幽霊の話を恐る恐る…  

 
(04/04/20 up)



1.谷中の全生庵で幽霊画展が  

2.幽霊の話を恐る恐る  
3.やっぱり幽霊の話を恐る恐る  
4.幽霊の話は後に尾を引く  






1.谷中の全生庵で幽霊画展が  






 昨日、仕事で例によって車を運転していたら、谷中の全生庵で幽霊画展が開催 されているという話を聞きかじった。時あたかもお客さんにも遭遇したので、断片的に しか話を聞けない。講談『怪談牡丹灯籠』で有名な円朝という名前が出てきた。
 で、「谷中」と「幽霊」でネット検索したら、筆頭に、下記のサイトが上がっ た:
 http://www.yanesen.net/topic.php/topic/1114/
 見られるように、タイトルは、「第19回 谷中円朝まつり 圓朝コレクション幽 霊画展」となっている。そうか、円朝ではダメで、圓朝なのだな。会期は「8月1 日(水)〜31日(金)」で、場所が谷中全生庵で、とある。
 入館には幾ら必要なのかと見てみると、「拝観料 300円」とある。そうか。お 寺さんだから、拝観料なんだね。
 説明には、「*三遊亭円朝コレクションの幽霊画−円山応挙、川上冬崖、伊東 晴雨、尾形月耕など50点を一挙公開」とある。

 さて、圓朝さんのことは、落語や講談にも疎い小生でも、さすがに名前だけは 知っている。いや、テレビでだが、講談を聞いたことがあるはずだ。遠い昔のこ とだが。でも、年代からして本物の圓朝さんであるはずがないのだが。まさか、 テレビで圓朝さんの幽霊を見た?! いずれにしても、うろ覚えである。
 谷中全生庵のことは、恐らくは初耳だ。幽霊画となると、小生にしても、興味 を覚えないわけではない。
 そこで、ネットで調べられる限りを、順不同で書き連ねてみる。

「8月11日は、落語界中興の祖と言われている三遊亭圓朝の命日にあた」ると、 あるサイトで知った。いや、昨日もそんな話がされていたのだろうが、聞き逃し ていたわけであろう。下記は、一昨年のデータだが、その時も、同じような要領 で、全生庵宝物館にて幽霊画展が開かれていたのだ。
 ということは、毎年、開催されているということか。
 ここに至って、ようやく、そういえば、そんな話を前にも聞いたことがあった なと、やっと思い出す。念のため、そのサイトを示しておく:
 http://www.city.taito.tokyo.jp/taito-co/kouho/topics/0810encho.htm
 その時には、「あわせて人間国宝の五代目柳家小さん師が寄贈した伊藤晴雨作 の幽霊画約50点も展示されて」いたようだが、今回はどうなのだろう。圓朝さ んのコレクションだけの展示なのだろうか。ところで、伊藤晴雨は責め絵の巨匠 として(も)有名だが、これも、念のため、ネットから見つけたサイトで参照し て欲しい:
 http://www.ask.ne.jp/~abnormal/j/admi/seiu.htm

 ところで、伊藤晴雨が、上掲の説明では、伊東晴雨となっている。一体、どち らが正しいのか。それとも、どちらでもいいのか、分からない。で、「伊東晴雨」 で検索したら、データは22件。「伊藤晴雨」で検索したら、919件。多数決で (関係ないが、「たすうけつ」を漢字変換したら、最初に「多数尻」が出た。我 輩のパソコンは、そういう趣味なのか)、伊藤晴雨に決まり! というわけにも いかない。こういうものは、民主主義の原理である多数決では決められない。
 小生の持つ事典では伊藤晴雨も伊東晴雨もデータとして出てこない。マイナー な画家として扱われているということか。我が事典にも、心を入れ替えて芸域を 広げてもらいたいね。
 どうにも、決めかねるまま、「伊藤晴雨」で検索したデータを眺めていると、 「松岡正剛の千夜千冊『伊藤晴雨自画自伝』」という項に目が向いた。彼は、こ んな作家にも目配りしているのだね。扱われている本は、福富太郎編集の『伊藤 晴雨自画自伝』(1996 新潮社)である:
 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0194.html
 徒然なる侭に、松岡正剛氏の文章を読んでいると、「それからあとの晴雨は3 度目の妻が発狂して病死したり、借金に追われたりして」とある。「東京の空襲 ですべての作品と資料を焼かれてしまったのがショックだった」のかもしれない と松岡氏。
 この世界も奥が深い。一旦、足を踏み入れたら、きっと後戻りできないだろう。 良識派というか臆病派の小生は、伊藤晴雨の絵をちらちら眺めるだけで、この場 は、さっさと立ち去ろう。ただ、松岡が言うように、「晴雨はおそらくストイッ クな男だったのだろうとおもう。だいたい女を知ったのが遅咲きもいいところの 28歳で、例の包茎手術をして結婚したときである。しかも、初めて女を知ってひ どく落胆している。」という記述が気に掛かる。だからこそ、伊藤晴雨は責め絵 で女の美を探究したのだろうか。
 ととと、危ない、危ない。深入りしないと言った途端、戻っている。後ろ髪の 引かれる思いをしつつ、当初の調査に戻ることにする。

 圓朝さんのこと、幽霊のことに話を戻す前に、谷中全生庵のことを少しだけ見 ておきたい。ネットで「谷中全生庵」をキーワードに検索したら、冒頭に下記の ようなサイトが現れた:
 http://www.yanesen.net/info/2002/0811.html
 昨年の「8月11日(日曜日)谷中全生庵 圓朝まつり」の様子だ。写真があるの で小生の説明など不要だ。と、思って、写真を見たら、肝腎の谷中全生庵の建物 を写した写真が一枚しかない。これじゃ、困る。
 気を取り直して、データを眺めていくと、「全生庵」の項がある:
 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/zenseian.html
 これだよ、これ、これを探してたんだ。ちゃんと「全生庵」が写っている。説 明には、「明治13年山岡鉄舟によって創建された全生庵」とある。
 山岡鉄舟というと、小生が幕末に登場する傑物の中でも筆頭に挙げたくなる人 物だ。勝海舟の懐刀だった人物としても有名だが、江戸城の無血開城に際しても、 西郷隆盛と実際に交渉したのは、山岡鉄舟だったことは言うまでもない。ああ、 ここで山岡鉄舟のことを調べたいけど、ますます泥沼に嵌りそうなので、自制し ておく。
 と、我慢する必要はなかった。ちゃんと、この頁に山岡鉄舟のことも簡単だけ ど説明してある。時代劇をやるなら(大河ドラマでも)この人物を主人公にやっ てほしいと思う。

 このサイトの末尾にある【「円朝まつり」を訪ねる】をクリックしたら、いい 情報や写真が満載のサイトに繋がった:
 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/gyouji/entyou.html
 圓朝についても、簡潔な説明が施されている。しかも、【円朝幽霊画コレクシ ョン】が載っている。さすがに凄みのある幽霊画の数々である。こんな絵が床の 間か座敷に飾られてあったら、女に恨みを買う身ではなくとも、おちおち寝てな どいられないね。

 気分を変えるには、このサイトの末尾の弘田龍太郎のことを想うのがいいかも しれない。「春よ来い」「叱られて」「雀の学校」「雨」などの作曲家である。 せっかくなので、「雨」「春よ来い」「叱られて」などの歌詞を見ておこうかな。 梅雨は明けたんだけどね:
 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/hirota.html

 ここまできて、実を言うと一番、肝心なテーマに踏み込めなかったことに気づ く。幽霊のことだ。実を言うと、正直、怖いのである。
 幽霊の存在を信じているか、と問われると、返答に窮する。心の中に存在する、 などと陳腐な答えで誤魔化すしか能がない。
 幽霊のことについては、後の機会(があったら)に譲ることにする。
 今、調べたりして、眠れなくなっても困るし。


03/08/06 記





2.幽霊の話を恐る恐る  




 前回も書いたが、小生は「幽霊の存在を信じているか、と問われると、返答に 窮する。心の中に存在する、などと陳腐な答えで誤魔化すしか能がない。」
 そもそも、よく言われることだが、ある存在について、あるということを証明 するのも難しいが、不在を証明するのは、存在の証明に倍して難しいようである。
 幽霊が存在するかしないか。見たことがあるという人がいる以上は、自分が見 たことがなくても、また、仮に自分が合理主義者できちっとした形で証明されな い限り信じないという態度を持するのだとしても、あなたは(自分は)見たこと がないとは言えるが、他人が見たことがあるという言明に対しては、否定も肯定 もできない。
 せいぜい、適当に聞き流して、心の中で、何、バカ言ってんだ、この野郎、こ の文明開化のこの時代にと、時代錯誤な用語を使ってまで相手をバカにするか、 黙殺するかである。
 大体、宝くじで一等が当たれば、億単位のおカネが貰えるというが、小生が伺 える範囲では当選したような人は見受けられない。あるいは、当たっても、トラ ブルを懸念して、素知らぬ風を装っているのかもしれない。それにしても、一等 の当選者というのは、小生には幽霊にも似た、あるともないともいえない存在な のである(アメリカでは、高額の賞金をゲットした人がマスコミに登場すること は、希ではないようだ)。なにしろ、一度も、私は当選者ですという人の顔をテ レビでさえも見たことがないのだ。
 まさか、嘘? やらせ? などと思いたくないが、宝くじで一等が当たり、億 単位のカネを手にしたという上手い話は、いつか、小生が当選するまでは、幽霊 話と思うしかない。その前に、一度くらいは宝くじを買わないと、当たりようが ないのだろうが。
 UFOについても、同じだ。存在するとも存在しないとも言えない。個人的に は宇宙からの謎の飛行物体は信じていないが、UFOという言葉の定義次第では、 誰かが見たと言ったら、信じないとも限らない。
(実を言うと、小生自身、訳の分からないものを見たことがある。)
 さて、感じの幽霊である。ある意味、UFOよりも存在を信じていない人が多 いのではなかろうか。ただ、話の面白さやリアリティから、幽霊的な存在につい ての話に現実感を覚えるという人は多いかもしれない。
 ここまで書いてきて、幽霊とは何ぞやという肝腎の定義の問題を述べていない と不満に感じておられる人もいるかも知れない。例によって広辞苑にお出ましを 願おう。すると、「(1)死んだ人の魂。亡魂。(2)死者が成仏しないで、こ の世に姿を現したもの。亡者。」とある。簡潔だ。しかし、死んだ人の魂という が、魂とは何ぞや。成仏しないとはどういう意味なのか、などと疑問が次々と湧 いてくる。
 そこで、事典(NIPPONICA 2001)に登場してもらおう、と、思い、早速引いた のだが、説明があまりに長くて、引用どころの騒ぎではない。ただ、説明が日本 と西洋に分けてあるのは参考になった。そうだ、ここでは、日本の幽霊に話を限 ると、この程度は限定してもいいのだろう。
 但し、説明の冒頭の一句くらいは、せっかくなので事典から引用しておこう。
「死者の亡霊がこの世に現れるものをいう」
 やっぱり基本的には、同じなんだね。広辞苑は「死んだ人の魂」と言い、事典 では「死者の亡霊」という言葉を使っている。魂も亡霊も分からないんだから、 分からないモノを分からないモノで置き換えているだけなのだ。仕方ないのか。
 だからだろうか、事典の以下の説明でも、日本の各地方の幽霊の事例を具体的 に列挙している。そうするしかないのだろうね。青森県では「人玉」と言うんだ って。「わが国は島国であるためか、海の船(ふな)幽霊の話が多い」ともある。 これは初耳だ。
 幽霊に足がないという我々現代の人のイメージは、「円山応挙の絵が有名にな ったためで、古くは足があった」というのは、知る人も多いかも知れない。
 前回も紹介した「円朝まつり(全生庵)」というサイトに載っている幽霊の絵 をもう一度、見てもいいかな:
 http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/gyouji/entyou.html
 西洋の幽霊の話も事典には載っている。最後に「ハイネの作品にも幽霊話がよ く出てくる」と書いてある。これも小生は初耳である。
「宴会用に台所で大勢の人たちが料理を作っている時、見知らぬ若者がその中に 混じって立ち働いているのに気づいた主婦が、あなたは誰で、何処から来てくれ たかと尋ねると、地下室を見てくれれば分かる、と若者は答えた。あとで主婦が 地下に降りてみると、ブドウ樽の中に赤ん坊の死体が浮いていた。昔、自分がひ そかに産み落とした赤ん坊をこうして始末しておいたのが、幽霊になって手伝い に来た訳である」
 うーん、怖い。この主婦は、赤ん坊の死体で味付けされたワインを人に振る舞 ったり、あるいは自分で飲むつもりだったのだろうか。その前に、主婦が若者に 地下室を見てくれればと言われて、何も思わずに降りていったのだろうか。赤ん 坊を産み落としブドウ樽に始末したことをスッカリ忘れていたのだろうか。その ほうが余程、怖い気がする。
 西洋の幽霊に関する作品として、ホレス・ウォルポールの『オトランドの城』、 ホフマン、ポーらが挙げられているが、小生は、アルジャン・ブラックウッドの 小説や、小泉八雲の怪談物、特にゴーゴリの『ヴィイ』が一番、怖かった。
 しかし、西洋の幽霊話にはここでは踏み込まない。日本に戻ろう。
 先に幽霊についての説明を示したが、何か分かったかというより、狐に抓まれ た感を覚えたのではなかろうか。
 では、幽霊とお化け、妖怪などとの違いはどうだろう。詳しくは説明する余地 がないが、一般的には、幽霊は、先に説明したように、あくまで成仏できない人 間のなれの果てであり、妖怪というのは、動物や物(傘など)が化けたもの(一 つ目小僧、山姥、座敷童、河童など)であり、お化けというのは、そうした一切 の総称ということになろうか。
 ただ、雪女は、妖怪に入れるのは可哀想な気がする。あるいは雪女さんが、小 生のこの駄文を読んだら気を悪くして、この冬にでも我が窓辺に現れそうである。 ただ、現代のイメージからしたら、雪女さんは足がありそうなので、妖怪に入れ たに過ぎない。どうか雪女さん、了解願いたい。
 幽霊と妖怪を、共に存在していると仮定して、幽霊は魂であり亡霊なので、あ くまで霊(魂)ということで、実体はなく、仮に目の前に現れて、つい手を差し 出しても、幽霊さんの手を握ることも、お体に触ることも出来ない。一方、妖怪 変化の類いは、触ろうと思えば触れるし、否応もなく相手が触ってくる可能性だ ってありえる。とにかく、どちらも怖いので、現れたら、あるいは、登場の予感 がしたら、小生は即座に逃げる。ああ、その時、腰が抜けないで欲しいものだ。
 ここまで書いてきて、あと、どう続けようか立ち往生し、ネットをあれこれ検 索したら、面白いサイトが見つかった:
「関西おもしろ文化考/幽霊・お化け」
 http://osaka.yomiuri.co.jp/feature/omoshiro/2002/020814.htm
 このサイトの考察の趣旨は、「怪談芝居やお化け屋敷の興行は、東京より大阪 がやりにくいという。お化けを素直に怖がり、恐怖すら娯楽とするのが東京なら、 恐怖をそぶりにも見せないのが関西では多いからだ。よく言えば「余裕がある」、 わるく言えば「素直じゃない」。そんな関西人のお化けへの態度はどこから生ま れたのか。」というものらしい。
 この一文を読むだけでも、小生のこの駄文を覗いた甲斐があろうというものだ。
 このサイトの文章を読むと、昔から関西は合理主義に徹した面があったらしい。 中でも、「……怪談「雨月物語」で知られる上田秋成も、私生活では完全な合理 主義者だった。望遠鏡で太陽を観察し、「表面がデコボコの、ただの天体だった」 と主張して、古事記をもとに「太陽は神だ」と言い張る国学の大御所・本居宣長 と大論争をする」という段には、何か啓発されるものがあった。
 そうか、「私生活では完全な合理主義者だった」という理解の上で、上田秋成 の怪談「雨月物語」を読み直してみるのもいいかもしれない。結構、文学的な解 釈で興味深い考察が可能だったりして。

 しかし、ここまで書いてきて、小生は腰が引けていると自覚せざるを得ない。 幽霊そのものを考えようとはしていない。ただ、幽霊を巡る雑学的なあれこれを 並べているに過ぎない。やっぱり怖いのだ。
 我輩は女性に恨みを買うほど、持てる男ではなかったはずなのに。知らず知ら ずのうち、ということもあるのだろうか。無自覚の中で、恨みを買っているとか。 ああ、怖! 今日はこれまでにさせてもらう。


03/08/08 記





3.やっぱり幽霊の話を恐る恐る  




 前稿の末尾で示唆したが、幽霊というと何故か女性である。しかもうら若き女 性であって、美人と相場が決まっている。
 何故だろうか。
 ま、一番、安易でありがちな答えは、作者の多くが男性だから、というもの。
 まあ、幽霊については多くの方が興味を持っておられて、雑学的知識を有され ている方も多いだろう。それでも、足場を共有するため、若干の知識を確認して おきたい。わりと分かりやすいサイトがあったので、以下に示しておく:
 http://kyushu.yomiuri.co.jp/special/kurasi/kurasi0705.htm
 このサイトの説明で小生としても幾分の蒙を啓かれた点がある。関連する部分 を引用させてもらう:
「この幽霊にも二種類ある。その一つは、その人に恨みがあるなしにかかわらず、 特定の人を目指してその眼前に出現する幽霊。その人がどこにいようと、出よう と思えば千里を隔てても、どこにでも出られる幽霊。 その二は、この世に怨念 (おんねん)が残っているにせよ、いないにせよ、決まった場所に出現する幽霊。 これは人を選ばない。偶然にしろそこに行き合わせたものは、たとえ誰であろう とその怪異にぶつかる」
 その上で、「今は常識的にいえば前者が本当の幽霊で、後者が妖怪ともいえる」 と続く。
 これには以下のような説明がされている:
「幽霊が死霊であったのにたいして、妖怪は本来神であったのが、人間によって 祀られなくなって、落ちぶれた神であり、妖怪は、妖怪のすむ領域に侵入したり、 妖怪を怒らせた人の前に現れるのである」
 幽霊に二種類あるという点については、そうかもしれないし、そうでないのか もしれないと日本式に曖昧に肯くしかない。
 ただ、その説明で、幽霊が死霊であったのにたいして、妖怪は本来神であった というのは、小生はもう少し調べてみないと納得は出来ない。
 何処かの山の寂れたトンネルの中とか、何処かの間道で決まったように幽霊が 現れるという話を良く聞く。これは妖怪なのだろうか。昔、神が占有していた領 域を(里の)人間が侵犯したが故に、里の人間に立入るなと現れるのだろうか。 そしてそれは幽霊ではなく実は妖怪ということなのだろうか。つまりは怪異現象 (の一種)なのだろうか。
 今一つ、納得できない。

 余談だが、何かの本でタクシーに関連する幽霊話を読んだことがある。
 ある雨の日の夜中過ぎ、何処かで乗せた蒼白い顔の女性(これまた何故か若く 美しい女性!)を目的地に着いたので、さあ、降ろそうと後ろを振り向いたら、 後部座席には誰もおらず、ただ、シートが濡れていることで、確かに乗せたこと だけは確かだと分かる、という話。
 これには信憑性のない後日談があって、実は本当に乗せていたのだが、高速を 走っているうちに、酔われていた客が無意識に窓を開けるつもりが、実は間違っ てドアを開けて落ちてしまったというもの。
 雨の高速道路だと、雨の叩きつける音とタイヤの鳴る音が相俟って、後ろの様 子の変化が伺えない。運転手だって豪雨だったりすると、運転に夢中というか必 死で、尚のこと、後ろに注意を払えない、云々。
 これにはもっと眉唾物の後日談がさらにあって、お客さんが居なくなったと思 われる辺りにペラペラになった肉片らしきものが路面にこびり付いていたとか。  これも、何かの本で読んだ事例だが、夜中に何処かの見知らぬ町でお客さんを 下ろし、さあ、元の場所に戻ろうとしたら、ある人気の少ない場所で白い衣装の 女が急に飛び出してきて、乗せてくれとばかりに二の腕までを露わにして手を差 し伸ばす。何か必死の形相である。闇夜に正体の知れない妖怪が白くボーと浮か び上がるようで、運転手は怖くて、車を止めるどころか逆にアクセルを吹かして 一気に行き過ぎてしまった。
 これには少しまともな後日談があって、運転手が女に遭遇した場所は夜は人気 のない墓地公園で、そこは有名なレイプスポットだというのである。その女性は 実は強姦されそうになって、あるいはされて、助けを求めようと、やっと出会っ た車のライトに向って飛び出し、懸命に手を差し出したのだと分かった…。
 美人に夜中、草深い脇道から飛び出されると、運転手はビビッテしまうものな のか…。
 余談が過ぎた。
 上掲のサイトで気が付いたというか、ああ、そうだと思った点がもう一つある。 それは、幽霊には昔は足があったのが、円山応挙(まるやまおうきょ)の絵や、 鶴屋南北らの演出による狂言で足のない幽霊が定着したのだ、ということは知悉 されている。
 そう、その前は足があったのだ。で、「いや、もとは足があったのである。実 際、幽霊の足音というものも、われわれの空想を刺激するせいか非常に効果的で ある。もっとも怖い足音が、円朝の「牡丹灯籠」のカランコロンというげたの音 である。」という記述に、ああ、そうだと思ったのである。
 一昔前は、夏になればテレビでは怪談物、幽霊話が必ずメニューに載っていて、 小生もついつい見てしまったものである。その中で、「「牡丹灯籠」のカランコ ロンというげたの音」というのは、実際の足のない、あるいは(牡丹灯篭だと) 足がある幽霊の出現した姿より、はるかに怖かったことを覚えている。現れるの も怖いが、現れるぞ、現れるぞという、今か今かという恐怖の感覚のほうが凄ま じいものがあったのである。

   さて、話を元に戻す。幽霊というと、何故若き女性なのだろうか。もう一度、 上掲のサイトを参照すると、「幽霊の姿は、『源氏物語』『今昔物語』『日本霊 異記』、江戸時代の『雨月物語』や『東海道四谷怪談』『怪談牡丹灯籠(ぼたん どうろう)』などの歌舞伎や幽霊話に描かれてきた。こうした怪談の主役の座を 占めるのが女性であるところにまた意味がある」とある。
 さらに、「それは女性が心理的・生理的に、男性にくらべて特異な能力、すな わち強い感受性と霊力をもっていると信じられていたからである」という。本当 だろうか。
 ま、信じられてきたというのは、一応、本当なのだろうが、本当に「女性が心 理的・生理的に、男性にくらべて特異な能力、すなわち強い感受性と霊力をもっ ている」のだろうか。女性の体のほうが一見すると華奢なようで実は頑丈で、生 命力に溢れているとは感じるのだけれど。
 それでも時代的な背景を感じないではいない。
 ここから先になると、江戸の昔の男性と女性との在り方にまで論を進める必要 がある。廓に身を沈めた女性には悲惨な運命が待っていたと言われる。少なくと も江戸時代初期の江戸では圧倒的に男性が多く、女性は希少価値があった。だか ら、ちゃんとした嫁を迎えるのはなかなか難しかったという。
 その一方、希少価値であるが故に廓での受容が極めて高かった。女性は表の社 会では奥向きを担当し、裏の社会では別の意味で奥向きを受け持つしかなかった。 結果として怨念を抱え込むしかなかったということなのだろうか。
 ただ、思うことは、幽霊話、そして幽霊のイメージというのは、江戸という当 時としても世界有数の大都会で今日的な形に醸成されたということである。急激 に作られた都会の負の遺産と言えなくもない。

 ところで、またまた上掲のサイトを参照する。その末尾から引用する:「幽霊 話といえばたいていは復讐(ふくしゅう)劇・怨霊(おんりょう)劇のように見 えるが、決してそうではなく、死んで忘れられてしまう自分を思い出させたくて、 姿を見せたり、直接訴えたい人ばかりでなく、それを伝えてくれる人の前にも現 れるという、弱々しい心優しい幽霊もいる」
 なんだか、心温まるというか、同情したくなるような幽霊もいるものだ。
 そう言えば、ちょいと昔、「居酒屋ゆうれい」なんて、映画があったな。その 映画に洗われる幽霊は、そんな幽霊なのだろうか:
 http://www.sankei.co.jp/mov/yodogawa/940913ydg.html
 しかし、またまた幽霊話の本筋には入れなかった。やはり、本気で踏み込むに は、幽霊という前に歴史や女性や社会など、万般への目配りと、それ以上に怨念 を正面から受け止める覚悟がないと、迂闊には論じられないと痛感するばかりだ ったのである。


03/08/10 記





4.幽霊の話は後に尾を引く  




 かの宮沢賢治を貶めるわけじゃないけれど、幽霊というと、つい、彼の詩を 思い出してしまう。あまりに有名で言及するのも今更かもしれないが、好きな 詩なのでやはり触れるしかない。

 わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといつしよに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

                      これらは二十二箇月の
 過去とかんずる方角から
 紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
 ここまでたもちつゞけられた
 かげとひかりのひとくさりづつ
 そのとほりの心象スケツチです

 これらについて人や銀河や修羅や海胆は
 宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
 それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
 それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
 たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
 記録されたそのとほりのこのけしきで
 それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
 ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

 (略)

 すべてこれらの命題は
 心象や時間それ自身の性質として
 第四次延長のなかで主張されます

『春と修羅』(序)より


 一部であっても略するのは惜しい。(序)の全文を読まれたい方は、例えば 下記のサイトを参照願いたい:
 http://www.page.sannet.ne.jp/inforest/kenbun/jo.html

   この序に心打たれた方は多いだろう。特に冒頭の一句、「わたくしといふ現 象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です (あらゆる透明な 幽霊の複合体)」というのは、あまりに絶妙すぎる。その意味などを忖度する のは、野暮だ。
 括弧を付された(あらゆる透明な幽霊の複合体)というのは意味深だ。
 解釈はいろいろに可能だろう。そして恐らくはどんな解釈も、詩文から受け る感銘の、ほんの一部をさえ掬うことはできないだろう。
 ここでは、そんなことは承知の上で勝手な瞑想的考察を試みてみたい。
 例えば、ネット検索で見つけた下記のサイトを見てみよう:
「ほうとう先生の自省式社会学感覚」
  第8章 自我論[全3回]
 http://archive.honya.co.jp/contents/knomura/lec/lec26.html

 その最後に、このように一応の説明がなされている:

「わたくし」=自我が流動的な現象であり、自然と他者の関数であり、それゆ え矛盾を内部にかかえこんだ複合体であるということ。このような考え方は、 自分自身を実体化してとらえて疑わない日常的な常識がたんなる幻想・幻影に すぎないことを明晰に照らしだしている点でもすぐれているし、デカルトの 「われ思う、ゆえにわれあり」という近代主義的な素朴かつ単純な思想をはる かに超出した、哲学的には「現象学的思考」といっていい考え方である。まさ に二十世紀的思考である。自分自身を規定してしまっているものがなにかを鋭 い感性で冷静に分析する、その明晰さと痛みへの感受において、社会学はとて もかなわないという気がする。

 但し、「序詩第一連はあくまでも受動的な相で自我をとらえたものにすぎな い。賢治の射程はもっとそのさきに延びているのだけれども、それは本書の枠 をこえている。」という注釈をつけた上での理解であることは、考慮に入れて おくべきだろう。

 その上で、例えば、デカルトの「われ思う」の「思う」を、「考える」に止 まらず、広く思うということ全般と捉えると、結構、デカルトのこのテーゼの 意味深なことが感じられるのではないかと思う。
 デカルトは、このテーゼをラテン語で「コギト エルゴ スム」と表現して いる。これは単純に訳すと、「思う 故に 在り」ということになる。文法上、 第一人称になっているが、主語が、「我」だとか「私」だと明示してあるわけ ではない。
 このことをデカルトの哲学的用心深さの故なのだとしたら、下手すると、宮 沢賢治の「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い 照明です」よりも、「わたくし」という主語が明示してないぶんだけ、哲学的 含意が深いと解釈する余地がある。
 唯一、宮沢賢治が、(あらゆる透明な幽霊の複合体)と注釈しているが故に、 詩的にははるかに現代的であり、瞑想を誘うような含意において優れていると いえるのだと感じる。
 思う。誰が思うのか、私に違いない。常識的にはそう考えるしかない。しか し、日常的には「私が考えている(思っている)」わけではなく、思い、悩み、 感じ、想像し、憂慮し、退屈に死にそうになり、恐怖に怯える、そんな状態が あるだけなのである。
 人に指摘されたり、我に帰った時に、その主体は自分(私)なのだと確認し ているに過ぎないのだ。
 このことの意味するものは、相当に深いものがあると思う。が、ここでのテ ーマではないし、小生の手に余る問題でもある。

 それにしても、宮沢賢治の詩文に戻ると、彼は何ゆえにこのような<認識> を持ったのだろうか。上掲のサイトによると、「そもそもこの序詩は賢治が友 人への手紙のなかで「私はあの無謀な『春と修羅』に於て、序文の考を主張し、 歴史や宗教の位置を全く変換しようと企画し、これを基骨としたさまざまの生 活を発表して、誰かに見て貰ひたいと、愚かにも考へたのです」」と述べてい るという。
 その思想的な企図はともかく、その前提として、あるいは情念的土台として、 やはりかの「永訣の朝」に篭められた、妹への哀切な思いがあるに違いないと 思う。そして無力を痛感するしかない自分への絶望:
 http://homepage1.nifty.com/ihatov/har_1/047_d.htm
 特に最後の一連である、「おまへがたべるこのふたわんのゆきに わたくし はいまこころからいのる どうかこれが天上のアイスクリームになつて おまへ とみんなとに聖い資糧をもたらすやうに わたくしのすべてのさいはひをかけて ねがふ」という願いが篭っていると感じるのである。

 小生は幽霊の存在を信じない。けれど恐れもするし、否定もしないし、存在 を願うほどに自分の無力さを感じる。腸の千切れる思いで、ただ生き長らえて いるだけの人がどれほどいることだろう。何故にあの人はいなくなったのか。 あんな不条理な形で。なのにあんな奴がのうのうと生き延びているし、それど ころか、ますます巾を利かせているじゃないか。
 神とか仏とかを信じるのか信じないのか。そんな問いなど、とっくに忘れた。 ただ、張り裂ける思いがあるだけ。
 私とか自分とか俺とか小生とか、そんな<主体>など、雪がやがて溶けて泥 まみれになるように、グジャグジャなのだ。
 ただ、青い照明の影、揺れる蝋燭の焔、ざわめく木の葉、何処へともなく流 れ行く笹舟、そんな<現象>の数々があるだけなのだ。
 幽霊とは、死にきれない情念、死に果てたはずなのに捨てきれない夢、ただ 訳もなく苦しむしかない日々そのものなのだろう。
 私とは私に、あるいは愛する誰かにしがみ付く執念のことなのだ。そして幽 霊とは、その不毛な執念以外の何者でもないような気がするのだが。


03/08/30 記





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