|
[我が往年の名作であるぞ。 (03/06/19 re-up!)]
あれからもう何年経ったことだろう。十五年は過ぎたかもしれない。 あの日、小生はいつも通り会社へ行った。朝も特段、異変を感じてはいなかったし、 何か軽い食事をすませた。かすかな記憶では、駅前で立ち喰いのうどんを食べたような 気がする。そこのうどんは評判だったのである。今はどうなっただろうか。今も繁盛し ているだろうか。 小生の会社は倉庫の中三階にあり、実際に働く場所は倉庫の三階にある。それは通常 のビルだと五階には相当する高さがあるだろう。 小生は現場でリーチを操る作業員として働いていた。仕事の開始時間は朝の10時で ある。性分なのか、早めに会社に出る小生は事務所でお茶をし、新聞を読み、朝礼が終 わって、10時から現場で働き始めた。つまり、何の変哲もない日常があったわけであ る。 が、働き始めて数十分もしただろうか、妙に御腹が張る。下っ腹が窮屈に感じられた のだ。 別に便意というわけでもないようなので、トイレに行く積もりも必要も感じなかったの だが、気分転換のつもりで外階段にあるトイレに入ってみた。けれど、何の甲斐もなく トイレから出るだけだった。 そうこうしているうちに次第に御腹の張りようが異様になってきた。下る感じはない のだが、しかし、便が出口付近でとぐろを巻いているらしいことは否めなくなってきた のである。しぶしぶ幾度目かのトイレへ。 それでもやっぱり何も出ない。出る気配もない。でもたっぷり溜まっている。今にも 菊の門が破裂しそうなほどに溜まっている。 が、出る気配はない。すごすごトイレを出る。 きっと古い便が出口付近に溜まっているのだが、便意を催す辺りにはそれほど便がな いのか、それともあまりに大量に溜まっているので、便意のサインを送るべき腸の神経 が麻痺しているに違いないのだ。 もう仕事など手につかない。リーチのハンドルを握る手に冷や汗が滲む。腹は破裂し そうな不穏な様子である。 出る予感などまるでないのだが、またトイレに駆け込んだ。そして長い長い戦いが始 まったのである。 小生はトイレで力んだ。とにかく溜まっていることだけは確かなのだから、少しでも 出さなければならない。少しも便意を感じないから、なんて言っていられない。出すん だ!出るんだ!出ろ!出よ! 出てぇ! でも、出ない。 しまいには何が立ってきてしまった。前立腺が刺激されると何が立ってしまうという 例の男の悲しい性(さが)である。 小生はトイレで力んだ。唸ってしまった。 誰かが外で小生の様子を伺っている奴がいる。 後日だったか、誰かが、小生がトイレでオナってしまった、などととんでもない噂を 立てる始末だった(誰が会社の倉庫のトイレでオナルものか!)。あるいは、トイレで小生が居眠りしていたとチクル奴もいた。それはきっとトイレで力みすぎて思わず上げた悲鳴が、何処か発射する瞬間の唸り声に似ていたからかもしれない。 とうとう、小生は我慢がならず、社長に「体調が悪いので今日はこれで帰らせてもら います」とお願いして早退させてもらった。小生の顔は既に青ざめていたに違いない。 すぐに社長は許してくれた。 会社から自宅へどのようにして帰ったのか、全く覚えていない。 溜まっていることは間違いない。しかし、出る気配はないのだから、途中で便意でト イレを探す心配など不要だったことは確かだ。が、痛さの余り気絶する恐れはあったよ うに思うのだ。体中、冷や汗、脂汗でベトベトになっていた。 帰宅した時にはもう流れる汗も干上がっていたように思う。 さて、それからは又、部屋の中でトイレとの往復である。出る気配はないのだが、溜 まっているのだから、とにかく便座に腰掛けて祈るような思いで出ることを希(こいね が)った。 それでも出る感じはやってこない。 帰り道、どうして薬局によって下剤を買わなかったのだろうと少々の後悔をしていた 。実を言うとチラッとは買うことを考えなかったわけではない。が、どうしても寄る決 心が付かなかったのだ。それは小生が医者も、薬も大嫌いだからである。もっとも立ち 寄って話をする余裕もなかったし…。 同時に、このようなケースの場合、下手に下剤など処方したら、返って拙いのではな いかと素人考えが働いたこともある。 小生には下剤(便秘薬)という薬の効く原理が分からない。 が、とにかく今回のケースでは出口に古い糞便が溜まっている。溜まっているだけで はなく、凝り固まっているに違いないのである。自宅の便座に腰掛ける頃には、そこま では考えが至っていた(妥当かどうかは今も分からない、あくまで素人判断である)。 仮にそうだとしたら、下剤で腸の何処かの辺りの便が腸の下剤の薬による排便作用で 急激にでも下り始めたとしたら…。出口が固まった古い宿便で塞がれているのに、そこ へ一気に腸の中途に止まっていた新手の糞便が押し寄せたなら…。どんな悲惨な事態が 生じることか。 考えるだにおぞましいではないか。 結局、小生は原点に返ることにした。つまり、力づくでもひりだすことにしたのであ る。 小生は部屋の中で転げまわった。勿論、とっくに素っ裸になっている。便意が襲った らすぐにでもトイレに駆け込めるためである。 転げまわったのは、御腹が苦しいせいもあるが、転げまわることで菊の門の間際に屯 (たむろ)する性質の悪い宿便が少しでも砕けたり柔らかくなったりすることを期待し てもいたからである。 眩暈のするほど転げまわった挙句、トイレに駆け込み便座に跨って腹筋と、更には御 腹に手をあてがって介添えをして、無理矢理に糞を出そうとした。すると…。 すると、なんと便器の底の水が赤く染まってきたではないか。 血が一滴、そして一滴と菊の門から垂れ落ち始めたのである。どうやら筋肉が裂け始 めたらしい。 が、その代わりというわけでもないだろうが、パチンコの玉より小さ目のコロコロの 赤茶けた便が一粒、ポトリと便器の水に落ちた。トイレの水は赤くなっていたのを既に 流しているから、透明な水にその赤っぽい便の小さな球が沈んでいくのがハッキリ見え るのだった。 こいつなんだ、俺を苦しめていたのは…。 それでも、それはほんの最初の一個に過ぎなかった。 その一粒を出してから、トイレを出て、又、部屋の中を裸で転げまわった。昼前には 会社を早退したのだが、既に宵闇が漂い始めている。が、そんな柔らかな時の移ろいの 余韻を楽しんでいる場合では無論、なかった。 しばし、ベッドに横になって戦いの疲れを癒そうとした。癒せるわけがなかった。そ してまた、戦いが始まるのだった。 やがて心機一転、トイレへ。そして小生をあざ笑うかのように、また、一粒、凝り固 まった糞便の玉が水槽にポトンと落ちるのだった。ついでとばかり血の雫も垂れること を忘れないで。 もう、小生は悟りの境地に入っていた。走ることの好きな小生である。特に長距離が 好きである。長い距離を淡々と走っていると、そのうちに走っているのか風景が流れて いくのか分からない瞬間がやってくることがある。苦しみの峠を幾つも越えると、ほん のたまに訪れる僥倖として、そんなハイな境地に恵まれることがあるのだ。エンドルフ ィンとかいう快楽物質が分泌されるせいだという研究もあるらしい。 が、今はそんな薀蓄(うんちく)を傾けている場合じゃない。 小生は長い修行に耐えて、今や悟りを得る寸前にあったようにさえ、思った。痛みな ど何ほどのことがあろうか。たかが糞便くらいでジタバタするもんじゃない。部屋の中 を転げまわるのは、修行のためであって、ただジタバタしているんじゃないんだぞ! なんて、誰に向かってか叫んでみたりする。 修行はするものである。目出度いときはやってきた。懐かしい感じがやってきたのだ 。便意という奴が小生を忘れないでやってきてくれたのである。 幾粒の赤茶けた便の玉を血の滴りと共に排出した挙句だったろうか。 しかし、それは同時に悲壮なる覚悟のいる瞬間でもあった。 前触れともいうべき小粒な小童(こわっぱ)ではなく、いよいよ本隊が出口で出陣の 時を向かえたと告げているのである。 それは鎧兜に身を包んだ兵(つわもの)揃いの一隊である。チームワークは抜群であ る。様子を伺うための尖兵たちではなく、一騎当千の一団が一丸となっているのだ。そ いつらの突破のとき、肛門はどのような状態になるか想像するだに恐怖で一杯である。 とはいっても突破を許すしかない。菊の門が裂けても、二度と塞がることがないとし ても、一気の突破をしてもらうしかないのだ。 固い宿便の塊は今や遅しと待ち構えていた。便意に間違いはなかった。懐かしい感覚 ではあるが、しかし、今度ばかりは呑気にその感覚に身をゆだねるわけにはいかないの だった。 また、幾度となくトイレと部屋の往復を繰り返した。部屋で転々しては、少しは柔ら かくなっただろうと期待して便座に腰掛ける。が、やはり奴は表情を固くしたままなの である。小生も、情ないことに、決心がくじけたりする。 既に窓の外は真っ暗闇である。自分でも気が付かないうちにちゃんとカーテンは閉め てある。それとも最初から閉めてあったのだろうか。 見れば部屋の中は煌々と蛍光灯の明かりが灯っているではないか(ほんの一瞬だが、 晧々と燈る部屋の中で真っ裸の小生が転げまわる姿が、向かいの巨大な都営団地から覗 き込まれたのではないか、という疑念が湧いたものだ)白々とした風景が広がっている。 そこに悶々とした裸の小生がいるなどは信じられない気がする。 なんて感傷に耽っている場合ではなかった。とうとう小生は決心を固めた。糞便より も固く決意を固めたのだった。 やったろうじゃないか! 今度こそ、やってやると悲壮な決意を秘めてトイレに入り便座に腰掛けて、ひり始め た。強烈な痛みが襲った。体が熱くなった。とうに流れることを忘れていたはずの脂汗 が再び流れ始めた。固い固い糞便の塊は、その表面がザラザラした感触があった。柔ら かな肛門の筋肉の表面の粘膜はとっくに剥げ落ちていたのかもしれない。 不意にザラザラした大地、という誰かの言葉を思い出した。が、そのことに意味はな い。 やがて肛門も裂けよとばかりの痛みが小生を襲った。今だ! 今を逃してはならない ! 小生は一世一代の覚悟を決めて、肛門の上の腹筋に力と祈りを篭めて糞便の塊を追い 出しに掛かった。できることなら糞便の先をむんずとばかりに掴んで引っ張り出したい 気持ちだった。 出す! 出る! 出よ! 出ん! 出て! 出てって、お願いだから出てって! そして、気の遠くなるほどに長く太い奴が便器の底にとぐろを巻き始めた。救いの瞬 間が今あった。約、十二時間に及ぶ戦いはこうして幕を下ろした…。 [平成13年7月8日午後の作。ある人の痔の手術物語をネットで読んで、つい小生が 国見弥一を名乗る遥か以前の懐かしき苦闘を思い出したのである] [後になって思ったのだが、痔ではなく、重症の便秘ではなかったろうか。となると痔 物語では、妥当性を欠く恐れもある。さて、如何] [今日(02/12/01)、久しぶりにこのドキュメント作品をザッと眺めてみた。この19 80年代半ばの頃のサラリーマン時代のエピソードを描いた作品のタイトルが「痔物語」 ではやはり相応しくないと感じた。別に痔になったわけではない。それまでも痔ではな かったし、その後も痔疾に悩んだ経験もない。何か当人も知らない原因があって突発的 に、異様に頑固な便秘症状に見舞われたのだと思う。 そこで今日、タイトルを「脱糞だ!」に変えたが、あるいは急性過激便秘症物語とで も変更すべきだろうか。 自慢ではないが、小生はガキの頃からの年季の入った便秘症だった。男としては便秘 症というのは珍しいようだ。週に多くて二度の脱糞だから、やはり便秘症と見なすしか なかったろう。便秘が昂じて、勉強嫌いで遊びまわっていた小学校の頃、お腹の膨れを 指摘され当惑した記憶さえある。 他でも書いたが、その長年に渡る便秘症を何とかしようと、78年に上京し新宿は西 落合に住み、今で言うフリーター生活を始めた頃、何か自分を一新させるようなことを やろうと取り組んだことがある。 その一つが便秘症の解消計画であった。 小生は、牛乳が当時、まだ嫌いだった。銭湯などで飲むコーヒー牛乳は好きだったが、 牛乳は飲めなかったのである。お袋に命じられて飲むことはあったが(従って、温めるか、ゆっくりだったら飲めない ことはなかった)、自分で好き好んで飲むことはない。買って飲むなど論外である。 お袋に命じられて、あるいは給食に出される牛乳は仕方なく飲むが、できるなら温め て、更にそこに砂糖などを入れて飲みたいと願う。 さて、自分改善計画に話を戻すと、小生は便秘解消作戦として、その嫌いな部類の牛 乳に目をつけた。 冷たい牛乳を飲むと下痢をする。特に一気飲みなどすると、覿面である。そこに小生 は着眼したのである。 で、78年の4月から新規蒔き直しを心に期していた小生は、アルバイト先に向う日 々の朝、出掛けに冷蔵庫から冷えた牛乳を取り出し、一気に飲み干す。すると、図った ようにお腹がゴロゴロ騒ぎ出し、急逝の下痢症状の様相を呈するのだ。で、トイレに駆 け込み、一気に脱糞というか鬱憤を晴らすわけである。 そんな生活が三ヶ月ほども続いただろうか、夏ごろには小生は牛乳に慣れて来た。冷 たい牛乳を飲んでもゴロゴロ鳴らないのである。けれど、御蔭さまで、どうやら朝に脱 糞という習慣も身に付くようになっていたのだ。 パチパチパチ。メデタシ、メデタシ。 ところで、そんな悪戦苦闘の健気な日々の中、失敗もあった。牛乳を飲んでも必ずし も期待通りにゴロゴロせず、仕方なく出勤したところ、近くの駅に辿り着く前に急激に 下り腹になってしまい、到頭、我慢がならくなってしまったのである。 小生は元来が気の弱いほうである。見知らぬ家に駆け込むなど思いも寄らない人間で ある。 が、その時は、そんな世間体に憚っていられる状態ではなく、近くの民家に助けを求 めた。きっと小生の表情が苦悶に歪んでいて、必死だと分かったのだろう。そんな状態 に誰しも一度や二度は陥ったことがあるのだろうし。 その家の方は、小生の「トイレを貸してくださいませんか」という懇願を快諾してく だされ、小生はその家のトイレ(その頃は、どこも同じでボットントイレだった。壁が 木の板で…。ああ、懐かしい)に入って、ズボンを下ろすのもそこそこに一気に溶かし すぎた、具だった面影などまるでないカレースープをぶっ放したのであった。 まさに、放ったのである。シャーベット状のスープが勢い良く飛び散ったのである。 しかも、ズボンはホントにそこそこの状態にしか下ろされていなかった! で、後は想像に任せるが、ズボンを脱ぎ、パンツをも脱いで、トイレの中を綺麗に掃 除した。そして汚れたズボンを穿き直し、家の方にお礼を述べて(記憶では出社も取り やめたか、いずれにしても一旦は)我がアパートに戻ったのだった(パンツをどう処分 したのか小生は覚えていない)。そのズボンは小生には社会人になったお祝いに親に買 って貰った、一張羅の、なけなしのズボンだったのだが。 ところで、こんな後書きを今ごろになって書き添えるのは、今、歌人の吉野秀雄著の 『良寛』(アートデイズ刊)を読んでいるのだが、その中に良寛が彼の持病(下痢)に 苦しんだ状態を謡った歌に今日、遭遇したからである。 その良寛晩年の作を、せっかくなので、ここに紹介しておく: 言(こと)にいでていへばやすけしくだり腹まことその身はいや堪えがたし 02/12/01追記] |