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つい先日、暇の徒然に、小生の姓名で検索を掛けてみたら、数十件も引っかかって、 これは何事だと一瞬、呆然としてしまった。小生って、こんなに有名人だったっけ、な んて妙な自惚れ心さえ顔を覗かせる始末。 一瞬でもそう、思ったのも無理はないと思って欲しい。冒頭が正に小生の件であった のだから。 クリックしてみると、小生の母校へ過日、つい無邪気にも本名で寄稿した一文がネッ ト検索の網に引っかかったというわけである。うっかり自分の本名で寄稿等するもので はないと冷や汗を流したものだ。 しかし、ネット画面をつくづく眺めてみれば、それらの検索上の項目の大半は小生と 同姓同名の、しかし小生ではない知名人の方々ばかりだったのである。それどころか、 小生に関わる事例は冒頭の一件だけだったことが最後に知れたのだ。 それはともかく、何となく全国の小生と同姓同名の方の活躍ぶりを眺めていたら、そ の中には会社の社長の方もいるわけで、小生の今の体たらくを思うと、名前だけでは運 命の道は開けないことを痛感したのだった。 ところで、ネット検索の網の中に興味深いものがあった。ある高名なサスペンス作家、つまり内田康夫氏の名前と同時に小生の名前が記されているではないか。 早速クリックしてみると、その内田康夫氏の小説の中の重要な登場人物の名前が正し く小生の名前であったのである(勿論、同姓同名の別人のものだが。小生が登場するわけがない。別に断る必要もないけれど)。 それだけならまだしも、その小説の舞台というのが、小生が大学時代を過ごした懐か しき鄙の地だったのである。というよりタイトルに小生にとって懐旧の地である仙台の通称が使われていて、『杜の都殺人事件』と表記されているのだ。 小生はサスペンスものは過去、一冊たりとも読んだことはなかったし、当然、その高 名なる作家の本である内田康夫氏の本も読んだことはない(その作家の作品が原作であるテレビドラマは数知れない)。翌日、書店に立ち寄ってその作品を探したら、既に十年以上も昔の本であるにもかかわらず、人気作家の本の常で、何十冊並ぶその作家の一連の文庫本の中に、目当ての本があるではないか! 焦るようにしてその本を買ったのは言うまでもない。 ところで、昨夜から早速その本を読み始めているのだが、何となく話の筋立てがどこ かで聞いたような…。 どうやらテレビで既にドラマ化されていて、それを小生は見たことがあるようなので ある(まだ、冒頭の数十頁を読んだだけで、断定はできないが)。 実は読みかけの本を差し置いて読み始めてしまったのは、多少の心配もあったからだった。その心配とは、小説の中の登場人物である小生と同姓同名の士が、どんな性格や役回りを担わされているのか、悪い奴とか敵役とか、でなくても、殺される役だったりすると嫌だなということだった。幸い、その心配は杞憂に終わってくれた。 ちなみに、小生の名は頭文字がAで始まる。更に、少なくとも小学校の半ば頃までは身長が低くて、低いほうから並ぶと前から3番目以内を心ならずもキープしていたのである。 ということは、名前で並んでも、あるいは身長順で並んだり名簿で名前を呼ばれたりしても、小生は必ず一番か、遅くとも三番以内には脚光を浴びる羽目になる。 だからでもあろう、何をするにも未だ要領が分からないうちに取り掛からねばならないという緊張感の下にあったということだ。結果として、小生らの一族はあまり悪いことはできない、むしろ模範になるように振舞う圧力下にあったということである。 つまり、頭文字がA(で且つ、身長の低かった)の小生は気が小さく、悪いことなど到底出来ない運命にあったというわけである。小説でも、性格の良し悪しは生まれつきのもので、どうしようもないとしても、少なくとも自覚的に悪いことはなかなかできない設定出ないと無理が生じるはずだと、小生は考えているのだ。 というわけで、ほんの気まぐれな検索が、思わぬ展開を見せたお話を披露した次第で ある。 (01/06/30 作成) この一文を書いたのは6月30日の午前だったが、午後になり雨模様もあって外出ができないため、小文作りを少々と内田康夫氏の小説『杜の都殺人事件』を半分くらいまで読み進めることができた。 読んでいて気が付いたことは、内田氏が杜の都仙台を褒めていることである。褒めるのは同地に無縁でない小生として嬉しい気がするが、しかし、同上の本が昭和の60年代に入って書かれたらしいことを見ると、若干、違和感を覚える。 小生が仙台の地を離れたのは昭和53年の3月だった。記憶に間違いがなければ、間もなく仙台市が自民党の市長に代わり、すぐに中央の資本がドッと流れ込んで、仙台の町が急激に開発されたという印象があるのだ。 そしてあっという間もなく、学生を大切にする杜の都・仙台の雰囲気が恐ろしく歪められ、何処か親しみを覚えない町に変貌してしまったと、ガッカリした記憶がある。 なるほど高速自動車道が通じ、仙台駅が美麗に生まれ変わり、市街地も一層の繁華街に育ちはしたのだろうが、落ち着いた佇まいが薄れてしまったことは否定のしようがないと思われる。そうした大変貌は昭和50年代の半ばにはほぼ完遂されてしまったはずである。 が、その変貌してしまった町を見て内田氏は褒めていらっしゃる。中央から来た人には、変貌を遂げたとはいえ、未だそれでも地方都市としての落ち着きを感じとることができたのかもしれないが、やはり違和感は拭えないのである。 (同日、夜に追記) |