睡眠時無呼吸症候群と私(付:睡眠についての若干の考察)



 

睡眠時無呼吸症候群と私

                                             03/03/10up




 過日、JR西日本の運転手が新幹線ひかりの運転中に居眠りし、そのまま約8 分間(約26キロ)走り続けたという事件があった。当初は居眠りによる怠慢事 故だったが、その後、どうやらその運転手は、睡眠時無呼吸症候群という一種の 病気だったと判明した、と報じられていた。
 睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)というは、爾来、さまざ まな媒体で述べられているので、ここに敢えて詳しく書く必要はないだろう。下 記のサイトを参照に、定義だけ示しておくと:
「一晩(7時間)の睡眠中に10秒以上の無呼吸が30回以上おこる。
または、睡眠1時間あたりの無呼吸数や低呼吸数が5回以上おこる。」となる。
 http://ibiki.net/sas-tei.htm
 こうした症状に至る原因はいろいろあるが、その主な原因は太ることにより気 道が狭くなり、最初は鼾、やがて症状が悪化すると睡眠中に意図せずに無呼吸の 状態が頻発するようになることにある。
 症状としては、睡眠不足はもとより、不整脈、高血圧、心不全、糖尿病などの 症状に至ることもあるという。
 夜中に当人も自覚しないままに無酸素状態に陥るわけで、かりに時間的にはた っぷり睡眠を確保していても、スッキリ起きれない。何しろ、脳が頻繁に無呼吸 の体に「起きろ!」と指令を出さざるを得ないわけで、眠っているようでいて眠 ってはいないことになる。
 朝、起きても体がグッタリしており、日中も、単調な状況に陥ると、すぐ眠気 が襲ってくる。実質的な睡眠不足のため、思いがけないときに睡魔に襲われるわ けだ。時間的には、午後2時から3時頃が危険な時間帯と云われている。
 JRの事件も、午後の3時頃だった。
 魔の時間帯というわけだ。
 日本も食習慣や生活習慣の変化で肥満ないし肥満気味の人が増えているという。 潜在的な無呼吸症候群の人も多いという。ヨーロッパの一部の国で(イタリアや スペインのシエスタは有名のようだ)、昼間に食後など居眠りの時間帯を設ける というが、それは肥満先進国の生活の知恵なのかもしれない。
 日本も食習慣の変化(肉食の増加)を鑑みると、こうした知恵を参考にするの もいいのかもしれない。尤も、サービス残業を強いられている現状を見ると、か なり難しいのだろうが。

 余談だが、景気が悪い、景気回復の特効薬がないというが、サービス残業を徹 底的に取り締まり、労働に対する対価を企業(会社、経営者)側がきちんと支払 うことになるだけでも、下手な公共事業の積み増しをするより余程、効果的であ り即効性もあるのではないか。

 さて、こんな話題を採り上げるというのも、小生には他人事ではないからだ。 小生も35を過ぎた辺りから太ってきたし、首回りも明らかに太くなっている。 当然、気道も狭くなっているのだろう。
 が、それだけではない。小生は昔から、睡眠障害に悩まされてきた。といって も、昔から太っていたわけではなく、ある事情があり、10歳の頃、口の奥を手 術した。その際、咽頭弁がかなりきつめに縫合されてしまい、その結果、鼻呼吸 ができなくなったのである。当初は鼻炎などによる単純な鼻詰まりかと思われた が、どうやら、咽頭弁の縫合のし過ぎだと分かったのは、大分後になってのこと である。
 いずれにしても、小生は手術後は、鼻呼吸が出来なくなった。その前までは姉 達と一緒の部屋で寝ていたのだが、姉達から親に鼾が煩すぎて眠れないというク レームがきて、小生は一人で寝ることになった。
 一人で寝ること自体は、別にのんびり出来ることだし、なんだか大人になった ようで、訳もなく嬉しかったような不思議な開放感があった。
 しかし、それから数年もしないうちに厄介な症状が幾つか現れた。日中こそは、 気をつけているが、寝るときは口を大きく開けている(らしい。自分では見たこ とが無い)。従って黴菌が口に入り放題である。口だけならまだしも、気管支や 肺へ汚れた空気が直接入るわけである(精神的に落ち込んだとき、自分を人間空 気清浄機と自嘲することがある)。

 けれど、まず体に現れた症状の一番のものは、疲労感・倦怠感だった。思春期 でもあり、文学や哲学に傾倒したこともあって、哲学的倦怠感と当人としては気 取りたいところだが、実際は、夜中に無呼吸状態に陥り、慢性の睡眠不足になっ ていて、それを多少、気取って表現すると倦怠感、というわけである。
 それを実感するのは、朝、目覚めた時だ。
 一言で言うと、疲労困憊して目覚めるのである。体が芯から疲れていて、起き 上がるのが辛い。鉛のように体が重い。人が聞いたら何と大袈裟なと思われるか もしれないが、泥のように疲れている。きっと泥のように死んでいたに違いない。
 そして寝床に横たわりながら、大きく息を吸って、体中に酸素を送り届ける。 そうしてやっと次第に復活するのだ。起きてから寝床の中で体の疲労を取って、 ようやく起きる気になるのだ。それも体に鞭打って、だ。何のために起きるのか 自分でも分からないままに。
 高校生になった頃には、もう、毎日がつらくなっていた。体が慢性的に疲れて いるものだから、基本的に何事にも意欲が湧かない。勉強など、もともと出来る ほうではなかったが、尚更、根気も意欲も失せて、机に向うのがたまらなく辛い のである。向えばすぐに眠くなるのは分かっていることだし、こんな辛い人生に 耐えてまで、何を頑張る必要があるのか、自分には分からなかったのだ(今も)。
 15歳(高校一年の終わり)から付け始めた日記には、他の雑事と共に、書く ことは決まっている。疲れた、だるい、心が涸れた、体の疲労した部分を抉り出 したい、疲労が凝り固まった部分をナイフで殺ぎ落とせるものならそうして楽に なりたい、毎日、そんなことを綴った。
 とうとう高校を卒業することには、完全に精神的にも草臥れ果てて、ノックダ ウン状態だった。
 幸い、なんとか大学に行くことが出来、一人暮らしをすることになった。下宿 だが、大学生の呑気さもあり、仮に小生がだらしない生活を送っていても、(文 科系、特に一部の文学系の)大学生に共通する怠惰さであり、朝が遅くても誰も 気にしない。時期的にそういう環境にあったことは、当人としては楽だった。親 にも気づかれないし、友人は、みんな夜遅くまで起きていて朝が遅いわけで、外 見上は似たり寄ったりの生活パターンなのである。
 が、本人は、日々、疲れきっていた。起きるのが辛い。
 ただ、まだまだ若さというものがあった。まだ体力的に上り坂にあったのだろ う。無呼吸による体へのダメージを上回る体力と若さがあったのだ。
 さて、鼻で呼吸できないというのは日中でもつらいもので、食事も結構、困難 だ(この大変さについては、一言では言い尽くせない)。夢中になると口が勝手 にポカンと開いてしまう。それに、油断すると口で呼吸するから、ハーハーと荒 い息になってしまう。
 映画館などへ足を運ぶのをやめたのも、そのせいだった。映画が面白くて夢中 になる、すると口呼吸があからさまになり、ハーハーとやってしまう…。回りの 顰蹙を買う。恥を掻く。実に見苦しいのだ。
 夢中になることを許されない娯楽だなんて、論外ではないか。
 それに、友人達のアパートをあちこち泊まり歩いたのだが、口を閉じて(閉じ ているように装って)お喋りするというのも結構、これまた辛い。口を薄く開け て、息を薄く細くしながら口呼吸していることを気づかれないように喋るという のは、神経をすり減らすのだ。これも疲労の一因である。八方塞だ。
 当然、時間の経過と共に酸欠状態になる。友人連の誰よりも体力のある自分だ った(ぶっつけ本番で20キロマラソンに出て上位入賞したこともある)が、み んなより早く意識が朦朧としてくる。ウイスキーやコーヒーを啜りながら、煙草 を吸いながら、音楽や文学や思想や社会問題について語り合う夜を徹しての楽し かるべき一時。。
 けれど、体が言うことを利かない。疲労困憊している。みんなに、せっかく友 達が集まっているのに、誰よりも早く眠ってしまう自分を冷たい奴だ、友達甲斐 の無い奴だと思われたりするのは、自尊心を傷付けられるものだった。起きてい たいのは俺なのだ! と叫びたい心境だった。
 人一倍、お喋りが好きで、みんなと一緒にいるのが好きで、寂しがりやなのに、 人といるのが辛いというのは、実に困ったものである。やがて気持ちに反して、 一人でいることが多くなってしまうのも無理は無いと思う。食事が呼吸法の上で 特に辛いのだから、情ないことこの上ない。

 さて、年を取るごとに、体力が落ちてくる。成長もしない。やがて、喉が辛く なる。というのは、体が弱くなることは、喉も同じであって、冷たい空気を口呼 吸する自分は鼻という天然の温度調節ルートを経ないでダイレクトに肺に吸い込 んでしまう。
 まず、肺がやられる前に喉が冷たい空気に晒されてへたばってしまう。小生が 風邪を引くとしたら、まず喉の打撃からなのである。それが肺に直接打撃を受け るようになると肺炎になるのだろう。戦々恐々である。
 さらに、汚れた空気を直接吸う恐怖は、筆舌に尽くしがたい。
 日々、肺癌への罹患の恐怖との戦いのようなものだ。空気の汚れに関しては、 誰よりも敏感になる。結核を扱う文学への関心も、必然的に強くなる(『死霊』 『魔の山』など)。まさに自分の問題なのだ。
 そして肥満。35を過ぎて、事務仕事が多くなり、運動する機会も減って、一 気に太りだした。体力の低下と相俟って、喉(気管支)の狭窄が始まり、睡眠時 無呼吸の症状も相当に悪化しているものと思う。
 とにかく、小生の人生は、疲労との戦いに終始した。情ないこと極まりない。 人生の中身などなきに等しいのだ。慢性酸欠状態の頭や体や心では、人生に多感 になるゆとりなどあるはずもないのだ。

 恐怖なのは、自分が今、車の運転を仕事としていることだ。他に何の能もない 人間だし、運転が好きなで選んだ仕事なのだ。
 ただ、営業上の自由が利くので、少しでも眠くなったら、すぐに何処かの公園 に車を止めて、休むし眠るのである。自宅でも、ひたすら横になるか椅子に坐っ ていても、眠気が襲ったら、即座に寝入る。
 寝たきり中年の状態なのである。
 でも、会社で睡眠時無呼吸症候群の検査をされたら一発でアウトだろう。会社 で治療費を出してもらえるわけもなく、即座に首になり路頭に迷うことになりそ うだ。
 眠ることは快感、のはずだが、しかし、小生の場合、困るのは眠っても寝てい るのかどうか覚束ないことだ。だから、起きても疲れる。疲れるから眠る。でも、 眠ると一層、体がグッタリする。悪循環である。
 今、それが限界に近づきつつあるのを感じている。若い頃に養われた体力の貯 金も底をついてしまった。肺への汚れた空気の蓄積も相当なものがあるようだし、 日々、緊張の毎日である。
 小生の辞書に退屈も慰安もない。ひたすら戦々恐々、ビクビクものなのだから。

                                            03/03/10 01:47




睡眠についての若干の考察

02/03/09up(メルマガ掲載済み)「睡眠時無呼吸症候群と私」を読まれた上で以下の文章を読まれると、こんな小生が睡眠を堪能してみたら、などと書くのは矛盾と思われるだろうか。できれば、そうではなく、むしろ快適な居眠り、転寝、惰眠、睡眠、熟睡を如何に小生が切望しているかを紙背に感じて欲しいのだが…。(03/03/10記)



 引用から始める。
 ダニエル・デネット著の『ダーウィンの危険な思想』(山口泰司監訳、石川幹人 ほか訳、青土社刊)からである。
 引用した部分は、本書の主要なテーマそのものではないのだが、睡眠について考 えるための材料として、大方の興味を惹くと思われるし、引用に値すると思われる ので、少々長いが、以下に参考のため示しておく(p.449-450):

"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""
 それにしてもなぜ、睡眠に「明らかな生物学的機能」が必要なのか。説明が
必要なのは、むしろ<起きていること>であり、たぶんその説明は明白である。
レイモRaymoも触れているように、植物と違って動物は、餌を探したり子をもう
けたりするために、少なくとも幾分かの時間は起きている必要がある。しかし、
いったん活動的な生活を送る道を突き進むと、その選択から発生する費用対効
果分析は極めて難しくなる。起きていることは、休眠状態にあることより、比
較的コスト高である。そこでたぶん「母なる自然」はできるところは節約を行
う。私たちは、もしとがめられなければ、人生全体を「眠って」過ごしただろ
う。結局、それは樹木がとっている方法である。何もすることのない冬の間中、
樹木は深い昏睡状態で「冬眠」しているし、夏の間はやや浅い昏睡状態で「夏
眠」している。その状態は、医者がいう<植物人間状態>であり、不幸にも私
たちの種の一部もその状態になる。樹木が眠っているときに木こりが来てしま
ったらどうするか。それは樹木の甘受しなければならない危険である。しかし、
私たち動物は、眠っている間の方が、捕食者からの危険が本当に大きくなるの
だろうか。必ずしもそうではない。巣を離れるのもまた危険なのだから、もし
私たちが危険な局面を最小化しようとしたら、複製という主要な仕事のための
エネルギーを保存して時節の到来を待つ間、代謝をアイドリングにしていたほ
うがいいだろう。(これらの問題は、もちろん私が描写した以上に複雑である。
私の論点は、ただ費用対効果分析が極めて難しいということだけであり、パラ
ドックスらしさを取り除くにはそれで十分である。)

 起き出してきて、冒険を試みたり課題を遂行したり、友人を理解したり世界
について学んだりすることが、人生の意味の全てだと<私たち>は考えるが、
「母なる自然」は全然そのようには考えていない。眠れる生命も、他の生命と
同じように好ましいものであるうえ、多くの点では、他のほとんどの生命より
優れた、きっと安くつく生命である。もし他の種にも、私たち同様、起きてい
る期間を<楽しんで>いるように見えるものがいたならば、それは興味深い共
通性である。あまりに興味深いからといって、自分たちの場合には、それが人
生に対するきわめて適切な態度だと思うという理由だけから、彼らにも起きて
いる楽しみが存在するに違いないとみなしてしまう誤りを犯してはならない。
他の種にもそうした楽しみは存在するのだということは証拠づけられる必要が
あるが、それを行うのは容易でない。

"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""

 この一文の末尾には注がついている。以下に関連しているので引用しておく:

"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""

(略)ある人間は眠るのが大好きだと言う。「この週末は何するつもり?」
「眠るの。あー、なんてすてきなことか!」他の人間には、こうした態度は
ほとんど理解不能である。「母なる自然」は、相応の状況においては、どち
らの態度も異端視しない。

"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""

 上掲書には、本筋のテーマに必ずしも直接関係しないが、しかし考察や瞑想に値 する知見を示した箇所が随所にある。それも、また、同書を読む楽しみとなってい る。
 さて、引用した一文を読めば、賛同するかどうかは別として、論点そのものは明 白のように思われる。
 そもそも植物のほうが進化的にも始原に近い。そこからある時、動物が分化した わけである。動物は、文字通り動くことを選んだのだ。餌を移動することで獲得す ることを選んだわけである。 
 一方、植物は、大地に根ざすことを選びつづけている。一見すると消極的で他力 本願的な生き方に見えるが、しかし、動かざる性(生)の形を取りつづけることは、 それはそれで潔い生き方なのだ。
 そして、動物は、そもそも、植物の面を多分に残しているのである。一日の三分 の一、つまりは人生の三分の一を睡眠に費やすことは、無駄とか役に立たない(な んの役に立つのか分からない)ということではなく、まさに生命は、必要に迫られ ない限りは、眠ることをこそ至上の喜びとしている。
 乃至は、眠るために生き活動しているとさえ、言えないこともない。
 しかし、そうはいっても、動物は、動くことの中に、あるいは動くことで初めて 快感を得る宿業を得てしまっている。特に人間はそうだろう。多くの哺乳動物も、 知的快感を覚えているのかどうかは、小生には判断できないが、遊び戯れることに この上ない喜びを感じているように見える。
 禁断の木の実を食べたことの意味というのは、パラダイスの中の林檎を食べたこ とというより、まさに森(パラダイス)に止まり、その中に抱かれて憩い安らぐこ とから、彷徨い出ること、自ら離れた何かに向かっていくこと、その営為の中に何 か快楽の種を求めたということ、そのことにこそ深い意味があるように思われる。
 人間も、性も含めて、せっせと互いに汗して結合状態の形を変えて精神的肉体的 に摩擦しあうことの中に喜びを得てしまったのだ。つまり、離れた状態にあるお互 いが、原初の雌雄が合体した状態への刹那の回帰の試みをすることが、どんな営為 よりも根源的な喜びに繋がる、そういう宿業を背負っているわけである。
 さて、眠ることの快楽を躊躇うことなく享受したい。眠気を我慢して活動するな ど、論外だ。目覚めた時に活動すればいいことだ。いずれにしても目覚めるように 動物は出来ているのだから。
 ちょっと余談になるが、セミなどで、長い冬眠などから醒めて地上にやっと顔を 出したと思ったら、ほんの数日か数週間で死んでしまう。なんて、憐れな生なんだ ろう、なんて、可哀想に思ったりする向きがある。
 そうだろうか。もしかしたら長い長い地中での生活こそが、安逸の限りを貪る至 上の時を享受していたのではないか。地上へ出て、ミンミンと鳴くのも、実は眠眠 (みんみん)と鳴いているのではないか。もう一度、地中での惰眠を取り戻したい、 けれど、その夢は叶わない、と、眠りの時を恋しがって、地上の生を憂く感じて、 鳴いているのではないのか。
 そんな夢想も浮かぶのだ。
 いずれにしても眠りは単なる擬似的な死といった、マイナスの評価をすることだ けは、避けたいものである。
 いよいよ春眠暁を覚えずの季節の到来である。大いに眠ることを楽しもう。
 睡眠(科学)の基礎全般については、以下のサイトを参照のこと:
「睡眠の基礎知識」
http://www.ashitech.ac.jp/jhome/jssr/jsleep/kiso.html

                                            02/03/09 21:08