗いたら、『京都インクライン物語』(田村喜子著 中 公文庫)という本に「富山県の初代知事、国重正文氏が、京都府の大書記官とし て登場」しているとか、滝廉太郎の名前が出ていた:
「松川を美しくする会」

 松川は我が郷里、富山県は富山市の中心部を流れる川。小生は、先週、事情が あって桜が満開宣言されたその日に帰省し、満開の桜並木のもと、松川縁を歩い たものだった。後年、「荒城の月」などを作曲する滝廉太郎も、幼い頃には、同 じ土手を歩いたかもしれない(小生のHPには、小生が撮った松川の桜並木風景 画像を載せておいた)。
 そんなことで、せっかくなので、改めて、滝廉太郎と富山の関わりや、その周 辺を主にネットを通じて調べてみることにした。

「「憾・うらみ」滝廉太郎(1879−1903)」
 このサイトには、滝廉太郎の生涯や音楽家としての紹介と同時に富山城の歴史 も書いてある。
 滝廉太郎の父は、日出藩権大参事、さらに大久保利通の秘書官を務めたことも ある滝吉弘氏である。
 滝廉太郎の生涯と併せ、滝吉弘氏については、下記サイトに詳しい:
「富山で感性を育んだ滝廉太郎」

 このサイトによると、「吉弘氏の名は明治20年2月25日の「本県録事」の欄に 知事代理として出てきます。これは、2月に国重知事が上京して不在となったた めで、以後3ヶ月間、代理として県令などの示達者名に吉弘氏の名前が出てきま す。また、この間、知事代理として富山県巡査教習所や尋常師範学校の卒業証書 授与式にも臨席しています。4月下旬に知事が帰県し吉弘氏の知事代理の任が解 かれた後も、諸学校巡視のために来県した文部大臣森有礼に同行し、午前3時近 くまで碁の対局をするなど様々な行事に出席したことが記録として残っています」 という。
 引用文中、富山県の初代知事、国重正文氏の名が見える。
 国重氏は、『京都インクライン物語』(田村喜子著 中公文庫)の中に、「京 都府の大書記官として登場」しているとか(小生は未読)。
 しかし、やがて、国重氏と滝吉弘氏の間に溝が出来、滝吉弘氏は任を解かれ、 滝家はしばらくして東京(麹町に転居)へ向うわけである。「廉太郎は、4月、東 京麹町小学校2学年に転入」しているとか。
 尚、国重正文氏が富山県の初代知事として在任中の私邸が今も残っている。天 真寺「松桜閣」である。この松桜閣は、「当時知事公舎がなかったために建てた 私邸で、富山市奥田にあった」とか。「国重は、この私邸から馬に乗って県庁へ 通勤したという」
 富山市奥田にあった私邸は、やがて黒部市の天真寺に移築される。
 この奥田(当時は村だったようだが)は、小生にも思い出深い町である。もしも、その奥田に国重氏の私邸跡なり、その逸話なりが残っているなら、見聞きしたいものである。
「移築には、300台もの荷車を使い、1日で解体した木材を運んだという。その 後、1931年(昭和6)に天真寺が庭ごと松桜閣を買い取った」という。
 ここ松桜閣では、「地元では年に1回、園遊会を開いて松桜閣に親しんで」い るのだとか。
 さて、国重正文氏については、下記サイトが詳しい:
「★講演(第1部)★ 「とやま橋物語」 白井芳樹氏」
 このサイトは、表題の通り、「1996年から富山県土木部長、富山県公営企業管 理者」などを務めた白井芳樹氏による、富山の橋について講演の記録である。
 富山で橋を作るということは、暴れ川との戦いを意味することが、越中の国守 大伴家持や俳人芭蕉との絡み、さらには「内務省技術顧問 ヨハネス・デ・レー ケ」に言及する形で語られている。必ずしも大きな面積を持つわけではない富山 には、一級河川が7(6)つもある。そのいずれもが暴れ川だったのである。
 富山出身の人間として興味深いのは、「昭和22年まで、35人の富山県知事のう ち何と7人までが山口県出身で」、つまりは、「5人に1人は山口県出身」だっ たということ。富山は長州閥のテリトリーだったことが分かる。

 滝廉太郎関連の文献としては、下記があるようである(小生は未読):
『人物叢書 滝廉太郎』(小長久子著、吉川弘文館)
『清貧の譜―忘れられたニッポン人 楽聖滝廉太郎と父の時代』(加来 耕三著、 広済堂出版)
『わが愛の譜(うた)―滝廉太郎物語』(郷原 宏著、新潮文庫)

 文献ではなく、映画として、下記があった:
『わが愛の譜 滝廉太郎物語』((1993) 監督 : 澤井信一郎)
 93年に「廉太郎没後九十年を機に、本格的なドイツ・ロケを交えて作」られた という(だったら、昨年は没後百年だったわけだ。何かイベントはあったのだろ うか)。
 風間トオルが滝廉太郎を演じ、榎木孝明が島崎藤村を、また、柴田恭兵が幸田 露伴を、加藤剛が滝吉弘を演じているとか。他に、鷲尾いさ子、天宮良、藤谷美 紀、浅野ゆう子、柳沢慎吾、渡辺典子、一色彩子、ベンガル、秋野太作、檀ふみ、 森本レオ、岡本麗、佐藤しのぶ、宮崎淑子、神山繁、勝野洋、藤村志保と、なか なかの顔ぶれである。機会があったら、観てみたい。


04/04/12記





「美味しんぼ」が富山で取材だって  






 いい年をした小生だが、最後に漫画の本を買ったのは『美味しんぼ』である。雑誌 「スピリッツ」に連載されている形では読んだことがなく、恐らく90年代の初め頃、 偶然、単行本になった『美味しんぼ』を見つけたのだったと思う。
 この原作者が雁屋哲、原画を花咲アキラ両氏が作る漫画には、小生も嵌ってしまっ た。小生は貧乏人で、とてもグルメにはなれそうもないので、漫画の世界でせめて味 の世界を探訪している。確か、少年マガジンだったと思うが、連載されていた『包丁 人味平』も、サラリーマン時代、会社の帰りに近所の食堂に寄り、何か注文すると、 せっせと少年マガジンを読み漁った。
 その『味平』で、例えば、カレーライスなどが描かれたりすると、その絵が何故か おいしそうに見えてならなかった。たかが漫画なのに、どうしてしっかり煮込まれた おいしいカレーライスに見えるのだろう。湯気まで本当に立っているように見えるし、 カレー独特の香りさえ画面から漂ってきそうだから、不思議だ。漫画家の技術の賜物 と言えば、そうなんだけれど、感心するばかりだ。
 さて、既に7年以上の昔、京都にある病院に入院した際も、体に自由が利く時は、病 院の近くの書店に足を運び、やはり『美味しんぼ』を何冊か纏め買いして、無聊を慰 めたものだった。退院するに当たっては、病院へのお礼の意味も込めて、院内(病棟) にある小さな休息室に併設されている書棚に、他に買った文庫本などと一緒に置いて 来た。
 だから、もう、『美味しんぼ』の単行本は手元には残っていない。
 そういえば、最近、文庫本サイズのそれが売られていたな…。
 入院の前だったか後だったか覚えていないが、唐沢寿明と某女優とで映画化された ことは、知っておられる方も多いだろう。小生はテレビで放映された時に見た。言う までもなく、時間の都合が付けば、テレビで放映されていた漫画(小生が見たのは再 放送だっかな)も見た。
 ちょっと残念だったのは、映画化の際の女優が小生が願望していた(当時、売出し 中の女優の)高島礼子でなかったことだ。

 さて、ようやく本題に入る。この人気漫画『美味しんぼ』の富山編の取材が、先月 の5日から10日間にわたって行われたというのだ。こんなことを改めて書くのも、小 生が富山県人だからである。
 富山は新潟と石川(というより金沢と表現した方がいいかな。石川だと影が薄いか も)に挟まれて、実に印象が薄い。東京在住の小生は、折に触れ、話題を出身地のほ うに持っていき、相手に「あなたの御出身は何処ですか?」と問わせる。
 で、待ってましたとばかり「富山です」と相成るわけだが、そこからが厳しく悲し い遣り取りと成ってしまう。そもそも富山が何処にあるかを明瞭に脳裏に浮かべられ る人が実に少ないのだ。
 仕方なく、こんなことは言いたくないのだが、新潟と石川(金沢)の間にある県で す。云々と、まず、地理的説明から入る次第なのである。悔しいが、これが大概の場 合の現実だから仕方ない。
 これは小生の推測なのだが、この度、取材に来てくれた雁屋さんも、また花咲さん にとっても、富山は印象に薄い地だったに違いない。何だか、そのようなコメントも 漏らされていたというし。
 そういえば、映画は10年に一度くらいしか映画館では見ない小生の唯一の例外は、 寅さんシリーズの映画である。その大好きな寅さんの映画で、映画の舞台にされなか ったただ二つの県のうちの一つが富山だったのだ。これは、小生には一生の心の傷と して残るだろう。こんなにも影が薄いなんて、悲しい、ひたすら悲しい。
 でも、今度は小生の好きな漫画『美味しんぼ』で、富山編が、来年の2月以降に登 場するというから、せめてもの慰めにしよう。
 ところで、作者の御二方は、富山の郷土料理を食べ歩いたそうだが、どんなものを 食べていかれたのか、興味津々である。情報(郷土の雑誌、『富山県人』)によると、 鱒寿司(富山)、かぶらずし(福光)、報恩講料理・豆腐(五箇山)、カニ・シロエ ビ(新湊)、ブリ料理(氷見)、たら汁(朝日)、イカの塩辛・雑魚料理(魚津)、 オーペッサマ(新川=この料理名は聞いた記憶がない!)etc.など、幅広く賞味され たようである。
 ただ、思うに、例えば有名な駅弁でもある鱒寿司は、駅や東京でも食べられるもの もあるが、小生の好きな、一番おいしい鱒寿司は東京には売っていない。地元でしか 販売されていないのだ。一体、どの銘柄の鱒寿司を食されたのだろうか、それが疑問 (心配)だ。
 それに刺身でも、まさに料理する人の腕次第なのであって、昆布に巻いた刺身の料 理があるが(昆布じめ=コブジメ)、これなど、作ろうと思えば家庭でも作れるし、 スーパーにだって売っているのだが、我が家御用達のコブマキは、ある魚屋さんと決 まっているのだ。

   まあ、とにかく、『美味しんぼ』の来年の発表を楽しみに待つことにしよう。


01/12/05記



  
[このニュースも旧聞に属するが、「漫画『美味しんぼ』の制作グループに富山県イメージアップ賞贈呈」だとか。ところで、今年になって、ひょんなことから知ったのだが、富山には、甘エビの昆布じめなるものもあるのだとか。食べたい! (04/04/25追記)]