(03/07/09up)
天の川楫の音聞こゆ彦星と織女と今夜逢ふらしも
http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/ten/m2029.html
昼下がりに降り出した雨は、日暮れを待たずに上がってくれた。
ボクは食べるものをお腹に収めると、いつものようにお風呂場のトタン屋根
で佇んだりせず、一気に瓦の屋根まで登った。
そう、だって、今夜は七夕なんだもの。
ボクには七夕の意味がまだよく分からない。
でも、近所の姉さんたちが、ずっと前から今日という日をそわそわしながら
待っていたことは知っている。だから、今日は、何かがあるんだろうってこと
だけは分かる。
ボクにいつもオヤツをくれるあの姉さんも、この数日はボクのことを放った
らかしさ。きっと誰かさんのことを想ってるんだね。可哀想に、今日、何かド
ラマがあると勝手に思い込んじゃってさ。
どうして可哀想かって? ボクは仲間の奴に聞いて、姉さんの思われ人には
ちゃんと他に相手がいるってこと、知ってるのさ。ボクたちは、凄い、お喋り
好き。一日、井戸端会議をやっているようなものさ。噂が小判やマタタビより
も好物なんだ。そんな噂話は寝てたって聞き耳を立ててるボクに聞こえてくる
のさ。だから、姉さんの願いは叶わないのだと分かっている。
運命があらかじめ分かっているって、なんだか憂鬱なものだね。ボクは、だ
から、何も気付かないし、知らない振りして、夜空を眺めている。素知らぬ振
りをするって、結構、辛いもんだよ。
ま、生まれながらに訓練は積んで来ているから、慣れっこだけどね。ただね、
それでも髭が悲しみに震えるのは、さすがに止められないな。
うまくいく兄さんや姉さんもいるけれど、ほとんどの人は、ダメなんだね。
想われる人ってのは、多くの人に想われている、それが現実だと分からない奴
はダメだね。ボクらの世界だって、そう、人気者は、ほんの一握り。かく言う
ボクも相手にあぶれちゃってる。だから、今夜ものんびり月見に星見三昧って
わけ。
ただ、ボクは全然、焦らない。なるようにしかならないんだもの。背伸びは
禁物なのさ。泰然自若、悠然としたものさ。
猫のことを色盲だと思い込んでいる人が多いみたいだけど、実はそうでもな
いんだ。猫は夜行性の動物で、体のわりに大きな目玉で、乏しい光を集めて、
暗闇の中でもよく見えている……、そう思っている人もいるみたいだけど、ボ
クたちは光と闇の二色の世界に生きているわけじゃない。
闇は闇だけど、本当は、その闇というのは、青から緑まで変幻する摩訶不思
議な深い深い世界なんだよ。人間のように赤色は知覚しない分、闇の世界には
人間には想像もつかないくらいに馴染めるってこと、分かって欲しいな。
藍色から紺碧、そして群青、時には鬱金や紺瑠璃、果ては薄紅になっていく
…って、最後のは違うね。赤色は知覚しないって言ったばっかりだったね。猫
が嘘、言っちゃ、世の中、お仕舞いだ。
ともかくさ、特にね、人間が漆黒の闇とか呼んでいる闇の色の多彩極まるこ
と! これを知覚できるだけでも、猫、やってる値打ちがあるっていうものさ。
ま、人間様には、ちょっと無理かもしれないけどね。
天の川
by kei
そうそう、猫は近視だって決め付けている人もいる。これは困った誤解なん
だ。近視なのは飼い主のせいなんだ。だって、ジャングルで近視だったら、一
日だって生きてられないよ。そりゃ、犬はいいよ。鼻が利くから(他には能は
ないけどね)。でも、ボクたちは犬ころじゃないんだからね。犬より高貴な生
き物なんだからね。狭くて閉ざされた屋内で暮らすなんて、ホントはうんざり
なのさ。
でも、そこはそれ、人間様たちとの付き合いってものがあるから。ま、それ
に雨露や大の苦手の寒風も屋根の下ならしのぎやすいから、表じゃつらい時く
らいは屋内でもいいけど、なんたって表だよ。空の下だよ。ただし、柱とか塀
とか木々とか車とか物置とか、とにかく身を隠す恰好のものがないと困るけど
ね。
実を言うと、猫って敏感というか、とっても用心深いんだ。無神経な人間
どもは我輩たちを臆病と思う人がいるかもしれない。どう、思ったって関係な
いけどね。奴等はボクらが見守ってやらないと、自分達が何を仕出かすか分か
らないくせにね。
あれ、なんの話だっけ。
そうそう、近視かどうかって話だったね。ちゃんとアウトドアをエンジョイ
できていたら、そこそこの遠くまで見渡すことができるんだよ。そうはいって
も、はっきり見えるのは数メートルだけど、猫の体で数メートルってことは、
人間だったら、数十メートル。つまり、なんだ、人間とどっこいどっこいじゃ
ないか。我々は、訓練したら人間の比じゃないね。都会の大抵の猫は甘やかさ
れてるのさ。
その点、ボクは別格だね。日中は寝て暮らしている。ひたすら寝て過ごす。
これでもかってくらいに寝てる。親の敵とばかりに寝る。死ぬほど寝る。死ん
でも寝る。
あ、こりゃ、当たり前か。
で、夜になると、ボクは起き出すんだ。青い闇が深まれば深まるほど、ボク
の天下になる。街灯なんて要らない。星明りがあれば、十分すぎるほどなんだ。
屋根に登って、人間どもの目では見分けらないほどに微かな星の光だって見
分ける。ボクたちには星の輝きがどれほど切なく深く見えていることか。瞳の
中で星の光が溢れかえっているんだ。神秘なんてもんじゃないよ。人間どもに
は分かりっこないね。可哀想になるよ。
都会の片隅だとはいっても、あちこち窓の灯りやら電柱の水銀灯やら何処か
のでっかいビルの赤い光の明滅やら、バカな奴等の乗る車のハイビームやらが
夜を汚す。
それでも、ボクはめげずに夜の底を眺める。やがては人も寝静まるしさ。七
夕だとか何だとか言って騒いでた姉さんたちも、安らかにか涙と共にかは知ら
ないけど、まあ、大概は泣き寝入りする。
そしたら、ボクは、天を仰ぐんだ。呆と眺めていると、そのうち眩暈だって
してくる。夜空を眺めあげてるんだか、それとも空というより紺碧の海に呑み
込まれていくのか、分からなくなってしまうんだ。もしかしたら、人間が天の
川と呼んでいる無際限の数の星々の帯から溢れ出した光の渦に呑み込まれて行
くのかもしれない。
ああ、とうとう現れた。去年の今夜も現れた流れ星が、今年も夜の深い河を
一閃するよ。その光の軌跡の行方は、その向う先には、織女とか呼ばれる星が
あると人間様が言ってたっけ。今年こそ、光の矢が届けばいいね。去年はあと
一歩のところだったんだ。もう、ボクの、そう猫の手で助けてやれば出会えた
はずのギリギリのところまで行ったんだけど、ダメだった。
あ! 織女猫が、あの角を曲がっていくよ。
今年こそは! 今年こそは、ボクの織姫猫さまをゲットだ!
ボクは、懸命に狙いを絞った。身を思いっきり縮めて、ジャンプの準備態勢
に入った。
そして、いざ! という時になって、柱の陰からボクのライバル野郎が、い
や、ライバル猫が現れやがった。織姫猫は、その傍に寄っていく。そんな!
一瞬、ボクは我を忘れてしまった。ボクは妬けてしまった。で、つい、油断
してしまった。不覚にも、猫の風上にも置けないミスを犯してしまった。ボク
は足を滑らせてしまったんだ! んぎゃー!!!!
ああ、ボクの織姫猫ちゃんが遠ざかっていく。ボクを置いてかないで!
これじゃ、去年とおんなじじゃないか!
「Web Cats Guide」→ 身体のしくみ → 目 を参照:
http://www.abacuss.com/cat-city/guide/02/eye.html
03/07/07 18:35
[本作品中の挿画「天の川」は、
kei さんから戴いたものです。夜空の深みを眺めていると切なくなったり、懐かしくなったり、胸がジンとしたりするの何故でしょう。誰かと一緒に眺めたいという願いのせい? 夢は叶わないと知っているから? それとも、本当は、はるかに遠い世界の彼方で誰かがこちらを眺めてくれているから? いつもながらkeiさんの絵は暖かい。この絵を見た人が少しでも幸せになってほしいという彼女の真心が伝わってくるようだ。告白すると小生は、彼女のHPにアップされているこの絵「天の川」を見て、急遽、この掌編を書き上げたのです。そう、挿画として使いたい一心で。尚、本日、アップの際、一部を改稿しました。(03/07/09 記)]

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