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(03/06/29 up)
昔、星と月とは相性が悪いのではないかと考えたことがある。 どちらも晴れ渡った夜の空になくてはならない存在なのだけれど。 そう、あまりに月が煌煌と照ると、本当ならもっともっと数多くの 星々が煌くはずが、月の光の故に、星がその影を薄めてしまい、夜の 空が淋しくなってしまう、そんな気がしたのである。 そうはいっても、晴れてさえいれば、月が照り映えていても、星た ちは精一杯に輝いていてくれる。星は月の有無など、知らぬ顔で、ひ たすらに光の矢を届けつづける。 いつだったろうか、何かの本で、今、見ている星の光は、数年前、 数百年前、数千万年前、中には数億年前のものもあると知ったのは。 月だって、太陽の光の反射で、光はあっという間に届くとはいえ、 一秒余り前の光なのだ。 だけど、星の光の凄さには敵わない。 今、自分が夜の空を眺めていると、この瞳には無数の時間が同時に 届いている。水晶体の中で共鳴し合っている。脳裏の何処かで木霊し、 時にボクを震撼させる。 物理に弱いボクは、この自分に届いた光は、そのあとどうなるのか が不思議でならなかった。ボクが数億年の旅の終着点なのだろうか。 こんなボクが到着点だなんて、星の光たちはガッカリするんじゃなか ろうか。 星の光は、世界を満たそうとしている。全方位に向って光の輪を広 げる。そのほんの、きわめて僅かな一点として太陽系があり地球があ り我が町があり、このボクの立つ場所がある。ボクより、もっと素敵 な何処かに光が降り注ぎ、その場所をほんの一瞬、浮かび上がらせた ことで満足しているのかもしれない。ボクが、たとえ、つまらない人 間だったとしても、そんなことには目を瞑ってくれるかもしれない。 でも、光を受け止め、光をこの胸の中に満たそうとしている人は、 そんなにいないのかもしれない。だとしたら、ボクに眺められ、ボク の脳髄を光の粒が揺らしたことは、もしかしたらせめてもの慰めにな らないとも限らない。 光には時間がない。それは光の命が短くて、切迫した生を生きてい るという意味ではない。そうではなく、光は時間を内包していないと いうことだ。一個の光の粒子、それとも光の揺らめく存在があれば、 もう、それで世界を席捲することができるということを意味する? 一個の光の揺らめきが、自らは何ら時間の経過を感じることなく、 世界を、宇宙を巡り、そして世界を織り成す。一個の光が演出し脚色し 主演し制作する。 光は時に物質へと収斂する。物質とは光のエネルギーの塊なのだ。 ということは、ボクにしても、実は光の織り成した芸術品だということ にならないか。光の旅を眺めるボクには無数の時間の深浅の光に見えて いても、光にしたら、数年前も数億年前も一瞬の過去も代わりはない。 ここにいるボクとは、無際限な時の旅を生きる光の賜物。無数の太陽 の光の波の交差点。 ボクは、ふと、足元を眺めてみた。月光を浴びているこの世界の中で、 ボクのせいで足元に人影ができている。そこだけ月光の恩恵を受けられ ないでいる。ボクが邪魔なのだ。 どうしたらいいんだろうか。ボクがここを退く。でも、同じことだ。 何処へ行っても、そこにボクがいる限りは、そこにボクの影ができてし まって……。 ということは、ボクがいないほうがいいんだろうか。ボクって、世界 が月の光の恩寵を受けるためには邪魔な存在なんじゃなかろうか。 ボクは、いつしかたまらない気持ちになってきた。ボクは駆け出した。 何処へというわけもなく、とにかくここは去らなければならない。でも、 移動した先は、やはりここになってしまって、ボクは立ち去る必要があ る。 ああ、まるで焼けたトタン屋根の上の猫だよ、これじゃ。永遠に踊り 続けるしかない。 でも、そのうちに気がついた。星と月の出た夜の影というのは、実は 蒼いということに。 そう、ボクの影は真っ黒ではない。周囲の、月の光を浴びて、まるで 温かな温泉に浸かっているような青白い世界とはちょっと違うけれど、 でも、月の光の作るボクの影の輪郭は曖昧だし、影の中も、星の光が実 は満たしている。 そう、星の光はボクには眩しいかもしれないけれど、実際は、脆弱な 光に過ぎない。その光の微細な粒が、月の光の届かない世界にも常に届 いているのだ。 なんて、ボクは梅雨の雨の空を眺めながら、雲と雨にも負けずに届い ているはずの星と月の光の行方を思っていたのだった。 「 星 月 夜 ─満天の星空を仰ぐ。カシオペアが沈みゆく晩秋の夜─ 」: http://ponchan.2.pro.tok2.com/sn/nihonnnoki-w/nihonnnoki9.html などを眺めながら、夢想してみました。 これって、エッセイでしょうか、虚構でしょうか。 03/06/27 00:25 |