小生の拙い文章より、引用から始めよう。辻邦生著の『詩への旅 詩からの旅』
(筑摩書房刊)からの、但し、再引用である。本書は、旅に絡み、あるいは旅を巡
るエッセイを集めたものなのだが、その冒頭の一文のタイトルが本書に使われてい
る。
その「詩への旅 詩からの旅」の中に、彼、辻邦生が旅先であるパリ(モンマル
トル)での仕事の合間にコリン・ウイルソンの " Poetry & Mysticism " を読ん
で過ごす場面がある。
以下の引用は、名著といっていい『アウトサイダー』の作者である、そのコリン・
ウイルソンの書” Poetry & Mysticism “(詩と神秘主義)からである。長いが、
そのまま全文を再引用する:
「幸い、詩の本質について長たらしい議論をする必要はありません。僕はかなり
単純にその定義ができます。G・K・チェスタートンが<途方もない好い報せ>
と呼んだようなものを、ふと感じることがあります。それは、すべては素晴らし
い、という唐突な感情なのです。世の中がそう見えない人なんて、まったくばか
げており、一種の色盲じゃないか、と思えるような気持なのです。それが最もは
っきり味わえるのは性的な絶頂感のさなかです。僕はしばしば空気のなかに春の
気配を感じるとき、そうした気持を味わいます。いよいよ休みだ、と思うとき、
そんな気持になることがありますし、パブで夕方ぐっと引っかける最初の一杯に
そうした感じを味わう人もいます。病気から快癒した人はしばしばこの気持を感
じるものです。ポーの『群衆の人』の開巻のパラグラフをごらんなさい。W・B・
イエーツはたまたまロンドンの喫茶店に坐ったとき、何の理由もなくこの気持を
感じたのです。
わが五十歳の年は来りそして去った。
私は孤独のなかに浸り、
込み合うロンドンの店に坐っていた。
大理石のテーブル・トップの上には
本が開かれていた コップは空だった。
私は店を見ていた 通りを眺めていた。
そのとき突然、私の身体は喜びに燃えあがった。
そして二十分というもの、
幸福感に酔いしれて 私は
祝福されるのを感じていた 祝福してやれるような気がしていた。
(……)これらのすべての例から極めて明瞭に出てくるのは、物ごとをあるがま
まに眺めたとき、僕らが突然<喜べ>という命令を体験している、という感情で
す」
この一文を引いた上で辻は続ける(以下は辻の文章)。
" ある人々には絶望の時代と見え、醜悪と痙攣と背徳と徒労しかない現実を、
「あるがままに眺めて」喜びの感情を経験するということは、それ自体、滑稽で
グロテスクなことなのではないか。
だが、他方、詩は人間存在の肯定的な叫びから生れたのも事実である。たとえ
「絶望」と叫んでも、それは、そう叫ばれたことによって、実は希望の実体がネ
ガティブな形で存在することを告白しているように、人間が悲惨を歌い、悪に戦
慄するあいだは、なお人間は希望を語りつづけているのではないのか。
問題は、そうしたもの全体を踏まえたうえで、なお激しい喜びの感情によって
人間存在を包むことでなければならぬ。日々の不安、危惧、恐怖を前にして、そ
れを越え、それを克服するだけの、深い信頼に守られた歓喜の根源を、見出すこ
とでなければならぬ。だが、果してそれが宗教なくして可能なのであろうか。あ
くまで理性の光のもとで、酔うことも自己欺瞞に陥ることもなく、歓喜の状態を
支えることができるだろうか "
辻はさらにコリン・ウイルソンを読む(以下はウイルソンの文章):
「オーデンは『W・B・イエーツの思い出に』のなかでその詩における働きを定
義しています。
苦痛の歓喜のなかで
人間の失敗を歌え
心の砂漠のなかに
回癒の泉を噴きださしめよ
日々の牢獄のなかで
自由な人間がいかに素晴らしさを見出すかを教えよ
詩は想像力による感情の浮彫りをもたらします。詩は、人間に、いかに素晴ら
しさを見出すかを教えますが、それは科学のように宇宙の驚異を示すことによっ
てではなく、願望成就の幻想をつくりだすことによってです」
パリは願望成就の幻想に満ちている。しかし、パリにおいて追憶を汲み上げるの
ではなく、パリは確固たる現実でなければならない。「欲望と経済法則と日々の煩
悶に重く沈んだ物的土台のうえにさまざまな層を積みあげた人間的現実でなければ、
それは、単なる恣意で裁量できる空疎な幻影にすぎなくなる。(……)書くとは、
確たる外的法則を自らつくりあげつつ、それに自分を従わせる二重に克己する仕事
である」
平凡なる街の「あるがままに」である風景、「驚くべきことの何一つない事柄が、
……、突然、幸福感の喚起物に見えてくること」はある。
そう、たしかに、ないことはない。
「たしかに短い一瞬、そうした歓喜が心をかすめることはある。だが、それが心の
自然の状態としてつねにそうありうることができるのか。そんなことができるのは
すぐれた宗教家か、聖人と呼ばれるごとき人々だけではないのか。理性により、意
志により、明晰に考えぬくことを仕事とする僕らには、それは一個の逆説に終るも
のではないのか」
[以上でウイルソンからの引用終わり]
さて、今日、ある事件の裁判で、一つの判決が下された:
光市母子殺害被告の無期懲役支持 広島高裁控訴棄却
山口県光市で99年4月に起きた母子殺害事件で殺人罪などに問われ、1審・
山口地裁で無期懲役(求刑・死刑)の判決を受けた元会社員の被告(20)に対
する控訴審の判決言い渡しが14日午後、広島高裁であった。重吉孝一郎裁判長
は「更生の余地がある」とした1審判決を支持、検察側の控訴を棄却した。事件
当時、18歳の少年だった被告への死刑の適否が焦点になっていた。
1審判決によると、被告は99年4月14日、光市室積沖田のアパートで、主
婦、本村弥生さん(当時23歳)を婦女暴行目的で襲い、抵抗されると手で首を
絞めて殺害した後、陵辱。長女夕夏ちゃん(同11カ月)が泣き続けたため床に
たたきつけ、首にひもを巻きつけて絞殺した。
控訴審では、被告の更生可能性が主な争点になった。 【隅俊之】
[毎日新聞3月14日] ( 2002-03-14-14:36 )より引用
http://www.mainichi.co.jp/news/flash/shakai/20020314k0000e040053000c.html
不謹慎だとは思いつつも、小生には、こうした事件が、どんな小説や詩や宗教的
託宣より強烈で酷い戦慄を覚えさせ、思索を強いる。
こうした現実を前にして、さて詩とか小説とか宗教って何なのか。
無論、そうした文芸が癒しや娯楽として求められることもある。それはあっても
いい。小生も、そうした慰安のようなものを求めて文学作品を読んだり、宗教書を
齧ったりすることはある。
が、小生が一番、求めるのは、泥水の中であってさえも青い空と白い雲を真っ直
ぐに眺められる心だ。涸れ果てた自分の心に泉を捜し求めている。罅割れた心に潤
いを希っている。
そう、単純に歓喜の歌を歌いたいのだ。それだけなのだ。
が、もし、かりに愛する人が、不遜を装った奴に蹂躙され、しかも子供まで奪わ
れて、さて、青空が覗けるものなのだろうか。
死に絶えた心の情、涸れ果て寂れきった心にも泉があり、再び命の水が湧くこと
がありえるのだろうか。血の涙を流しているその人を慰める言葉など、一体、あり
えるのだろうか。
薬物も宗教的慰安も賭け事のような刹那的興奮も、あるいは性的快楽も、音楽の
歓喜も、それぞれに救いか先延ばしの余地の可能性は、存分に認めることができる。
とりあえずの夜の長さを埋めるには、ありとあらゆる方便が転がっている。
だけれども、それはそれとして、小生が求めているのは、「願望成就の幻想」な
のだろうか?
恐らく、違う。
ただ、詩に限らず、高校時代に「哲学」に出会ったことが、小生を生きることの
不可思議に直面させてくれたことだけは、確かだ。自分の愚かしさと蒙昧な闇に光
くらいは当てることがもしかしたらできるかもと思わせてくれたことは事実だ。
だからといって、決して救いとか願望の成就など論外の状態である。「光市母子
殺害事件」の現実を想い起こしつつ、それでも、「そうしたもの全体を踏まえたう
えで、なお激しい喜びの感情によって人間存在を包むことでなければならぬ。日々
の不安、危惧、恐怖を前にして、それを越え、それを克服するだけの、深い信頼に
守られた歓喜の根源を、見出すこと」が可能なのだろうか。
光市母子殺害事件の犯人は、「選ばれたものは犯罪を犯す権利を持つ」などと、
どこかドストエフスキー(『罪と罰』)を思い出させるような倣岸ぶった、しかし
未熟な精神をあからさまにした手紙を彼の友人に出していたと、裁判で披露された。
そんな罪を犯しても、せいぜい数年(短ければ7年)で刑務所から出てこられるだ
ろうとも、手紙の中で犯人は嘯いている。
(小生は「犯人は嘯いていると書いたが、嘯いている限りは、そこに強がりだった
り、悪ぶったりする風を読み取れないこともない。しかし、犯人が本当に心底から
反省する気持ちも、否、そもそもまるで何も悪いことをしたという感情がなかった
としたら……。実際、そんな人間がいて、平凡なる我々は不快に思うが、不快だか
ら存在しないとは誰にも言えない……。そして、その判然としない、到底尋常には
認め難い不条理の念から文学や哲学の問いが始まるのだろう。また、それゆえに詩
の存在も生きることへの祝福への可能性を僅かでも示すために厳然とあるのに違い
ない=この一文は、02/10/29に追記)
殺された妻と子供は二度と日の目を見ることはないのに。人生の最後で見、味わ
ったものは絶望と苦痛でしかないのに。そして残された夫の屈辱と悲憤。
でも、それでも、人は詩に生きることの祝福を求めるのだ。平凡極まりない日常
の中に、言葉にならない喜びを味わうことがある、その端的な表現を求めるのだ。
聖人ならぬ我々は、一体、どうあることを願望すればいいのだろうか。泥濘に塗
れるなかの束の間の安らぎ…? それもいい。
『宗教的経験の諸相 上・下』(W・ジェームズ著、桝田啓三郎訳、岩波文庫)
などで示される境地というのは、凡人たる小生には、示唆するものは大きいと思い
つつも、また、その境に一瞬でも触れてみたいと思うのが関の山だ。
けれど、やはり揺れてやまない、ほとんど常時、水面下に沈んだままの心と体を
持つ肉の身としてのわたしは、束の間であっても、それが幻想であると分かってい
ても、それどころか詩を作るという至福をも得られないとしても、詩という祝福を
味わいたいと思う。
汚辱であっても、それを描ききれる、表現しきれるという可能性が、人間にはあ
るということは、やはりこれはこれで素晴らしいに違いないのだろうから。
02/10/29アップ(02/03/15作)
[本稿は既にメルマガにて公表した一文です。たまたまホム
ペで詩談義に小さな花が咲いたので、ここにアップするものです。02/10/29記]
詩という祝福(番外編)
晩生の小生が、近年になって初めてその謦咳に接した方に吉本隆明がいる(以
下、呼び捨ての形で氏を呼ぶが、これは彼が既に一個の社会的財産として確固と
して共有されているからだ。同時に、小生が氏に直接、会ったことがあるといっ
ても、別に師弟の関係にあるわけもなく、勝手にその凄さに瞠目しているだけな
ので、一般的な呼称の仕方を採らせていただくわけである)。
それだから、吉本隆明の存在を、勝手ながら、ひしひしと感じる。
これは非常に有名な吉本隆明についてのサイトなので、改めて紹介するのも気
恥ずかしいが、念のため、サイト名とアドレスを示しておく。以下の引用は全て、
このサイトからの再引用である:
「吉本隆明ワールド」 http://shomon.net/ryumei/rmoku.htm より
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
詩とはなにか。それは、現実の社会で口に出せば全世界を凍らせるかもし
れないほんとうとのことを、かくという行為で口に出すことである。こう答
えれば、すくなくともわたしの詩の体験にとっては充分である。
(「詩とはなにか」1961.7「詩学」に掲載 「模写と鏡」1964.12春秋社に
収録された)
http://shomon.net/ryumei/yo2.htm#61bu より
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
小生は既に立派に中年している今頃になって、詩に改めて関心を抱いている。
折に触れて、いろいろな方から詩を戴く機会があり、詩など小生には無縁な世
界と、遠い昔に縁を切った(きられた?)はずだったのが、焼け棒杭に火がつ
いてしまったのかもしれない。
高校から大学に入った当初は、少しは詩に関心を抱いていて、それなりに齧
りもしたのだが、しかし、まさに火遊び程度にもならずに呆気なく火は消えて
しまった。 それでも、完全には消えてしまうことはなく、胸の何処かで燻っ
ているのを感じていたのも、事実だ。
そして、それは、自分が何かを文章の形で表現することという意志とも相関
していたように思う。
哲学などを分からないままに探求して(いるつもりになって)いくうちに、
やがて、ある種の絶対的な感覚、永遠の相の下にとでも表現したいようなビジ
ョンを垣間見た、という高校時代に覚えた透徹した世界も、社会に出てほんの
数年で掻き消えていったのだった。
そのはずだったのに、入院や仕事のトラブルなどを経て、自分を見詰める機
会を得るなかで、自分にやりたいことはあるのか、たとえ志ほどにはできなく
とも、やりたいことをできるところまでやればいいんじゃないかと、40近く
になって、ようやく覚悟が決まったのだ。
遅いといえば、あまりに遅い。けれど、別に他人に関わりがあるわけではな
い以上、遅いも何も関係ないのだ。
別に詩ということではなく、自分なりに表現の可能性を探求し、その探求の
さなかに倒れるなら、それはそれでいいわけなのである。
小生に「現実の社会で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとうと
のこと」を書けるとは思わない。しかし、自分が得心行くように追い詰めてい
くことは、できないはずがない。
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
わたしが料理を作るとき わたしは、ごく親しい知り合いから、吉本さん、
料理の本を書くといいよ、と冗談半分、真面目半分にからかわれたことが
ある。わたしが、巧みな料理人だからでもなければ、包丁さばきがよいか
らでもない。病弱な妻君の代りに、ほぼ七年くらい、毎晩喜びもなく悲し
みもなく、淡々と夕食のオカズの材料を買い出し、料理をつくり、お米を
とぎ、炊ぐということを繰返してきた実績をその人がよく知っていたから
である。七年間もやっていると、料理自慢の鼻もへし折れ、味の愉しみな
ど少しもなくなり、ただ、そこに夕方が来るから、口に押し込むものを、
す早く作るのだ、という心境に達する。そしてウーマン・リブの女たちを、
一人一人殺害してやったら、どんなにいい気持だろう、などと空想するの
が、料理中の愉しみのひとつである。たぶん、わたしは死ぬまで、特別の
用件で出かける以外は、この料理役を繰返すことになるだろう。そして家
事から解放されたり、解放されなかったりする女達を呪いつづけて死ぬこ
とになるだろう。(「わたしが料理を作るとき」1974.9「マイ・クック」
に掲載 「詩的乾坤」1974. 9国文社に収録された)
http://shomon.net/ryumei/yo6.htm より
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
この年になるまで、小生は生涯の伴侶を得ることはできなかった。伴侶どこ
ろか、一人として心を分かち持つ相手を見つけることができなかった。
だから、吉本隆明のように、あるいは世間一般の多くの男達のように、家庭
で苦労する経験が微塵もない。
そんな小生に、女を語る何も持ち合わせていない。仕事以外では、女も男と
も、一切、口を交わす機会がない。本人は望んでそうなっているつもりはない
のだが、現実に、誰からも話し掛けられないし、話し掛ける相手もない。孤立
している。ほんの数年前は、その孤独に耐えがたく感じていたのに、今では、
孤独だとさえ感じていない。もしかしたら寂しいのかもしれないが、自分では、
もう、分からなくなっている。
きっと、一生、誰とも心の欠片さえも交し合うことなく、人生をやり過ごし
ていくのだろう。
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
だが、もっとほんとの理由は、年齢とともに、心身ともゆとりを失って、
きつくなるばかりであったことに帰せられる。わたしが弱年のころ想像し
ていたのは、この逆であった。やがていつかはじっくりとゆとりをもって
生きてゆけるときがやってくるにちがいないということであった。壮年に
なっても、この夢を捨てることができなかった。いまは、それがどんなに
虚妄であったかを思い知らされている。そして、そんな夢は捨ててしまっ
た。人間の生涯は、何ものかに向って、キリを揉みこむようなものではな
いのか。深みにはまりこんで困難さは増すばかりである。そして誰も生き
方について、わたしにこのことを教えてくれなかった。遥かな未知よ、わ
たしはそこへ到達できるだろうか。
(「詩的乾坤」1974.9.10国文社「あとがき」1974.6.14)
http://shomon.net/ryumei/yo6.htm より
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
最後に引用した二つの文章は、1974年に公表されたものである。吉本
隆明がそろそろ50の大台に乗る頃合いだ。小生も、あと数年で大台に乗る。
その小生は、無論、吉本などに比すべくもない空虚な生涯を見送りつつある。
倫理の極を見詰めるような吉本とは違って、小生は物心付く頃には、とっくに
自分を捨てていた。
しかし、どんなに空疎な人生であっても、それはそれで一個の人生なのであ
る。病牀六尺を気取るわけではないが、まるでここにいるのに誰にも気付かれ
ずに見過ごされる時空の中で、見、聞き、感じ、考え、思うほどのことは、自
分なりに追究できるものと思っている。
おしまいに、若き日の吉本の「歌」を載せよう:
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
「哲」の歌
人はみんな私を「哲」と言った。
「哲」は泣くことが大好きだつた─── 葦の新芽のみずみずしい
海辺でも 「哲」は泣くに違ひない─── 「哲」の踏んで行く
砂の足くぼを真赤な「べんけい蟹」が懐かしむに違ひない
「哲」は今日も白々と続く砂浜に佇んでゐる「哲」の好きな船は
今日もやつて来ない
「哲」は明日もその船を待つているだろう
「哲」の待つてゐる船は
未だ難破するものか
「哲」は今日も
白々と続く砂浜に佇んでゐる
(「和楽路」東京府立化学工業学校和楽路会文芸部第一巻五月号1941.5
「初期ノート」1964.6.30試行出版部に収録された)
http://shomon.net/ryumei/yo1.htm#41na
"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
哲の船は難破しない。
が、小生の舟は、難破しないかわりに、来ない。否、来ていたのかもしれな
いが、小生は浜に出てみることすら、しなかったのである。小生には、「哲」
が、心底、眩しい。
02/10/31(02/03/18作)
[本稿は既にメルマガにて公表した一文です。たまたまホム
ペで詩談義に小さな花が咲いたので、ここにアップするものです。02/10/31記]