画 家 三 題  

 
(04/02/29 up)






「オディロン・ルドン展」雑感  






 随分と久しぶりに展覧会に行ってきた。見たいと思いつつも幾つもの催しを逃してい て、今日になってようやく足を運ぶ機会を持つことが出来た。
 とはいっても今にも雨になりそうな空模様で、スクーターで会場に向かった小生には 何となく急かされるような気分がなくはなかったが。
 見てきたのは小田急百貨店で開催されている「オディロン・ルドン展」である。
 ルドン(1840−1916)との再会は、恐らくは1989年だったかに東京国立近代美術 館で開催されたのを見て以来だから、12年ぶりということになる。
 解説によると、ルドンはふらんす南西部のボルドーで生れたが、生後間もなくボルド ーの外れの村にいる伯父のもとに預けられたとある。「この辺境の地で過ごした孤独な 幼少時代は、人間の内面世界を探求するルドン独特の作風を培ったといえる」
 同時に、ルドンは解説に拠れば彼と同年に生れたモネらを中心とする印象主義とは違 う、独特の象徴主義と称される作風を生み出したようである。
 幻想性と物語性、そして文学性をもたっぷり孕んで秘めやかで静かな世界を現出して いた。  特に小生が気に入ったのはフランスの文学者ギュスターブ・フロベールの構想し生み 出した『聖アントワーヌの誘惑』のための挿画集である。
 このフロベール(1821−1880)の小説は『ボバリー夫人』や『感情教育』『ブバール とぺキュシェ』などの世界とは全く隔絶した世界を創出していて、稀代の作品である。
 恐らくはそれらの作品の数々は多くの方が目にする機会を持ったことだろう。
 ところで今回の展覧会で初めて知ったことは、「植物学者アルマン・クラヴォーの顕 微鏡による科学研究の成果を生かし」ていることだった。ルドンに造詣の深い人なら、 あるいは周知の事実なのかもしれないが、今回の展覧会の会場の説明で認識を新たにし た次第である。
 微生物らしき奇妙な像の数々がどのようにして生れたのか不思議に思ったことがある が、まだそれほど顕微鏡を通しての世界に誰もが容易には近づけなかっただろう時代に あって、それらの新奇の世界がどれほどにルドンの想像力を鼓舞したか、想像を超える ものがあるのかもしれない。
 ルドンの画風には植物学者アルマン・クラヴォーと同時に、やはり幻想の版画家と言 うべきスタニスラス・ブレダン(1825−1885)の影響も大きかったと言われる。
 ところでルドンの作品というと、よく目にする機会がある版画や石版画、木炭画と同 時に「50歳を過ぎる頃から油彩やパステルなどの色彩の世界に入る」。
 写実のようでいて幻想的であり、色彩豊かなようでいて清楚で神秘的なルドンの色彩 画の世界は、眼前の壁に作品として現に存在しているのに、しかし、実はそれは夢の中 の脳裏に直に現出されているようで、いつも見る度に不思議な感覚を覚えるのである。
 慌しい中で急いで見て回った罪滅ぼしに、昔、読んで座右に置いてある『ルドン 私 自身に』(池辺一郎訳、みすず書房刊)を近いうちに紐解いてみよう。


01/06/11記





ゴッホ生誕150周年  






 今年はフィンセント・ファン・ゴッホ(1853−1890)生誕150周年 の年である。彼の生地であるオランダでは様々な催しがある。日本でも昨年あた りからゴッホ生誕150周年を意識した展覧会が開かれてきた:
 http://www.janis-pro.com/gogh/yokoku.html
 昨日だったか、NHKラジオでゴッホを巡る番組があった。ゴッホはゴーギャ ンとの軋轢の果てに、事件を引き起こしたりして精神的に追い詰められ、ついに 耳を切り落としてしまう。ボロボロになった彼は精神病院に入院するのだが、車 中ではそこでの逸話だけを聞くことが出来た。
 世話になった院長にゴッホは似顔絵を描いて贈る。が、院長にはその絵の価値 が分からない。そりゃそうだろうね。当時としては、あんな(失礼!)絵を見て、 素晴らしいとは到底、思えなかったとしても、無理はない。
 院長は、その絵をどうしたかというと、なんとニワトリ小屋の破れ目のツギと して使ったのである。なんということだ!
 それから何年かして、たまたま院長の下を訪れた誰かが、その絵に気づいたら しい。ひょっとして、ゴッホの絵かもと思ったのか、それとも、誰の絵にしろ、 いいものと感じたのかは、小生はラジオでしっかり聞き取ることができなかった。
 二束三文でその絵を買ったという。それが、後日(後年)驚くような値段に跳 ね上がるのだ。
 ゴッホの生前は、彼の絵がきちんと評価されたとはいえない(一部の人を除け ば)。あまりに過激だったのだ。
 その(当時の絵画手法としての)異常ぶりとして、ラジオでは、例えば、ゴッ ホが画布に直接、絵具をチューブから塗り立てたという逸話を紹介していた。今 では、使う人は使う、当たり前の手法になっているらしいが。
 彼は、後期印象派の画家と呼ばれる。専門家ではない小生には、その用語で意 味するところは理解できない。印象派って何。それがまた、前期とか後期に分か れるの? フーン、である。
 そんな知識より、確か高校の頃からゴッホには圧倒されるものを感じてきた。 画面そのものが燃え立つような、鬼気迫るものを小生のような繊細の精神の乏し い者にさえも感じさせる、それほどに凄まじい芸術家なのだ。
 ゴッホの絵はネットでも、かなりの点数を見ることができる。ここでは、たま たま小生の好きなターナーの絵と併せて紹介されている下記のサイトを紹介する:
 http://www.ponycanyon.co.jp/shop/culture/p18196/p18196.html
 そのサイトの中で、ターナーについて、「世界を覆う大気そのものを色と光で 表現した彼は、後の印象派の画家達に大きな影響を与えることになります」とい う点が重要なのかもしれない。大気そのものを表現する…、なんという当時とし ての独創性なのだろう。
 ゴッホは、ターナーを意識したのかどうかは小生は知らないが、そのターナー より遥かに凄まじい試みをしてしまった。情念と言うのか雰囲気というのか、感 覚の揺らぎそのものを画面に叩きつけたのだ。
 その先は、抽象表現主義になるのか、それとも、生の芸術(アール・ブリュ) になるのか、20世紀の半ばで限界に行き着くのだ(そのように小生は感じてい る)。
 ゴッホの手紙を読むと、ひたすら感動させられてしまう。あまりにピュアなの である。
 先に、ゴッホがゴーギャンと軋轢を起こしたと書いたが、その前にゴッホは、 「画家のコロニー生活を仲間に呼びかけますが、呼応したのはゴーギャンだけ」 だったという経緯(いきさつ)があるのだ。彼はそんなことが可能だとマジで思 い込む人間なのだ。
 恐らくはそんなことを夢見ていただろう頃に書かれた手紙があるので、以下に 紹介する(引用は下記サイトより):
 http://www.interq.or.jp/saturn/zen/gogh.htm

「今後絵画がそうあるべきだと、いつも考えているのだ
が、現代美術そのものが切り離された個人の力を越えて、
ギリシャの彫刻家や、ドイツの音楽家、フランスの小説
家たちに匹敵するような高い地位にまで到達しなければ
ならないということである。それは、おそらくある人達
が結合して、共通の理想を遂行してこそ可能なのだ。
 あるものは色彩の素晴らしい構成力を持っていても創
意に欠けている。
 あるものは訴える力と魅力に富んだ斬新な着想を十二
分にもっているが、臆病から決めたパレットを変えよう
ともしないので、色が完全に歌う表現をとらない。
 不幸の大きな原因は芸術家たちの間に団結心が欠けて
いて、互いに非難し合ったり迫害して、認め合おうとは
せず、なんとか出世させないようにするからだ。」
(ゴッホの手紙(ベルナール宛)エミル・ベルナール編
  硲伊之助(はざまいのすけ)訳 岩波文庫)

 さて、ゴッホのことを小生は好きな画家だとは安易には言えない。天才肌の人 間は、多くは実際に付き合うとなると個性が強すぎて、遅かれ早かれ付き合いき れない気分になってしまうらしい。それでも作品に接する分には、ある種の慰安 を与えられたりもする。
 が、ゴッホとなると、彼の作品を見ているだけで圧倒されてしまう。『自画像』 などの作品の、妖気の漂うような画面は、芸術の域を超えているのかもしれない。
『星月夜』は、空間そのものが捻れている。ムンクと違った意味で、しかし、時 空間そのものの歪みという点では共通して、創造性が狂気と背中合わせだという ことを示してくれる芸術家なのである。
 ああ、でも、現代はそのムンクでさえ玩具にされてしまう。
 ムンクの叫びがビニールの人形にされて弄ばれてしまうのだ。誠実で真摯とい うことが、滑稽に過ぎず、狂気をも滑稽な対象に引き摺り下ろす現代というのは、 一体、何なんだろう。


03/04/01記





アンリ・ルソーの周辺  






 アンリ・ルソー(Henri Rousseau 1844−1910)については、既にめるがっ ぱさんが大よそのことを書かれている。それに、彼の経歴について多少のことを 付け加えたところで、必ずしも絵の理解に繋がるとは思えない。
 それでも、老婆心というか余計なお節介として若干は触れてみたく思う。ただ ただ、ルソーの世界に触れたい、その世界の只中に浸れないなら、せめてその外 縁だけでもという気持ちで。
 まず、改めて、めるがっぱさんが鑑賞された「工場のある風景」という作品を 愉しんでいただこう:
 http://www.eart.ne.jp/museum/musu-exhibition050.asp?no=7

 ネットでルソーを検索すると、そのトップに来たのは下記のサイトだった:
 http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/R/Rousseau/Rousseau.htm
 その人物紹介はあまりに呆気ない。まるでルソーの人柄を裏書するようでもあ る。引用すると、「フランス 素朴派」と紹介された上で、「パリ郊外の間接税 務局に勤める下級官吏だった。40歳ごろ趣味で絵を描き始める。翌1885年、 退職して、バイオリン教師をしながら、アマチュア画家となる。
 人柄も素朴で、純真、無邪気であったが、描く絵も無邪気なファンタジーに満 ちていた。ちょうど、「原始芸術(プリミティヴ・アート)」が流行り出す頃で あったので、注目を集める。ゴーギャン、ピサロ、ルノワール、ピカソも、彼の 作品に興味をもった。」と説明されている。

 ネットで二番目に来たのは、下記のサイトだった:
 http://www.setagayaartmuseum.or.jp/shuzohin/shuzohin_01-1.htm
 (これは、世田谷美術館の収蔵品「フリュマンス・ビッシュの肖像」である)

 その説明によると、「フランスの西北部のマイエンヌ、ラヴァル市に生まれる。 1871年よりパリ市入市 税関に入り22年間勤める。後に"税関吏ルソー"と呼ばれ たのはこのためだが、 実際は、下級官吏であった。」と、幾分、詳しい。
 さらに、前掲のサイトでは、「40歳ごろ趣味で絵を描き始める。翌1885 年、退職して、バイオリン教師をしながら、アマチュア画家となる。」という説 明で、あるいは誤解を受けそうな点がある。その点に注釈が加えられているかの ようだ。
 その誤解というのは、40歳ごろに趣味で絵を始め、翌年には退職してバイト をしながら素人の画家となった。つまりはほとんど突然、絵画熱に浮かされ、つ いには仕事を辞めてしまった、と思われかねない(これが正解かもしれないが)。
 が、この点について、後者では、「ルソーが絵を描き始めた時期は明らかでは ないが、 1884年の40歳になる頃は、少なくとも本格的に絵に取り組んでいた。」 と説明されている。
 つまり、本格的に取り組んでいたのは40歳ころだが、それまでに長く絵に関 わっていた可能性がありえるわけだ。かなり説明としては印象が違うのではなか ろうか。
 さらに幾度かの作品展(しかも無鑑査による出品! 鑑査を受けていたら、出 品が叶わなかった可能性が大だという推測も十分、可能だ)への出品という経緯 を示した後、「彼の作品は、ごく一部の批評 家を除き、人々の無理解にさらされ る。」と説明が続く。
 やがて、そうした努力の甲斐もあってか、「1906年アポリネールを知る。この 頃から彼の作品は、ロベール、ソニア・ドローネ、ヴィルヘルム・ウーデ、画商 ヴォラ ール、ピカソなどの当時の前衛的な画家、及び画商などの注目を集め出す。」 となる。メデタシ、メデタシである。
 途中に注記したように、「無鑑査による出品」という幸運がなければ、日の目 を見なかった恐れもあるのだ。それほどに彼の画風は特異なのである。
 最初に挙げたサイトでルソーの絵を幾つか見ることができる。「The Dream」 や「Virgin Forest at Sunset」「The Sleeping Gypsy, 1897」など、国内 での展覧会で見たことのある人も多いだろう。
 なんという世界だろう。別に強烈な色彩というわけでもないのに、何か色彩鮮 やかな夢をそのままに描いたならこのようだったに違いないと思わせるような素 朴なのだが、得体の知れない生々しさや妖しいエロティシズムが漂っている。ア メリカンナイーブの画家たちのナイーブとは訳が違うのである。
[アメリカンナイーブという用語があるかどうか分からない。小生は、勝手に古 き良きアメリカを描いた画家・ノーマン・ロックウェルなどを思い浮かべている。 彼の絵は、それはそれで素晴らしい:
 http://www2.plala.or.jp/Donna/rockwell.htm ]
 どうみても、絵画史の中には収まりきらないものを誰しもが感じるのではなか ろうか。
 小生は、まるで違う画風だと分かっていながらも、つい、シャガールを連想し てしまう。別にルソーとシャガールが併記されるべき画家だと主張したいわけで はない。
 共に(勿論、違った異次元世界をそれぞれが切り拓いているのだが)ある夢の 中を自分が漂っている、その中に自分がいる、フワフワとしているともいえるけ れど、不思議なほどの強烈な、そして原始的な、つまりは大概は理性や常識の殻 で覆われていて垣間見ることのできない生命感が、そのままに眼前に示されてい るように感じるのである。
 さらには突飛な連想に思われるかもしれないが、小生は、パウル・クレーをも ある夢幻的な連想の繋がりで思い浮かべてしまった。そこにホワン・ミロを加え てもいいかもしれない。独自の理論や主義や立場などを度外視して、ひたすらに 感じ見ている世界を生に描き示す画家たち。
 彼らの画をみていると、思わず彼らに祝福あれと思ってしまうのである。


   
03/04/14記





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