(04/03/08 up)
学校から帰ると、いつものように内の台所辺りに大声を張り上げる。
「かあちゃん、お八つー」と。
でも、返事がない。勉強しろとか、家の手伝いをしろとか、愚痴られて、それ
でも、何か出してくれるのに。
そろそろ桜の咲こうかという時期だったように記憶する。晴れ渡った外の溢れ
る陽光に慣れたボクの目には、家の中が薄暗い。外は、走ってきたボクの体が汗ば
む陽気だったけど、家の中は暗いだけじゃなく、ひんやりしている。
目を凝らしながら駆け回っても、座敷にも両親の寝室にも奥の居間にも、土間
にもお袋がいない。
ボクは拍子抜けしてしまった。お八つをもらう当てが外れたし、それに小学生
になったばかりのボクには、誰も家にいないのが寂しかった。もう一度、ズックを履いて、
外に回った。田圃にいるのだろうか、それとも畑か。家の前の田圃にいなければ、
飛び地になっている田圃ということも考えられる。
でも、用事があって外出するなら、戸締りくらいはするだろうし、台所か居間
のテーブルの上にメモをするのがお袋の習慣だった。やはり外出ではなく、家の
周りに居る筈なのだ。
なんとなく空っぽの家が不気味で、ボクは必死で駆けて行った。お袋を探しに
行ったのだ。
けれど、探す必要などなかった。お袋は呆気なく見つかった。家の裏手の庭に
蹲り、背中を向けて何かしている。
そう、草むしりだ。
「かあちゃん、何かくれよー」
(なんだよ、玄関で叫んだ声に気付かなかったわけないじゃん)と、不満な思い
で一杯だった。
お袋は何も答えない。黙ったまま、草むしりを続けている。なんだか、いつも
と様子が違う。けれど、ボクもハラペコだった。何か食べたかった。お袋に何と
かしてもらいたかった。
「かあちゃんよー」
すると、お袋は振り返って、怖い顔でボクを睨みつけるのだった。
「何か欲しかったら、少しは手伝ったらどいが」
ボクは、お袋の見たことのない表情に戸惑ってしまった。ウンとも言えなけれ
ば、イヤとも言えない。なんだか訳が分からず、同じことを繰り返すしかなかっ
た。
「腹、減っとんがんぜ。何か食べんと、やっとられんちゃ」
それから何か遣り取りがあったのだろうか、記憶に定かではない。覚えている
のは、急にお袋が怒り出して、鎌を振り翳してボクのことを追い掛け回すのだっ
た。
「少しは働くがやちゃ!」
ボクは、本当にお袋に切りつけられると感じて、必死に逃げ回った。その後、
一体、どうなったのだろう。別に刃傷沙汰になったという記憶もない。その代わ
り、ボクが殊勝にも家の手伝いをするようになったというわけでもなかったよう
だ。
それから何年か経った梅雨の晴れ間の或る日、庭で草むしりをしている自分が
いた。
麦藁帽子を被り、首に手拭いを巻き、軍手を嵌めて、腰を屈めて、ひたす
ら黙々と草むしりと言う苦行を続ける。小学校の高学年になっていたボクには、
家が兼業農家であり、父は仕事が忙しくて、日曜日くらいしか家のことは手伝え
ないこと、お袋だって農家ということもあり、家だってやたらと部屋数があるし
広いし、来客もあるしで、草むしりまではなかなか手が回らないこと、そしてそ
れ以上に、とにかく農家にとって草むしりは生活する上で死活問題なのだという
ことは、少しは分かってきていた。
肥料も撒くし、そもそも土壌が豊かで、稲や野菜も育つけど、雑草も油断して
いると好き放題に生えてしまう。勝手に何処かで生えるだけなら、どうでもいい
ようなものだが、雑草が生えると、土壌のせっかくの栄養分が奪われてしまう。
栄養は作物にこそ与えられなければならない。雑草如きに寸毫も与えてなるもの
か、なのである。
梅雨の雨水をタップリと吸い込んで満足げな黒っぽい土。田植えが済み、稲が
スクスクと育っている。庭にはキャベツだナスだ玉葱だ苺だ、トウモロコシだ、
ジャガイモだと、トマトだと、いろんな野菜も実っている。
が、雑草も、穏和な天候に釣られて、ドンドン育つ。やつ等が育つと、稲が、
野菜が、果物が育ちにくくなる。滋養が足りなくなる。害虫だって雑草に隠れて
いるかもしれない。除草剤の危険が唱えられたりして、ひたすら手で雑草を毟り
取るしかないのだった。
鎌とかも使うけれど、根っこから引っこ抜かないと、土壌に頑固に残った根か
らあっという間に雑草が姿を現してしまう。終いには、軍手がまどろっこしくて、
指先で意地になって、ほとんど自棄になって草を引っこ抜く。
ただ、もう、闇雲に黙々と、まるで苦行を強いられているかのように、大地に
己が身を縛り付けるようにして、炎天下、雑草たちと戦い続ける。
それは、冬の日の雪掻きにも似た、難行苦行である。掻いても掻いても雪は降
り続く。未明に、朝食後に、昼食前に、昼下がりに、夕方、食事前に、夜の一服
を終えた後に、そしてトドメとばかりに、就寝前に雪掻きをする。まるで雪に祟
られたプロメテウスだ。いつ止むとも知れない憂鬱な曇天に挑むイカルスだ。さ
すがに墜落はしないけれど、決して舞い上がることもない。ただ、大地にへばり
付く。草むしりだって、雪の代わりの、大地に呪われた苦行だった。
更に何年かした秋の或る日のこと。我が家の田圃はいつしか猫の額ほどに僅か
になっていた。大部分を占めていた飛び地の田圃が、住宅街へと変貌を遂げてい
たのだ。借金のカタに大半が取り上げられてしまったのだった。家の前の申し訳
程度の田圃があるだけだった。ご先祖様へのせめてもの供養にと、親達の意地と
義理で残した田圃だった。
それに、家の周りの庭や畑だけは昔通り、残っていた。家の庭は植木類は父が
世話をし、花々は畑の手入れもあって、お袋が面倒を見ていた。
その脇で、何となく手伝いできないでいる自分がいた。父とは冷戦状態が続い
ていた。高校生になったばかりの頃だったと思う。ボクはその頃、読んだ何かの
本に影響されていた。ボクは雑草の意味が分からなくなっていた。
雑草って、一体、何だ。
雑草とは、人間の生活圏にこそ生える植物なのだった。人間が元々あった環境
を改変し、人間が快適に思われるような雰囲気を整える。人間に好まれる花々を
花壇や鉢に植える。でも、人に好かれる花だけが人間の周辺に生きることが快適
なわけではない。
そう、雑草と蔑まれる名もない草花だって人を慕う。
雑草は、踏まれても踏まれても育つ、雑草のような逞しい精神を持て…。そん
な教訓を垂れる奴がいる。とんでもない話なのだ。一つ一つの雑草は、花壇の花
々同様、弱い存在なのだ。ただ、数と種類が多いから、そのどれかが踏み躙られ
ても、他の幾つかが生き延び、昨日、へし折られ枯れ始めた草の脇で、今日、別
の花々がなんとか天へと伸びようとしているだけなのである。
天へ。その実、実は人へ、なのだ。名のある花たちと同じく、私たちも愛でて
よ、という悲鳴にも似た懇願の声なき声が秋の空に木霊しているではないか!
ボクは、雑草とそうでない花々との区別が分からなくなっていた。人に好かれ
るのが花で、嫌われ用がないと見向きもされないのが厄介な雑草だ、というので
は、ただの人間のエゴに過ぎないではないか…、ボクにはそう思えてならないの
だった。
生意気盛りのボクは、オフクロやオヤジが丹精込めて育てている椿やチューリ
ップや薔薇や蘭が憎たらしくてならなかった。ボクは田圃の蓮華草が愛しくてな
らなかった。図鑑などを買い込んで、名もない草花の名前を調べ上げ、そうした
厄介物扱いされている雑草たちを名前で呼ぶのが楽しくてならなくなった。
猫じゃらしがただの猫を愛玩する道具ではないことを知ったのは、その頃のこ
とではなかったか。毒痛み (どくだみ)のあまりに地味で、だけど可憐な白い小
花に、殊更に目をやっていた。
島崎藤村の『小諸なる古城のほとり』の中に、
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ
緑なす繁縷は萌えず
若草も藉(し)くによしなし
という一文を見つけ、その「繁縷」を図鑑で調べ、「はこべ」と読むのであり、
何のことはない、道端で有り触れた花として見ていた…、というより、見逃して
いたことに愕然としたのも、その頃のことではなかったか。
そうだ、春の七草などを覚え、町中のどこかに実物はないかと探し回ったのも、
やはりその頃のことだった。
羊蹄 (ぎしぎし)やら、鼠麦 (ねずみむぎ)、掃溜菊 (はきだめぎく)、
屁糞蔓 (へくそかずら)などというヘンチクリンな名前の花々を見知ったのもそ
の頃のこと。これらが蓮華とまではいかなくても、せめて露草とか白詰草 (しろ
つめくさ)なんていう名前を付けてもらっていたら、生け花の花にでも使ってもらえた
かもしれないのに。
そう、ボクはまた、草むしりなどしなくなった。草花が好きだけど、道端に、
それとも家の家の間に見つけた僅かな透き間に咲いていればいい、放っておけば
いい、咲くもの生えるものは勝手に生きればいい、人が選り好みなどしないのが
いいのだ、などと妙に高を括ったような生き方をするようになっていた。
時折、庭のチューリップの植わった花壇に、こっそり道端で見つけた野草など
を植え付けたりしたのが、我ながら微笑ましいような。
それからまた幾星霜。気がついたら、父は病み、母も体が弱り、オレは郷里を去って久しく、草むしりをする人
は家に誰もいなくなっていた。雑草も何も区別がなくなっていた。花壇の枠も崩れ去
り、名のある花の脇には野草の数々が好き勝手に生えていた。畑には鍬の筋も見
出されなくなり、生えているのはネギなのか雑草なのか分からなくなっていた。
そう、気がついたら、血気盛んな頃のボクの願った通りの光景が我が家に出現してい
るのだった。台所の床も壁も拭われることはなく、食器は薄汚れ、ポツンポツンと絢爛豪華な花が咲き、その脇では地味さを誇るかの
ような小花が咲き乱れ、寂びた鎌を下草が覆い尽くしていた…。
ああ、でも、オレはこんな光景を望んでいたのだったろうか。
「雑草」
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04/02/26作
草 む し り(改)
(04/04/12 up)
保育所から帰ると、かあちゃん、お八つと叫ぶ。でも、かあちゃんの返事が
ない。うちの周りを探したら、庭の隅っこで草むしりしていた。日差しが厳し
い。頬っかむりの顔が真っ暗で見えない。
かあちゃん、お八つだってば。
すると、かあちゃんが、少しは手伝ったら、どいが! と、手に持つ鎌を振
り上げて、ボクを追いかけるのだった。
小学校の四年だったかの頃、ボクは、家の手伝いが大好きだった。雪がたっ
ぷりと降って、二階から出入りしていた時など、朝、昼、午後、夕方、晩と、
休みの日は、雪掻きに精を出した。
春になり雪が溶け出してからは草むしりに汗を流した。雪の白を蹴散らすよ
うに草の緑が辺り構わず芽吹いてくる。ボクは、両親の言われるがままに、あ
れを活かし、これを根こそぎ、引っこ抜くのだった。
中学も卒業する頃だったか、ボクは生意気盛りになっていた。名もなき雑草
と親達が手塩にかける名前も立派な花々や植木とを区別するのはおかしい。ど
っちも懸命に生きている、咲いている、それをえこひいきするなんて、納得が
行かない。
そう言って、草むしりも家の手伝いも、そして親の呼びかけも拒否し通した。
ボクは、羊蹄 (ぎしぎし)やら、鼠麦 (ねずみむぎ)、掃溜菊 (はきだ
めぎく)、屁糞蔓 (へくそかずら)などというヘンチクリンな名前の花々を見
知ったのもその頃のこと。これらが蓮華とまではいかなくても、せめて露草と
か白詰草 (しろつめくさ)なんていう名前を付けてもらっていたら、花輪の花
に使ってもらえたかもしれないのに。
あれから何年が経ったろうか。ボクは家を出たっきりだった。その間に、父
は足腰が衰え、母は体も弱っていた。その上、母は、植木の世話の際に、葉の
先で眼を傷め、庭の世話どころか家事さえもできなくなってしまった。
草むしりをする人は誰もいなくなっていた。雑草も何も区別がなくなってい
た。花壇の枠も崩れ去り、名のある花の脇には野草の数々が好き勝手に生えて
いた。畑には鍬の筋も見出されなくなり、生えているのはネギなのか雑草なの
か分からなくなっていた。
そう、気がついたら、若い頃のボクの願った通りの光景が我が家に出現して
いるのだった。ポツンポツンと絢爛豪華な花が咲き、その脇では地味さを誇る
かのような小花が咲き乱れ、寂びた鎌を下草が覆い尽くしていた…。
ああ、でも、ボクはこんな光景を望んでいたのだったろうか。
04/03/20 作

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