「公園の手品師」の時代

 


 表題の言葉だけでフランク永井の名を連想される方は、一体どれほどいる だろうか。小生はフランク永井の大ファンというわけではないが、彼の歌は 好きである。
 最近は、さすがにピークは過ぎたが、カラオケはすっかり日本の生活の中 に根付いている。
 ところで、世界初のカラオケ用に録音された曲、第一号はフランク永井の 『羽田発7時50分』と言う曲だったということは、あまり知られていない かもしれない。
 フランク永井というと、演歌や歌謡曲ファンなら、真っ先に思う浮かぶの は「君恋し」だろうか。それとも、「有楽町で違いましょう」だろうか。あ るいは「おまえに」だろうか。他にも、「夜霧の第二国道」、「霧子のタン ゴ」、「羽田発7時50分」etc.と、ヒット曲はたくさんある。
 さて、演歌や歌謡曲が全盛だった頃、小生はこれらの歌は当然のごとく知 っていたが、表題の歌は聞いたことはあるかもしれないが、必ずしも好きな 曲だとは云えなかったし、それどころか聞けばフランク永井の歌と分かって も、好きな曲を挙げろと云われたときにこの曲が浮かんだかどうかというと、 ちょっと怪しい。
 恐らく、若い自分にはこの歌の味など分からず、むしろ田舎者には東京へ の憧れがあって、ロマンチックで且つ都会的で洒落た雰囲気の漂うヒット曲 の数々に魅了されていたというのが実際のところだったと思う。

 ところで、小生は仕事柄、車中でラジオを聞くことが多い。ニュース以外 では、できるだけ音楽番組を選ぶようにしているのだが、その音楽も最近は 若者向けの曲ばかりを流す傾向が強く、寂しい思いをしている。
 そんな中だからこそだろうか、たまに演歌系・歌謡曲系の曲を流す番組に 遭遇すると嬉しい。近年はそんな機会を与えてくれるのは、まず、NHKに 限られているようである。民放は最早、中年以上の人間は相手にしていない のかもしれない。
 フランク永井もラジオでしばしば聞けるというわけにはいかないのは、他 の演歌系・歌謡曲系の歌手と同様である。
 それでも、たまにフランク永井の曲が掛かることがある。
 不思議なのは、この数年に限るのだが、彼の曲が掛かるとしたら、あるい はリクエストがされるとしたら、必ずと言っていいほどに選ばれるのは、表 題の「公園の手品師」なのである。「君恋し」でも、「有楽町で違いましょ う」でも、「夜霧の第二国道」でも、「おまえに」でもないのだ。
 この一年では、「夜霧の第二国道」と「おまえに」とを一度ずつ聞いただ けである。あとは、「公園の手品師」ばかりなのだった。
 小生も年を取ったのか、幾度も聞いているうちに、ますますこの曲が好き になった。
 ちなみに歌詞の一部を下記に示しておこう:

 鳩が飛びたつ 公園の 銀杏は手品師 老いたピエロ
 薄れ日に 微笑みながら 季節の歌を
 ラララン ラララン ラララン 唄っているよ
 貸してあげよか アコデイオン 銀杏は手品師 老いたピエロ

 雲が流れる 公園の 銀杏は手品師 老いたピエロ
 口上は 言わないけれど なれた手つきで
 ラララン ラララン ラララン カードをまくよ
 秋が行くんだ 冬がくる 銀杏は手品師 老いたピエロ

 (以下、略)
                 作 曲 : 吉田 正  作 詩 : 宮川哲夫

 これをフランク永井独特の落ち着いた歌いまわしと甘く暖かな低音の魅力 たっぷりに、しみじみと聞かせてくれるのである。
 フランク永井の数々のヒット曲の中で、「君恋し」でも、「有楽町で違い ましょう」でも、「おまえに」でもなく、特にこの曲のリクエストが多いと いうことは、そこに何か理由があるのではと考えるのも無理はないだろう。
 やはり、時代性なのだろう。
 小生にしても、いつ生活破綻に追い込まれるか知れない、ギリギリの生活 をしている。仕事の合間の休息も、食事も公園の脇に車を止めて、というこ とが多い。
 すると、公園のある土地柄にもよるが、ホームレスの方たちが植え込みな どの陰に暮らしの場を得ているのを目撃する機会も多くなる。
 冗談ではなく、ホームレスの方たちを見ると、明日は我が身と思ってしま うのだ。
 そして年を取った自分や、こんな人生になったんだなぁという感懐もある。 残りの人生に絶望しているわけではないが、無条件の期待があるはずもない。
 歌詞では公園の手品師は銀杏ということになっているが、自分には公園で 眺められる風物の全てが手品師であり、また、少々生意気かもしれないが、 自分自身が老いたピエロのように感じられたりする。
 そう、小生に限らず、この歌を実感を以って聞いている人が実に多いとい うことなのだ。
 不況がどこまで続くのか誰にも分からないようだ。しかも、今が経済的状 況の点でどん底かどうかさえ、確(しか)とは云い難いのが情ない。
 ひたすら辛抱するしかないようである。生きていられること、それなりに 歩いていけること、時には青空だって眺めることくらいはできることに感謝 しつつ、しばらくは、のんびりゆっくりやっていくのがいいようである。

                                               02/12/15