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(03/05/09up)
水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも 日並皇子宮舎人 何年ぶりのことだろう、この峠の道を歩くのは。三十年? それともそれ以 上かもしれない。 中学の遠足で初めてこの道を歩いたのだった。友達が何人か連れ立っていた ような気がする。それとも、一人だったろうか。 そう、やっぱりあの時も一人だった。 俺は遠足など大嫌いだった。学校では、クラス中に生徒がいるから、その集 団の中に紛れることができるけれど、遠足だとそうはいかない。 俺には一緒に時を過ごす友など一人もいない、その現実があからさまになっ てしまうのだ。俺はどこかの公園を歩き、池の周りを巡り、何かの売店を覗い て回った。 そこここに数人連れの生徒たちがいる。みんな楽しそうに見える。俺も仲間 に加わりたいと思った。でも、遠い。 クラスでは少しはお喋りする連中も、遠足の日は仲のいい奴等が集まる。 その輪に俺は入れない。 俺は、なんだか焼けたトタン屋根の上を彷徨う猫のようだった。居所が見つ からなかった。どうやって一日を過ごしたらいいのか見当がつかなかった。一 日というものが、あれほどに長く果てしないものだとは。 ふと見ると、俺の一番親しい友達のはずの奴の姿を見かけた。声をかけよう か……。 が、見ると、奴は誰かに手を振っている。俺の方に向っている?? 違う。 俺の向こうの誰かだった。奴は俺の後ろにいる女の子に合図していたのだ。奴 の眼中に俺がいるはずもなかった。 やがて二人は、ボートに乗って池に漕ぎ出していった。奴はオールを漕ぎな がら、彼女に語りかけている。彼女は、明るく笑っている。なんて眩しい光景 なんだろう。 俺は目を背けて、また、歩き出した。 当てなどなかった。何処かの城山の公園には二時間、止まるという。二時間 を潰せばいい。二時間をとにかく歩き通せばいいのだ。 俺は、何処へ行っても誰かしらいる公園がうんざりしてきた。居たたまれな かった。俺が一人であることが誰の目にも知れ渡っているようで、もう、消え 去りたい気分だった。 消え去る……、何処へ。何処に当てがある。 さすがに桜の季節は終わっていたような気がする。目に何か赤っぽい花が咲 いていたようだった。何の花だったろうか。赤い花……、赤と紫の中間のよう な色合いの花。 そうだ、ツツジだ。ツツジが咲き誇っていたのだった。 俺は、ツツジの花の帯に沿って歩き出した。何となく、ツツジが俺を救って くれたようだった。先生には、一定の区画からは出てはいけないと言われてい たけれど、俺の居場所がない以上、仕方のないことだと思った。 岩ツツジの連なる帯の背後では、清水の音だろうか、耳に心地いい音が聞こ えてきた。 ツツジと瀬音に導かれるようにして、いつしか何処とも知れない峠の道に到 ったのである。 峠の道というのは、記憶の間違いで、ただの小さな藪の道、樵とか、何かの 作業のための崖を攀じ登るための道なき道に過ぎなかったかもしれない。ツツ ジの花の環は絶えて、いつしか熊笹の生い茂る中を踏み分けていた。鬱蒼と生 い茂る何かの太い木の枝葉が今にも俺を呑み込もうとしているようだった。 もう、俺の姿は誰にも見えない。 ところどころで崖が崩れていて、土肌の剥き出しになっているところがあっ た。その茶褐色の崖は、帯状になっていた。俺の乏しい知識でも、地層、とい う言葉が浮かんだ。 俺は、その幾重もの層の露な崖をもっと近くで見たいと思った。地層には化 石が埋まっているという思い込みがあったのだ。馬鹿みたいな、幼い知識、で も、なにか切実な期待もあった。化石を掘り出すことが出来るなら、せめて胸 のうちの空白が埋められるかもしれないと思ったのである。 誰にも忘れられた、見捨てられた場所に、ホントなら永遠にその存在を忘れ 果てられていたはずの化石がある。土に還ることもできず、だから、土となり 植物か何かの栄養素になることも頑なに拒否している。 そんなに頑固に形を保ってどうするのだ。 思わず、そんな意味のない問い掛けもしたくなる。 でも、俺は、俺の見捨てられたような心も、きっと、どんな世界にも馴染め なくて、溶け込むことができなくて、誰か好きな人と談笑しつつボートに乗る こともできなくて、そして心が疲れきって、潤いがなくなって、凝り固まって、 気がついたら生きたままに化石になリ果ててしまうに違いないと思った。 やっとの思いで、崖崩れか何かで土が露になった斜面の傍に辿り着いた。無 我夢中で這い登ったので、足元を覗くのも憚られた。降りることなど考えてい なかったのだ。一人であることが怖くて、気がついたら全くの離れ小島に迷い 込んでしまったのだ。 でも、よく見ると、斜面の一部が陥没していて、そこに這い上がることがで きれば、一息つけそうだった。もう、こうなったら、先へ進むしかないと思っ た。下るより上るほうが楽に見えた。リュックサックをその平らそうな一角へ 放り上げた。もう、後戻りは出来ない。真っ青な空も目に入らない。 俺は、懸命に登った。上るしかないのだ。そこにしか俺の居場所はない。誰 もいない場所、誰もが無視する場所、見捨てられた場所にこそ安住の地がある、 ただ、その思いだけだった。 夢中になって上った一角に来て、俺はガッカリした。何のことはない、何か の作業場か、足場になっていたのだ。タイヤの痕らしい溝もクッキリと見える。 そのタイヤ痕を辿ると、木立に隠れるようになっていて薄暗くはあったが、砂 利道へと続いていた。 砂利道を歩くかどうするか、迷った。足場も確保できたので、下界を眺めた ら、みんなの遊び回る姿が、アリの蠢きのように見えた。俺もあの中の一匹で ありたいんだろうな。 見ていると、その散在するアリの大群が、一点へと集まっていく様子が伺え た。集合時間なのだろう。ああ、今から戻ったんじゃ、間に合いっこない。 俺は、もう、自棄になって砂利道を更に奥に突き進むことにした。どうせ、 俺のことなど、誰も気がつくはずもないんだ! 砂利道は次第に下りになっていった。何かに押されるように俺の足取りは速 くなった。仕舞いには駆け出していた。リュックサックが邪魔になって、道端 に放り出してしまった。もう、どうにでもなれという気でいた。どうせ、俺な んか……。 数時間も駆け続けたような気がしたが、実際には、ほんの数分だったのかも しれない。気が付くと、見覚えのあるバスの列。 ああ、俺が乗ってきたバスじゃないか。バスの向こうには、みんながガヤガ ヤやりながら並びかけている。俺もさり気なく、その群れに混じった。汗だく だった。結局、元の場所に戻っただけじゃないか。 (あれ? リュックサック、どうしたの?) (いや、散歩に夢中になって、何処かで忘れちゃったらしいよ) そんな会話を誰かとしたかった。でも、誰も俺がリュックサックを背負って いないことに気付かない。 ま、いいや、そのほうがいい、何もなかったんだ。きっと、これからも何も ないように。 そして俺は今、あの峠の道を歩いているのである。 そう、リュックサックを探すために。せめて俺が探してやらなければ可哀想 じゃないか。 03/05/07 23:52 [「授業中」や「翡翠の浜、そして黒曜石の山」などと併せて読んでいただくと、理解が深まるかも。 (03/05/09記)] |